接ぎ首
「こんにちわぁ~。あのぉ~すみませ~ん。」
「はいはい!お待たせしてすみません。交番にどのようなご用ですか?」
「はい~。随分前の事になるのですが~、人を殺してしまったので自首しようと思いましてぇ~」
「はい!??」
そうして刑事数人が疑いながらも死体が埋められているという桜の木の下を掘ってみると、6年前に当時一人旅中に行方不明となっていた21歳の男子大学生の頭蓋骨が出てきたことでその場で緊急逮捕。以下は県警本部に護送されてきた染井芳乃(34)の7日間に及ぶ取り調べと供述の様子などの捜査の進捗をまとめたものである。
染井夫婦は旅館を経営している。コンビニも無いのどかな田舎ではあるが旅館には温泉が備わり、近くにそこそこの大きさの滝などもある。春は桜、夏は避暑地、秋は紅葉、冬は雪景色を楽しむことができ、穴場の観光スポットとなっており客足は年中途絶える事が無い。芳乃は大学時代に農業を専攻しており、女将の業務と並行して田畑の栽培も行っており、旅館で出されるお米や野菜は自家ブランドとして旅館の食事にも出されており、味の評判は非常に良いようだった。
旦那の方も同時に取り調べを行おうとしたのだが、車椅子生活をしており、身体・知能の両方に障害があったので署ではなく自宅で取り調べを行った。ただ、何せ要領を得ない。発する言葉は支離滅裂で会話そのものが成り立たず、刑事と嚙み合わない。妻が殺人を行っていた事に対する動揺もあるのかと考え、その旦那の様子を妻の芳乃に尋ねてみる。
「そうなのよぉ~。蔦治さんは6年前に旅館の階段から足を踏み外しちゃって。ほら。あのホールに入ってすぐの所の急な2階に上る階段よぉ。」
旦那である染井蔦治(48)は芳乃が男子大学生を殺した同年に階段から落ちて、脳・身体に障害を負ったとの事。同年という事が怪しかったので、芳乃の犯行を視野に入れ、当時働いていた従業員や病院に連絡を入れてみた。
従業員A「旦那さんの件?事故よ。事故。私と女将が一緒にフロントにいた時にガタンガタン!!って凄い大きな音がして、女将さんと一緒に見にいったら旦那さんが倒れてたんだもん。女将さんの取り乱し方ったら凄かったわ。すぐに救急に電話してて、その時も旦那の手を握りながら凄い声が震えてたもん。昨日のことのように憶えてるわ。その後の自宅看病でも女将さんは旦那さんにずっとつきっきりだったしね~。」
病院「6年前ですか…。いや、そのような患者さんが運び込まれた履歴はありませんね。」
ここで刑事達は混乱する。そしてなぜ病院に連絡を入れていなかったのかを芳乃に問う。
「そうねぇ。電話をコールしたのは確かですけど、すぐ切っちゃったのよねぇ。だって、もう蔦治さんは呼吸をしていなかったし、脈も無かったものぉ。病院に搬送されちゃったら死亡判定されて、お葬式で火葬されちゃうでしょぉ?そんなの嫌よぅ。私は蔦治さんと添い遂げたかったんだからぁ。」
刑事達は更に混乱する。旦那に対する殺人ではなく、事故であったという信憑性は増したのだが、心肺停止していたとて病院に行かないという発言と現在の車椅子姿の旦那の状況がリンクしなかった。
「体が使い物にならなくなったなら代わりの体を用意してあげれば良いのよぅ。」
刑事達は戦慄する。
「そうよぅ。大学生の体を蔦治さんのために用意したのよぅ。階段から落ちた蔦治さんの体はあちこち骨が折れて内臓に刺さっていたり、腕と脚もヒビが入っていたり折れていたりしてたのよねぇ。
…接ぎ木って知ってるぅ?
例えばAっていう植物の茎を切って、同様に茎を切った先のBを挿すと、Aの器官を使ってBが育つの。私が大学時代に一番熱心に研究してて論文も出した分野だったから活かせて良かったわぁ。」
刑事達は旦那の元に捜査員を向かわせ服を脱がせる。首の所に巻かれていた包帯を取ると真横に切断した跡が残っており、体は40台後半の体ではなくもっと若々しいものに見えたという。これは行方不明となった当時21歳の男子大学生の身体なのだろう。ほくろや古傷などの身体的特徴を行方不明となった大学生の両親に伝えたところ一致した。吉乃の証言が虚言や妄想の類ではないということが証明されてしまった。
「でもねぇ。私の考える成功ではなかったのよねぇ。身体の方はどうにかなったのだけれども、やっぱり脳に血がいかなかった時間が長かったからか、接ぎ首に不備があったせいか蔦治さんの身体能力や知能が戻らなかったのよぅ。大学の実験でもそうだったんだけど接ぎ木はRよりもSの方が必ず寿命が短くなるという性質も心配だわぁ。これはクローンの宿命なのかしらねぇ。
でも私は考えたのぉ。もう一度、蔦治さんに新しい身体を与えれば…、与え続ければ命を伸ばせるかも…、もっと言えば知能も戻るのかもってねぇ。身体が違うだけかも、、相性が悪いだけかもしれないじゃないですかぁ?それで大学時代の教授と同級生のコネを使って、冷凍保存されてる身体をこっそりいただくことにしたのよぉ。
コールドスリープって知ってるぅ?未来に命を繋ぐために不治の病の人が冷凍保存されるなんてケースが多いんだけれど、健康体でもただ未来に行きたいっていうだけでコールドスリープを選択する変わった人もまずまずいるようなのねぇ。その人の未来を私がチョキンって切っちゃうのってなんか笑えるわよねぇ。旅館の女将がよぉ?首をチョキンって。未来を夢見て。楽しみにしたのに。ふ。ふふふ。うふふふ。」
芳乃が笑いだす。その場の刑事達は顔を見合わせるが口は挟めない。無言でその笑い声を聞く。そしてしばらくして笑いが落ち着いた頃合いをみて一人の刑事が真剣な面持ちで質問する。
「旦那の首も切断したんですよね?その首から下の部分はどうしたのですか?まさかそこら辺に※放ったなんて言わないですよね?」※捨てたの方言
「やだぁ。刑事さん。私は一応大学を出ているんですよぉ。首の無い状態で地面に埋めて水をやったからって頭が生…生えて…、蔦治さんが生えてくる訳、、、無いじゃないですかぁ。あ~はっはっは!!可っ笑しい!うふふ。私は。別に。蔦治さんを。ふっ、増やしたい訳じゃないのよぉぅ。あ~ははははっ!!!」
何が壺に入ったのか芳乃は再度大笑いする。
そしてしばらくして笑いが収まった後、再び語る。
「あ~。可笑しかった、、、蔦治さんの身体の部分はもう使い物にはならなかったからぁ、細かくして私の田畑に撒いて肥料にしたわぁ。その年のお米や農作物はとても出来が良かったのぉ。きっと蔦治さんもその田畑のお米や農作物を、ひいては旅館を愛していたからよねぇ?刑事さん達もそう思うでしょぉ?」
刑事達は息を呑む。狂人だと断じてしまえれば楽なのだが思考・行動に一貫性があり、ある種の天才。農業・医療分野の技術革新を推し進める可能性があると刑事という畑違いの立場であっても分からされたからだ。
「でもね。肝心の蔦治さんへの接ぎ首を再びする事は叶わなかったわぁ。パッチテストでアレルギー反応が出ちゃってね。それでお終い。2回目以降は必ず死んじゃうって分かってるなら私は引き返すしか無かったのぅ。アレルギー反応をリセットするなり、治療するなりの研究は私にとっては畑違いだものぉ。
でもねぇ~。
完成した理論を。いえ。完成したであろう理論は実証実験をして初めて。よねぇ?せっかく、無理を言って大金を積んで身体を手に入れたのにあんまりだわぁってのもあったのぉ。ウチの大きな冷凍庫の半分に身体たぁ~くさん詰めてあるのよぉ。私ってば実は貧乏性だったのかしらねぇ?
だから1人で旅館に泊まりに来たお客様にはこっそり実験に付き合ってもらったわぁ。首を切ってぇ。手持ちの身体と入れ替えてぇ。驚くほどうまくいったわぁ。同年代の身体を選んだつもりだったけどぉ。身体の首から下の変化に関して違和感があっただろうけど知らないわぁ。そんな違和感があったとしても旅館の女将の仕業だろうなんて思わないでしょうしぃ。脳はそのままなんだもん。首の傷を分からないぐらいに隠す手法も苦労したわぁ。お客様も首を傾げてお帰りになられてたけどねぇ。うふふ。1人でいらしたお客様で接ぎをしたのは年に10人程のペースで全体で60人よぉ。」
数が膨大に膨らみ、刑事達はざわざわとする。更にここに来て接ぎ首でなく、接ぎという単語が現れたので刑事が問う。
「えぇ。最も難しいであろう首で上手くいったんですものぉ。手首や足首にも興味があって試してみたのよぉ。お帰りの際に
ツギキテイタダケルサイニハ…
なんて言ったりねぇ。するとお客様はありがとうって言ってお帰りになられるのよぉ。ふふ。うふふふふ。大切な手を切り落とされてるのにねぇ。あ。そうそう、お客様から頂いた身体は別のお客様にお返しするのよぉ。60体もの身体の部位を全て調達なんて出来る訳無いでしょうぉ?リサイクル?って言うのぉ?使い回しかしらぁ?SDGsかしらねぇ?」
「でもねぇ。それらに関して被害届も出てないでしょうし、私はどんな罪になるのかしらぁ?もちろんどのお客様にどこの接ぎを施したのかに関しての情報は明らかにするわぁ。自首ですもの。うふふふ。蔦治さんに関しても、接ぎに関してももう駄目ねぇ。私はきっと飽き性なんだわぁ。今の興味は私一人でずっとやってきた人体接ぎ研究の成果を世に知らしめることよぅ。世間はどんな反応をするのかしらぁ?」
「私は死刑になっちゃうのかしらねぇ?でもどちらにせよ生あるものはいつか必ず朽ちて、誰かの肥料になるんだから私は別にそう悪い事をしたとは思いませんわぁ。それに私はマスターじゃなくてコp