9月25日(土)(五)
電車に乗ると、でっかくて怖い顔して髪逆立ててる龍太を見て、皆顔を合わせない様にしているので、可笑しくて仕方がなかった。
ライブハウスに着くと、既に入り口の前に列ができていた。
雄二君のバンドK3C1は、インディーズ・レーベルからCDを何枚か出してるちょっと知られたバンドの前座を務めるそうだ。
「見て来るから、並んでて」
と言われ、列の後ろに並んだ。
周りは不良っぽいファッションの人ばかりでちょっと怖い。
「来いよ」
いつの間にか戻ってきた龍太に言われて後をついて行く。
入り口の所に知り合いがいたみたいで、すぐ中に入れてもらえた。
中は薄暗くて、大音量でレゲエっぽい音楽がかかっていた。
空いているフロアでは、音楽に合わせて体を揺らしている人が数人。
横の方にあるバーには人が群がっている。
「何か飲む?」
「ううん、いらない」
フロアに下りる所の段に座って始まるのを待った。
「龍太、あの人達……」
さっきから少し離れた所からあたし達の方をジロジロ見ていた人達を示すと、その人達が近寄ってきた。
女5人に男1人のグループで、皆派手な格好をしている。
「あー、やっぱリュウだー!!」
「すっごい久し振りー!!」
「元気ー?」
「今日は演奏しないのー?」
女の子達に囲まれて色々聞かれている。
一緒にいたひょろっとした男の子は皆の後ろでニコニコしている。
髪を金髪に染めてリカちゃんみたいにした女の子があたしを指差して尋ねた。
「リュウの妹?」
何て答えるのかと龍太を見上げると、可笑しそうにあたしを見てから言った。
「可愛いだろ」
えっ、こいつ、あたしのこと妹で通すつもり?!!
「……俺の彼女」
「えーっ?!!!!!」
「彼女ー?!!!」
「ほら、だから言ったじゃん、絶対違うって。あたし、リュウのこと狙ってたのにー!!!」
「超悔しい!!! リュウってロリコンだったのー?!」
ロリコンって何だよ?
あたし達、1つしか年違わないんだけど。
目の周りを黒くした髪の長い子が強い口調であたしに聞いてきた。
「あんた、どうやってリュウのこと落としたのよ?あたし達が色気タップリで迫ってもビクともしなかったのにー」
あたしが口篭っていると龍太が言った。
「おい、苛めんなよ。俺の方が一目惚れして、すっげえ辛い思いして落としたんだから」
ちょっと違う様な気がするけど、そう言ってくれて嬉しい。
「えーっ?!! そうだったんだ」
「以外ー!!」
「リュウって子猫ちゃんがタイプだったのか。失敗したー!!!」
金髪の子があたしに聞いた。
「何て名前?」
悪い人達ではなさそうだけど。
「花です」
「花ちゃんって呼んでいい? あたしはメイ。あっちの煩いのがあずっちで、クミコ、サラ、マナミ。こいつはあずっちの弟のキヨシ」
友達を紹介してくれた。
「花ちゃんは中学生?」
「高1です」
「タメでいいよー。じゃあ、キヨシと同じじゃん。あたしらは高2」
あずっちっていう子が甘ったれた声で龍太に聞いている。
「いい加減に教えてよぉ。リュウってどこの大学行ってんのよ?」
大学だと?
「うっせえ。どこだっていいだろ」
「やだぁ。あずさ、絶対そこ受験するって決めてんだから。彼女に聞いちゃお。ねえ、リュウって……」
「余計なこと言うなよ」
龍太があたしが口を開くより先に遮った。
急に辺りが暗くなり、皆が一斉にフロアに集まってきた。
「あっ、始まっちゃう!!」
「あたし達、前に行くよ」
メイさん達は人を掻き分けて前の方に行ってしまった。
あたしもついて行こうと立ち上がると、龍太が座ったままで言った。
「ここにいろよ」
「どうして?」
「前行ったら揉みくちゃにされるぞ」
「そうなの?」
あたしの後ろに立った龍太に抱き寄せられた。
「立ってんの辛かったら言えよ?」
「……うん」
そうだった。
すっかり忘れてたけど、さっきあたし達……
ボンと頭に血が上った。
辺りが暗くてよかった。
でも、あたしのお腹に腕を回しているから、ドキドキしてるの分かっちゃうよね?
思い出したら、急に痛い様な気がしてきた。
その時、真っ暗だった舞台がライトに照らされ、K3C1の演奏が始まった。
パンク・ロックって聞いてたから煩いのかなと思ったけど、踊り出したくなる様な楽しい音楽だった。
確かに早いリズムで演奏されるギターとドラムスと吠える様な歌声は、煩いって言えば煩いけど。
メロディーはちょっとブルースっぽいとこもあるし、後何だろう?
レゲエかな?
こんなのだったら結構好きかも。
フロアは踊り狂う人達でいっぱいだった。
確かにあれじゃ押し潰されちゃうよね。
人々の頭の間から時々見える雄二君は、青いキャップを被って白いTシャツにジーンズ姿でギターを弾いている。
ふーん、格好いいじゃん。
ボーカルは短い金髪、赤いシャツに膝丈のショートパンツを着ている。
曲に合わせてステップ踏んだり、飛び上がったり、走り回ったり動きが激しい。
観客に話しかけたり、高校生にしては結構舞台慣れしている様子だ。
龍太が時々代わりをやるっていうベーシストは、髪を赤く染めてた。
ドラマーはよく分かんないけど、長髪をお団子にしてるみたい。
知らないうちにあたしも曲に合わせて、体を揺らしたり、手を打ったりしていた。
雄二君達の演奏が終わると、皆が拍手してる中、龍太はあたしを舞台の横の方に引っ張って行った。
暫く待つとK3C1のメンバーが舞台脇のドアから出てきた。
メインのバンドを観客に混じって観るつもりの様だ。
ファンみたいな子達が群がっている。
でも、バーに飲み物を取りに行こうとしたボーカルの人が龍太に気付いた。
「あれ? リュウじゃん。珍しいな、中まで入ってくるのは」
嬉しそうに龍太と話している。
それから、まだファンに囲まれてる他のメンバーに向かって怒鳴った。
「おーい、ユウちゃん!! お迎えだぞ!!!」
雄二君が照れた様な顔して側に来た。
「あれっ? 花さん、来てくれたの?」
「雄二君、よかったよー」
とあたしが言うと、嬉しそうに笑った。
龍太は他のメンバーと話してる。
ファンの子達が言ってるのが聞こえた。
「あの女、誰?」
「さあ? まさかユウの彼女?」
「違うって。リュウの彼女だって」
「えーっ?!!! ユウとリュウってできてたんじゃなかったの?」
「恋人同士って聞いたよね」
「うん。だって、ライブの度に迎えに来てるよ」
「漫画みたいに綺麗なBLカップルだよね」
あたしが雄二君に、
「ねえ、とんでもないこと言われているよ」
って言ったら、雄二君は笑って龍太に怒鳴った。
「おい、兄貴!! 知ってた? 僕達、近親相姦でホモのカップルだってさ」
龍太がすっごく嫌そうな顔して言った。
「げっ、何だよそれ?!! 気持ち悪くて鳥肌立っちまった」
他のメンバーはゲラゲラ笑ってる。
「えーっ、ユウとリュウって兄弟だったのー?!!!!」
ファンの子達がキャアキャア騒いでる。
メインのバンドの演奏が始まりそうだったので、龍太が慌てて言った。
「おい、行くぞ」
「おう、またな」
「リュウの彼女さんもまた観に来てね」
帰りは二人で家まで送ってくれた。
雄二君にパンク・ロックってもっと煩い音楽だと思ってたって言ったら、スカ・パンクだと訂正された。
雄二君の説明によると、スカって言うのは元はジャマイカでジャズが発展した音楽で、それが1970年代イギリスで2トーン・スカという音楽に発展して、更に80年代の終わり頃にパンク・ロックと混ざってスカ・パンクというジャンルが生まれたそうだ。
龍太がスカ・パンクのバンドでもホーンセクションが入る場合があるって言うから、あたしもやってみたいと思った。
雄二君はあたしがアルトサックスやってるって言ったら喜んじゃって、是非一度練習の時に来て欲しいと言われた。
クラシックの次はスカ・パンクか。
面白そうじゃん。
「だけど、雄二君って受験生でしょ? バンドの練習とかやってて大丈夫なの?」
「うん。部活もないし、週1回だけだから」
「ふーん、お兄ちゃんみたいに頭いいんだ」
あたしがそう言ったら、二人で顔を見合わせて首を傾げているので笑ってしまった。
「練習って今度はいつやるの?」
「来週の土曜日」
「あたし、予定ないから場所教えてくれたら行くよ」
「うん!!」
「……俺も行く」
と龍太が言った。
「えっ? だけど、部活あるんじゃないの?」
「終わってから行く」
「心配なんだ?」
雄二君が意外そうに言った。
龍太は答えないでそっぽ向いてる。
照れてるの?
龍太の照れてる顔可愛いなぁって思って見てたら、睨みつけられた。
「最近ずっと、ものすっごく不機嫌だったから。花さんと喧嘩したのかなってお母さんと心配してた。今日一緒に来てくれてよかった」
雄二君があたしに言った。
「余計なこと言うなよ」
文句を言ってる龍太を無視して、雄二君にお礼を言った。
「心配してくれたんだ。ありがとう」
家の前まで来ると、龍太は雄二君に、
「あっち向いてろ」
と言って、あたしを引き寄せてキスした。
「ちょ、ちょっと龍太、何すんのよ?!! 外でキスしないでって言ったでしょ」
あたしを離した龍太は嬉しそうにあたしの顔を見ている。
優しく見つめる瞳にドキドキする。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
「バイバイ、花さん」
「バイバイ、雄二君」
あたしが家に入るまで、待っててくれた。
今日一日、色んなことがありすぎて、疲れちゃった。
部屋に入ると着替えるのもそこそこにベッドにダイブした。