8月21日(土)(中)
8月21日(土)(中)
神社から海辺まで10分程歩く。
神社からも花火は少し見えるみたいなんだけど、やっぱり海に行って観たい。
道は大勢の人が同じ方向に向かって歩いていた。
あたし達もその人達に混じって歩く。
龍太は下駄を穿いているあたしを気遣って、いつもよりゆっくり歩いてくれる。
そうやって龍太の優しさに気付く度に、愛されてるって思えてとても嬉しいんだ。
何だか胸がいっぱいになって、黙ったまま手を繋いで歩いた。
浜辺は物凄い人だった。
行列してるし、大体座る場所なんかないじゃん。
立ち止まって見てると、龍太の携帯が鳴った。
「はい」
「……」
「ああ」
「……」
「いや、俺は花と来てるから」
「……」
「デートの邪魔すんなよ」
「……」
「行かねえよ」
「……」
「何?……放送塔?」
「……」
「分かんねえ」
「……」
「いや、行かねえっつってんだろ」
電話を切った龍太はあたしに言った。
「剣道部の奴らが放送塔の前に席取ってるそうだ。花も一緒にどうかって言ってるけど断った」
「えっ? どうして断ったの? あたしはいいよ。龍太は行きたいんでしょ?」
「いや、別に」
「行きたくないの?」
「どっちでもいい」
「じゃ、行こう?」
興味がある。
龍太が剣道部の人達とどんな感じなのか。
放送塔近くまで歩いて、そこもやっぱり行列してたので、並んで砂浜に下りた。
「足、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
嬉しくて、龍太の手をギュッと掴むと聞かれる。
「どうした?」
「龍太ってすっごく優しいよね」
「……」
あれ、そっぽ向いちゃった。
「照れてるの?」
龍太の顔を下から覗き込もうとすると、後頭部を掴まれて唇にチュッとキスされた。
「龍太の馬鹿!! こんなとこでキスなんかしないでよ」
「自業自得だろ」
もう、意地悪なんだから。
龍太をからかうと倍返しされることが分かった。
これから気をつけよう。
だけど、龍太の照れた顔、可愛いな。
顔がニヤけてしまう。
また見たいかも。
やっと浜辺に下りた。
下駄の中に砂が入って歩きにくい。
裸足になろうかなと思った時、龍太に向かって手を振っている人達が見えた。
「おー。やっぱり、来たじゃん!!」
「黒澤!! こっち、こっち」
「黒澤先輩!!」
15人程の男女が固まってビニールシートに座っていた。
流石に女の子は皆浴衣を着ているね。
皆の視線が急にあたしに集まり、緊張しながら頭を下げた。
「今晩は」
「今晩は」
「初めましてー」
「久し振りだね。藤本さん」
と坂本先輩。
皆が空けてくれた席にドカッと腰を下ろす龍太を横目で見ながら、クラスの前田に声をかける。
「久し振り。元気?」
「うん。藤本は?もう宿題全部やった?」
「7月中にさっさと済ませちゃったよ。8月バイトだったし」
「へえ、バイトか。偉いんだなぁ。俺はまだ後少し残ってるけど、明日中に終わらすつもり」
「明日中にって、明日しかないじゃん」
「そうだなー。やべえ」
前田は大袈裟に嘆いて頭を抱えた。
えっと、龍太は周りの皆と話してるし、どこ座ればいいんだろ?
キョロキョロしてると、龍太に呼ばれた。
「おい、花。こっち来い」
何よ、その呼び方。
あたしは犬じゃねえっつーの!!
ムッとした顔して側に行くと、手を引っ張って龍太の脚の間に座らせられた。
「ちょっと、龍太。恥ずかしいよ」
皆が面白そうにこっちを見てるじゃん。
龍太は知らん振りして隣の男の子と話してる。
だけど、女の子達が話してる声が聞こえた。
「うわー、本当に。坂本君の言ってた通りだ」
「何か意外だよねー」
その後は小声になってしまい聞こえない。
やっぱりあたし達のこと話してるのかな?
「黒澤先輩と彼女さん、飲み物どーぞ」
ショートカットに目がくりくりして可愛い女の子が飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう。あっ、でも1本でいいです。龍太の少しもらうので。トイレ行きたくなっちゃうと困るから」
「お二人、とっても仲いいんですね」
憧れの眼差しで見つめられ、照れてしまう。
「そ、そうかな?」
確か麻子が憧れていた椎名先輩が笑いながら言った。
「羨ましがってないで、野田も早くいい男見つけろよ」
野田さんは肩を竦めながら、他の女の子達を振り返って言った。
「先輩達、見慣れちゃっているからなぁ。先輩達よりいい男って中々いないんですよ。ねー!!」
女の子達もそれぞれ頷いている。
ふーん。
剣道部の中でもそんな感じなんだ。
確かに格好いいよね、この人達。
近くにいる分、騒げないのかも知れないけど。
先輩達って彼女はいないのかしら?
後で龍太に聞いてみよう。
龍太がコーラの缶を開けてあたしに差し出した。
受け取って一口飲んだ。
普段はコーラあんまり好きじゃないんだけど、冷たくて美味しい。
スピーカーからずっと流れていた音楽が途切れた。
司会者の挨拶があり、いよいよ花火大会が始まるらしい。
あたしは待つことが苦手だ。
子供の頃から花火大会に行くと、花火が始まるまでの時間が長くて待ちくたびれて、実際に花火が上がっている時は疲れちゃってあんまり良く観てなかったりした。
でも、今日はあっという間だった。
龍太と一緒だと、待つのも全然辛くない。
花火はとても綺麗だった。
お腹にズーンとくる音と共に夜空いっぱいに花が咲くと、皆歓声を上げ拍手をしている。
あたしの後ろにいる龍太は何も言わないけど、あたしも皆と一緒になって拍手をしていた。
あたしは金色の星がきらきら流れる花火が一番好きだ。
最後の花火が上がってからも暫くじっと座っていた。
「龍太、すっごく綺麗だったね」
「……ん」
「来年も来ようね」
「ああ」
来年だけじゃなくて、毎年龍太と来たいな。
周りの人達が皆帰り支度を始め、辺りは一気に騒がしくなった。
「今一番混雑するから、もう少しここにいた方がいいだろう」
と坂本先輩が言った。
女の子達は嬉しそうに、
「はーい」
と揃って返事をした。
ずっと砂の上に座っていてお尻が痛くなったので、立ち上がって浴衣の皺を伸ばした。
龍太も立ち上がって伸びをしている。
「先輩、ちょっといいですか?」
うちの高校の剣道部では珍しく坊主頭にしている一年生が龍太に近づいて言った。
何か相談があるらしい。
二人で話しながら海の方に歩いて行ってしまった。
「お菓子食べませんか?」
小柄でおかっぱ頭の子が皆にお菓子を配っている。
あたしの顔をチラッと見たにも拘らず、あたしの所にはお菓子持って来なかった。
別にいいけどさ。
食べたくないし。
でも、ちょっと感じ悪くない?
他の人達は気付いていないみたいだけど。
龍太が行ってしまったので、一人でシートに座って膝を抱え込んだ。
皆2、3人で固まって話していて、あたしを気に留める人はいない。
ちょっと寂しいな。
暫くすると、花火の前に飲み物を持ってきてくれた野田さんがあたしの側に来た。
「お菓子どうぞ」
「あ、ありがとう。だけど、さっき屋台で色々食べたからお腹一杯なの」
「……絵美のことごめんなさい」
野田さんは俯いて小さな声で謝った。
おかっぱの彼女は絵美という名前らしい。
「絵美は入部した時からずっと黒澤先輩に片思いしてたんです。今日、先輩と彼女さんがとても仲良いの見ちゃったから、凄く辛いんだと思うの」
「うん、大丈夫。気にしてないよ」
剣道部に入ってる女の子って女武者みたいな人ばっかりなのかなって思っていたけど、何か可愛らしい子が多いんだ。
「あたし、藤本花っていうの。1年D組」
「野田五月。1年A組」
フッと微笑みあった。
野田さんとは仲良くなれそう。
「藤本さん、こっちにおいでよ。皆を紹介するから」
野田さんと一緒に女の子達が座っている所に行った。
絵美って子はあたしが近づくのをみると、フンって感じでそっぽを向いた。
だけど、他の子達には興味津々って顔で迎えられた。
紹介が終わると、早速という感じで色々話しかけてくる。
野田さんと絵美って子と後2人が1年生で、残りの2人は2年生だそうだ。
「あんな黒澤君、初めて見たよ」
「うん。もう、びっくり」
「えっ、あんなって?」
「彼女とイチャイチャする黒澤君」
「藤本さんとはいつもあんな風なの?」
「……はい」
「へーえ」
「坂本先輩からラブラブだって聞いてたけど、実際に見るまで信じられなかったよね」
「今までの彼女達には酷かったもんね」
「超冷たかった」
「そうそう、絵美にも諦めた方がいいよってずっと言ってたんだけど」
「……ちょっと、まずいよ」
「あっ、ごめんね、藤本さん。気悪くしないで」
「ええ、大丈夫です。噂は色々聞いていたので」
酷い噂がガセだったってことは言わない。
だって、これ以上龍太のことを好きな人が増えたら困るもの。
だけど、こういうこと聞くと、やっぱり少し傷ついちゃうよ。
あいつ、何人の女と付き合ったんだろう?
その人達に優しくしてなくても、やっぱりキスとか、……エッチとか、したんだよね?
嫌だ!!!
何か他のこと考えなきゃ。
こんな所で泣いては駄目だ。
龍太はあたしとはちゃんと付き合ってくれてる。
とっても大事にしてくれてる。
本気で好きだって言ってくれたよ。
そうだよね?
龍太、どこ行っちゃったんだろう?
キョロキョロして龍太の姿を探す。
もう真っ暗で浜辺には殆ど人がいなくなっている。