8月18日(水)
8月18日(水)
今日は龍太のお母さんと雄二君と食事に行く。
龍太からあんな話を聞いてたけど、あたしは龍太のお母さんのことが好きだ。
自然体でリラックスさせてくれる人だと思う。
それでいて人のことをちゃんと見てくれる。
お蔭で、龍太の家にいた2日間、家族の一員になれたみたいで嬉しかった。
やっぱり看護師だったのとか、関係あるのかな。
息子達のことすごく可愛がっているのが分かるし。
お父さんとの仲はどうか知らないけど。
雄二君もいい子だと思う。
あんなに可愛いのに、全然格好つけてなくて素直ないい子だ。
だけど、学校ではすっごくモテてるんだろうな。
彼女とかいるのかしら?
後で聞いてみよう。
お父さんとは殆ど話さなかったので、よく分からない。
でも、多分龍太に似てる気がする。
外見だけじゃなくて、性格も。
今度会った時はもっと話したいな。
だけど、お父さんも浮気してたんだよね。
そこは、絶対に似て欲しくない。
龍太は浮気なんかしないと思うけど。
格好良過ぎるから、女から寄ってくるのが困るんだ。
だって、あたしと喧嘩とかして、龍太が弱気になったり、自棄になっている時に綺麗な女の人が誘ってきたら、揺らいでしまうかも知れないでしょ?
龍太と絶対喧嘩しない様にしよう。
5時15分前に龍太のお母さんと雄二君がお店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
雄二君がティラミス、お母さんがピーチを選んで、お金を払おうとしたので、
「奢りです」
と言った。
「あら、花ちゃん、ありがとう。じゃあ、ご馳走になります」
龍太のお母さんは、家であたしが手伝うと言った時もそうだったけど、こういう時にはさっぱりと受け入れてくれる。
二人が窓際の席に着くと、大田さんがあたしに言った。
「花ちゃん、もうそんなに忙しくないし、上がっていいわよ」
「ありがとうございます」
静香さんがお母さん達の方を見ながら、あたしに囁いた。
「弟君もすっごいイケメンじゃない。彼女いるのかしら?」
「し、静香さん?!! 彼、中学生ですよ」
「もう、冗談だってば。花ちゃんも浮気しちゃ駄目よ」
「……しませんよ」
着替えてから店に戻り、お母さんと雄二君のテーブルに近づいた。
「お疲れさま」
お母さんがまだ食べ終わってなかったので、雄二君の隣に腰掛けた。
「美味かった」
「本当、美味しいのね」
「この前、話してた店長さんはいないの?」
「今日はお休みです」
そうだった、店長さんの話、色々しちゃったんだ。
「兄貴から連絡あった?」
「うん、昨日メール着た」
本当はあたしが出したメールに答えてくれたんだけどさ。
「ほら、やっぱり。藤本さんには連絡してるでしょ」
お母さんに向かってそう言う雄二君。
「よかったわ。心配してたのよ、花ちゃんに嫌われちゃうんじゃないかと」
雄二君が言うには、龍太は家には滅多に連絡しないらしい。
家族は馴れちゃってるからいいけど、と笑った。
「雄二君も何かスポーツやってるの?」
「一昨年まで剣道やってたんだけど、兄貴に敵わないから止めた。中学ではバスケ部に入ってた。もう引退しちゃったけど」
「ふーん。雄二君も背高いもんね。今何センチあるの?」
「176、まだ伸びるよ。兄貴は超せないかも知れないけど」
「夫も私も普通なのに、息子は何故か二人とも大きいのよね」
「曾お祖父ちゃんが背高かったんでしょ?」
「そうなのよね。私の祖父はその時代の人にしては、随分大きかったみたい」
そういえば、龍太って身長どの位あるんだろう?
すごくでかいって思うだけで、聞いたことなかったな。
お店を出て、雄二君が靴を買いたいと言うので見に行った。
自分の欲しい靴のイメージがちゃんとあるみたいで、なかなか気に入ったのが見つからなかった。
龍太は服とか結構何でもいいみたいな感じだけど、雄二君はかなり難しいみたい。
結局、靴は買わずに、予約してあるレストランに行った。
洒落た感じのイタリアン。
まだ早かったので空いていたけど、殆どのテーブルに予約の札があった。
シチリア人のシェフの料理はとても美味しかった。
お腹一杯食べた。
前菜の盛り合わせとフリットミストを一皿ずつ取って、3人で分けた。
パスタは、お母さんはナスとトマトのスパゲッティ、雄二君はスパゲッティ・ボンゴレ、あたしはイカ墨のフェットチーネを注文した。
魚料理は、雄二君とあたしがマグロのステーキ、お母さんはイカのグリルだった。
お母さんはお腹が一杯とデザートはパスしてエスプレッソを頼んだが、あたしは生の無花果、雄二君はしっかりとカッサータを食べた。
食事中は色々おしゃべりして楽しかった。
龍太が子供の頃の話とか色々聞いてしまった。
龍太は全然手がかからない赤ちゃんだったらしい。
「何か大人っぽい赤ん坊だったのよね。殆ど泣かなかったし、放っておいても一人で遊んでいたし」
「可愛い赤ちゃんだったんですか?」
「お兄ちゃんは小さい頃は女の子によく間違えられてね。今の姿見ると信じられないでしょ?」
「へえー。今度、写真見せてくださいね」
「この間、見せてあげればよかったわね。アルバム沢山あるのよ」
「兄貴の写真の方が僕のよりずっと多いんだよ」
「それは、初めての子だから。お父さんがしょっちゅう撮っていたのよ」
「うちもそうですよ。妹よりあたしの写真の方が多いです」
「それに、お兄ちゃんに比べると雄二は手がかかったからね。すぐ風邪ひいたり、お腹こわしたりして。お兄ちゃんもいたから、雄二ばっかりという訳にもいかないし、写真撮る余裕はあまりなかったかな」
「今はそんなことないからね。お母さん、藤本さんにあんまり恥ずかしいこと言わないでよ」
「今ではすっかり丈夫になったわよね」
「でも、男の子二人ってやんちゃで大変そうですよね」
「そうね。取っ組み合いの喧嘩してるかと思うと、ただふざけてるだけだったりね」
「家の中でサッカーして置物壊して、お父さんにぶん殴られたこともあったね。後、ベランダから縄垂らしてターザンごっこやって、僕だけ足を挫いたりね」
「そうね。でも、あまり兄弟喧嘩はしなかったわよね」
「兄貴、強いからなあ。学校でも上級生におまえ生意気だとか言われて、喧嘩吹っかけられても、負けてなかったしね」
「お蔭で、小学校3年生位までかしら、しょっちゅう学校に呼び出されていたわよ。あの子、凄く正義感の強い子でね。売られた喧嘩は絶対買うっていう他に、苛められている同級生の仇とか取っちゃってね。先生も困ってらしたわよ。正義感強いのはいいけど、喧嘩はいけないって教えるのに」
「剣道始めてからだよね、喧嘩しなくなったのって」
「ええ。だけど……」
お母さんが、ちょっと顔を顰めてあたしの方を見た。
言い辛そうにしているのを見て、あたしから言った。
「……あの、中3の時の話なら聞いています」
「えっ、お兄ちゃんから聞いたの?!」
「はい」
「お兄ちゃん、よっぽど花ちゃんのこと信頼しているのね。あの時もあの後も、家では何も話してくれなかったのよ。警察の人から聞いて、大体の話は分かったんだけど」
ちょっと悲しそうにお母さんが言った。
でも、その後、気を取り直した様に笑った。
「でも、花ちゃんに話したってことは、ちゃんと克服できたってことよね。本当によかったわ」
それから、また心配そうな顔になったお母さんが聞いた。
「だけど、あの話聞いて花ちゃんは気を悪くしなかった?龍太のこと嫌いになったりしない?」
「気にならないって言ったら嘘になりますけど。あたしのこと本気だって言ってくれたので」
「そうね、見ていて分かるけど。あの子、花ちゃんのこととっても好きだと思うわ」
「兄貴のあんな優しい顔、始めて見たよね」
そうかな?
そう見られているなんて、何か嬉しいな。
「藤本さんは兄貴のどこが好きになったの?」
「初めは優しいとこかな。でも、今は全部好きだよ」
何か照れるよ、この会話。
「兄貴が羨ましいなぁ」
「雄二君は彼女いないの?」
「1ヶ月ぐらい前に失恋しちゃいました」
「へえ、雄二君でも失恋するんだ」
「そりゃ、しますよー。片思いだったんだけど。もたもたしてたら、彼女、僕の友人と付き合っちゃった」
「それって最悪だね」
「うん。友人は僕の気持ち知らなかったんで、しょうがないんだけどね」
「やっぱり、誰か好きになったら、待っていないでどんどん迫んなくちゃ駄目だよ」
「えっ?! 藤本さんってそうやって兄貴落としたの?」
「うーん。最初は向こうから付き合ってくれって言ってきたんだけど、最終的にはそうかなぁ」
「ちょっと意外」
「そう?」
「今度はそうしてみるね」
「うん、頑張って」
雄二君だったら、すぐに彼女できると思うけどね。
「ごちそうさまでした」
バイト代入ったからあたしが奢りますと言ったんだけど、お母さんは払わしてくれなかった。
家の側の駅まで一緒に帰って、一人で家まで帰れると言ったんだけど、もう暗いし危ないから、絶対に家まで送ると言われた。
家に着いたらお母さんが出てきて、龍太のお母さんと雄二君を呼び止めて話し始めてしまった。
この間、あたしが龍太の家に泊まらせてもらった翌日、午前中休暇を取っていたお母さんが挨拶に行くと言って、田舎から持って帰ってきた桃を持って一緒に龍太の家に行った。
その時、今度一緒に食事をしましょうと言ってたんだ。
結局、この週末に家でバーベキューパーティーをすることになってしまった。