6月20日(日)(前)
6月20日(日)(前)
びっくりした。
昨夜10時頃に届いたメール。
「From :黒澤龍太
Sub :明日
午前10時半、L高校体育館」
これって、観に行っていいっていうことだよね?
直ぐに返信する。
「To :黒澤龍太
Sub:RE 明日
応援に行く。頑張ってね!!!」
すっごく、嬉しい。
曇りのち晴れのあたしの胸の中。
さっきまでのどんよりした気持ちが、パーッと明るくなって、キラキラ、キラキラ輝いている感じ。
興奮してなかなか眠れなかったのに、今朝は6時に目が覚めてしまった。
朝からハイテンションなあたしに家族は驚いている。
「機嫌いいね、お姉ちゃん。もしかして、彼氏とデート?」
朝食のテーブルで、香代の一言にあたしは紅茶のカップをひっくり返した。
「あら、あら、あら」
「え?そうなのか、花?」
お父さんも調子に乗って、自分が見定めてやるから今度連れて来いとか言い出す始末。
「デートじゃない。試合観に行くだけだよ」
「彼氏、剣道部だったわよね」
お母さんも余計なこと言わなくていいから。
「へえ、剣道部か。他校との試合か?」
「インターハイ予選」
「ほう」
香代はそんなことより、あたしの彼氏の外見に興味がある様子。
「お姉ちゃんの彼氏って格好いいの?」
「うん、まあ」
「芸能人で言えば、誰に似てる?」
「分かんない」
「背はどの位?」
「結構ある。ご馳走様でした!!!」
もう、勘弁してほしい。
メールで指定された時間より早めに着いてしまったが、既にL高の体育館では試合が始まっていた。
入り口の掲示板に貼り出されている紙によると、午前中が個人戦、午後が団体戦らしい。
選手の組み合わせとかもあったけど、何だかよく分かんない。
中に入ると観覧席はかなり埋まっていたが、できるだけ前の方に進む。
高校生らしい女の子3人に少し詰めて貰って、前から2列目に座れる場所を見つけた。
うちの高校からも応援に来てるんだろうな。
ああ、でも、この中から探すのは絶対無理だ。
目の前の白い線で区切られた四角の中に、白いシャツ着て赤白のハンカチ持ったおじさんが3人。
多分、この人達は審判なんだろう。
全部で四角は4つある。
それぞれに白いシャツのおじさん3人と選手が2人。
時々、選手達がぶつかり合うと、皆拍手している。
あたしはルールも何も知らないので、どっちが勝っているのかさっぱり分からない。
選手達は皆、光らなくなったライトセイバーを持ったダースベイダーに見える。
男か女かさえも分からない。
あたし、龍太のこと見分けられるんだろうか?
急に不安になってきた。
隣の子に聞いてみる。
「すみません。今、目の前でやっているのって、男子個人戦ですか?」
「そうですよ」
「選手の名前って分かりますか?」
あたしが剣道のことを何も知らないってのが分かったみたいで、その子は親切に答えてくれた。
選手がお腹に巻いている垂れに高校と選手の名前が書いてあるそうだ。
今、試合している選手の中には、龍太はいなかった。
あたしが、
「ルールも何も知らなくって」
と言うと、小声で簡単に説明してくれる。
その子、宮田さんは、K高の2年生で、クラスの友人二人と一緒に来ていた。
友人の森さんと若林さんを紹介してくれる。
宮田さんはお兄さんが出場しているそうだ。
森さんは彼氏の応援に来ている。
3人は今朝開催式から来ていて、今のところ宮田さんのお兄さんも、森さんの彼氏も勝ち進んでいるそうだ。
何で龍太は、初めから来いって言わなかったんだろう。
まだ、絶対勝ち残っているよね?
あたしは、同じ高校の先輩の応援に来たんだけど、他の人とはぐれちゃってと言い訳した。
だって、彼氏が出てるのに、ルールも何も分かんないなんて恥ずかしいじゃん。
「あっ、次、お兄ちゃんだ」
宮田さんの説明を聞いて、落ち着いて観てみると、少し分かるような気もしてきた。
ずっと動かずに竹刀を構え合っていた選手達が、急にパッと動く動作はきれいだと思った。
宮田さんのお兄さんは負けちゃったみたいだけど、彼女はケロッとして、まだ午後があるからと笑った。
交替して入ってきた選手達が礼をする。
アナウンサーの声は体育館の天井に反響してよく聞き取れない。
S高校、黒澤龍太って聞こえた気がする。
あたし達に一番近い選手達から名前を確かめる。
…いた!!!
だけど、黒澤って名前を何度も確かめてしまう。
だって、そいつは、あたしの見慣れている龍太じゃなかった。
いつものダルそうな格好ではなく、背筋を真っ直ぐに伸ばして姿勢良く立っている。
相手の選手もでかく、あいつと同じ位の背格好だ。
頑張れ、龍太。
ちゃんと観に来たから、絶対勝ってよ。
……そして、試合が始まった。
驚いた。
別人みたい。
龍太って剣道やってる時は、性格変わっちゃうんだ。
普段も龍太のこと怖いって思うことあるけど、これ程ではなかった。
殺気すら感じるその姿に、相手は試合が始まる前から威圧されていた。
龍太は初めから相手に容赦しなかった。
力強く敏捷な攻めで、相手をどんどん追い詰めていく。
いつもは何でも面倒くさそうにしているくせに。
床を滑る様な、それでいて力強い足捌きに、気合と共に、きれいな形で素早く振り上げられる竹刀に魅了された。
当たり前の様に龍太が勝ち、あたしはフゥーと息を吐き、膝の上で握り締めていて汗ばんだ手を開いた。
「今勝った人、格好いいよねえ」
「S高の黒澤くんでしょ?確か去年も準優勝してたよ、あの人」
「私もさっきから目付けてた」
「面外したらどんな顔してんだろ?」
隣で宮田さん達が話しているのが聞こえた。
へぇー、そうなんだ。
龍太ってそんなに強いんだ。
全然知らなかった。
今更、あたしの彼氏です、なんて、とても言えなくて。
「あたし、S高の1年生で、今の人の応援に来てます」
って言ったら、
「えーっ、藤本さん。すっごーい!!」
「彼が優勝したらサインお願いできる?」
なんて言われてしまった。