夢で見た内容のメモ書き①
「ねーぇ、もう行くよー」
とある田舎の三叉路、そこに婦警が二人いた。
婦警AはYの字の分かれ目にある地蔵に目を取られている婦警Bに声をかけるが、婦警Bは見向きもしない。
「ん~」
気のない返事をする婦警B。見せつけるようにしゃがみ込んでいる。
地蔵に興味があるわけでは無い。ただそういう時間の潰し方もあるのだ。
婦警Aは携帯を開き、ため息を一つ。こういった事は初めてではないし、別に真面目に働く気も更々なかった。
ふと、婦警Bは少女に声をかけられる。
「ねぇ警官さん。聞いた?」
「……こんにちは。何のこと?」
「この辺、危ないよ」
「…。どういうこと?」
婦警Bは少女に対してあまり良い印象を持てていない。
元は真っ白なワンピースだったのだろうが、服からはお世辞にも清潔感を感じられなくなっている。
更に言えば、婦警Bだって一介の警察官だ。この村は巡回の範囲内だし、大抵の人の顔は見たことがある。しかし、どれだけ頭の記憶を探ってもこの子の顔は出てこない。
「君、どこの子?」
「…………」
「もしかしてサトウさんとこの子?妹がいるとは聞いてたけど、面識なかったし。」
「…………」
「…迷子?お姉さんが道教えてあげよっか。」
「……」
「……」
婦警Bが少女の次の言葉を待っていることを、少女は意に介さない。
ただ、少女が持っている妙に大人びた雰囲気は、婦警に妙な恐怖を抱かせるには十分だった。
「あー……。君、さっき何て言ってたっけ」
「この辺、危ないよ」
なるほど、これは敵わない。
「……そうね、危ないわよね。車とか」
「学校でそう聞いたんだ」
「よく知ってるね。ありがとね」
「…………」
「もう行くね」
婦警Bは待っていた婦警Aと足早に立ち去っていく。
「あの子、いいの?」
「いいのいいの。お巡りさんのこと嫌いみたい」
「でもこの辺みんな顔見知りだし、後から問題になるんじゃ……」
「大丈夫でしょ。たくましく育ってるもんよ子供は」
「でもカミシロのとこの子だったら……」
「いいって言ってんでしょ!!」
婦警Bはハッと口を手で抑える。
「……ごめ。でもいいの。あの子、どこの子かはわからなかったけど、尋問慣れしてる」
「……ええっと、つまり?」
「そういう家の子ってこと。ミドリ今何歳だっけ?」
「私?私は今25だけど。え、急に何?」
「じゃあ覚えといて」
少し、周りを見渡す。
「居なくなってもいい子っていうのはああいう感じなのよ」
婦警達が立ち去ったのを見送った少女はまた分かれ目の見える位置に腰掛ける。
休んではいるが、地蔵の方から目を離さない。眠気はあるが、頬やスネをつねって誤魔化す。
寝てしまうのはもっと後で良い。今は…
砂利を踏みしめる音が聞こえてくる。少女は左側に目をやると、幼子が必死の形相でこちらへ駆けてきていた。
「…!。こっち!はやく!」
幼子は少女に気づき、少し逡巡したあと、こちらへ向かってくる。
幼子を抱きとめた少女は、用意していたタオルケットで自分ごとくるむ。幼子は頭までしっかり隠れるように。
息を切らしている。きっと長い距離を走ってきたのだろう。
そして間髪入れず、その声は聞こえてきた。
「……ォォォォオオオオオ」
間違いない。いつものだ。
怨嗟の声は大きくなってくる。地蔵を挟んだ少女の向かいからだ。
「オオオオオオオオオオオオオォォォォォ……」
黒いモヤ。いや、人の形はしているが果たして少女からはそうとしか認識できない。
少女は自分の後頭部を隠しきれてないが、問題ない。それよりも幼子だけは見つかってはいけない。
「…~~~」
猫の鳴き真似。少女の手段だ。
「……にゃー」
「静かにして。私のほうが上手いから」
幼子も賢明に小さい頭で考えてはいるのだが、今は少女の指示に従うことのほうが大切なことのように感じた。
「~~~。…~~~」
声を出さない方が良いのか。否、出すべきだ。
モヤはタオルケットの塊に気付いたかの様に足を止める。
少女は後頭部から視線を感じつつも、また鳴き真似を一回。
幼子の緊張が震えから伝わってくる。
恐怖のあまり叫び出さないだけマシだ。震えぐらいなら少女が抑えてあげればいい。
少女だって怖い。冷静でいられるのはただ経験に救われているだけ。
そして……
「オオオオォォォォォォ……」
怨嗟の声は遠くなっていく。モヤは幼子に気づくことなく、少女の後ろを通過していった。
「もういったよ?」
先にしびれを切らしたのは幼子の方。
「いや、まだだよ。まだダメ」
「もうきこえない」
「ダメ。……もっとそっちに行ってから離してあげる」
そう言って少女は幼子が来た方へ慎重に、かつ深く移動してから、幼子を離した。
幼子は自分の足元を一度見たあと、少女をじっと見つめる。
「住むとこあるの?」
幼子は頭を左右に振る。
「なくなっちゃった」
「……そう。ごめんね」
幼子はこんな状況でも泣かない。よく見ると服はかなりくたびれていた。
「行くとこないなら、こっち来て」
幼子と村中を進む少女。
「私の家に連れて行ってあげる」
幼子は、いつの間にか握っていた少女の手に、強く掴まっていた。
やがて、一つの家にたどり着く。外観は八百屋だが、野菜も無ければ陳列棚がある訳でも無い。右には地面に毛布を引いて寝ている子供が二人。正面には新聞で顔を隠した父親と、包丁を慣れた手付きで扱う母親。
少女に気づいた母親ははっとした顔で包丁を止めた。父親も母親の動きを認めて、遅れて気づく。
「あんた何しに来たんだい!!」
響くのは罵声。幼子の身体が震えたのが手から伝わる。
「ここにはもう何も無いんだよ!そう言ったはずだよ!」
母親の髪は汗でべっとりと顔に張り付き、真っ赤に膨れた形相は鬼を思わせた。
父親は何も言わない。ただ母親と少女を一瞥した後、また新聞で顔を隠す。
「……行こ」
幼子の手を掴み直し、少女は家を離れることにした。
タイミングが悪かった訳では無い。ただもうとっくに限界だったのだ。
「……ごめんね」
「ううん。君のせいじゃないから」
「ちがうの。ごめんね」
「何も違くないよ。私が悪いの」
少女と幼子は赤い太陽の方へ歩いて行く。隠れ家には、夜までには着きそうだ。