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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

病ンデル童話選【かぐや姫】

作者: イトウアユム

グロ・サイコ・殺人・厨二病要素満載ですのでご注意。

『その美しさは比類する者が無く、まさに人で非ず』


――まさに、なよ竹のかぐや姫を賛辞する言葉であり、かぐや姫を蔑む酷評でもあった。


彼女との最初の出会いは竹の生い茂る、うっそうとした藪の中。

その竹藪に捨てられていた、美しい女童・・・それがかぐやだった。


連れて帰ったその少女に、子供の授からなかった妻はすぐに夢中になった。

すぐに彼女をかぐやと名付け、我が家の娘として迎え入れたのだ。

幼いながら、気品のある佇まいのかぐや。

きっと彼女は高貴な生まれで、何か理由があって捨てられていたのだろう。

かぐやの足元に埋まっていた金銀財宝と共に。

しかし信心深い妻は彼女は天からの贈り物、そしてこの財宝はこの子を養うために天から与えていたもの、と。

なんの疑問を抱かずに、子を受け入れ、慈しみ可愛がった。


けれどもわしは妻のように受け入れられなかった。

かぐやの黒曜石の様な潤んだ瞳。

それは底知れない闇を切り取ったようで、見つめられると何とも言えない恐怖に駆られ。


かぐやの形の良い、赤い艶やかな唇から零れ落ちる、鈴を転がした様な声色。

それはとても耳に心地良いのに、妙な不安が煽られ。


なんとも美しく、なんとも不気味な・・・竹から生まれた、なよ竹のかぐや姫。

わしは・・・言いようもない「恐れ」を我が娘に抱いていた。


そんなわしの思惑を知らず・・・いや、知っていたのかも知れない。

かぐやはわしを真っすぐに見つめ、目が合うと小首を傾げて微笑む。

そのたびに胸の中に漠然とした曖昧な脅威が広がっていった。


そして迎えた、かぐやの成人の儀式の日。

髪を結い上げ、十二単をまとった、かぐやの何とも言えぬ美しさにわしは息を呑む。

姿かたちの美しさは世に比肩する者が無いと言っても過言では無い。

かぐやがいるだけで家の中には暗い場所が無いほどに光が満ちる。

――だからこそ・・・彼女は危険だ。

人を惑わしかねないこの美貌は・・・きっと、この世の男を狂わせてしまう。

そしてこの国に混乱を招くだろう。


その危険な美しさを目の当たりにしたわしは、彼女を屋敷から、いや几帳の中から外に出さない事を固く誓い、家の者以外人目にふれぬよう育てた。


しかし。

「人の口に戸は立てられぬ」と言う様に、噂は誰にも止められない。

彼女の美しさは瞬く間に国中の評判となった。

世の中の男は皆、身分が高い者も低い者もかぐやに夢中になり、手に入れたがった。


そして・・・かぐやはそんな彼らを平等に受け入れたのだ。

一人ずつ、閨の中に招いて。

十二単の奥底で、男達の欲望を全て。


かぐやの体を知った男達はすぐにかぐやに魅了され、求愛し求婚する。

だが、かぐやは怪しげな微笑を浮かべ、首をゆっくりと横に振るのだけ。


手紙を書いて送っても返事が無い。

嘆きの歌を詠んで贈っても返歌は無い。

けれども通って求められれば微笑んで体を開く。

それでも・・・つれない態度は変わらず。


かぐやに翻弄された男達は報われぬ恋に心身を患い、崩れ、破滅していった。


そんな求婚者の中でも諦めずに言い寄り続けたのは、恋愛上手の女性好きと評される五人の貴公子。

彼らはある日、わしの前に現われ口々に嘆願した。

「どうか、姫をわたしに下さい」と。


若さも力も権力もあり、全てに恵まれている若者達。

そんな彼らが、今は金持ちと言えども、身分が卑しい老いぼれの木こりにと伏して乞うその姿。

なんとも憐れで、滑稽で。


「なあ、わしの仏とも菩薩とも言えるかぐやよ」

彼らの熱意に折れたわしはその夜、かぐやを部屋に呼んだ。

「おまえはわしの子ではないが、ここまで育てたわしの気持ちをくんで、この爺の言うことを聞いては貰えないだろうか?」

わしの言葉にかぐやは嬉しそうに微笑む。

「お父様のおっしゃる事を断るわけがございません。わたくしは幼いわたくしを見つけてくださり、大切に育ててくれた貴方のことを慕っているのですから」

「嬉しいことを言ってくれる。いいか、かぐや」

「はい、お父様」

「男は女と結婚をして、女は男と結婚をするのが幸せなのだ」

「お父様の仰る通りです」

「結婚することで子孫も栄えていくことになる。なによりも、1人きりにはならぬ。わしも老いた。今日とも明日とも知れない命。わしはおまえがこのまま結婚しないでいるのは心配なのだ」

わしの言葉にかぐやは表情を硬くした。

「おまえは女の身。五人の貴公子の方々が、このように長い期間にわたって通い続けていることを思って、一度結婚を考えてみればどうだ?」

「・・・。」

かぐやは無言のまま・・・わしをまっすぐに見つめた。


ああ、まただ、この目。

夜の闇を集めた、深淵の底のような色の瞳。

わしを恐怖に駆きたてる、じっとりとした眼差し。

「・・・わたくしは寛容ではありません」

かぐやはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「わたくしの理想の殿方は、わたくしだけを見てくださる方。わたくしの死んだ後も、その命が尽きるまで未来永劫にわたくしを想ってくださる方」


滔々と語られるかぐやの心情。

未来永劫自分だけを愛してくれる男としか結婚しないと淡々と語るもっともらしいかぐやの吐露する胸中。

しかし、常日頃のかぐやの行いを知るわしには妙に薄ぺらく感じられた。


(――だから複数の男との逢瀬を重ねているのか。この、淫売め)

罵りたい気持ちを抑えながら、わしはかぐやを諭す。

「そう言うな。五人の貴公子たちの愛情はどれも深いものだ」


「五人の方々のお気持ちは同じでしょうから、どうしてその中で優劣など付けられるでしょうか。ですので・・・五人の中でわたくしに素晴らしいものを見せてくださった方を、愛情が深い方だと判断して結婚しようと思います」


かぐやは五人の貴公子たちに自分の望む珍しいもの、素晴らしいものを見せて欲しいとの願いを伝える。

それは到底叶える事の出来ない、荒唐無稽な難題。


結果、五人は等しく恥をかかせられ、笑い者にされ・・・いや、笑い者にされた者は幸運だったのかも知れない。

中には破産や命を落とした貴公子もいたのだから。


結局、かぐやは誰とも夫婦にならなかった。

そう、彼女は元から、誰とも結婚するつもりなど無かったのだ。


男達を魅了し、心をかき乱すだけでなく、破滅させ、それでも涼しい顔をするかぐや。

しかし、そんな彼女も、年貢を納めるその時が来た。

男達を手玉に取るかぐやの噂は帝の耳にも届いていた。

帝はかぐやに興味を示し、かぐやへ宮廷への出仕を命じたのだ。


女好きで名高い帝の事だ。

きっと一目見るなり、かぐやの夢中になり、体を重ねて虜になるだろう。

そして、そのまま彼女を宮中の奥底に連れ去り、閉じ込め、一日中かぐやを求めるようになる。

自分だけが愛でれる籠の鳥のようにかぐやを扱うだろう。

そうすれば・・・帝の寵姫となったかぐやとは、わしはもう会うことは出来なくなる。

得体の知れない不安や恐怖に苛まされる事は無くなるのだ。

・・・不安と恐怖?

わしは自問する。

わしが苛まされていたのは、かぐやに対しての恐怖だったのか?


・・・違う。

わしは。

わしが怖がっていたのは・・・。




かぐやの翳りの無い、宝石の様な瞳。

柔らかく、体に染みいる甘い声色。

おまえのその眼差しを、声をわしだけのものにしたい、独り占めにしたい。

・・・そんな己のけた外れの独占欲にわしは恐怖に駆られ、不安を煽られていただけなのだ。


「そうか、わしは・・・」

――かぐやに夢中になるのが、恐ろしかったのだ。

どの男達よりも先に、そして長く・・・この魔性の女に捕らわれていたのは・・・このわしだった。


みだらで、多情な女でも良い。

幾多の男に体を開いても構わない。

屋敷中に聞こえるくらいの、あられもない声で喘ぎ、わし以外の男達を喜ばせていても耐えて見せよう。

けれども・・・おまえがいなくなるのは耐えられない。

そうだ、わしは・・・おまえがわしの前から消える事は許せないのだ。

狂おしいほどの嫉妬に駆られながらも、おまえの姿をこの眼に写す事が出来なくなるのなら。

もう会えないお前を思い、流れる涙にこの身が浮かぶほど悲しむならば――。

・・・おまえと会えなくなるなら。

そう。

いっそ・・・この手で。


――それは、月の綺麗な夜だった。

帝に贈られた金糸銀糸の単衣を纏った姫はわしの深夜の来訪に驚くこと無く、微笑んだ。

わしはかぐやの白く細い首に手を掛ける。

するとかぐやは待ちわびていたかのように、わしへその首を差し出し・・・嬉しそうに目を細めた。

「やっと、認めてくださったのね・・・ご自身の愛を」

かぐやはわしの耳元で囁く。

「あの日、竹藪でわたくしを見つけたあなたの眼差し。あれは餓えた獣のような目だったわ。それからずっと、わたくしは待っていたの」

赤い唇が歓喜に震える。

「あなたが理性という殻を破ってわたくしを求めてくれることを。お義母さまへの愛を捨て、わたくしに対する不貞の想いを認めてくれることを」

わしのこけた頬を愛しそうに撫でる、かぐやの手。

「嬉しい・・・やっと、自分に正直になって、わたくしを求めてくれたのね」

ほっそりとした指先のその冷たさと心地良さに、わしは悟る。


ああ、そうかおまえは・・・本当に人ではないのだな。

天女か、はたまた、天よりも高い場所にあると言う月の世界の住人か。

男を惑わす美貌を持つ妖しくて危険な存在。

決して男になびかない強さを持ちながら、男を利用する。

男を破滅させる魔性は、天女ゆえの生まれ持ったもの。

そうだ、わしは幼い頃からおまえの魔性に狂わされてきた。

そうだ、わしのおまえに対する愛は・・・子を慈しむ子への愛では無かった。

それを認めた今、わしが行うべきことはひとつ。


愛するおまえを、おまえの本当の居場所に・・・天へ、わしの手で還してやろう。


わしの両手がきりきりとかぐやの首を絞める。

指先に伝わる、血管の震え、器官の収縮。

ああ、きっともうすぐ、この命は絶える・・・そう思わせる、徐々に弱弱しくなっていく鼓動。

かぐやは抵抗する事も無く、満足そうに微笑むと。

――そのままわしの腕の中で事切れた。


わしはかぐやの亡骸を抱き、山を登る。

そして雪が残る、山の頂でかぐやの抜け殻を焼く。

かぐやを焼いた煙は雲の中に、天へ、月へ向かって・・・ゆっくりと立ち昇っていった。


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