10月2日(土)(前)
今日は3時から雄二君のバンドの練習を見に行く約束をしている。
香代はお母さんにしつこく頼んで、あたしと一緒に行くことを許してもらった。
龍太は部活終わったら行くとか言ってたけど、あれから何も話してないから、忘れちゃったのかも知れない。
まあ、いっか。
龍太に会いたいけど。
雄二君に一応アルトサックス持ってくって言っちゃったし、皆の前で変なこと言われたら嫌だし。
昼食食べてから準備をする。
おしゃれしていく必要ないよね。
薄いグレーと濃い緑色のボーダーシャツにジーンズ。
首元にはハートのペンダント。
上には黒のトレンチコートを羽織る。
このトレンチ、この間買ってもらったんだけど、細めで裾が広がっていて裏地が薄いピンクで可愛いんだ。
今日は朝から曇ってるけど、雨降らないといいな。
小さなショルダーバッグを斜めがけにして、楽器ケースを背負う。
香代は精一杯おしゃれをしている。
淡いピンクの長袖シャツにジーンズ生地の袖なしワンピース。
白とピンクのパーカー。
「いってきまあす!!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
雄二君とは駅で待ち合わせしている。
毎日、龍太と待ち合わせてる駅。
何か変な感じ。
あたし達が駅に着くと、丁度反対側から歩いて来る雄二君が見えた。
ジーンズに紺色の長めのブレザーを着てギターを背負っている。
龍太とはタイプ違うけど、格好いいよね。
「こんにちは、雄二君」
「花さん、香代ちゃん、こんにちは」
「……こんにちは」
フフッ、可笑しい。
いつもは生意気な香代がはにかんでもじもじしている。
練習はボーカルのヒデさんの親戚が持ってるスタジオでやっているそうだ。
電車の中で雄二君が他のメンバーのことを色々話してくれた。
ベーシストのトモさん、ドラマーのヒロさん。
今日はヒデさんは用事があって遅れて来るみたい。
雄二君の話によると、K3C1は初め同じ高校のヒデさんとトモさんがバンドを作ろうとしていた。
ギターリストを探してたところ、雄二君と一緒にギターを習っていてヒデさん達と同じ高校の子が二人に雄二君を紹介した。
ヒロさんとは偶然練習に来ていたスタジオで知り合ったそうだ。
龍太の剣道部の仲間と花火に行った時も思ったけど、いいよね、こういう仲間って。
何か羨ましいな。
友人でもクラスメートでもなく、同じ目標に向かって一緒にがんばっている仲間。
あたしは中学の時も部活とか入ったことないから、こういう関係の仲間がいない。
スタジオはH駅近くの繁華街にあるビルの中にあった。
スタジオには9つの個室があるけど、そのうちの1室を土曜日の午後2時間無料で貸してもらっているらしい。
お金払ってないんだったら仕方ないと思うけど、あたしの部屋ぐらいの大きさだったのでびっくりした。
床は板張りだけど壁が真っ黒なので、余計に狭っ苦しく感じる。
ヒロさんは既に来ていて、コーラを飲みながらドラムを組み立てているところだった。
「藤本花です、どうぞよろしく。こっちは妹の香代」
「初めまして」
「おー、ようこそ。花ちゃん、香代ちゃん。俺はヒロ」
長髪をポニーテールにしているヒロさんは無精ヒゲを生やしてる。
人懐こい笑顔。
ヒゲと濃い眉毛の所為か、達磨さんを連想してしまう。
黒い長袖シャツに穴の開いた色褪せたジーンズ姿だ。
足元は何とオレンジ色にグリーンのストライプの入ったスニーカーだった。
アート系の専門高校に行っているって雄二君が言ってた。
外に出て行った雄二君が飲み物を買って戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう。あたし払うよ」
お財布を出そうとしたら、断られた。
「僕が誘ったんだし。あと、これ花さんと香代ちゃんに」
そう言って手渡されたのは、イヤープラグだった。
「ここ狭いし煩いから、しといた方がいいと思う」
雄二君がギターをケースから出してチューニングし始めたので、あたしもアルトサックスをケースから出した。
香代は正面の壁に寄りかかって座っている。
「この楽譜見てみて。随分古い曲なんだけど、知ってる?」
雄二君に渡された楽譜を見る。
マッドネスの『ワン・ステップ・ビヨンド』。
CDプレイヤーで2度程聞かせてもらう。
30年前の音楽にしては、そんなに古臭くないかな。
「ううん、知らないけど。できそう」
「じゃ、テンポゆっくり目でやってみる?」
「ちょっと待って。最初は一人でやらして」
ヒロさんがゆっくりと小さい音でリズムを刻んでくれる。
曲はシンプルなフレーズの繰り返しだ。
真ん中あたりでサックスのソロっぽいのがあるけど、それ以外は結構簡単だ。
吹き終わるとヒロさんと雄二君が嬉しそうに言った。
「おー、いいじゃん、いいじゃん」
「花さん、すっごく上手いね」
「よし。じゃあ、もう一回。今度はギターも一緒に」
演奏している途中で、トモさんとヒデさんが入ってきた。
トモさんは髪を赤く染めていて、灰色の作業着みたいの上から黒い革ジャンを着ている。
足元は黒いミリタリーシューズみたいなごっつい網上げ靴。
ヒデさんは金髪で派手な感じで、赤いピッタリとした長めの革のコートを着ている。
コートの下はシンプルで白いTシャツにベージュのパンツ、足元はチェック柄のスニーカーだった。
トモさんがひょろっと背が高いのに対してヒデさんは中肉中背だ。
終わったら二人共拍手してくれた。
「藤本花さんと妹の香代ちゃん」
雄二君が紹介してくれる。
「花ちゃんと香代ちゃんて呼んでいい?俺のことはヒデって呼んで」
ヒデさんが人懐こく握手を求めてきた。
「あっ、はい。どうぞ」
「俺はトモね。そんで、タメでいいよ」
「うん」
「やっぱりサックス入るといいねえ」
「オリジナルはキーボードも入ってたと思うけど」
トモがベースのチューニングをしながら言った。
「これ、次のライブまでに形にできそうかなあ?」
ヒデがあたしに聞いた。
「花ちゃん、どうこの曲? ライブでやろうと思ってんだけど、ゲストで出てもらえる?」
全員の目があたしの方を見る。
えーっ、ライブ?!!
面白そう。
やってみたいな。
「……うん!!」
「じゃあ、毎週土曜日に練習に来れる?」
「うん、大丈夫だと思う」
「次のライブってもう決まってたっけ?」
「H高の学園祭じゃん」
「えっ、でも他校の生徒が演奏していいの?」
「うちはいいんだよ。去年もやったし」
「俺達、有名人だしな」
「新曲練習しなきゃな」
「先週やった2曲でいいんじゃねえの?」
「カバーはマッドネスだけでいいよね」
「だけど、オリジナルより、かなりテンポを早めたいんだよね」
「俺、最初のゴチャゴチャしたの言わなきゃなんねえの?」
ヒデが顔を顰めてそう言うと、トモがゲラゲラ笑いながら答えた。
「あたりまえっしょ。ヒデは英語苦手だもんなー」
「ちぇっ、これがなきゃすっげえ楽なのによお。歌詞、ワンステップビヨーンだけだもんな」
「よし。じゃあ今度は全員でやってみよう」
ヒロさんが言った。
「最初はこれ位のテンポで」
「OK」
ヒデがマイクに向かって、
「ヘイ、ユー!!」
と英語で叫び始めた。
最初は格好よかったのに、途中で英語の下手な生徒のリーディングみたいになって皆が吹き出してしまい、最初からやり直す。
2度目に演奏してる途中で龍太が来た。
香代の隣に腰を下ろして観ている。
あんまりじろじろ見られると演奏し辛いよ。
エロいとか思ってんのかしら?
結局3回演奏したところでタイムアウトとなった。
「じゃ、また来週」
トモはバイトがあるとかで、ベースをしまうと急いで帰って行った。