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祈りの果てに、俺は人間をやめた  作者: 石橋めい


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純白の美女:冷たい微笑み【神崎視点】

 ──そして現在


 巨大な穴が穿たれた聖堂で、如月は怯えたように周囲を見渡していた。


「落ち着きなよ。この国では誰も俺たちに手出しできないんだから」


 宥める藤堂の嫌な笑顔。だが、コイツの言う通りだ。


「それに俺たちはただ、世界をあるべき姿に戻しただけにすぎない」


 だから何一つ、怯えることはない。


 ──そのとき、聖堂内に雑音が響いた。


「どうしてこうなった! 誰の責任だ!!」


 瓦礫の中から助け出された王の怒声が、聖堂を揺らす。神官も騎士も手を止めて王に頭を下げた。

 俺たちだけが、立ち尽くす。


「俺の神聖な城も聖堂もこの有様……せっかく捉えたあの魔族も消えたではないか! それにこの私を、こんな目に合わせやがって……!!」


 怪我は無いようだが、豪華な服は砂埃で汚れている。汚れた上に、怒りで歪んだ顔に汗を浮かべて王は叫んだ。狼狽えた顔の神官と騎士は、その顔を隠すように頭を下げたまま固まる。


 そんな中、一人落ち着いた表情のエリュナが王の腕にそっと手を添えた。その仕草だけで、王の怒気はゆっくりと静まっていく。


「王、ご無事で何よりです。しかしここにいては危険です……後ほど、再びご報告いたしますので」


「……ふむ。……わかった」


 まるで氷をあてがわれたように、王は静かになっていった。そのまま渋々うなずくと、数人の護衛に囲まれて退室する。


 王が消えた扉が閉まる。途端に、空気が変わった。冷たく、張りつめた何かが漂う。エリュナはゆっくりと振り返ると、俺たちの方を見た。


「……勇者様方、大丈夫ですか?」


「は、はい!」


 如月が即座に返事をする。だがその声は震えていた。


「お怪我はございませんか? まずは一度お休みください……後ほど、様子を見に伺いますから」


 そう優しげに言って、にこりと笑う。

 それだけで、背筋が凍るような感覚が走った。まるで毒のある花。


「あぁ、わかった」


 藤堂は何も言わず、静かに目を伏せていた。如月はごくりと唾を飲む。俺はあえて表情を動かさないようにして、淡々と答えた。

 エリュナはそんな俺たちを満足そうに見つめると、神官に俺たちをまた控室へと案内させた──


「な、なあ……やっぱりバレたんじゃねぇのか? あの人、めっちゃ怒ってる感じだったし」


 控室に入り、三人だけになる。その瞬間、如月は怯えたように言った。


「なにが?」


「だって……あの血、俺たちが中身をすり替えただろ……」


 俺は声を低くする。


「黙れ」


 その静かな声に、如月は口を閉ざした。

 俺はただ淡々と言葉を続ける。


「どこで誰が聞いているか、わからないんだ。余計なことをペラペラ話すな」


「そうだよ。今はただ、知らぬ存ぜぬを通すのが一番。それにあの下級神官は食中毒みたいな症状を起こすって言ってたでしょ。だとしたら、あんなことになったのは、俺たちのせいじゃない可能性も高い」


 そうだ。ビミナから聞いていた話では、ここまで大事になるはずではなかった。


「それは……そうだけど」


 それでも如月はまだ不安そうな顔をしている。


「じゃあなんだ、お前は全てを話して、ごめんなさいと奴らに頭を下げる気か? それに、すり替えの話を持ち出したのも、実際にすり替えたのもお前なのにか?」


 俺は鼻で笑って言った。

 すると、如月は口をモゴモゴと動かすだけで、それ以上は何も言わなかった。いや、言えないのだろう。あれだけ楽しそうに、この悪事に手を貸したのだから。


「そうそう。僕は聖堂の見学をするフリして小瓶を回収しただけだし、神崎も儀式の説明を聞くフリして神官たちの意識を逸らしてただけだもん」


 藤堂も、煽るように笑った。

 怯える如月をよそに、俺はドカリとソファに腰を下ろす。


「だけど安心しろ。お前を売るような真似はしない。だからお前も口を閉じろ」


「わ、わかった……」


 如月も、自らを落ち着けるようにゆっくりとソファに座る。


「大体、アイツが聖勇者で俺たちの上に立つ存在? そんな世界、受け入れてたまるか」


 吐き捨てた言葉はただのわがままだ。

 だけどそれだけは、許せない。


 なぜなら俺はアイツが──


 コンコンッ

 その思考を止めるように、ノックが響いた。


「……エリュナでございます」


 同時に美しい声が聞こえる。静かに開いた扉から現れるエリュナは、あの惨状の中心にいたはずなのに純白のままだった。


「皆様がご無事で何よりでございます。ただ、聖堂があの様子では、『聖交の盃』は続行不可能──苦渋の決断ではございますが、これにて儀式を終了いたします」


 胸に手を当てたエリュナは、眉間にしわを寄せると切なそうに告げる。


「確か、後はあのオオカミみたいな魔獣をソリス様? に捧げるんだったよね? やらなくても大丈夫なの?」


 そわそわと居心地悪そうな如月を隠すように、藤堂がニコニコと優等生の仮面を被って尋ねた。

 

「ええ、大丈夫です。正直あれは、パフォーマンスのようなものですから。皆様の力を王や神官に示し、勇者の誕生を民に知らせるための」


 そう言って微笑むエリュナの顔も、なんとなく藤堂のそれに似ている気がした。


「ふぅん。そういうものなんだね」


「ちなみに、今回の件は箝口令が敷かれました。また、召喚の儀に参加していた貴族には『聖勇者は自らの力に耐えきれずにソリス様の元へ帰られた』と伝えるつもりです。ですから皆様も、そのようにご認識頂ければ幸いです」


 話すエリュナは笑顔を崩さない。


「つまりアイツのことは、なかったことにしろと?」


「はい。魔族は我々の敵ですから」


 俺の問いに、エリュナは花のような笑顔で答える。それからこう続けた。


「それにあの方は、そうですね……少し、勇者らしくありませんでしたし」


 瞳の奥が冷えている。

 それでも彼女は笑っていた。


「なるほど……」


 こいつは簡単に人一人を無かったことにするらしい。


「で、俺たちはアンタのお眼鏡にかなったのか?」


 俺まで消されては、たまったものではない。得たばかりのこの力を、地位を、無駄にするものか。


「ええ、十分すぎるほどに! 勇者は王に次ぐ存在。そして国の象徴──我々の希望の光です。ですから勇者には、光のような姿であってほしいのです」


「要は地味で暗いアイツはそれに見合わなかった、と?」


 アイツは醜くはない。

 だが、重たい黒髪と光のない目が陰鬱な印象を抱かせる。


「平たく言えば、そうなります」


 エリュナは言って微笑んだ。

 嫌な笑みだ。ヒヤリと背筋が凍って、不安が微かに滲む。案外この世界も、どこか終わっているのかもしれない。


「ですのでこれからはカンザキ様、あなたが聖勇者として我々エルダレスの民をお導きください」


 だがそれでも間違いなく、元の世界よりは素晴らしい。こうして俺に敬服してくれるのだから。

 聖勇者と呼ばれた斎藤も消えた今、俺を抑えるものはない。


 ならば俺はもう、何にも屈さない──

【公開初日限定、連続更新中】

 本日、一挙14話まで更新


 この後も20時ごろまで、怒涛の連続公開が続きます。

 ぜひお楽しみください。

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