8月7日(土)(前)
8月7日(土)(前)
朝9時頃、龍太から電話があった。
初めてだったからびっくりした。
「……はい」
答える時ドキドキして、ちょっと声が震えちゃった。
「俺」
「龍太、今どこ?」
「空港」
「えっ?もう着いたの?」
「いや、これから乗るとこ」
「今日、会える?」
「ああ」
あー、もう、バイト断っちゃえばよかったな。
「あたし、3時までバイトなんだけど、迎えに来てくれる?」
「…3時に行く」
「ジェラート食べたくないの?」
「甘いもの苦手だっつったろ」
「お店の場所メールするね」
「ああ」
「……ねえ」
「ん?」
「試合どうだった?」
「まあまあ」
龍太がそう言うってことは、結構良かったんだろう。
まあ、いいや。
後で詳しく聞かせてもらおう。
「じゃあ、後でね」
「おう」
嬉しいな。
龍太に会える。
まだ6時間もあるけど。
「おはようございます!!」
10時半過ぎにお店のドアを開けて大きな声で挨拶すると、偶々来ていた店長さんの奥さんに言われた。
「おはよう。藤本さんはいつも元気でいいわねえ。お店が明るくなるわ」
「でも花ちゃん、今朝は特別ウキウキしてない? 今日は早く上がるし、もしかしてデート?」
さすが大田さん、鋭い。
「はい、そうです」
何か照れくさいな。
「若い子っていいわねぇ、ずるい大人とは違って。顔見たら何考えてるか、すぐわかっちゃう」
そうなのかな?
「えっ? 花ちゃん、彼氏いるの? ショックー!!」
と言うのはショーケースを磨いていたバイトの保さんだ。
「うわっ、高校生にも負けてる。この中でフリーなの、タモッチーだけじゃん」
なんて静香さんにからかわれて、落ち込んでる。
「それで、花ちゃんの彼氏って高校生? どんな感じなの?」
冷凍庫から出した出来立てのジェラートをショーケースに並べながら、静香さんが興味津々で尋ねてくる。
「うちの高校の先輩です。感じは、そうだなぁ。怖い感じかなぁ」
「えっ、そうなの? 花ちゃんが好きになるなら、てっきり優男かと思ってたよ」
とテーブルを拭いている大田さんが言った。
「えーっ?! 何でですか?」
「花ちゃん可愛くて元気だから、優しそうな爽やかな男の子と相性いいかなって」
そう見えるんだ。
可笑しくて噴出してしまう。
龍太はどう見ても優男には見えないだろう。
「彼氏、見たいから、今度連れておいでよ」
と言った静香さんに、
「午後、迎えに来ますから、どうぞ、見てください」
と答えてしまった。
土曜日なので、ものすごく忙しく、早く上がってしまうのが何だか申し訳なくなってきた。
やっと、もうすぐ3時になる。
5分程前からチラチラ時間を気にしているあたしを見て、大田さんが笑った。
「店長が出ているから、もう上がっていいよ。早く着替えておいで」
着替えてくると、ガラス張りのドアから、ガードレールに座って待っている龍太が見えた。
「お先に失礼します」
挨拶して店を飛び出した。
店から出てきたあたしを見て、龍太は立ち上がった。
いつもの様にTシャツに穿き古したジーンズ姿だけど、今日はそれにカーキ色のキャップを被っている。
へぇ、帽子被ってるの初めて見た。
似合うじゃん。
「お帰りなさい」
「……ただいま」
二人で店の前を通る時、目に入る好奇心に満ちた皆の顔と顔。
あーあ、保さんと店長まで出てきちゃってるよ。
お客さん並んでいるんだろうに。
皆の方に頭を下げた。
明日、何て言われることやら。
「どこ行くの?」
「どこ行きたい?」
「あのホテルは嫌」
「……ああ。俺んち来るか?」
「え? 龍太んち?」
「夕方まで誰もいねえから」
ゴクッ。
何だか緊張してきた。
だって、やっぱり、そういうことだよね。
「やっぱ、止めとくか?」
「う、ううん。龍太の家に行きたい」
初めて行く龍太の家は立派な構えの一軒家だった。
「龍太の家ってお金持ちなんだね」
「……そんなことねえだろ」
「だって、すごい大きな家じゃん。龍太のご両親って何してるの?」
龍太のことで知らないことはまだまだ沢山ある。
お父さんは医者で、お母さんは以前は看護師だったけど、今は専業主婦なんだそうだ。
龍太はとても嫌そうに両親のことを話した。
もしかして、家族の仲が悪いのかしら?
前に弟がいるって言ってたけど、あんまり話してくれなかったし。
龍太の部屋は2階にあった。
あたしを部屋に案内すると、飲み物取ってくると下りていってしまった。
男の子らしい部屋。
あたしの部屋より大きいけど、家具は多くない。
壁は白くて何も飾ってない。
勉強机の代わりにがっしりした黒っぽい木のテーブル。
同じ色の肘掛け椅子。
テーブルの上は教科書やノート、パソコン等でいっぱいだ。
龍太はここに座って勉強するんだね。
本と雑誌とCDとDVDがゴチャゴチャ詰まった、大きな本棚。
一番上の棚はガラス張りになっていて、過去に龍太がもらったと思われる、メダルやトロフィーが飾ってある。
へえ、こんなにいっぱいもらったんだ。
床にも本やら、雑誌やら色々積んである。
本棚の横に立てかけてあるエレキギターとアンプ。
えっー?
龍太ってギターなんか弾けるの?!!
ちょっとびっくり。
全然イメージじゃないっていうか、意外性のある奴だよね。
あっ、でも格好いいだろうなぁー。
壁にはめ込まれた戸棚。
多分中には龍太の服が入っているんだろう。
戸棚の前には竹刀が立てかけられている。
テレビとDVDプレイヤーが置かれた低い棚。
ベージュ色のカバーがかかっている大きめなベッドに腰を下ろす。
ベッド脇には引き出しのついたベッドサイドチェスト。
その上にはアンティークっぽい大きな目覚まし時計。
ああ、もうドキドキする。
ベッドの上に座ってていいのかな?
まだ服は脱がない方がいいよね?
今日暑かったから、シャワー浴びたいな。
シャワー浴びたいって言ったら変かな?
やる気満々って思われる?
どうしよう?!!
「麦茶でいいか?」
ドッキーン!!!
ベッドから飛び上がってしまった。
「う、う、うん。あ、ありがとう」
「……花」
「何?」
「大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫!!全然怖くないし、全然平気だよ」
焦っているあたしを見て、龍太がフーッとため息をついた。
あたしに麦茶の入ったコップを手渡し、あたしの横にドサッと腰を下ろす。
ゴクゴクと麦茶を飲み干した。
緊張して喉が渇いちゃった。
黙って座っている龍太を横目で窺う。
あたしのこと面倒くさいと思っているのかな?
前に経験不足な女は嫌だって言ってたよね。
あたし、経験不足どころか初めてだし。
龍太のこと喜ばせることなんか、何もできないし。
龍太のこと満足させることなんか、できっこない。
「龍太、ごめんね」
「何が?」
「面倒くさいと思ってるんでしょ?」
「思ってねえよ」
「だって、あたし初めてだし。龍太を喜ばせることなんか、できないと思う」
「馬鹿だな。俺は花に何かしてもらおうなんて思ってねえよ」
「だけど、龍太が言ったんじゃない。経験不足の女はお断りって」
「好きだっつったろ」
「うん、でも」
「惚れてる女の初めての男になるのを嬉しくない奴がいると思うか?」
…………!!!!!!
龍太に抱き寄せられた。
真っ赤になった顔を龍太の胸に埋める。
恥ずかしい。
だけど、嬉しい。
「……龍太」
「ん?」
「バイトで汗かいちゃったから。えっと、あの、シャワー借りてもいい?」
「…ああ」
2階にあるシャワールームに案内してくれた。
「これ、タオル。ここにドライヤーあるから。あと何でも好きに使え」
龍太が出て行った後、ドアの鍵をかけた。
手早く服を脱ぎ、シャワーブースに入る。
ドキドキする。
多分、龍太はここで毎日シャワー浴びてるんだよね?
髪洗ったり、体洗ったり。
……龍太の逞しい体をシャワーのお湯が流れ落ちて。
うわわ、あたしってば何考えてんの?!!
ブースの中で一人で赤面して、あたふたしているあたし。
手が震えて、シャンプーのボトルを落っことしそうになる。
もう、何やってんだろ?
髪を洗ってお湯で流すと、シャンプーの香りがふわっと広がった。
あっ、龍太の匂いだ。
あー、もう、駄目。
ドキドキして心臓が破裂しちゃいそう。
ボディシャンプーで体を念入りに洗う。
龍太の匂いに包まれて、体が火照る。
着替えたかったけど、着替えなんかないから、さっきまで着ていた服を着て、髪を乾かし龍太の部屋に戻った。