6月26日(土)(前)
6月26日(土)(前)
今日は、朝からあたしは全然落ち着きがなくて、親にからかわれた。
だって、緊張するじゃん。
初めて彼氏を自分の家族に紹介するなんて。
やっぱり、自分が好きな人だから、家族にも好きになってほしいと思うし。
龍太にもあたしの家族を気に入ってもらえたらいいなと思うし。
でも、午後になったら香代とお母さんまで何かソワソワし始めちゃって。
夕方、約束の時間に駅まで龍太を迎えに行った。
おしゃれして、とからかわれんのが嫌で、あたしは、Tシャツ、ジーンズ、スポーツジャケットのいつもの格好だ。
龍太は既に来ていて、駅前のガードレールに腰掛けていた。
びっくりした。
黒いTシャツに洗いざらしのベージュのジャケット、ボトムはやっぱり黒いジーンズにスニーカー。
始めて見る龍太の私服姿。
モデルみたいじゃん!!!
格好良過ぎるじゃん!!!
顔怖いから逆ナンはされないかも知れないけれど。
家に連れ帰ったら、香代とお母さんが大騒ぎするのが目に見えてる。
龍太があたしを目にとめ、立ち上がった。
ああ、もう、何かドキドキしちゃうよ。
「ごめん、待った?」
「いや」
「じゃ、行こう」
「おい」
「何?」
「手土産ケーキでいいか?」
「いらないよ、手土産なんて」でも、龍太はあたしの言うことを聞かないで、どんどん駅前のケーキ屋に入っていってしまう。
以前、麻子と食べに来たお店だ。
仕方がないので、あたしも後をついて行く。
「どれがいい?」
あたしを振り返って聞いてくる。
うわー、迷っちゃうなー!!!
この間は、ミルフィーユ食べたんだっけ?
次来る時は絶対チーズスフレを食べようと思ったんだ。
麻子はモンブランで、ちょっと味見させてもらったら、それもすごく美味しかった。
ショートケーキも美味しそうだし、チョコムースもいいな。
あっ、バナナタルトも。
「えっと、じゃあ、バナナタルト1つ、チョコムース1つ、ショートケーキ1つ、モンブラン1つ、チーズスフレ1つ。って、あれ、今何個だ?」
うちの家族4人と龍太で5人だから5つだよね。
「あっ、えっと、すみません。最後のちょっと待ってください!!!」
隣に立っている龍太の袖を引っ張る。
「ねえ、龍太は何がいいの?」
「それでいい」
「じゃあ、やっぱり、後チーズスフレを1つください」
あたしがケーキの箱を受け取って、龍太が会計済ますのを待って外に出る。
「ねえ、本当にチーズスフレでよかったの?」
「俺、甘いの駄目だから、やる」
「えっ?じゃあ、龍太のために何か果物でも買ってく?」
「いらねえよ。早く行こうぜ。待ってるんだろ?」
「ただいま」
「おじゃまします」
玄関には香代とお母さんだけではなく、お父さんまで出てきたのにはびっくりした。
「いらっしゃい」
「おかえり、お姉ちゃん」
「えっと、この人が剣道やってる黒澤先輩」
挨拶する龍太を見て、口を開けて固まっている香代とお母さん。
やだ、もう、照れ臭いじゃん。
何やってんのよ、皆、玄関で。
やっと、家に上がり、皆でテーブルに着いた。
龍太はやっぱり大物だね。
自分の家で借りてきた猫状態になっているのはあたし。
龍太は普通に皆と話している。
ていうか、いつもより愛想良くない、こいつ?
しゃべってるし。
笑ってるし。
それが、全部すごく自然に見えるし。
こいつは役者か?
何かお父さんとスポーツの話題で盛りがっちゃってるし。
ワールドカップがなんとかかんとかって、一昨日の夜中にお父さんがテレビ観てたってお母さんが怒っていたけど。
朝起きたらリビングがビール臭かったって。
今日初めて、高校時代、お父さんが柔道やっていたことを知った。
「黒澤さんって、本当にお姉ちゃんと付き合ってるんですか?!」
会話が一段落した時に香代が爆弾を落とし、あたしは醤油さしを倒した。
幸いなことに被害はテーブルの上だけだったけど。
後始末しにあたしが台所に行っている間に、龍太は答えてるかと思ったが、それは間違いだった。
皆、あたしが戻るのを待っていたらしい。
あたしがテーブルに着くと、香代に答えを促すように見られた龍太は答えた。
「うん。藤本さんと付き合ってる」
ブッ!!!
藤本さん?!!
確かにあたしも黒澤先輩って言っちゃったけどさ。
「ふーん。お姉ちゃんって結構可愛いのに、全然もてないんですよ。何でかなぁ?性格が可愛くないからかも」
「ちょっと、香代!!!余計なこと言わなくていいから」
キッと睨むあたしを無視して香代の質問が続く。
「こんなガサツなお姉ちゃんのどこがいいんですか?」
何だと?
「自分の気持ちに正直で真っ直ぐなところ。それに、藤本さんは性格も可愛いよ」
龍太も真面目に答えてないでよ。
もう、恥ずかし過ぎるー!!!
生意気な香代は、更に、
「二人の馴れ初めは?」
なんて聞いている。
お母さんまで、
「あーそれ、私も聞きたい」
とか言っちゃって。
あー、もう勘弁してくれー!!!!!
「龍太、もう何も答えなくていいから!!!ケーキは部屋で食べるから、後で取りに来る」
言い捨てて、さっさと龍太を引っ張って自分の部屋に上がった。