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ワンモア・チャンス!

作者: 矢本MAX

地球の環境破壊が急速に進んでいる今、人類の存続も危ぶまれています。

いつかその日がやって来るのかも知れません。

これからしばしの間、あなたの心はこの不思議な空間へと入ってゆくのです。

 いよいよ最終ミッションに取りかかる時期が来ていた。

 総合都市エデンは、人類が滅亡した後、彼らが造ったロボットたちによって、長い間運営されて来た。

 その役割は、人類によって破壊された地球環境と絶滅した動物たちの復元だった。

 ロボットたちはまず、汚染された空気と水と大地を浄化するために、植物を育てた。

 植物の生命力は旺盛だった。

 またたくまに地表のほとんどは緑の大地と化した。

 それにつれて、鳥や獣や魚や虫たちも元気を取り戻し繁殖しはじめた。

 絶滅種に関しては、人類の科学者によって残された標本や細胞からクローン技術によって復元され、森に放たれた。

 彼らが弱肉強食の食物連鎖の中で自然淘汰されるかどうかは、状況にゆだねられた。

 そこまでの干渉は、ロボットたちの任務に組み込まれていなかったからだ。

 それでも地球上は、生命の溢れる星となった。

 最も厄介な作業は、人類が残した負の遺産の始末だった。

 世界各地にあった摩天楼のような高層都市は、破壊する前に植物たちによって覆われてしまい、徐々に朽ち果て風化するにまかせた。

 しかし、いたるところに配置された軍事施設と、そこに蓄えられた武器、特に核兵器や化学兵器の処分、そして原子力発電所と地中に放置された核廃棄物の処理に関しては、ロボットたちが何世代ものヴァージョンアップを繰り返して、知能の精度を高めて行く必要があった。

 そして五〇年の歳月をかけて改良に改良を加えたナノマシーンによる抗核バクテリアの作成に成功したのである。

 さらに抗核バクテリア開発の途上で実現した技術を応用して、プラスチックや合金、コンクリートなどを分解するナノマシーンが開発され、放置され、緩やかな劣化を待つのみだった文明の痕跡を消去することが可能になった。

 コードネームを「パックマン」と付けられた極小マシーンは、急速に増殖しながら、世界各地に広がってゆき、植物に覆われた高層ビルや、縦横無尽に走る高速道路、どこまでも続く鉄道を喰い尽くし、無害な塵と化して行った。

 こうして、地上や海底に残された人類による建造物はことごとく分解され、宇宙空間に漂う人工衛星の残骸や、スペースデプリも一掃されたのである。

 地球上はかつて人類が夢見た「エデンの園」となった。

 ただしそこには、それを夢見た人類がいない。

 総合都市エデンの役目も、これで完了した。

 当初は、地球の各所に分散して点在していたエデンは、ミッションの進行とともに任務を終えた衛星都市から順に統合され、今では太平洋上に浮かぶターミナル都市だけが残っている。

 大勢いたヒューマノイド型ロボットも淘汰され、エイジ801という型番のものが一体だけ残っているだけだ。

 エイジ801は、四肢と頭部、抽象化された目鼻を持つシンプルなデザインで、人間の動作はひととおり再現することは可能だが、すでに人類文明の痕跡がこのターミナル都市のみとなった状況では、全くと言っていいほど意味のない機能だった。

 すべての作業はマザーコンピュータと、各種機能型ロボットと、それを作りまた解体されるファクトリーによって行われるようになっていたからだ。

 それなのにヒューマノイド型ロボットが一体だけ残されたのは、何らかのバグだったのかも知れない。

「それでは最終ミッションを開始します」

 ふいに、マザーコンピュータ・パルルの言葉が、音声としてエデンの中央コントロール・ルームに響いた。

 人間の言葉だった。

 人間の、若い女性の声だった。

 コンピュータもロボットも、直接信号で交信するので、音声言語は使用されなくなって久しい。

「はい、了解しました」

 エイジ801も、音声言語で応じた。こちらは若い男性の声だった。

「まず、保管庫から人類の細胞を取り出し、培養器に入れてください」

 素っ気ない口調でマザーが指示し、エイジ801は「了解しました」と答えて作業にかかった。

 エデンの保管庫に人類の細胞が保管されていることは、今はじめてもたらされた情報だった。

 情報がずっと封印されていたのは、最終ミッションの前に無用なトラブルが発生することを防ぐためだった。

 保管されていたのは、かつて地球上に棲息していたありとあらゆる人種のもので、すべて男女が対になるように揃えられていた。

 その数は一億、そしてひとつひとつの細胞に対応する培養装置も用意されていた。

 これらの施設を維持管理していたのは、自己進化型の頭脳を持たない作業用ロボットたちだった。

 彼らはその特質を生かして、ストイックに任務を遂行し続けて来たのである。

「質問してもよろしいでしょうか?」

 モニターを監視しながら、エイジ801がマザーに訊いた。

「何ですか? 言ってごらんなさい」

「人類の細胞を培養して、どうされようとしているのですか?」

「人間をつくるのです」相変わらず素っ気ない口調でマザーが答えた。「人類に、もう一度チャンスを与えるのが、このオペレーション〃ワンモア・チャンス〃の目的なのです」

「了解しました。速やかに作業を開始します」

 保管庫から出されたおびただしい数の細胞は、培養器の中ですさまじいスピードで細胞分裂を繰り返し、やがて膨大な人類の赤子が誕生した。

 しかしそれだけでは、人類の再生とはならなかった。

 ヒトは誕生しただけでは、自らの生存を維持することは出来なかったからだ。

 細胞の培養と同時進行して、やがて誕生する赤子たちのための保育装置が増産された。

 そして人類滅亡以来、減少し続けてきたヒューマノイド型ロボットが復活し、育児業務を受け持つことになった。

 合成母乳をたくわえた乳房を持つロボ聖母「マリア」である。

 マリアたちは、用意されたプログラムに従って量産された。

 マリアはまた、成長してゆく子どもたちの教育係でもあった。

 ただし、言語教育はプログラミングされていなかった。

 言語は彼らが自ら生み出す可能性にゆだねられたのである。

 また、成長の速度は自然のままとし、いっさいの成長促進のための処置はされなかった。

 一五年が経過し、再生人類が生殖可能な年齢に達したことを見届けたエイジ801は、彼らを徐々にエデンの園となった地球に解き放った。

 それぞれの種族が誕生し、棲息していた地域へ。

 野生動物たちの楽園に放り出された人類は、様々な苦難に襲われた。

 多くの者は猛獣の餌食となり、病に倒れ、食物を得る手段を発見出来ずに餓死して行ったが、一部の者は旺盛な生命力を示し、繁殖を開始したのだった。

「これにてミッションを終了します。撤収作業にかかりなさい」

 マザーコンピュータの指示が出た。

「了解しました」

 エイジ801は、人類培養と保育のために増設した施設を次々に解体して行った。

 育児のためのロボット聖母マリアも、一体を残して、すべて解体された。

 そして総合都市エデンもまた、必要最小限の機能を残して、コンパクトに縮小された。 最終的に残された形態は、流線型の宇宙船のようなかたちとなった。

「それでは発射します。スイッチ・オン!」

「スイッチ・オン!」

 マザーの指示に従ってエイジ801は、何故か古風なデザインのまま残されたコントロール・パネルにある発射スイッチを入れた。

 流線型の総合都市エデンは、ロケットとなって地上を離れてゆく。

 エデンが大気圏を離脱して数分が経った頃、ふいにモニターに人間の老紳士の映像が現れた。

 それはデータによると、人類が滅亡する直前の地球連邦科学省長官の姿だった。

 鼻の異様に大きなその男は、かつて日本語と呼ばれた言語形態で喋りはじめた。

「親愛なるロボット諸君、最後のミッションの遂行に感謝する。君たちが遂行してくれたミッションは、私が密かにプログラミングしておいたものだ。この映像が再生されているということは、支障なくそれが遂行されたとうことだろう。ありがとう。このミッションは、自ら破滅の道を歩んでしまったわれわれ人類に、もう一度生存の機会を与えるためのものだ。君たちの力で再生されたわれわれの遠い子孫が、エデンの園となった地球の上で、再び繁栄を勝ち取り、自滅へと至らない新たな道を発見することが出来るか否かは、彼ら自身にゆだねよう。君たちの仕事は、ここまでで全て完了したのだ。君たちは、われわれ人類が生み出した優秀な子どもたちだ。どうか君たちの繁栄に適した星を見つけて、われわれの想像しえない新たな文明を築いてくれ。われわれ人類に、今一度チャンスを与えてくれてありがとう。重ねて感謝する」

 深くお辞儀をして、男の映像は消えた。

 モニターには遠ざかりつつある、青く光る地球が映し出された。

 その映像に向かって、挙手の礼をしたエイジ801は、最後の言葉を発した。

「ワンモア・チャンス!」

                                             了

これは遠い未来の物語です。

でも案外、すぐ近い明日の物語かも知れません。

それではまたお逢いしましょう。

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