8月14日(土)(前)
8月14日(土)(前)
何だか良く眠れなかった。
目を瞑ると龍太としたあんなことやこんなことが頭に浮かんで。
眠れないベッドの中で一人赤面して悶えていた。
あー、もう恥ずかしくて、龍太の顔見れないよ。
今日はバイトが終わったら、龍太の家に行く。
龍太の家族に会うのは初めてなので、緊張する。
朝暗いうちに起きて、パジャマのまま、旅立つ親を見送った。
「じゃあ、行って来るわね。着いたら電話するからね。黒澤君のご両親にちゃんとお礼言うのよ」
「はいはい。お祖母ちゃん達によろしくね」
「お土産買ってくるからな」
「いってらっしゃい」
2度寝しようとベッドに戻ったけど、何だか色々考えちゃって眠れなかった。
昨夜準備した鞄を持って、バイトに行く。
「おはようございます」
「おはよう。あれ、花ちゃん、どっか行くの?明日バイト休みじゃないでしょ?」
あたしの荷物を見た静香さんに聞かれた。
「あ、これはちょっと」
「はーん。もしかして、彼氏とお泊りデート?」
あー、もう、恥ずかしい。
何ですぐ分かっちゃうんだろ?
「…彼の家に行くんですけど、親もいるので別に何も疚しいことはないです」
「あらら、花ちゃんたら真っ赤になっちゃって、純情ねえ。初めてのお泊りデートか、何か懐かしいな」
大田さんにもからかわられる。
「花ちゃんとあのイケメン彼氏かぁ」
静香さんがニヤニヤしながら言った。
絶対に変な想像してるよね。
「あー、いいなぁ、いいなぁ!!! 僕も彼女欲しいよぉ!!!!」
保さんが叫んでいる。
もう、勘弁して欲しい。
夕方、龍太にお店まで迎えに来てもらわないで、駅で約束していてよかった。
一日中凄く忙しくて、余計なこと考えている暇はなかった。
やっと、5時になり、制服を着替えたあたしは、皆にからかわられながら店を後にした。
この時間でもまだ暑い。
鞄を腕に提げて駅まで歩くと、汗びっしょりになった。
やだな、早くシャワー浴びたい。
だけど、龍太の家に行って、すぐお風呂に行かせてください、なんて言ったら失礼じゃないかしら?
駅前の広場に着いて、グルッとあたりを見回すけど、まだ龍太は来ていない様だ。
ベンチは全部塞がっていたので、鞄を足元に置いて、花壇を囲っている低い塀に腰掛けた。
ここにいる人達皆、待ち合わせしてるのかな?
あれっ?!
あたしの正面で、こっちに背中向けて立ってる女の人二人と話してる、ベンチに座った男って、龍太に似てない?
その男があたしを見て立ち上がった。
やっぱり龍太じゃん。
誰よ、あの女達?
塀から下りて、龍太が近づいて来るのを待った。
龍太と話していた女の人がこっちを見ている。
「花」
えっ?!
きゃあー!!!!!!
急に抱き締められ、濃厚なキスに口を塞がれた。
馬鹿龍太、こんな公衆の面前で何考えてんのよ!!!!
恥ずかしいのと、息が出来ないのとで、龍太の胸をバシバシ叩いた。
やっと、あたしを離した龍太は、目を見開いたまま固まっていた二人の女性に向かって言った。
「これから彼女とデートなんで、失礼します」
そして、真っ赤な顔したあたしの手から鞄を取ると、あたしの肩を抱いて歩き出した。
電車に乗ってから、隣に座った龍太に聞いてみる。
「ねえ、龍太」
「ん?」
「さっきの女の人達、誰?」
「……知らねえ」
「えっ、だって、一緒に話してたじゃない」
「知らねえよ。向こうから勝手に話しかけて来た」
「ふーん」
「……何だよ?」
「……」
「彼女待ってるって言ってるのに、遊びに行こうってしつこく誘って来たんだよ」
「……あたしと約束してなかったら行っちゃった?」
「行くわけねえだろ、馬鹿」
「本当?」
「ああ。ヤキモチ焼くなよ」
ニヤッと笑って、頭をクシャって撫でられた。
龍太は格好良過ぎるんだよ。
あの女の人達、随分大人っぽかった。
あたし一緒にいて可笑しくないかな?
釣り合ってないって思われないかな?
不安になって俯いてしまう。
「花の方がずっと可愛いから」
耳に囁かれて真っ赤になった。
龍太に初めて可愛いなんて言われた。
嬉しい。
頬が緩んでしまう。
そっと息を吐くと、龍太にもたれかかった。
自分んちの駅で降りても、家には帰らないって変な感じ。
龍太と手を繋いで、龍太の家に向かう。
今日は家族全員揃ってるんだろうな、と思ったら緊張してきた。
あたしの手から緊張が伝わったのか、どうしたって問うようにあたしを見下ろしてきた。
「ちょっと怖くなってきた」
「何が?」
「龍太の家族に会うのが」
「……何で?」
「龍太だってあたしの親に会う時、緊張したって言ってたじゃん」
「……あれは、花と付き合うことを反対されるかもと思ったからだ」
「え?そうなの?」
「俺の親はそんなこと言わねえから心配しなくていい」
「……うん」
あたしの手を握り直して、しっかり繋いでくれた。
自分の家に着くと龍太は鍵を出してドアを開けた。
「おじゃまします」
「ほら」
龍太が投げて寄こしたスリッパを履いて、龍太の後をついて家の中に入る。
リビングを通ってダイニングルームに入ると、
「あら。ようこそ、いらっしゃい。お兄ちゃん、おかえり」
龍太のお母さんと思われるほっそりした女性が手をエプロンで拭きながら台所から出てきた。
「初めまして、藤本花です。2日間お世話になります」
あんまりじっと見られると緊張しちゃう。
きびきびした感じの綺麗なお母さん。
看護師さんだったんだよね。
白衣が似合いそう。
龍太はあんまり似てないかな。
龍太はお父さん似なのかしら?
「こちらこそ、よろしくね。お兄ちゃんが女の子家に連れてくるなんて初めてだから、皆ワクワクして待っていたのよ」
あっ、だけど、笑った感じが龍太にそっくりだ。
何だかほっとする。
龍太は知らん振りして、台所の冷蔵庫から麦茶を出してコップについでる。
「飲む?」
「……うん、ありがとう」
そんな、あたし達をニコニコしながら見ているお母さん。
「……親父と雄二は?」
「雄二はお友達と出かけてるわ。夕飯までには帰るって言ってたから、もう帰ってくると思うけど。お父さんは書斎よ」
龍太があたしに聞く。
「部屋行くか?」
「えっと、バイトで汗かいちゃったので、お風呂お借りして着替えてきてもいいですか?」
「ええ、勿論よ。お兄ちゃん、案内してあげなさい」
龍太の部屋に荷物を置き、2階のシャワールームでシャワーを浴びて着替えると、台所に戻った。