俺は悪役令嬢の幼馴染。勇者ユーリと魔王討伐
このエピソードは『俺は悪役令嬢の幼馴染。断罪追放を失敗した親友を助けたい』の続編です。
時間軸は、王立魔法学園の記念パーティーの翌日。
『貴様には存分に働いてもらうぞ』から空白だった数日間の出来事になります。
お時間がありましたら、前作からお読みください。
俺は、親友であるアーサー王子の自主退学を撤回させるため、国王に匹敵する権力と影響力を持つ、ユピテル・ラウ・レイヤ公爵様の説得に成功した。
公爵様は、言った。
「黒幕共にもしっかりと釘を刺す必要がある。ディアナの安全のために、貴様には存分に働いてもらうぞ。覚悟するがいい!」
公爵様より、俺に託された仕事とは――。
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俺は、辺境のメイヤー男爵家の屋敷を訪れていた。
あらかじめ貴族の作法どおりに連絡をしておいたので、名乗るとすぐに応接室に通された。
目の前には、机を挟んで黒目黒髪の美少年が座っている。
彼の名前は、ユーリ・メイヤー。年齢は十五歳。
デーモンの大群を殲滅して国の危機を救った英雄で、その功績を認められて教会に『勇者』と認定された少年である。
難攻不落の大迷宮をハーレムパーティーで攻略したり、農地改革や新商品開発なども手がけていて、まるでラノベの主人公みたいなやつだった。
俺は、ユーリの中身は俺と同じ『日本人転生者』だと確信している。
俺は、ユーリに頭を下げた。
「頼む。俺の親友と幼馴染を助けるために力を貸して欲しい」
「あぁ、うちのお姉ちゃんが迷惑をかけた件だね。それなら僕は協力を惜しまないよ」
「ありがたい。本当に助かる」
「だが、ちょっとした問題があってね。今はそちらを優先したいんだ」
「そこをなんとか頼めないか?」
こちらも急いでいる。
黒幕たちが余計な対策をする前に、確実な一手を確保したい。
「うーん。うちも人手不足でね。僕は大抵のことができるけど、一人でなんでもできるわけではないんだよ」
そう言って、ユーリは挑むような目付きで俺を見つめた。
なるほど、そういうことか。
「わかった。俺もユーリの仕事を手伝うよ」
「強要したようで悪いね。でも本当に大丈夫かい?」
俺は、アーサーの自主退学を撤回させ、ディアナを学園に連れ戻したい。
俺はそのために、ここまでやって来たんだ。
「あぁ、俺にできることならなんだってやってやるさ」
「その言葉を聞きたかったんだ」
ユーリは、嬉しそうに笑った。
「ところで、俺は何をしたらいいんだ?」
俺は、魔法実技が赤点すれすれの劣等生。
事務仕事やお使い程度しかできない自信があった。
ユーリは言った。
「僕と契約して、魔王ヴァルプルギスナハトを倒しに行こうよ」
は?
お前は何を言っているんだ?
そのとき、ユーリの目が赤く光ったような気配があった。
「ん……さすが魔法学園の生徒だな、知力が良く鍛えられている」
ちょっと待って。
勝手にステータス鑑定するんじゃない。
「役人にでもなるつもりかい?近代の魔術師は、体力と素早さも必要だぞ」
「俺は、役人として平穏無事に生きたいんだよ!」
「初めのうちはみんなそう言うんだ。でも安心してほしい。エリクサーならダース単位で持っている」
死亡回復薬じゃないか。
全然、安心できねーよ。
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俺は、ユーリと契約して、勇者パーティーに加入した。
そして、ユーリと二人で魔王ヴァルプルギスナハトの結界があるという山奥に向かった。
「魔王ヴァルプルギスナハトは、魔女祭の概念が擬人化した存在だ」
その話なら知っている。
魔王ヴァルプルギスナハトは、定期的に発生する災厄だ。
魔女の守護者であり、女性が近づくと問答無用で『魔女堕ち』させる。
魔王は周囲に魔女がいる限り無敵であるため、大変面倒くさいことになってしまう。
そのため、男性だけで討伐するのがセオリーだった。
「ユーリ。お前のパーティーメンバーは女性ばっかりだもんな」
そう言ってやったら、ユーリは目を逸らした。
「僕は悪くない。助けた女の子達が勝手に集まってきたんだ」
さすがラノベの主人公は言うことが違うな。
俺は、感心した。
「発見が早かったので、犠牲者の女性はたった一人で済んでいる。僕は魔王を討伐する。君は魔女堕ちした被害者女性の救出を担当してほしい」
「承知した」
俺は、ユーリにもらった対魔法効果のある指輪を握った。
魔王は、近くに魔女がいる限り無敵である。
だがこの指輪を、魔女堕ちした被害者女性の指に通せば、少しのあいだだけ魔王の呪いを解除できる。
やがて俺たちは、魔王ヴァルプルギスナハトの結界に到着した。
昼なのに暗闇に包まれていて、周囲を囲うようにかがり火が焚かれている。
魔王ヴァルプルギスナハトは、宙に浮かんで漂っていた。
カボチャをくり抜いたような顔。
手には鋭い大鎌を持っている。
黒いとんがり帽子に、ぼろぼろの黒いローブを身に着けたジャック・オー・ランタンのような魔王だった。
その足元には、魔女堕ちした金髪碧眼の被害者女性が立っている。
魔女のような黒いローブを着ていて、ずいぶんスタイルの良い女性だった。
ん?
どこかで見たような顔だな?
「あら?ユーリ君とアーサー様のお友達君じゃない。二人そろってどうしたの?」
ユーリは、目を逸らしつつ言った。
「すまん。実は、被害者の女性は、お姉ちゃんなんだ……」
おい、ユーリ!
そういうことは、先に言え!
男爵令嬢マリア・メイヤーは、アーサー王子と一緒に、公爵令嬢ディアナを断罪追放しようとした女性である。
学園を休学してユーリと一緒に実家に帰ったと聞いていたが、こんなことになっていたとは知らなかった。
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そして、戦闘が開始された。
ユーリが、魔法剣を抜いて魔王ヴァルプルギスナハトに向かって駆け出した。
魔王の大鎌を回避して、その身体を両断した。
だが、魔王は霧のように拡散して無傷の状態に回復する。
魔女が近くにいる限り、魔王ヴァルプルギスナハトは無敵だった。
「ユーリの魔法剣でも効果が無いのか……」
俺は、ユーリの活躍を横目に、魔女堕ちしたマリアに駆け寄った。
「助けに来たぞマリア嬢」
「私もあなたを待っていたわ」
「そ、そうか、ちょっと手を貸してくれないか」
「はい、どうぞ」
そう言って、マリアは左手を差し出した。
順調過ぎて、なにかがおかしい。
だが俺に、魔女堕ちした女性の行動が読めるはずもない。
俺は、彼女の手を取った。
すると突然、マリアは俺を抱きしめた。
それは、魔女による『魅了』の攻撃だった。
嗅覚が『甘い香り』に占領された。
俺の触覚が胸部を中心に『柔らかい』に書き換えられる。
まずい!
何も考えられなくなってきた。
強い痛みは、歯を食いしばれば耐えられる。
だが、脳を溶かすような安らぎには、長い時間耐えられそうもない。
俺は、必死で魔女堕ちしたマリアに話しかけた。
「なぁ、マリア。俺を離してくれないか?」
「それは、無理な相談ですわ」
まずいぞ。
全然頭が回っていない。
「この提案は、君のためでもあるんだぞ?」
「ふふふ。もうその手には乗りませんわ」
やっぱりダメか!
なんだか眠くなってきた。
それなら、アーサーの事を聞いてみよう。
「では、ひとつだけ教えてくれ。君はアーサーの事が好きだったのか?」
「もちろん、大好きでしたわ」
本当に?
アーサーを嵌めるために芝居でやっていると思っていたんだけどな。
「それは嘘だ!その気持ちは、口先だけだ!」
「う、嘘ではありません。私はアーサー様を本気で好きでした!」
あっ、マリアはアーサーの事を本当に大好きだったんだ。
そう思ったとき、魔女の『魅了』の効果が薄れてきた。
誰だって自分の事を好きでもない異性に抱きしめられても、嬉しくもなんともないもんな。
マリア、君だってそうだろう?
「それなら、どうして君は『好きでも無い男』を、その腕で抱いているんだ?」
「あっ!そ、それは……」
マリアの手が緩んだ。
俺は、最後の気力を振り絞って、マリアの指に対魔法効果のある指輪を差し込んだ。
魔王の呪いが、指輪の効果で解除された。
ユーリは叫ぶ。
「よくやった!待っていたぞ、この瞬間を!」
ユーリの魔法剣が、魔王ヴァルプルギスナハトを両断した。
そして、魔女の支援を失った魔王は霧のように拡散して、やがて完全に消滅した。
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俺は、魔女堕ちから回復したマリアに話しかけた。
「マリア嬢、あなたに頼みがある。アーサー様とあなたを唆した黒幕は誰だったのか、公爵様の前で証言して欲しい」
「わかりました。すべてお話しします」
「ユーリには、マリア嬢の警護を頼みたい」
「わかった。弟として、お姉ちゃんを守るのは当然だ。仲間も一緒に連れて行くよ」
こうして俺は、公爵様より託された仕事『勇者ユーリと姉のマリア嬢を仲間にする』を達成したんだ。
親友のアーサーと、幼馴染の女の子ディアナが学園に帰ってくるまで、あと少し――。
こんなの悪役令嬢じゃない!って、思った方は『星1』でも入れてあげてください。