5月19日(水)
5月19日(水)
朝早くから校門で奴を待ち伏せする。
あっ、来た。
でかいスポーツバッグを担いで、だるそうに歩いてくる糞馬鹿龍太。
確かに麻子が言っていた様に遠くから見ると格好いいよね、こいつ。
「くっ、じゃない龍太、おはよう」
「…ああ、苺女か」
「ちょっと、その苺女っていうのやめてよ。あたし藤本花っていうんだから」
「今日も違うのか」
「違うって何が?」
「パンツ」
……!!!!!!!
「このエロ馬鹿龍太ー!!!」
スカートを捲ろうとした馬鹿男の手をピシャリと叩く。
「痛ぇ」
「はい、もう一回やり直して」
「ん?」
「おはよう、龍太」
「……」
「ちょっと。おはよう、花でしょ」
「面倒くせ」
「ちゃんとやりなさいよ。はい、おはよう、龍太」
「…はよ、花」
「よくできました」
「花って婆さんみてえな名前だな」
最後の台詞は余計なんだよ。
もう、本当に失礼な奴!!!
とっとと歩いて行ってしまう奴を追いかける。
「ちょっと待ってよ」
「まだ何かあるのかよ」
「お昼一緒に食べよう」
「…屋上」
そう一言呟いて、行ってしまった。
何だか楽しくなってきた。
「花、お昼どうするの?」
「ごめん、今日はちょっと用事あるから、涼子達と食べに行って」
麻子に断り、お昼のチャイムと共にお弁当袋を持って教室を飛び出した。
屋上に着いてみると、奴はまだ来ていない様子。
売店にパン買いに行ってんのかしら。
ちょっと様子見に行ってみよう。
階段を下りて売店の方に歩いていくと、龍太が販売機で飲み物を買っている所に行き合わせた。
そろっと近づいて、
「あたし、紅茶」
と言うと嫌そうな顔をしたが、ちゃんとあたしの分も買ってくれた。
「売店行くのか?」
「ううん、今日はお弁当。龍太の分もあるよ」
びっくりした顔をしていたが、あたしが階段の方に歩き始めると黙って後をついて来た。
一応、彼女だからね。
ちゃんと早起きして作ったんだよ。
屋上に上がり、龍太は以前あたしが屋上に来た時に座っていた辺りに腰を下ろす。
どうも、扉の「立ち入り禁止」の札は奴が邪魔されないように勝手に掛けている様子だ。
今日はあたしも隣に座る。
奴の分のお弁当を渡すと、黙って受け取ってお弁当箱の蓋を開けた。
あたしのお弁当箱の倍はありそうな、昔お父さんが使っていたお弁当箱。
本当は、ありがとうは?って言いたい所だけど。
え?
こいつ、手を合わせて頂きますって言ったよ!!!
何か可笑しい。
ニヤニヤしながら自分の分のお弁当を広げる。
「頂きます」
黙って食べてる奴を横目で窺う。
無表情で美味しいのか不味いのかさっぱり分かんないけど、ちゃんと食べてくれている。
先に食べ終わった奴は、お茶を飲みながら、あたしをじっと見ている。
ちょっと、恥ずかしいじゃん。
そんなに見てたら食べれないよ。
「ご馳走様」
それでも、何とか食べ終わり、お弁当箱の蓋をしたあたしに紅茶を手渡してくれた。
「ありがとう」
何か緊張する。
何もしゃべんないんだよね、こいつ。
「おい」
「な、な、何?!」
「何ビクついてんの?」
「べ、別にビクついてなんかいない」
「ふん。おまえ、ガキみてえな癖して料理できんだな」
「ガキって何よ、失礼な!!!大体あんたみたいな糞馬鹿男に言われたくないわよ」
「おまえは彼氏にそういうこと言うのか?」
「うっ…言わない。ちょっと口が滑った」
この場を早く逃げ出そうと、腰を浮かして腕時計で時間を確かめるが、まだ昼休みは20分もある。
「なあ。俺の態度のどこが最低だったのか教えてくんねえ?」
「え、えーと。ほら、教室の彼女は龍太に彼氏らしいことをしてほしいって言ってたじゃん」
「ああ。一緒に帰れだの、キスしろだの言ってたな」
「うん」
「で、俺はあいつの希望通りにキスしてやったよな」
「いや、希望通りじゃないと思うよ」
「じゃあ、どうすりゃ良かったんだ?」
「多分、彼女はもっと優しいキスが欲しかったんだと思う」
「ふーん。それってどんなのだよ?」
そんなの、分かるわけないでしょ!!!
あたしはファーストキスもまだなんだから!!!
すっごく居心地が悪くなって、立ち上がろうとしたら、腕を掴まれて座らされた。
え?!!ちょっ、ちょっ、ちょっと待ったー!!!!!!!
龍太に肩を抱き寄せられて、顎を掴まれた。
「嫌っ!!!」
顔を背けようとしても、がっしり押さえられてビクともしない。
悔し涙がポロッと零れたとき、糞馬鹿男の唇があたしの唇に重なった。
奴の唇はとても優しく、あたしの唇に触れては離れることを繰り返し、上唇と下唇をかわりばんこに啄ばんだ。
初めは抵抗していたあたしも、次第に頭がぼーっとしてきて、いつの間にか奴の意のままになっていた。
くったりとなったあたしから唇を離すと龍太は、あたしの頬を両手で優しく包みこんだ。
奴が使ってるシャンプーか何かのいい匂いがする。
じっと見つめられるとドキドキして自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……
うわっ、静まれあたしの心臓!!!
こいつ、近くで見てもすっごく格好いいよね。
龍太は親指であたしの頬についた涙を拭うと、ニヤッと笑い、額をあたしの額にコツンとぶつける。
そして、また、あたしの唇を塞いだ。
優しく撫でるようなキスの合間に唇を舌先で舐められ、驚いたあたしが口を開けると、奴の舌があたしの口の中に入ってきた。
奥深くまで侵入され、あたしは頭に血が上り、眩暈がして窒息するような気がした。
絡み合う熱い吐息と耳鳴りがする程に轟く自分の心臓の音に追い詰められ、あたしはパニック状態になった。
「っつ!!!」
あたしを突き飛ばすと、糞馬鹿龍太は口元を押さえ、血が出ていないか見ている。
「噛むんじゃねえよ、サル」
「……酷いよ。あたしのファーストキス。無理やり奪って、あんなことして」
泣き出したあたしを見ながら、呆れた様にため息をつく馬鹿男。
「やっぱ、おまえガキだな。これっぽっちでビビるなよ」
「あ、あんたが女の子の気持ちなんか、ちっとも考えてないからじゃない!!!」
「…じゃあ、どうすれば良かった訳?」
「……最初のキスが…良かったんだと…思う」
「そっか。じゃあ、やり直す」
龍太はあたしの前に腰を下ろすと両手であたしの髪を耳に掛け、涙を自分のシャツの袖で拭いてくれた。
そして、
「噛むなよ」
と言うと触れるだけの優しいキスをした。
あたし、このキスは全然嫌じゃない。
龍太のこと好きでもないのに、変な展開で付き合うことになっちゃって。
最低な男だと思うのに、悪い奴じゃないと思っちゃって。
あたし、どうしちゃったんだろう。
唇が離れ、龍太はあたしの頭を自分の胸に押し付けた。
髪をクシャッと撫でられ、もしかして、こいつはさっきのこと悪いと思ってるのかも知れないと思った。
こいつのこと怒っていたのに、頬が緩んでしまう。
「やればちゃんと優しくできるじゃん」
「ふん。昼休み終わりだぞ」
日差しが眩しい。
あたしの腕を引っ張って立たせると、二人で屋上を出た。
「弁当サンキュ。美味かった」
廊下で別れ際にこう言った龍太はやっぱり悪い奴じゃないと思う。
放課後、麻子を誘ってコーヒーショップに行く。
ちゃんと話しとかないと、後でバレたら怒られちゃう。
飲み物を手に取りながら話し始めた。
「えっとね、麻子。何が何だか良く分かんないんだけど。あたし、黒澤龍太と付き合うことになっちゃって」
「えぇーっ?!!!!!何それ?!!ていうか、何で?いつから?どうして?」
うん、そうなるよね。
あたしが今まであったことを簡単に話すと、麻子は心配そうに尋ねる。
「ちょっと、花。あんた、マジ?黒澤先輩、手が早いって噂だよ?あんた、彼氏できんの初めてでしょ?」
「うん」
「手出されたらどうすんのよ?」
「もう、出された」
「え?本当に?」
「キスだけ。嫌だって言ったら止めてくれた」
「ふーん。でも、よしといた方がいんじゃないの?好きでもない人と初体験なんて嫌でしょ?」
「大丈夫だよ。そんなことはさせないし」
「本当に大丈夫なの?黒澤先輩の女関係の噂、マジやばいよ」
「うん、大丈夫。そんなに悪い奴だと思えないんだけどな」
「簡単に付き合ってくれるけど、絶対に長続きしないんだって。一番長く付き合った女が2週間だってよ。全然優しくなくて、暴力振るうらしいよ。殴られたか殴られそうになった女とか、学校でやらせないと別れると言われた女とか色々聞いたよ」
「ふーん。でも、あいつ、彼女と別れたらすぐ告白されてたよ」
「そりゃね、DV男なんてあたしだったらまっぴらごめんだけど。それでもいいって言う女がいるんでしょうね。彼、見かけだけはいいから」
「あたしだって嫌だよ。殴られそうになったら逃げて来るから。麻子、あいつに仕返ししてね」
笑いながらあたしがそう言うと、麻子も笑ったが、やっぱり心配そうな顔のままだった。
「何でか分からないんだけどね。すっごく興味があるんだ、あいつに」
麻子と別れ、家に向かいながら、明日のお弁当のおかずは何にしようかと考える。
放課後は龍太は部活があるから、お昼休みしか会えないんだ。
そういえば、あたし、あいつの連絡先も知らない。
明日、聞いてみよう。
別れ際に麻子に言われた言葉が頭から離れない。
「付き合うって言ったって、恋愛感情はないんでしょう?ゲームみたいなもんでしょう?だったら、絶対に恋に落ちないように気をつけなさいよ。あんたが傷つくんだから」
そうだよね。
あいつにとっては、多分ゲームだよね。
期間って決まっているのだろうか?
一番長く付き合ったのが2週間か。
じゃあ、2週間後には、ゲームオーバーってこと?
……
嫌だ。
別れたくない。
もしかして、あたし、あの馬鹿男のこと…?
いやいや、まさか。
そんなこと絶対にありえない。
今回長いです。