ヒーローの会社に就職した
「ヒーローは誰でもなれる」。額面通りに受け取るならば、なんと希望のある言葉だろう。
誰かを助けられるヒーロー、世界を救うために立ち向かえるヒーロー。そんなものに、誰でもなれる――けれど、裏を返せばそれは「誰でもいい」ということなのだ。燃えるような正義感も、崇高な使命感も必要ない。
どんな人間であっても、ヒーローとしての責務を果たせれば「ヒーロー」として認められる。だから、ヒーローは誰でもなれるのだ。
親によって半ば強制的に大学まで進んだはいいが、就アピールすべき自分の長所も見つからず就職で躓いた私。そんな私に「ヒーロー」という道を示したのは、「娘でも息子でも、生まれたら絶対に色を現す文字を名前に付ける」と公言していた父だった。
父はもともとヒーローに憧れていたが、家庭の事情からそれを諦めヒーローたちの活動支援を行う団体に就職したという。
そこで順調にキャリアを積み、「自分の企画が通った」「昇進した」などと話していた父は職員として非常に優秀だったのだと思う。だが、心の底ではヒーローになる夢を捨てきれなかったようだ。だから私に、それを託そうと幼い頃からトレーニングを課してきた。
「必要最低限の体力に大卒の学力、年齢もちょうどいい。ヒーローになれ、個人ヒーローが難しくてもチームで働く戦隊ヒーローならやっていけるはずだ。とにかく、試験を受けて来い」
私が働ける場所など、どこにもないのではないか。そう考え、自信を失くしていた私はその言葉に縋るしかなかった。簡単な学力試験にテンプレートのような面接、それから体力テスト……あれよあれよという間に採用試験は進み、私は合格して戦隊ヒーロー派遣会社の内定をもぎ取った。
採用通知書を受け取り、何枚もの書類に署名捺印して、入社説明会にも参加し……私は無事、「ヒーロー」として就職することになった。
入社前、数週間ほどかけて行われたヒーローとしての研修。簡単な武術や防御術、そしてヒーローとして活動するにあたっての心構え――「弱き人々を守るために戦う」だとか「目指すは誰もが幸せで平和な社会」だとかの理想論を語られ、私は無事にヒーローとしてデビューすることになった。
そんな私の所属先は、戦隊ヒーローの一員だった。




