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祈りの果てに、俺は人間をやめた  作者: 石橋めい


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流れる月の血:無自覚の強さ

「…………ク、クル……グ?」


 聞き慣れたクルグの声に顔を向けると、見慣れない女の子がそこにいた。黒い髪からポタポタと雫を落とすその子は十歳前後だろうか、幼さの残る可愛らしい顔でこちらを見ている。


「うん。どしたの?」


 パタパタと足をならしてこちらに来ると、イラーの隣の椅子にちょこんと座った。よく見ると、黒髪の間から随分と小さくなったツノが覗いている。小さくなっても、禍々しさと夜の美しさが同居する不思議なツノ。


「ねぇレーン、変な顔だよ〜」


 そのツノとよく似た、夜色の澄んだ瞳に俺が映る。聞こえる声も、ツノの美しさも、瞳の色もクルグなのだが


「おま……それ……」


 見た目は全く別の生き物だ。


「クルグ、まだ髪が濡れているじゃないか。こっちにおいで」


 しかしイラーは慌てることなく、当たり前の顔でクルグに接する。本当に、わけがわからない。思わず頭を抱えた。


「次から次に……頭がおかしくなりそうだよ……」


「ああそうか。こんな生き物を見るのは始めてか。クルグは月狼げつろうと言って、魔族の最高位種なんだ。だからこうして形態変化もとれる」


 そんな俺を見て、イラーがクルグの髪を拭きながら教えてくれた。教えられても理解に苦しむが、ここはそもそも常識の違う異世界なのだから仕方がない。


「こっちの方がご飯美味しいんだよ〜。でも森は歩きにくいの」


 クルグはニコニコと人懐っこい笑み付け加えた。イラーに頭を拭かれながら、をぶらぶらと動かしている。人を混乱させておいて、呑気なものだ。


「……はあ、とりあえずお前が何者かは理解したよ。だけど、俺が金獅子の血を飲んでないってどう言うことだ? 俺は確かに血を瓶に詰めて、それを飲んだはずだ」


 金獅子の檻に手を差し伸べた時の恐怖はいまだに覚えている。そして血を取った時も、飲んだ時も、小瓶には確かに俺の名が記されていた。


「ううん、違うよ。レーンが飲んだのはアタシの血だよ」


 ため息を混ぜた俺の言葉にクルグはそう答えた。純粋そうなその顔に、嘘を言っている様子はない。


 ──どういうことだ。


「クルグ、もう少し詳しく教えてくれるかい?」


 イラーもクルグの言葉を信じたのか、そう聞き返した。


「んーとね、大きな球が壊れたでしょ? そしたらレーンたちは出て行ったんだけど、後からレーン以外が戻ってきたの。それでね、その人たち、アタシの血を綺麗な瓶に入れてね、レーンがそれを飲んだんだよ。アタシ、鼻がいいから間違ってないよ」


 クルグは素直に口を開く。

 ──アイツら、俺が別室で休んでいる間に、血を入れ替えやがったのか。


「レン、どういうことだ?」


 俺はイラーにもわかるように、そして俺自身が整理するように、わかりやすい言葉でクルグの説明を補完した。


「クルグが言う大きな球は『光導球ソリス・オーブ』で、入れ替えたって言うのは、俺と一緒に召喚された三人のことかと……」


「さっき、レンが“嵌められた”と言っていた人のことかい?」


「はい、多分そうだと思います……俺たちが血を飲む直前、光導球が砕けたんです。そのせいで儀式は中断。俺たちは控え室に通されました。その時、聖勇者と呼ばれた俺だけは別の部屋に通されたんです」


「なるほど、その時にそやつらが血を入れ替えたと……」


 クルグの話が本当なら、そう言うことだろう。


「最初はね、アタシの檻のところに来たから、助けてくれると思ったの。だけど『俺たちが上だ』とか『腹痛が』とか色々言って血を取るだけでさ。アタシ、嫌な気持ちになっちゃった」


 クルグはむくれた顔でそう言った。


「腹痛?」


 俺が聖勇者と呼ばれたことへの腹いせはなのはわかる。だが、腹痛とはどう言うことだ。


「そういうことか……」


「え?」


 イラーは顎に手を当てたまま、ゆっくりと話し始める。


「奴らが魔族の血を飲めば、魔力の違いから酷い食中毒のような症状が出る。それを誰かから聞き及び、そやつらは悪戯に入れ替えを仕掛けたんだろう」


 俺が苦しむのを見て遊ぶアイツらなら、確かにやりかねない。本当にクソみたいな奴らだ。

 だが、疑問が残る。


「でも俺、体調は問題ないですよ?」


 むしろ、あれだけ森を歩いたのにすこぶる元気だ。


「ねぇねぇ、アタシも聞いていい? その『マゾク』ってなぁに? 食べもの?」


 俺が疑問を口にすると、クルグも質問を重ねた。

 まずはわからないことだらけの俺の頭を整理させてほしいというのに。それに魔族が魔族について聞いてどうする、と小さくため息が出た。

 

「だからそれは、クルグたち……」


 だがそのため息を、イラーは小さく手を上げて飲み込ませる。


「二つの質問には通じるところがある。順に説明していこう」


 机の上で手を組むと、俺とイラーを順に見つめてそう言った。それからふうと小さく息を吐き、目を細めるとゆっくりと説明を始める。


「我々は本来『月の民』と呼ばれる種族だ。『魔族』とはそんな我々の別の呼び方」


「別の呼び方……? それってかっこいい?」


 クルグが聞き返すと、イラーは静かに首を振る。


「奴らが『悪き魔力の一族』と呼んだのが始まりの、忌むべき名だ。有りもしない罪を押し付け、聖戦と称して迫害を始めるためにね」


 淡々と話すイラーの声は、怒りも憎しみもない気がした。だけどその奥に、抑圧された感情も読み取れる気もする。

 無知はやはり恐ろしい。俺はそんな酷い言葉を、なんの悪気もなく二人にかけてしまっていた。

 

「……すみません」


「構わないよ。知らなかったのだからね」


 イラーは静かに答え、話を続ける。


「『月の民』は、月より魔力を賜りし一族。対して奴らは、太陽から魔力を得た『太陽の民』。両者はただ、似て非なるものだ」


「似て、非なるもの……」


「ああ。我々と奴らは体の形も、作りも、血の色も同じ。獣だって、似たような形態のものは数多くいる。ただ違うのは、その魔力の性質だけさ」


 イラーを見つめる。

 確かに、左手や腕に不自然に落ちた影のようなアザ以外、ただの人、いや太陽の民と同じに見える。


「要はこの世界の生き物は、身体という器をどんな魔力で満たすか、で立場が変わる」


 『器を魔力で満たす』

 エリュナも口にしていた言葉だ。召喚されたばかりの俺たちの器は空だと、だからそれを金獅子の血で満たすのだと──


「……つまり俺は、クルグの血で魔力を満たしたから月の民になった、ということですか?」


「そうだ」


「じゃあ、また器を空にして太陽の民の血を飲めば……」


 太陽の民となり、奴らから追われることはなくなる。


「……残念だが、月に染まったレンの体はもう月の民だ。それが覆ることはない」


 このクソみたいな世界は、クソらしく甘いものではないらしい。


「異界の子は、禁術から生まれる禁忌の子だ。古い書には『星の民』と記されている。それは月でも太陽でもない無垢の存在で、巨大な器を持つことが多い。奴らはそんな子らに血を飲ませて、巨大な器をもつ太陽の民を仕立てているのさ──自分たちの兵器にするためにね」


「俺も、アイツらも、騙されていたということですか……?」


「その通りだ。だが、この事実は多くの者が知らない。だから飲めば食中毒になると言われて、イタズラにクルグの血を飲ませたのだろう……とはいえ平気でそれをやるなんて、まともな精神じゃなさそうだけどね」


「そうですね……アイツらはずっと狂ってる」


 どこまでいっても俺の人生はクソで、世界は腐っている。自嘲の笑みを浮かべて俺は呟いた。


「これから恐らく、奴らは……あの王家と巫女たちは、レンを血眼で探し始めるだろう。レンは今、『魔族の王』と言っても過言ではないかね」


「……魔族の、王?」


「ああ。『星の民』由来の巨大な器に、月の魔力を得たのだからね。今回の聖戦は、レンを殺すことが目的になるだろう」


 イラーの言葉が、俺の胸に重くのしかかった。


 俺はどうやら、アイツらの手によって『魔族の王』という大それた名の──世界から狩られる側に堕ちたらしい。


ご覧いただきありがとうございます。

執筆の励みになりますので、良ければ評価もお願いします。


次話、12月27日18:00 公開予定

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