私はヒーローを辞めた
「おい、ハチ女」
唐突にそう声をかけられ、私は同席していた錆色の髪の男――「アレス」というコードネームを与えられている彼の方に目を向ける。胸元に光る、龍の紋章はこの組織のシンボルだ。同じものが私の胸にも輝いているが、彼はそれがいたく気に入らないらしい。不満げな顔で私を睨みつけながら、問いかけてくる。
「直前になって、かつての仲間に情が湧いたりしないだろうな」
「……何、言ってるの」
想像以上の愚問に嘲笑で返せば、アレスは怪訝な顔をしてみせる。
「あなた、知らないの? なんで私がヒーローを辞めて、この組織に入ったのか」
「何だと?」
「周りに聞いてみるといいわ。……特に、ヘルメスさんには」
組織の別の幹部の名前を出され、アレスは怯んだ様子を見せる。その様を見るに、どうやら本当に私のことは何も知らないらしい。
……自分の事情を勝手に、大勢の前でべらべらと話されるのは嫌いだ。この組織は、それをしないでいてくれるらしい……その事実に改めて、「自分の判断が間違っていなかった」と再認識する。
私はヒーロー戦隊を辞めた。そして今は、世間で「悪の組織」と呼ばれる職に就いている。
このような人間を、「悪堕ち」というらしいが私はそれでも全然構わなかった。




