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生霊を追って

作者: 雉白書屋

 とあるアパートの部屋。朝……というよりはもう昼か、と男はぼやけた頭を軽く振る。

 昨夜は寝つきが悪かった。昨日の昼頃、リサイクルショップで見かけた、(特に必要とはしてないが)お手頃価格の中古のノートパソコンを買おうかどうかベッドの中でいつまでも悩んでいたせいだ。

 結局、彼は買うと決めた。朝一番に行こう、と。

 しかし、出遅れてしまったな。まだ買われてないといいが……。彼はそう思いつつ予定通り、リサイクルショップへ向かう。


「あ、どうもー」

「え、あ、どうも……」


「お決めになった感じですか?」

「え、いや、まあ……え?」


「ん? さっき、随分悩んでいたみたいだったので……」


 と、店員は訝しがりながら彼にそう言った。

 しかし、訝しがるのは彼のほう。今来たばかりだというのに、さっきとは? この店員、昨日の昼と勘違いしているのか?

 どうも腑に落ちないが誤解を解く意味もない。店員もさほど関心ないようで業務に戻っていった。

 そして、ノートパソコンはもう買われてしまったようだった。掘り出し物だったんだな、と肩を落とす彼。最近どうも何かとうまくいかない。あーあ、とため息をつき、むしゃくしゃしつつ昨夜練った計画通り、コンビニのスイーツを買って帰ることにした。前から何となく食べたいと思っていたものがあるのだ。だが……。


「あ! ちょっとちょっと、さっきの商品の代金払ってもらえますかぁ」

「はい?」


「お客さんが袋開けたやつの」


 と、コンビニに入るなり、店員が怒気を孕んだ声で彼にそう言った。

 これはどういうことなのか。訳が分からない。誰かと勘違いしているのか? 身に覚えがないのだから堂々としていればいいと分かっていてもそうはいかないものだ。圧に押され、彼は逃げるようにコンビニを出た。

 警察呼ぶからな! と店員の怒号を背に浴びせられ、動揺はさらに大きくなり転びそうになった。何かが変だ。おかしい。もう今日は大人しく家に帰るべきだ。と、彼は思ったのだが、その足はある建物の前で止まった。

 そこは、彼が好意を寄せている女が住んでいるアパートだった。彼はなぜ、ここに来たのか。ある仮説を立てたのだ。

 

 何者かがおれの変装をし、先回りしている……いや、それは些か非現実的だ。これは……生霊。まあ、これも非現実的だが他に説明がつかない。おれの抑圧された思いが形となり、昨夜おれが立てた行動計画を先に実行していた。リサイクルショップでは目当てのパソコンを探し彷徨い、コンビニでは勝手に商品の封を開け、と。そう、気持ちが先走るという言葉もある。そして、それが正しいとすれば次におれが向かう場所はここだ。いや、昨日の夜の時点では来るつもりはなかったのだが、行きたいという思いはあった。常に有り余るほどに。だからもしかしたら……


 ――ピンポーン


「あ、あの、おれ、同じバイトのって、まああまり絡んだことないけどわかるよね、この前もちょっと話したし、ははは……」

「……なに、まだ何か用があるの」


 予感的中。しかし最悪だ。と彼は思った。

 今回は先回りできたかと思ったが生霊のやつ、すでにここを去った後のようだ。しかもチェーンをかけたドアの隙間から見える彼女の泣き腫らした顔と嗄れた声。これはきっとろくなことが……


「お、脅したって無理よ……警察に、警察に言うから! あんたはもう終わりよ! 死ね! 死んじゃえよ!」


 やはりだ。いや、わかっていた。生霊が自分の抑圧された思いを解放して回っているのなら、彼女に何をしようとしたかなど明白なことだ。それがどこまでうまくいったかどうかまではわからないが、訊くことなどできるはずもなく、彼はまた逃げるように走った。

 いや、追うのだ。生霊のやつ、次はどこへ向かった? 今どこにいるんだ?

 

「……え! あ、あんた! え、は!?」

「え?」


 彼は見知らぬ男にそう声をかけられ、いや、声を上げられ立ち止まった。

 彼をさす指と口がわなわなと震えている。目を剥き、そして彼もまたその男を凝視する。と、彼はその男の視線が自分の後ろの踏切と交互に向いていることに気づいた。

 線路には電車が止まっており、そして男の声で気づいたのか、周りの人々も彼を見て目を丸くしている。

 どうやら生霊のやつはここに来たらしい、がなぜ……。 


「あ、あんた、え、ひ、轢かれ、し、死んだんじゃ……」


 そう言われた彼は、だんだんそんな気がしてきた。

 だんだんと、だんだんと……周囲の景色がぼやけ始め、そして彼の脳裏には次の行き先がまたぼんやりと浮かび上がってきた。そこはおどろおどろしく……

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