神の遣い:男たちは笑う【神崎視点】
「俺たちが、何をしようが邪魔はしない、文句は言わない、ということか」
「仰る通りです。皆様は神の御使様。つまり皆様の行動は、神の意思と同義ですから」
言い切るビミナ。本当にこの世界には、俺を縛るものが殆どないらしい。要はこれから俺がアイツに何をしようが、許されるということだ。
「なるほどな……」
思わずクックッと笑いに喉が震えそうになる。
「ねぇ、僕からは魔力について聞いてもいいかな? 魔力って、この世界の人なら誰でも持ってるの?」
その間に藤堂もビミナに問いかけた。
「はい。人も、獣も……この世界の生き物は皆、生まれながらに持っています。ただその魔力を貯める器には個人差があって、皆様の器が壺ならば、私のような一般人はお茶碗程度です」
「器が大きい=強いってこと?」
「一般的にはそうです。放出すると魔力は減ってしまいますから、器が小さいと威力や使用回数も下がるんです」
魔力の器がどこにあるかは知らないが、ビミナは自らの胸のあたりに手を添えて語った。
「ふぅん。MPみたいなものか」
藤堂は納得したように呟く。確かにMPと言うとわかりやすい。
「えむ……?」
「気にしないで、こっちの話だから」
そしてMPが高いのは戦いにおいて有利だ。それが初期から高いというのは、正に『チート』と呼べるだろう。
「減ったらまた血を飲むの?」
「血でなくても、この地の食べ物を食べれば回復します。ただ皆様の器は巨大なので、一気に満たすために、最初は保有魔力量の多い金獅子様の血を使うんだそうです」
「じゃあさ、このあと俺たちは、血を飲んでその器を満たすんだよね? 満たしたらすぐに力を使えんの?」
如月も話に加わる。
努力や継続が嫌いなコイツは、魔力を扱う練習などしたくないのだろう。
「はい。文献にも『勇者様はすぐに力を理解する』と書かれています。凡人の私たちとは違いますね」
恍惚な表情で話すビミナと、少し表情を明るくした如月を見ながら俺は思いついた。はやる気持ちを抑え、ビミナに聞く。
「この後の儀式は、測定の時みたいに一人ずつ順に行うのか?」
「ええと……私は下級神官ですので詳しく存じませんが、そのはずです」
俺の問いに、僅かな疑問符を浮かべながらもビミナは答える。
俺は俯いた。そうしなければ、上がる口角を隠せないからだ。
「……ど、どうかなさいましたか?」
その様子に不安そうな声で尋ねるビミナ。だが反対に俺は気分がいい。
これから先、やるべきことは決まった。
──俺が先に盃を飲み、奴を消す。
聖勇者と称えられようと、その力を得る前に消せば全て元通り。俺の全て世界は正しい形に戻る。
そしてコイツの話によれば、俺の行動は全て『神の意思』。つまりは誰も咎められない。
「とりあえず知りたいことはわかった。お前はもう戻っ……」
「──ねえ、魔族の血を飲んだらどうなるの?」
そんな俺の言葉を遮ったのは藤堂だった。
見覚えのある表情。人を痛ぶる時の顔。
「そ、そんな恐ろしいこと……聞いてどうなさるのですか?」
ビミナは驚き、考えたくもないと顔をした。
「ああ、ごめんね。僕、気になることがあると、とことん知りたいと思う質でさ。僕らの世界に魔族なんかいないから、気になっちゃって」
それを宥めるよう、笑顔で答える。一見すると人の良さそうな顔だが、正直、俺たちの中で一番タチが悪いのは藤堂だと思う。
「……魔族と人は魔力の流れが違うので、魔族を口にすると吐き気と下痢で地獄の苦しみを味わいます。下位種の魔獣はツノやアザも小さくて、稀に貧困層の人が誤って食べるんです。そのまま亡くなる人もいるので、気をつけてくださいね」
ひどく怯えた顔で言う割に、その症状はまるで毒キノコのそれだった。藤堂はビミナの話を満足そうに聞いていた。
「ありがとう。それじゃあ“僕たちは”、食べないように気をつけないとね」
そして笑顔でそう答える。
ああ、嫌な笑顔だ。藤堂は間違いなく、誰かを痛ぶることを想像している。
「質問は以上だ。もう戻ってくれ」
さあ、あとは時を待つだけ。世界を元の形に、戻さなければ。
俺は真面目な顔でビミナを下がらせた。部屋には三人だけになる。思わず緩む口元はもう、隠さない。
「さっきも言ったが、俺はアイツの……斎藤の下に付くつもりはない。だから次の儀式でヤツを消す」
如月は驚いたように目を見開いた。それから慌てて聞き返す。
「え……け、消すって、まさか……でもどうやって?」
「まず俺が先に血を飲む。そしてヤツより先に力を手に入れ、その力を向ける」
簡単な話だ。
「ま、まじかよ!? 流石に聖勇者とかって崇められてるヤツにそんなことしたら……」
如月は慌てるが、俺も勇者と呼ばれた人間だ。藤堂も同じことを考えているのか不敵に笑った。
「如月も聞いてたでしょ? 僕らの行動は全て神とやらのご意志だって──」
その通り。だから誰も俺たちを、俺を、咎めることはできない。
そのことに気がついたのか、如月も徐々に顔を明るくさせた。
「そうか……確かに俺たちは勇者。王の次に偉い存在……」
「そうだ。だから誰にも文句は言わせない」
縮められたバネが弾けるみたいに、俺の中で押し込められていた感情は巨大に膨れ上がっていた。
『自由』『解放』
その言葉に、胸が躍る。
この世界には、勝手に理想を押し付けて、勝手に失望して、家畜以下に俺を扱った奴らはもういない。斎藤さえ消えれば、俺が屈するべき相手はあの、肥えた王だけになる。
ああ、なんと最高な世界だろうか。
「だけど残念だなぁ……」
だが藤堂は、そう言った。ただその表情は、全く残念がっていない。その様子に、如月は頭にハテナを浮かべて首を傾げた。
「だって魔族を食べたらどうなるか確認したかったんだけど……先に消されちゃったらできないじゃん」
やはりコイツはイカれている。ニコニコと、貼り付けたような笑顔が余計に不気味だ。
「うわっ、エグ! またそんな怖いこと考えてんの? だけど神崎颯の作戦、そんなに上手くいくかな?」
吹っ切れたのか、如月もどこか楽しげな顔で言った。教室でのいつもの空気が、二人の間に流れ始める。
「確かに、あの太陽の巫女の力も計り知れないし、邪魔立てが入る可能性も高い」
「失敗しても構わない。アイツに恐怖心くらいは抱かせられるだろうからな……そしてアイツの体には、俺たちの立場を思い出してもらう。まずはそれで十分だ」
アイツが聖勇者と称えられようが、俺たちはお前に従う気はないと、その体に刻み込む。それでも反発するようなら、コイツらと三人で、数の理を生かせばそれでいい。
それに俺も一度は聖勇者と呼ばれたのだから、それなりに強いはずだ。
「あっ! じゃあさ、今から儀式用の血をすり替えとくのは? それなら神崎が失敗しても、面白いことになりそうじゃない?」
その時、如月は楽しげに言った。
「悪くないね。聖堂が片付けで忙しい今なら、人目を盗んで彼の小瓶の中身を変えるくらい出来そうだし、魔獣はちょうどよく血まみれだしね」
藤堂も笑顔で同意する。見慣れたやり取りだ。
「決まりだな」
そして俺が決定すれば、この二人は必ず付いてくる。これもいつもの流れ。
「俺がアイツに従うなんて、何かの間違いだ。さっさとそれを正しに行くぞ」
俺は立ち上がる。二人も立ち上がる。
そうして俺たちは聖堂で、奴が飲む血を入れ替えた──
◇ ◇ ◇
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