5月25日(火)
5月25日(火)
朝、昨日と同じ位の時間に家を出る。
あの女より先に奴を見つけないと。
駅で待たないで、金曜日の夜、あたしと別れた龍太が歩いていった方にずっと行って、薬局の看板の後ろで待ち伏せることにした。
看板の陰から顔を出して、足踏みしているあたしを道を通る人がじろじろ見る。
何見てんだよ。
あたしはストーカーじゃねえよ!!!
あっ、来た。
「おはよう、龍太!!!」
「…はよ」
こいつ、朝が苦手なのかな。
隣を歩きながら、不機嫌そうな奴の顔を見上げる。
「折角、気持ちいい朝なんだから、もうちょっとシャキッとしなよ」
「……」
あたし、手を繋ぎたいんだけど。
怒られるかな。
「ねえ。手、繋いでいい?」
「…面倒くせ」
顔を顰めてそんなこと言うくせに、大きなバッグを担ぎなおすと、あたしの方に片手を差し出してくれた。
あたしの手がすっぽり隠れてしまう位、大きくて骨ばった手。
自分から言ったのに、すごく恥ずかしい。
そっと繋ぐと、ぎゅっと握られた。
暖かくって、硬い手のひら。
ドキドキしているのが、あたしの指から伝わっちゃうよ。
「おまえって、手もガキみてえなんだな」
横にいる奴を見上げると、からかうように見返してきた。
顔がカーッと熱くなる。
駅に着くと案の定、この前の女が声を掛けてきた。
「黒澤君」
龍太の影からあたしがそっと顔を覗かせると、女はビクッとして一瞬いやーな顔をした。
「誰?」
「1年D組の藤本花です」
「もしかして、黒澤君の彼女?」
「ああ」
即答してくれたことが嬉しかった。
改札を抜ける時に必然的にあたし達の手は離れた。
あたしが彼女って言ったのに、電車の中でも絶対龍太に惚れている女はあたし達の隣にいて、龍太に話しかけていた。
まるで、あたしがいないみたいに。
宿題のこととか、クラスメートのこととか、あたしの知らない話ばかり。
龍太はいつもの様に無口だったけど、彼女はそんなことお構いなしにしゃべり続けた。
この女、しつこいんだよ。
大体、龍太も迷惑だったらそう言えばいいのに。
学校に着くと、この女と龍太は一緒に同じ教室に行く。
同じクラスなんだからしょうがないけどさ。
でも、やっぱり嫌だ。
これって、嫉妬なのだろうか?
嫉妬って普通、好きな相手にしかしないよね?
やっぱり、あたしは龍太が好きなのかな?
やばいじゃん。
こんなにもあいつを独り占めしたいって思うなんて。
お昼休み、あたしが屋上に向かうと、階段に龍太と今朝の女がいた。
一緒に食べるなんて絶対嫌と思って、しかめっ面をしながら二人に近づいた。
あたしをチラッと見た龍太が女に言った。
「じゃあ、俺、こいつと飯食うから」
「私も一緒しちゃだめ?」
なんだよ、この女。
図々しいんだよ!!!
でも、龍太はあたしの肩を抱くと、彼女を見ていった。
「加藤って人のラブシーン見んの好きなの?」
流石にしつこい女も顔を真っ赤にさせて口を閉じた。
一瞬、泣き出すんじゃないかと思ったけど、そのまま後ろ向いて駆けて行っちゃった。
ざまーみろ!!!
いつもと同じ様にお弁当を食べ終わると、龍太があたしに尋ねた。
「おまえ」
「うん?」
「ヤキモチ焼いたろ?」
ちょっと、こいつ。
まさか、分かっていて、わざとあの女と親しくしてたの?!!
「自惚れないでよ」
「ふーん」
ニヤニヤしながらあたしのこと見てるこいつに腹が立つ。
「キスしてほしい?」
……してほしいに決まってんじゃん。
「…うん」
意地悪馬鹿龍太は、座ったままあたしを抱き寄せると、自分の脚の間にあたしを座らせる。
そして、あたしの後頭部を片手で押さえ、もう一方の腕で肩を抱き寄せると、屈みこんでキスをしてきた。
初めは優しいキス、それから段々と深くなるキス。
奴のキスは蕩けるように甘くて。
食後の果物にとお弁当に入れた苺の香りがした。
いつかみたいに奴の舌が入ってきたが、全然嫌じゃなくて。
いつの間にか、あたしは龍太の逞しい首に縋りつき、激しいキスに応えていた。
長い長いキスに息も絶え絶えとなったあたしに、奴の唇は最後に軽く触れて離れた。
そのまま、龍太の胸に頭を預けると、ギュッと抱き締められた。
あたしの心臓はまだドキドキしているけど、次第に呼吸が落ち着いてくる。
トクン、トクン、トクン、トクン……
龍太の心臓の音。
シャツの上からでも硬い筋肉を感じる胸板に頬を摺り寄せる。
龍太の匂い。
このまま、ずっと抱き締められていたい。
今、分かった。
あたしは、龍太が好きだ。
「ねえ」
「ん?」
「何であたしのメールに答えてくれないの?」
「…面倒くせえ」
そうだよね。
確かに、あんたのでかい手では、ちまちまメール打つの面倒くさそうだ。
「でも、返信してほしい。何も書かなくてもいいから。見てくれてるってだけ分かればいいから」
「…分かった」
あたしの知っている龍太。
噂とは全然違う龍太。
仮の彼女のあたしを大事にしてくれてると思う。
無愛想だけど、無口だけど。
それでも、あたしの我侭をいつも聞いてくれる。
あたしが龍太の本当の彼女だったら、絶対に絶対に龍太と別れたりしない。
そういえば、元カノ達とはどっちが別れを切り出したのだろう?
龍太は、あたしのこと、どう思っているのだろう?
もし、あたしが告白したら、全てが終わってしまうのだろうか?