7月17日(土)
7月17日(土)
最悪だ。
龍太と喧嘩してしまった。
実際には喧嘩にもならなくて、あたしが一人で龍太に喚き散らしただけ。
来週から夏休みで、龍太は月曜日から合宿と遠征に行ってしまうから、ずっと会えないっていうのに。
でも、これは、少し離れて冷静に考える良い機会かも知れない。
龍太のことを好きだと気付いてから、その気持ちは日々強くなり、最近は強くなり過ぎちゃっている気がする。
龍太のことしか見えなくて。
いつも、いつも、龍太のこと考えてしまっていて。
龍太と一緒にいればいる程、もっと一緒にいたいって思ってしまって。
あたしは自分を見失ってしまった気がする。
我侭ばかり言っているあたしを、龍太は面倒くさいと思っているんじゃないだろうか?
縋りつくあたしを、龍太はうっとおしいと思っているんじゃないだろうか?
こんなことでは嫌われちゃうよね。
特に龍太が試合の前で大変だっていう時に喧嘩するなんて。
彼女失格だよね。
だけど、あたしは自分の気持ちが抑えられなかったの。
昨日は朝から雨が降っていて、龍太と一緒に登校してお昼も一緒に食べたけど、あまり話すことができなかった。
キスもできなかったし。
だから、放課後、部活が終わるのを待っていた。
部活が終わる頃には雨も上がっていて、龍太と帰る途中、明日、練習の後に会いたいって言ったんだ。
龍太は合宿の準備があるから、あまり遅くまでは一緒にいられないけど、と言ってOKしてくれた。
今日もまた朝から雨が降っていた。
龍太とは4時半に駅で待ち合わせていた。
どこに行こうか?
2週間も龍太と会えないから、いっぱいイチャイチャできる所に行きたい。
そんな場所あるかなぁ?
カラオケ?
…いや、歌う様な気分じゃない。
龍太だってあたしと二人でカラオケなんか行くの嫌だろうし。
映画館?
…駄目だ。
龍太はちゃんと映画を観ちゃって、終わるまでキスなんかしてくれないだろう。
……じゃあ、ラブホ?
そしたら、キスだけじゃ済まないよね。
あたしは龍太に抱かれたいのだろうか?
…うん、抱かれたいんだと思う。
この間からのモヤモヤした気持ち。
今まで毎日会っていたのに、こんなに長い間、離れたことなかったから。
合宿と試合じゃ浮気なんかできないと思うけどさ。
でも、剣道部って女子もいるんだよね?
あたし、不安なんだ。
着ていく服はどうしよう?
勝負下着なんか持っていないし。
あっ、でも、上下揃っているのを着て行こう。
脱がせやすい服の方がいいんだろうか?
ジーンズはよした方がいいのかな?
裾の短い服はこの前のデートで懲りたので、長めのベージュのスカートに大人っぽい感じの薄いオレンジ色の半袖シャツを合わせることにした。
このシャツ、ボタン大きいから外しやすいし。
雨降ってるから、パンプスじゃなくて、スニーカーでいいよね?
上には木綿の黒いカーディガンを羽織ることにした。
何かドキドキしてきた。
そう言えば、あたしからラブホに誘うんだよね?
いやらしい女って思われないかしら?
大体、ラブホってどこにあるんだろう?
駅に着くと、既に龍太はあたしを待っていた。
「龍太、お待たせ」
「…おう」
龍太は練習終わって家に荷物だけ置いてすぐに来たみたいで、フードの着いたグレーのスポーツジャケットにジーンズ姿だ。
「どこ行く?」
「雨だから、喫茶店でも入るか?」
「…だったら、ホテル行かない?」
龍太はあたしを見て固まってる。
やだ、どうしよう?
「え、えっと、別に変な意味じゃなくて。誘っているわけじゃなくて、雨降っているから。その、どっかでゆっくり話したいなって思って」
しどろもどろになるあたしに龍太はフッと笑って答えた。
「いいよ」
うわ、何かOKされると恥ずかしくなってきた。
妙に意識しちゃって、ドキドキするよ。
「どっか、お勧めの所ある?」
わっ、馬鹿。あたしってば何言ってんだろ!!!!龍太が元カノと使っていたラブホになんて行きたくないよ。
黙って歩いていく龍太について行った。
いかにもっていう感じのホテルが並ぶ通りで、周囲の建物よりは質素な構えのホテルに、龍太は慣れた様子で入っていく。
何か気後れがして入り口で立ち止まってしまったあたしだが、龍太がどんどん行ってしまうので、走って後を追いかけた。
部屋に入ってドアを閉めると、急に怖くなってきた。
ラブホっていうと、鏡張りの部屋とか予想していたんだけど、家族で旅行行った時に止まったビジネスホテルの部屋とそんなに変わらなかった。
龍太はベッドに腰を下ろすと、いまだにドアの前にいるあたしを見た。
「何、ビビッてる?」
「ビビッてなんかいない」
「花が誘ったんだろ?こっちに来いよ」
そして、自分の横をポンポンと叩く。
「えっ、えっと」
うわぁ、どうしよう。
足がガクガクしてきた。
歩けないよぉ。
そんなあたしを呆れた様に見ていた龍太が言った。
「ゆっくり話したいんだろ?」
「…う、うん」
「何もしねえから、来い」
ベッドに近づき、龍太から少し離れて座った。
すごく緊張する。
「……」
「……」
「……」
もう、この沈黙に耐えられない。
「…龍太?」
「ん?」
「えっと、あの」
「……」
「も、もし、龍太がしたかったら。あたし、してもいいよ」
言っちゃった!!!!!
恥ずかしくて龍太の顔見れない。
「…別にしたくねえよ」
馬鹿龍太。
やっと、勇気出して言えたのに。
あたしとしたくないの?
あたしには欲情しない?
子供っぽすぎるから?
他の女は抱いたくせに。
やばい、泣きそう。
じっと俯いていると龍太の声が聞こえた。
「怯えてる女は抱きたくねえ」
「怯えてなんかいない!!」
「無理すんな」
龍太の暖かい手を頭の上に感じた。
涙が溢れる。
いつもは龍太に頭を撫でてもらうと落ち着くのに、今日は更にイライラしてきた。
「もう、いい!!」
龍太の手を振り払ってしまった。
ベッドから立ち上がる。
龍太は驚いた顔をしてあたしを見ている。
「もう、疲れたの」
「…何だよ、それ」
「あたしは龍太にとって他人だって分かっているけど。それでも、好きだって言ってくれたから、ずっと頑張ってきたのに」
「何が言いたいんだ?」
眉間に皺を寄せ、いつもより低い声で龍太が言った。
龍太の機嫌が悪くなってる証拠。
喧嘩になっちゃうよ。
だけど、もう我慢できない。
「あたしばっかり努力してる。不公平だよ、あたしばっかり龍太のこと好きみたいで。いつも、誘うのはあたしで、龍太からは何もしてくれない」
「俺に何して欲しいんだ?」
「あたしといる時にはあたししか見ないで欲しいの!!!その人とあたしを比べないで欲しいの!!!龍太はあたしにその話をするなって言ったけど、あんたがいつもあたしに思い出させるんじゃない。過去に拘っているのは龍太でしょ?!!!あたしは、それでも龍太に近づこうと頑張ってきたのに。龍太はあたしのことちゃんと見てくれない。あたしは、もう、努力するのに疲れちゃったの!!!」
もう、自分でも何言ってんのか分かんない。
「…その人って誰だよ?」
「あんたの中学時代の初恋の人だよ!!!」
「……」
何で何も言ってくれないのよ?!!
やっぱり、あたしの言った通りなんでしょ?
「あたしじゃその人の代わりになれないから、抱きたくないんでしょ?!!だから、もういい」
部屋を横切って、ドアを開ける。
「さよなら」
走って逃げた。
涙がポロポロ零れて、袖で拭いながら、ずっと走った。
龍太は追いかけてきてくれなかった。