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8月21日(土)(前)

8月21日(土)(前)



朝、随分早く目が覚めてしまった。


今日はあたしの誕生日で、16歳になった。


毎年って訳ではないけど、子供の頃から誕生日の日に熱を出すことが多かった。


それで、数日前から心配だったんだけど、今年は何とか大丈夫な様だ。


あたしの誕生日だってことは、龍太に直接は言っていないけど、うちのお母さんが龍太のお母さんに話したから、伝わってるんじゃないかと思う。


プレゼント期待してるって訳じゃないけどさ。


あー、でもやっぱりちょっと期待してるかな。


そういえば、あたし、龍太の誕生日がいつか知らない。


後で聞いてみよう。


龍太は今朝合宿から帰ってくる。


夕方、一緒に夏祭りに行く約束をしている。


すっごく楽しみ。


早く会いたいな。


明日のお昼は家に龍太の家族が来ることになっている。


龍太のお父さんも来る筈だ。


龍太はそういうのすごく苦手だと思うけど、お母さん達が決めてしまったものはどうしようもない。


月曜日から学校が始まる。


今年はあっという間の夏休みだったな。


毎日龍太に会えるのがとても嬉しかったりする。




お祭りには、去年、田舎に行った時に作ってもらった浴衣を着ていくつもり。


お母さんの実家は呉服屋だ。


今は賢治伯父さん、お母さんのお兄さんが店を継いでいる。


着物を着る人は少なくなってしまったけど、何とか商売は成り立ってると聞いている。


賢治伯父さんは、お転婆で頑固な妹とは性格が正反対で、おっとりとしていて如何にもぼんぼんって感じの人だ。


奥さんの朋子叔母さんとの間に、高3の真奈姉とあたしと同い年の正人君がいる。


うちのお母さんは中学生の頃から田舎が嫌で、絶対に大都会の大学に行くって決めていたそうだ。


親は随分反対したみたいなんだけど、勝手に大学に受かっちゃって、家族の反対を押し切って出てきてしまったらしい。


お母さんらしいっちゃお母さんらしいけど。


それで、大学でお父さんと知り合って、恋に落ちたんだ。


あたしのお父さんは一人っ子で母子家庭で育った。


父親はお祖母さんがお父さんを身篭った時にどっかに消えてしまったらしい。


お祖母さんは一人で子供を生んで、とてもとても苦労して育てたそうだ。


お父さんがまだ学生の時に亡くなってしまったお祖母さんをあたしは知らない。


お父さんはただ一人の家族だった自分のお母さんを、もっと早く楽にしてやれなかったことをとても後悔している。


そして、そのために自分の家族をとても大切にしてくれるんだ。


今ではお父さんのことをお母さんの田舎では皆受け入れてるけど、最初はお祖父ちゃんとか怒っちゃって大変だったらしい。


あたしはお祖父ちゃん達が好きだけど、その話を聞いた時は、お父さんが可哀想で本当に腹が立った。




香代とあたしは小さい頃から2、3年毎に、夏休みに田舎に行った時に、浴衣を作ってもらっていた。


去年作ってもらったのは、ちょっと大人っぽく紺地に大きめの白い朝顔があしらわれたものだ。


帯は艶のある紫がかったグレーに小花が散ったもの。


お母さんから田舎のお土産と誕生日のプレゼントにあめ色のかご巾着をもらった。


布の部分は紺色で赤い金魚が一匹泳いでいて、紐には赤いガラス玉が付いていてとても可愛い。


早目の夕食を食べた後、準備をする。


浴衣は一人で着れないので、お母さんに手伝ってもらった。


髪は後ろでまとめてねじり、スワロフスキーの薄い青と紫の朝顔のバレッタで止めた。


去年の誕生日にお父さんとお母さんからプレゼントしてもらったお気に入りのバレッタだ。


暑いからお化粧するの嫌だな。


化粧水と薄いピンクのグロスだけにしよう。


リビングに戻ると香代も浴衣を着せてもらっていた。


香代の浴衣は、白地に赤い金魚と青い団扇の可愛い柄だ。


「二人で写真撮ってあげるわ」


お母さんに香代と二人のと一人ずつの写真を撮って貰った。


お祖母ちゃん達に送るためだ。


かご巾着を持って、下駄を履いて、準備完了。


玄関に立ったあたしを見てお母さんが言った。


「とっても可愛いわ。黒澤君と逸れない様に気をつけるのよ。そういえば、絆創膏持った?」


「うん、持った」


「いってらっしゃい。向こうで会うかも知れないわね」


「多分すごい人だろうから、会わないと思うよ。じゃ、いってきます」


お母さん達もあたしとは別にお祭りに行く。


家の門を出ると、丁度龍太がやって来るところだった。


「龍太、今晩は」


「……何で外に出てるんだよ」


「もう来るかなっと思って」


「危ねえだろ。家の中で待ってろ」


「危なくなんかないよ、家の前だし」


でも、心配してくれてるんだね。


何か嬉しくてニヤけてしまう。


駅までの道を手を繋いでゆっくりと歩いた。


月曜日からは、またこうやって毎日通えるんだね。


嬉しいな。


電車に乗るとお祭りに行く様子の人がちらほらいる。


「ねえ」


「ん?」


「龍太って浴衣持ってないの?」


「持ってねえよ」


龍太はいつもの様にジーンズにTシャツ姿だ。


格好いいんだけどね。


龍太の浴衣姿見たかったな。


「ふーん、残念。すっごく似合いそうなのにさ」


「……」


電車を降りると既にすごい人だった。


あたしは子供の頃から夏祭りが大好きだ。


この雰囲気が好きだ。


暗い神社の庭にぶら下がる提灯の灯り。


食べ物の匂いや屋台を覗く人達のガヤガヤした話し声。


太鼓の音とか、盆踊りの音頭とか、聞いているだけでワクワクする。


夜店を一軒一軒見て回った。


「龍太、ヨーヨー釣りしたい」


前を歩いている龍太のTシャツの裾を引っ張った。


「……ガキだな」


「龍太もやらない?」


「やらない」


屋台のおじさんにお金を渡して、釣り針のついたこよりを受け取る。


どれにしようかな?


紫に白と赤の模様が入ったヨーヨーを狙う。


子供の頃から、金魚掬いはなかなかうまくいかなかったけど、ヨーヨー釣りは失敗したことないんだ。


手に入れたヨーヨーをパシンパシンいわせながら歩く。


「あー、たこ焼き食べたい」


「夕飯食べてきたんじゃねえのか?」


「うん。早目に食べたから、お腹すいちゃった」


ヨーヨーをかご巾着に入れて、龍太に持ってもらう。


龍太の大きな手の中ではちっちゃく見えちゃうあたしの巾着。


プッ。


何か可愛い。


ニヤニヤしているあたしを見て龍太が言った。


「気味悪りいな。そんなにたこ焼き食べたかったのか?」


「うん!」


プラスチックのパックを開けて、歩きながら食べる。


「龍太もいる?」


つまようじに刺したのをひとつ龍太に差し出すと、屈んで口を開けたので食べさせてあげた。


何かいいな、こういうの。


最後の一個を龍太の口に入れてあげながら聞いた。


「龍太は子供の頃、お祭りに行くと何食べてたの?」


「忘れた」


「思い出してよ。こんだけ見てたら何食べてたか思い出すでしょ?」


「……フランクフルト」


「さっきあったよ。食べに戻る?」


「いや、いい」


「あたし、食べたくなったから買ってくる。ここで待ってて」


近くにあった桜の木を指差す。


「また食べるのかよ」


龍太は呆れた様にあたしを見て、道を戻るあたしの後をついて来た。


「食べる?」


龍太の口元にフランクフルトを差し出す。


龍太は割り箸を持ったあたしの手を押さえて齧った。


あたしも食べながら龍太に言った。


「どうして龍太と食べると何でも美味しいんだろうね?」


「幸せだから?」


龍太が優しい目をしてあたしを見下ろす。


「うん。そうだね」


胸の中がほっこり暖かくなる。


あたしは龍太と一緒でとっても幸せだ。


かわりばんこにフランクフルトを齧りながら歩いた。


「あっ、ベビーカステラ食べたい」


「いい加減にしろよ。腹こわすぞ」


「大丈夫だよ」


「俺は食べねえからな」


「うん」


やっぱり最後は甘いものが食べたくなる。


ベビーカステラ4個食べ終えたあたしが、


「あんず飴食べたい」


と言ったら、龍太はもう呆れてものも言えないって感じであたしを見た。




「龍太、そっちはもう何もないよ」


「……」


夜店の並んでいる道も終わり、提灯の灯りも途切れた。


どこ行くつもりなの?


黙ってあたしの手を引っ張ってすたすた歩いていく龍太。


「どこ行くの?」


「……先客ありかよ」


龍太に連れて来られたのは、神社の影になっている場所。


月明かりに、建物に寄りかかって抱き合っている男女が見えた。


慌てたあたしが今度は龍太を引っ張っていく形になる。


林みたいな所に踏み込んだ。


急に龍太に後ろから抱き寄せられた。


ちょっ、ちょっとこんなとこで何するつもり?!


そりゃ、あたしだって龍太と二人きりになりたかったけど。


人に見られるかも知れないじゃん。


「龍太、駄目だよ。誰かに見られちゃう」


だけど、エロ馬鹿龍太はあたしの項に口付けると、見八つ口から手を入れてきやがった。


「ちょっ、龍太!!! すぐ止めないと助けてって大声出すよ」


大声出されては流石にヤバイと思ったのか、龍太は浴衣から手を出すと、あたしの体をくるっと反転させて自分の方に向けた。


「そんな色っぽい格好してくんのが悪い」


見上げた龍太の顔は月明かりが影が落とし、いつもよりセクシーに男っぽく見える。


ドクン、ドクン、ドクン……


「大声出すなよ」


ニヤッと笑って屈んでくる龍太を避けることはできなかった。


優しいキス。


段々深くなる甘い甘いキス。


やっと唇を離した龍太が言った。


「俺、甘いもん苦手だけど。甘いもん食べた後の花とキスするのは好きかも」


そんな恥ずかしいこと真顔で言わないでよ。


赤くなって俯いたあたしの頭を大きな手がクシャッと撫でた。


「花火行くか?」


「……うん」


花火大会のことなんてすっかり忘れてた。


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