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幕間1:星将サタナキア



 その日は、グンターにとって人生最悪の瞬間だった。

 前線拠点への帰還後に呼び出された一室。

 黒く、怪しげな気配に満たされた部屋。

 用途不明の装飾や物品が並ぶその場所に、グンターは一人佇んでいる。

 正確には、その部屋にいるのはグンターだけではない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()はグンターのみだった。

 

『……部隊の半数は壊滅し、戦闘艦三隻の内二隻は中破。

 一隻は脱走者の手で強奪され、現在は行方知れず』

 

 淡々と。

 決まった文章を機械的に読み上げているような、抑揚のない声。

 生気が欠片もないその響きは、聞く者に怖気を誘う。

 とはいえ、それも仕方のない事。

 事実として、その声の主は生者ではなかった。

 

「も、申し訳ございません。閣下」

『しかも脱走者は、数少ない極星勲章持ちの竜撃降下兵。

 極星国軍人は数多くあれど、その中でも英雄と呼んで差支えのない益荒男だ。

 何故そんな男があの場所に居合わせ、故国に反逆するような真似をしたか。

 あぁ、私はまったく理解に苦しむのだが。

 君はどのように考えているか、意見を聞かせて貰えまいか』

「そ、れは……」

 

 形だけの謝罪など、なんの価値もない。

 そう示すように、その人物はグンターの弁明を無視した。

 ――返答を誤れば、殺される。

 むしろ素直に死なせてくれたのなら、これ以上の幸運はないぐらいだ。

 グンターは震える内心を押し殺し、目の前の相手を見た。

 

 室内の雰囲気にも合致した、骨格の意匠が施された悪趣味な椅子。

 それに深く腰掛けているのは、一体の髑髏だった。

 髑髏面を付けている――というわけでは、決してない。

 装甲付きの黒衣を身に纏った骨が、人間のように動いている。

 そんな怪物が、暗い眼窩に青白い光を宿してグンターを見ていた。

 さながら、迷い人を底無し沼に誘う鬼火のように。

 

『グンター、私は非常に失望している』

「閣下、先の失敗については私も猛省しております。

 ですが今度こそ、今度こそお与えくださった任務は完全な形で遂行致します。

 ですから、ですからどうか――」

()()()()()()()()()()()

 

 冷たい、背筋に氷が突っ込まれたような激しい悪寒。

 次の瞬間には、グンターは声も出せずに床に崩れ落ちていた。

 手足は萎え、五感が麻痺して世界が遠のく。

 自分が何をされたのか、グンターは欠片も理解できなかった。

 

 ――死ぬ、のか。私は。

 朦朧とした意識は、声にならない絶叫を上げる。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ。

 こんなところで、こんな恐ろしい怪物に殺されるなんて。

 幾ら何でも惨め過ぎる。

 こんなはずでは、こんなはずではなかったのに……!

 同時期に軍に選ばれながら、輝かしい英雄としての功績を上げた男。

 その陰で、自分は部隊長ながらも役目は汚れ仕事ばかり。

 

 ――私なら、上手くやれると思った。

 偽の情報を相手に流し、極秘任務の現場へと誘い込む。

 上手くやれるはずだった。

 任務に成功した上に、あの妬ましい男を処分する大義名分を得る。

 思い描いた未来が、手が届くはずだったのに――!

 

『欲を掻き過ぎたな』

 

 どれほど叫ぼうとしても、今のグンターにその力はない。

 眼前の髑髏――屍術師リッチ生命吸収ライフドレインを受けてしまったから。

 死なないギリギリまで命をむしり取られ、身体は死体の半歩手前だ。

 震える事すらままならない男に、白骨の手が伸びて――。

 

「……その辺で許してやったらどうだい?

 サタナキア星将閣下?」

 

 部屋の片隅で。

 これまで黙って様子を見ていたもう一人が声を上げた。

 低く重い響きだが、間違いなく女の声だった。

 それに対して怪物――サタナキアは、半端な位置で手を止めた。

 

『何故止める?』

「何故もなにも、そいつも一応は極星国の同胞だ。

 軍事法廷も通さず処刑じゃ、組織の秩序にはそぐわないよ」

『……ふむ』

 

 諫言を聞きながら、サタナキアは「もう一人」に初めて視線を向けた。

 声の通り、そこにいるのは女だった。

 但し、驚くほど背が高い。

 二メートル近くか、それを超えているかもしれない。

 身に付けているのは、騎士甲冑に似たデザインの分厚い装甲。

 その上からでも、女の身体が鋼も同然に鍛えられてるのが見て取れた。

 褐色の肌に燃える赤髪。

 瞳の色は黒だが、その縁は不気味に輝く金環に縁どられていた。

 

 ぱっと見では、少々立派な体格の女戦士だ。

 しかし、床を這うグンターは知っていた。

 この女もまた恐るべき怪物の一人。

 その瞳に刻まれた暗闇の金環(ダークリング)が示している。

 死霊騎士ナイト・オブ・デス――屍術師であるサタナキアの創造物。

 そして彼の片腕でもある屍の騎士だ。

 

『いつも思うが、君は見た目の割に慈悲深いなベロニカ』

「そのナリで見た目云々とか、どの口が言ってんのかね?」

 

 笑う女の顔は、牙を剥く狼に似ていた。

 サタナキアは暫し考え込むと、指先を軽くグンターに触れさせた。

 

「ッ……がはっ!」

 

 その直後、溺れかけた時のようにグンターは激しく咳き込む。

 生命力を戻されたのだと、考える余裕はどこにもない。

 のた打ち回る部下を、サタナキアは冷え切った眼差しで見下ろす。

 

『副官の顔を立てて、もう一度だけチャンスを用意しよう』

 

 首の真上にセットされた、断頭台の刃。

 グンターがその声で連想したのは、そんなイメージだった。

 

『代わりの船と、負傷した兵の補充。

 それらを私が責任を持って用意しよう。

 君は引き続き、金鱗を探し出せ』

「か、しこまり、ました……!

 このグンター、身命を賭してでも……!」

『次にしくじった場合、簡単には死なせるつもりはない。

 今の宣言の通り、君の身命は私の好きにさせて貰うつもりだよ。

 ――それが嫌なら、全力で励みたまえ』

「は、はいぃっ!!」

 

 あまりの恐怖に、グンターは裏返った声で叫んだ。

 実に耳障りだが、サタナキアもベロニカも特に気分を害した様子もない。

 或いは、そもそもグンターという男に興味がないのか。

 今のグンター自身には、それを推し量る余裕はない。

 一刻も早く、この化け物の巣窟から逃げ出したいだけだった。

 

『さて、用件は以上だ。

 船と人員の詳細は追って伝えよう』

「ハッ……! 失礼、致します……!」

 

 息も絶え絶えの状態で、這うようにグンターは退出する。

 自らの「工房」の中から、サタナキアはその哀れな後ろ姿を見送った。

 騒がしい生者がいなくなれば、後に残るのは死者の静寂のみ。

 

「驚いたね」

『何がかな?』

「いや、一応言うだけ言ったとはいえ、ホントにワンチャンくれてやるとはね」

『君も大概酷い奴だな』

 

 笑うベロニカに対して、サタナキアの感情は冷え切っていた。

 むしろ死者でありながら、感情を色濃く残しているベロニカが異端なのだろう。

 それは彼女の中に流れる「古き血」の成せる業か。

 

『ところで、慈悲深い君の本音は何処にあるのかな?』

「どうせ殺すんだったら、血が温かいままにして欲しいね。

 閣下が〆た後じゃ、冷凍した肉みたいで味が落ちるんだよ。

 それじゃあよろしくないだろう?」

 

 ベロリと、わざとらしく獣の如き女は舌なめずりをしてみせた。

 いや、「如き」ではない。

 不死者である以前に、彼女が恐ろしい「獣」である事をサタナキアは良く知っていた。

 知っていたからこそ、その物言いにカタカタと骨身を鳴らす。

 常に無感情な上官が笑っている様子に、ベロニカも唇の端を大きく釣り上げた。

 

「それで? そういう星将閣下は部下の奮起に期待している?」

『どうでも良いね。一度失敗した時点で大してアテにはしていない。

 目覚めてしまう前に確保できれば、それがベストだった』

「しかし、思惑に反して竜のお姫様は目覚めてしまった――と。

 大丈夫なのかい?」

『陛下から直接賜った密命だ。

 グンターと同じ程度には、私も追い詰められているワケだ』

 

 そう言う割に、サタナキアは焦った様子もない。

 感情が冷え切っているだけなのか、それとも別の理由があるのか。

 ベロニカもそれなりに長い付き合いだが、骨の表情を読むのは未だに難しい。

 

「何を考えてんだい、星将閣下?」

『いつだって祖国と陛下への忠誠だよ、ベロニカ。

 ……ただ、そうだな。

 本音を言えば、失われた竜の血脈への好奇心に胸が躍っているんだ』

「悪いクセ出てるじゃんかよ」

 

 忠誠がどうのと言っているが。

 この骨の中に詰まっているのは、未知に対する貪欲なまでの探求心。

 それに関しては、副官のベロニカも良く知っていた。

 

『実際のところ、私も陛下が何をお望みなのかは分かっていない。

 ただ「失われた金鱗が眠っている、これを奪え」と。

 陛下がお命じになられたのはそれだけだ。

 何故、帝国崩壊と共に絶滅したはずの金鱗が生きているのか。

 何故、今さらになって陛下がそんな命令をお出しになったのか。

 ほら、私自身も何も分かってないに等しいだろう?』

「皇帝陛下の懐刀、シリウス極星国の最高戦力の一角が使いっぱしりとはねぇ」

『言っただろう? 私も、あの哀れなグンターとそう大した違いはないと』

 

 本気なのか冗談なのか、機械的な声ではイマイチ判断がつかない。

 ベロニカもジョークじみた口調だったが。

 

「――しかしまぁ、ドラゴン娘だけでも面倒だってのに。

 もう一つ、別の面倒が重なっちまったねぇ」

『まったくだ。それに関してだけは、私も流石に憤っているよ』

 

 変わらず、感情を欠片も感じさせない言葉を口にしながら、

 サタナキアは、その骨の指先で虚空をなぞる。

 浮かび上がるのは光の線。

 最初は無秩序に、けれど直ぐにある男の情報を文字として並べていく。

 

「……勲章持ちの竜撃降下兵か。

 今の極星国では五人もいないんじゃないかい?」

『生きている者ではそうなるだろうな』

 

 ヴィーザルという名の男。

 彼と、彼が過去に上げた功績について。

 それらに目を通しながら、ベロニカは低く唸った。

 情報を出力しているサタナキアは落ち着いたものだ。

 

『強化装甲服と専用の白兵装備。

 ステルス機能と、高出力電磁射出装置マスドライバーに性能を費やした小型艇。

 たったそれだけで、星間航行中のドラゴンに向かって「降下」する。

 竜撃降下兵ドラゴンボーン、狂気の沙汰とは正にこの事だな』

「優秀な兵しかなれず、その中で一度目の出撃を生還するのは精々半分。

 それを十二回も出撃し、同じ数以上のドラゴンを仕留めている。

 コイツは確かに勲章ものだね」

『まったく、グンターも余計なことをしてくれたものだ』

 

 これまで感情を見せなかったサタナキアが、少し不機嫌そうに唸った。

 非合理な行動が齎した結果に、流石に腹に据えかねたようだ。

 

『何を思って、ドラゴン殺しの兵がドラゴンと行動を共にしているのか。

 これもまた不可解ではある。

 グンターの意図を察して激情に駆られただけか。

 それならばまだ、説得の芽はあるんだが』

「意外だね。反逆者と逃亡兵は極刑じゃないのかね」

『兵としての能力と功績を考えれば、恩情を見せる価値はある。

 まぁ、正直期待はしていないがね。

 ……どうするにせよ、先ずは居所を探らねばな』

「そこはグンターに期待しようか」

 

 期待などまるでしてないと。

 言葉にはせず、ベロニカはグンターを嘲った。

 サタナキアはまるで興味がないと、軽く肩を竦めるのみ。

 

『愚かな男だが、感情に由来する行動力だけはある。

 働きに期待はせずとも、此方が求める程度の役割は果たすだろう』

「あぁ、こわいこわい。星将閣下は捨て駒の役をお求めかい?」

『捨て駒など、妙なことを言う』

 

 副官の問いに、サタナキアは心底不思議そうに答えた。

 

『生きている駒ならば、私は再利用が可能だ。

 捨て駒など、それこそあり得ん話だよ』



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[一言] >>『生きている駒ならば、私は再利用が可能だ。 >> 捨て駒など、それこそあり得ん話だよ』 MTGのフレーバーテキストみたいなセリフで好き
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