8月25日(水)
8月25日(水)
昨夜、家でバーベキューした時の写真をあたしの部屋のボードに貼った。
龍太はあたしと二人だけの写真では真面目な顔してるんだけど、香代と敏子ちゃんと雄二君も一緒に写っている写真では笑ってるんだ。
こいつって滅多に笑わないけど、笑顔が本当に可愛いんだよね。
見てるだけで、胸がキュウンとなっちゃう。
龍太にもメールでバーベキューの写真とそれからあたしが浴衣着てる写真も送った。
毎朝、龍太と登校するのがとても嬉しい。
午前中はお昼休みが待ち遠しくて。
午後になるともう翌朝が待ち遠しい。
あたしはいつも龍太にくっついていたいんだけど、それは無理だよね。
龍太は部活があるんだし。
昨夜、鈴木さんに教えてもらったアルトサックスの先生に電話した。
音大卒の女性で田辺さんという人だ。
大学ではクラシックがメインだったそうだが、現在は個人レッスンの他に幾つかのコンボに属し、コンサートやジャズ喫茶等で定期的に演奏しているそうだ。
月謝のこととかはお母さんに話してもらって、9月から毎週金曜日の夕方に家にレッスンに来てもらうことになった。
とても楽しみだ。
龍太にはレッスン受けることになったことはまだ言わないでおこう。
また馬鹿なこと言うに決まってるから。
朝、いつもの様に龍太と登校する。
お昼の約束をして廊下で別れた。
教室に入ると既に麻子は席についてた。
昨日から麻子の様子が何かおかしい。
麻子だけじゃなくて、仲良し3人組の様子も。
麻子が放課後用事あるかと聞いてきたのでないといったら、じゃあ付き合ってと言われた。
先生が来てしまったので、詳しいことは聞けなかった。
どうしたんだろう?
麻子は明るい性格でいっつも笑顔だから、こんな暗い顔してんの見るの初めてだよ。
お昼休み、麻子はいつもは柴崎達とふざけてから外に食べに行くのに、今日はベルが鳴るとすぐに3人組と教室を飛び出した。
何があったんだろう?
心配だったけど、放課後になれば分かると思い、屋上にお弁当を食べに行った。
午後の授業は麻子達のことが気になって集中できなかった。
あたしが何かしたんだろうか?
やっと放課後になり、麻子と浩子達が行くよと言う風にあたしの方を見た。
不安な気持ちで彼女達の後をついて行く。
やっぱり、あたしが何か気に触ることしたのかな?
何も思い浮かばないけど。
駅に向かって歩いている様だ。
浩子と麻子が先頭で、その後ろを真理子と加奈、そのまた後ろをあたしが歩いていく。
どこに行くんだろう?
4人共、話しかけちゃ悪いような暗い顔をしている。
駅の近くの公園の前を通ると浩子が振り返って言った。
「ここで話そう」
公園は子連れのお母さんが数人いるだけですいている。
4人は遊び場から離れたベンチに腰掛けた。
その前に立って尋ねた。
「ねえ、何か怒ってるの? あたし、何かした?」
4人はびっくりした顔をしてあたしを見て、麻子が手を振って謝ってきた。
「違うよ。ごめん、ごめん。花のこと怒ってる訳じゃないから」
「全然違うよ。ほら座って」
真理子も自分と浩子の間に座れる場所を作ってくれた。
「加奈、花に話してあげて」
「ちょっとキツイから。浩子から話して、お願い」
加奈が泣きそうな顔をしてそう言ったので、浩子が話し始めた。
「加奈の従姉妹の由美子って知ってる?」
加奈には同い年の従姉妹がいる。
この町から電車で30分程の所に住んでいるので、頻繁に互いの家を行き来して、加奈とはとても仲が良いっていうのを以前加奈から聞いたことがある。
浩子達とは何回か一緒に遊びに行ってるらしい。
「うん。会ったことないけど」
「由美子、夏休みになる1週間前に同じクラスの男に告白されたんだ。そいつは結構人気のある奴で、由美子は密かに憧れてたから喜んでOKしたんだって」
「うん」
何かよくない話みたいだ。
「夏休みに入って学校で会えなくなって由美子が寂しく思ってると、そいつは夏休みの宿題をやろうと由美子を自分の家に誘った。で、奴の家に行くと親は居なくて、初めはそいつの部屋で真面目に宿題をやってたんだって」
「うん」
「そのうち、飲み物を持ってくると奴が部屋を出てって、戻ってきた時には同じクラスの男子が3人一緒にいた」
「一緒に勉強しに来たの?」
「そう思うよね、普通だったら。まさかそんなこと彼氏がすると思ってなかったからさ。油断してたんだって」
浩子が淡々とした声で話し続ける。
だけど、その目は怒りに燃えていた。
聞くのが怖くなってきた。
「……どうしたの?」
「彼女、そいつらにまわされちゃったの」
「まわされ……?」
「輪姦されたってこと。4人の男に襲われたら、どうにもなんないでしょ?」
えーっ!!!!!!
背筋がスーッと寒くなった。
外は暑いのに、思わず自分の肩を抱き締めた。
そんなことってあるの?
酷い。
気分悪くなりそう。
もう聞きたくなかったけど、浩子は容赦なく話し続けた。
「声を出さないように口に下着を突っ込まれて。一人がやっている間、残りの奴らは彼女を押さえつけて、携帯で写真を撮ってたんだって」
「……由美子、初めてだったんだよ」
加奈が嗚咽を漏らしながら言った。
麻子が加奈の肩を抱いて宥めている。
「計画的だったみたい、初めっから。そいつが告白したのも」
真理子がそう言うと、浩子が目を真っ赤にして叫んだ。
「最低だよね、そいつら。マジでぶっ殺してやりたい!!!」
真理子が話し続ける。
「由美子って頭が良くて美人でいい子なんだけど、クラスでちょっと浮いてたみたいなんだ。他の女子とかに嫉妬されてて、お高くとまってるとか言われてたらしい」
何も言うことが思い浮かばなくて黙っていた。
皆も黙って座っている。
ずっと黙っていた加奈が続きを話した。
「夕方帰ってきた由美子の姿を見た親は、すぐに無理やり病院に連れて行ったの。妊娠してなくて、病気ももらってなくて、それはよかったんだけど。その後、伯父さんが警察に届けるって言って。由美子はそんなことしたら自分の一生が台無しになってしまうって泣いて、もしどうしても訴えるんだったら自殺するって言ったみたい。それで伯母さんが困ってうちの母に相談してきたんだけど、本人が嫌だって言ってるんだから何もできないじゃない。伯母さんからあたしに由美子に何があったのか詳しく聞いて、説得して欲しいって言われたんだけど、説得なんかしたくないし。話聞くだけだったらって由美子に会いに行ったの」
そこまで一気に話した加奈は、由美子の話を思い出したのかまた泣き始めた。
「……由美子、あれから部屋に閉じ篭ったきりで……もう学校行かないって。写真撮られちゃったし……学校中に知れ渡ってしまっているだろうからって。警察に言ったら生徒だけじゃなくて、先生や親達にまで知られてしまうから嫌だって。それに……奴らに言われたみたいなの。もし誰かに言ったら……おまえの一生滅茶苦茶にしてやるって」
浩子が強い口調で言った。
「悔しいじゃない!!! 由美子は全然悪くないのに。そいつらのせいで学校にも行けなくなって、そんな辛い思いして。そいつらは普通に今までどおりの生活してんだよ!!! それで、私達、そいつらに仕返しするにはどうしたらいいか、昨日から色々考えてるんだけど。よい解決策が見つからなくて、花にも相談しようってことになったの」
「あたしもどうしたらいいか分かんないよ」
もし、あたしがそんな目にあったらどうするんだろう?
やっぱり怖くて学校に行きたくなくなるんじゃないかな。
警察にだって行けるかどうか分からない。
でも、多分あたしなら、そいつらが今までどおりの生活をしていることを絶対に許せないだろう。
戦うと思う。
特に側に支えてくれる友達がいれば。
「ねえ。仕返しにはなんないけどさ。転校する訳にはいかないの? うちの高校に」
「えっ?」
4人の目があたしの方を見る。
「だって、そうすりゃあたし達が一緒にいてあげられるじゃん」
「あー、それいい考えかも」
浩子が言った。
「由美子に話してみる」
ほっとした様子で加奈が言った。
空気が少し軽くなった感じがした。
「花は黒澤先輩ってどうなの?」
真理子に聞かれた。
「えっ? どうなのってどういうこと?」
「色々変な噂があるでしょ。学校で襲われたとか、無理矢理やられたとか言ってる女が何人もいるみたいよ」
「その噂、ガセだってよ。ね、花」
麻子があたしの方を見て頷いた。
「だけど、火のない所には煙は立たないっていうじゃん」
「……龍太は、そんなこと絶対にしないよ」
真理子にはそう答えたけど、本当にそうだろうか?
あたしのことは大事にしてくれてる。
それは確かだ。
だけど、元カノには?
わざと嫌われることしてたって言ってたよね。
噂があるってことは、そういうことが本当にあったってことなの?
「花のこと心配なんだ。由美子の彼氏って奴もそういう噂があったみたいだから」
あたしには絶対にそんなことしないよね?
「……今まで何度も襲おうと思えば襲える機会あったと思うけど、そんなことしなかったもん」
「それならいいんだけど。気をつけなさいね」
「うん」
「男って最低だよ」
浩子が言った。
浩子は夏休み、お兄さんの友達が家に遊びに来て、お兄さんが部屋にいない隙にふざけて押し倒されたらしい。
「向こうは冗談だったのかも知れないけど、すっごくショックだった」
「皆そんなもんよ。うちの姉貴、大学生の彼氏がいるんだけどさ。そいつもやりたければ、嫌だって言ってもするんだって。抵抗された方がそそるんだってさ。獣だよ、まるで。そんな奴、ぶん殴って別れなよって言ってるんだけど」
真理子が言った。