8月8日(日)
8月8日(日)
昨日は色々あってすっごく疲れた。
そのためか、今朝は、すぐにバイトに行かなくてはならない時間まで、寝坊してしまった。
夏は稼ぎ時なので、アイスクリーム屋は7、8月は無休だ。
バイトは週に1日休みを取れるけど、土日は休めないことになっている。
今日も忙しくなりそうだ。
龍太は今日は何か用事があるみたいで会えないと言っていた。
明日の朝、あたしがバイトに行く前に会う約束をしている。
約束の時間を6時にしよう、って言ったら、アホかと怒られた。
確かに、龍太はゆっくり休める時ってこの数日しかないから、寝坊したいんだろうね。
学校行ってる時も、いつも朝は不機嫌だったしね。
結局8時に家に迎えに来てもらい、バイトの時間までブラブラしようということになった。
今朝、バイトに行くと案の定、皆が色々聞いてきた。
静香さん:「花ちゃんの彼氏、すっごいイケメンじゃない。びっくりしちゃった」
あたし:「え? そうですか?」
イケメン、かなぁ?
顔怖いじゃん。
格好いいとは思うけど。
静香さん:「好みだなー。ウチの彼氏よりいいよー。年下じゃなかったら、アタックしちゃうんだけど」
あたし:「えー?! 静香さん、人の彼氏取らないでください。それに、そんなこと言ったら静香さんの彼氏に悪いですよ」
静香さん:「フフッ。花ちゃんと彼氏ってどっちから告白したの?」
あたし:「あたし、かなぁ?」
付き合ってって言ったのは龍太だけど、先に好きって言ったのはあたしだ。
大田さん:「彼、背が高いのねぇ。何かスポーツやってんの?」
あたし:「はい、剣道やってます」
保君:「へえー、彼氏、剣道部なの。何か高校時代が懐かしいなー」
あたし:「保君は高校では何部だったんですか?」
保君:「あー、僕はサッカー部だった。レギュラーじゃなかったけど」
静香さん:「タモッチーのことはいいから」
保君:「うわっ、それ酷い。分かったよ。花ちゃんの彼氏の話すればいいんだろー? 彼氏はレギュラーなの?」
あたし:「はい。すっごく強いんです」
保君:「そりゃ、恋してりゃね。相手は完璧に見えるだろ」
あたし(ちょっとムッとして):「他の人から見ても強いですよ。インターハイで3位だったんですから」
保君:「負けたー!!!」
大田さん:「それで、昨日のデートは楽しかった?」
あたし:「あ、はい」
龍太の家でしたあんなことやこんなことを思い出し、思わず赤面してしまう。
そんなあたしを見て静香さんが笑う。
「花ちゃん、真っ赤になっちゃって。可愛いー!!!」
あーもう、恥ずかしい。
「いいなー、いいなー。僕も彼女が欲しい!!!」
保君はまた不貞腐れている。
今日も一日中忙しくて、家に帰ったらぐったりだった。
お父さんとお母さんと3人で夕食を食べている時、お母さんが言い出した。
「ねえ、花。お母さん達、お盆休みは田舎に行く予定だけど、あなたはどうするの?」
「あたし、バイト休めないし。留守番してるよ」
「でも、女の子一人で心配だし。バイト、2日ぐらい休めないの?」
「今、お店一番忙しい時だから、週末に休んだら迷惑だよ。あたし、もうすぐ16だし、一人でも大丈夫だよ」
「何かあったら嫌だし。どうする、幸太郎さん?」
「そうだなぁ。お隣の佐野さんちも帰省するって言ってたからなぁ」
「上原さんは今年も沖縄?」
「うん」
上原さんとは麻子のことだ。
麻子は毎年8月に入るとお父さんの田舎の石垣島に里帰りする。
中2の夏には、あたしも一緒に連れて行ってもらった。
真っ青な海でシュノーケリングしたり、天文台で星を観測したり、麻子の従兄弟達と一緒に海辺で花火をしたり、お祭りに行ったり、とてもとても楽しい夏休みだった。
「黒澤君は? やっぱり田舎に行くのかしら?」
えっ?
何でそこで龍太の名前が出てくるのよ?
「…行かないと思う。16日から合宿だって言ってたし」
「だったら、14日と15日の晩、黒澤君に泊まりにきてもらえばいいじゃない?」
何?!
今、何て言ったの、お母さん?!!!
そんなことできるかー!!!!!!
その方が危険じゃないのよ。
お父さんだってギョッとしているよ。
「……いや、和子。それはちょっとまずいんじゃ」
「黒澤君だったら、私も安心して花を任せられるし。親から頼めば何もしないと思うわよ。彼、そういうとこ、真面目そうだし」
「龍太だって用事あるだろうし、迷惑だよ」
「そんなの聞いてみなけりゃ分かんないじゃない?」
「やだー!!! そんなこと絶対しないでよ」
「あら。そうしなかったら、あなたを無理やり連れて行くか、お父さんだけ行ってもらうことになるわ」
そんなこと言ったって、お母さんの田舎でしょう?
香代も迎えに行くんでしょう?
お父さんも何で黙ってんの?!!!
うちのお母さんは言い出したら聞かない頑固者。
絶対お父さんは尻に敷かれてるよ。
ああ、もう嫌だ、こんな親。
結局、携帯電話を取り上げられてしまった。
「もう、分かった。分かったから。龍太の電話番号教えるから携帯返してよ」
「だから、最初から素直に教えてくれればいいのに」
お母さんが電話をかけに部屋を出て行った後、ガックリとソファに腰を下ろす。
お父さんは居心地悪そうに、ウロウロしていたが、結局リビングを出て行ってしまった。
少しするとお母さんが戻ってきて、あたしは顔を上げた。
「OKですって。向こうも未成年だから、お母さんに代わってもらって、事情を説明して承諾いただいたわよ」
ああ、もう嫌だ。
もし迷惑だったとしても、うちのお母さんから頼まれたら拒否できる訳ないじゃないの。
明日、龍太に会うのが憂鬱だ。