7月31日(土)
7月31日(土)
今週は遊びまくってしまった。
お小遣いが超ヤバい。
明日からバイトで稼ぐからいいけど。
月曜日は柴崎から告白されなかった麻子の愚痴を聞きに、麻子んちに泊まりに行った。
火曜日は麻子達とカラオケ行って。
水曜日は香代とプールに行った。
木曜日は一応夏休みの宿題をするっていう口実で麻子と図書館に行った。
昨日はお母さんの妹の由紀さんと香代と遊園地に行った。
叔母さんと呼ばれることを嫌がる由紀さんは、お母さんより12歳も年下で独身なので、あたし達を時々遊びに連れて行ってくれる。
毎日出かけていたお蔭で、あまり龍太のことを悩んでいる暇はなかった。
あたしが出したメールに龍太から返事は来なかった。
怒ってるんだろうか?
さっさと面倒なことを片付けてしまいたかったのかも知れない。
九州での試合はどうだったんだろう?
午後は窪田さんのジャズ仲間の集まりに行った。
おしゃれして行くつもりはなかったけど、あんまり子供に見られるのも嫌で、大人っぽい感じの薄紫のキャミに短めのオフホワイトのパンツで行くことにした。
お化粧もちょっとだけした。
場所は洒落た感じのバーで、入って行くのに結構勇気がいった。
時間より少し遅れていったので、既に窪田さんは来ていて、すぐに声をかけてくれたので助かった。
飲み物はあたしは高校生だからって、ノンアルコールのカクテルを注文してくれた。
集まりには女の人3人と、窪田さんを入れて男の人6人が参加してたんだけど、皆、親切で面白い人ばかりで楽しかった。
あたしが去年までアルトサックスを習っていて、来年ぐらいから新しい先生を探そうと思っていると話したら、鈴木さんっていう女の人が、知り合いでサックス教えてる人がいるから紹介してくれると言って、連絡先を教えてくれた。
6時半までに帰らないといけないから、そろそろ帰ります、と言ったら、窪田さんが送ってくれるって言った。
まだ皆残ってるし、一人で電車で帰ると断ったんだけど、窪田さんは、どうせこれから牧野さんち行く約束があるからと、車で送ってくれた。
家まで送ってもらうのも気が引けて、用事があるのでと断って家の近くの駅で降ろしてもらうことにした。
駅の手前の交差点で赤信号で止まっていると、駅の方からこちらに歩いてくる龍太が目に入った。
俯いて顔隠そうとしたんだけど、その前に目が合ってしまった。
龍太はすぐに目を逸らし、行ってしまった。
「すみません。ここでいいです」
「藤本さん、今度はいつ会えるかな?」
「ごめんなさい。自意識過剰って言われると思うんですけど、あたし、彼氏がいます。だから、窪田さんとはお友達として会いたいっていうか」
頭を下げたあたしに窪田さんの笑い声が聞こえた。
「わかった。本当に正直な子だね。じゃあ、友達ってことで、気が向いたら連絡頂戴」
窪田さんにお礼を言って車を降りた。
龍太はどこに行った?
いつも駅で別れた後、龍太が帰る方向に全速力で走る。
どこに行っちゃったの?
あたしは龍太の家がどこか知らない。
少し行った所に、片側が線路で、片側がスーパーの裏の道がある。
そっちの方向に走る。
10メートル程先に角を曲がる龍太の後姿が見えた。
急いで追いかける。
「龍太!!!」
あたしの叫び声に振り返った龍太は、立ち止まってあたしが近づくのを待っている。
「久し振りだね」
あたしは走ったせいでハアハア息を切らしながら龍太を見上げてそう言った。
「…そうだな」
龍太の冷たい目に怯む。
龍太にとっては、あたしとのことはもう終わっているのかも知れないけど、あたしはまだ龍太が好き。
だから、言った。
「あの、あのね。メールにも書いたけど、あたし、龍太と別れたくない」
「……」
龍太は鋭い目であたしを見下ろしたまま何も言わなかった。
もう、遅いんだね。
胸が苦しくなって、涙が浮かんだ。
唇が震える。
まだ、泣いちゃ駄目だ。
俯いて最後の言葉を振り絞る。
「この間は言いたい放題言ってごめんなさい。自分でも我侭で自分勝手で嫌な女だと思う。だけど、あたし、龍太が好きなの。龍太の側にいたいの。だから、嫌わないで」
もう、駄目だ。
我慢していた涙がポロポロ溢れ、嗚咽が漏れる。
龍太の声が聞こえた。
「…ごめん」
ごめんって、もうおしまいだってことだよね。
「泣かせてごめん。苦しませてごめんな」
「…くっ…」
すっごく辛い。
「俺も花と別れるつもりない」
…え?!!!
あたしの聞き違いだろうか?
涙でグシャグシャの顔を上げると、龍太の胸に引き寄せられた。
優しく抱き締められて、もう死んでもいいと思った。
子供みたいに泣いているあたしの頭を優しく撫でてくれる。
遠くに踏み切りのカンカンという音が聞こえ、抱き合っているあたし達の横を大きな音を立てて電車が通り過ぎていく。
風が龍太の胸に顔を埋めているあたしの髪と龍太のTシャツを揺らしていった。
久し振りの龍太の腕の中。
龍太の匂い。
すっごく安心する。
龍太の背中に手を回してしがみつき、龍太のTシャツに顔を擦り付ける。
やっと泣き止んだあたしの耳元で龍太が囁いた。
「花が好きだ。過去がどうだったとしても、今は花だけだから」
嬉しくてまた涙が出る。
「あたしも龍太が好き。龍太だけだよ」
「うん」
龍太は見上げたあたしの顔を見て、
「ひっでえ顔」
と嬉しそうな顔で言い、あたしのお化粧と涙と鼻水で汚れた自分のTシャツの胸元を見下ろして、
「あーあ、きったねえなあ。俺のことティッシュ代わりにしやがって」
と笑った。
あたしの家まで送ってくれると言った龍太と手を繋ぐ。
「なあ」
「ん?」
「おれの中学ん時の話、聞きたいんだろ?」
「もう、いいよ。龍太が話したくないんだったら」
「ちゃんと話すから、もうちっとだけ待ってくれるか?」
「うん」
龍太がちゃんとあたしのこと考えてくれていて嬉しかった。
「…あと」
「何?」
「抱きてえ」
「……」
ボンと頭が沸騰した。
急にそんなこと言わないでよ。
「インターハイ終わったらな」
「…うん」
龍太が好き。
大好き。
「九州の試合の結果、どうだったの?」
「…駄目だった」
「ごめんね」
しっかりと握っていた龍太の手を離して立ち止まった。
あたしのせいだよね。
あたしが大事な時にヤキモチ焼いて、馬鹿なこと言ったから。
彼女失格だよね。
泣かない様に唇を噛んで俯いた。
「花のせいじゃねえよ」
「うん。でもやっぱり、ごめん」
頭を下げると髪をクシャと撫でられた。
涙がポロッと出てしまい、もう絶対にあんな馬鹿な真似はするまいと思った。
「今度からちゃんと応援するから。インターハイ頑張ってね」
「ああ」
歩き出すと、龍太から手を繋いでくれた。
キスしたいなと思っていたら、家に着いた時、触れるだけのキスをしてくれた。