第六話:脱出
流石に、竜体ではないから威力は低い。
自分でそう思いながらも、今は構わずに《吐息》を撃つ。
狙うは頭上に展開した戦闘艦。
回避は間に合わず、三隻の内の一隻に光が突き刺さる。
爆発と衝撃が、竜晶星の薄い大気を揺らした。
「あら――思ったより頑丈ですね」
被害は、こちらの思ったよりも少ないものだった。
黒い装甲は焼けて、一部が融解している。
貫通こそしてはいるけど、内部を完全に吹き飛ばすまでには至っていない。
ノーダメージでないとはいえ、流石にプライドが傷つきそう。
「……戦闘艦のスケイルを貫通するとか、一体どんな威力だ?」
「? すけいる?」
不満げな私とは真逆に、ヴィーザルは戦慄を込めて呟いた。
良く分からない単語が出たけど、一体どういう意味なのか――。
「っと……!」
砲撃音の多重奏。
向こうから見れば、私たちなんて豆粒以下でしょうに。
存外、正確な精度でこちらを狙って来る。
見た感じ、光学兵器ではなく質量弾?
エネルギー系は大体鱗で遮断できるから、竜への攻撃手段としては悪くない。
「まぁ、当たりませんけどね」
ダメージを与える手段としては有効でも。
ハッキリ言って遅すぎる。
少し《加速》すれば、船の大砲なんて止まって見える。
一つ、二つ、三つと。
狙いの正確さのせいで、逆に回避は容易だ。
「それで、すけいるって何ですか?」
「ッ、ドラゴンの鱗を模倣した、船の特殊装甲だ……!
性能としては劣化版だが、エネルギー攻撃の大半を遮断できる……!」
「ははぁ」
なるほど、なるほど。
私が起きていた五千年前にはなかった技術だ。
ドラゴンの真似事を、自分たちが乗る船に対して施すなんて。
実に人間が考えそうなこと。
「だから《吐息》の通りが悪かったわけですか、納得しました」
「一発で装甲に穴を空けるとか、個人で出して良い火力じゃないけどな……!」
「そこはホラ、私はドラゴンですし」
しかも金鱗を持つ王族ですから。
そこらの木っ端ドラゴンと一緒にされると困ります。
この状態で穴が開けられるのなら、竜体だったら貫通できそうね。
けど……。
「……ダメですね」
「? 何の話だ」
「まだ竜体は、ちょっと広げるのが難しそうで」
ドラゴンとして、完全な能力を発揮するための第二の身体。
それこそが竜体。
心臓たるこの身を包むための外殻。
ただ、燃費も悪いしサイズも大きくて不便という欠点もある。
だから常は専用の「空間」に格納しているのだけど……。
「休眠から覚めたばかりで、まだ本調子じゃないみたいです。
竜体とは繋がってるのだけど、上手く動かせません」
「……まぁ、それは仕方がない」
不安か、安堵か。
ヴィーザルの漏らした吐息に混ざるのは、どちらの感情だろう。
ええ、それはそれとして。
「とりあえず、私が考えられる案は二つ」
「聞こうか。そう余裕のある状況でもないから、手短に頼む」
「ええ。先ず一つは、このまま飛んで離脱する事」
「……このまま?」
「ええ、このまま」
別に竜体を開かずとも、ドラゴンである私は星の海を単独で渡ることができる。
流石に、この状態では時間が掛かってしまうけれど。
それでも敵の船を振り切って、別の惑星に向かうぐらいは可能だ。
だから極端な話、私にとってこの状況はなんら窮地ではない。
問題が一つだけあるとするなら。
「そうする場合、貴方はこのまま抱えて飛ばざるを得なくなりますけど……」
「やめてくれ。流石に死ぬ」
ですよね。
身に付けた装甲服には、必要な生命維持の機能はあるでしょうけど。
流石に何の守りも無しに星間航行に耐える程ではないはず。
そう話している間も、私は敵艦の砲撃をするりと躱し続ける。
いっそ弾切れまで待てば、少しは大人しくなるかしら。
そのまま退いてくれれば楽だけど、流石にそうはならないでしょう。
「であれば、もう一つの方法しかありませんね」
「……あちらの船を奪う、か?」
「ええ、良くお分かりで」
「こんな状況だ、それぐらいしか浮かばない」
抱えられたまま、ややうんざりした口調でヴィーザルは応える。
敵の船は三隻、どれも吹き飛ばされた小型船よりも随分と立派だ。
アレを一つ奪ってしまえば、足としては十分のはず。
「だが、どう奪う気だ?」
「あら、そんなものは直接乗り込めば良いでしょう。
丁度――ほら」
そう言って、私はある一点を指差す。
それは先ほど、一番最初に《吐息》を当てた戦闘艦。
装甲が一部融解し、人間が侵入できるぐらいの穴が開いた場所。
全てを察した様子で、ヴィーザルは笑う。
「なるほど、あそこから中に入って艦橋を抑えろと?」
「何かご不満が?」
「無い。贅沢は言えない以上、やってやるさ」
「人間にしては上出来な答えですね」
笑う。
私もヴィーザルも笑っている。
ええ、こういう時こそ笑うべきだ。
敵もきっと、私達を地べたを這いずるネズミと笑っている頃か。
その不愉快な顔を、苦痛と絶望に歪ませたらどんなの楽しいかしら。
方針が決まったなら、後は行動あるだけ。
「では、このまま貴方をあちらの穴から船内に放り込みますね」
「そっちはどうする?」
「残りの二隻、こちらで相手をしますから。
貴方はさっさと船の制御を奪って下さい。宜しいですね?」
「分かった」
迷いのない即答で大変結構。
ならばこっちも、その戦意に応えましょうか。
翼を大きく広げながら、一息に軌道を変化させる。
地面の上を這う動きから、天高くへと飛翔。
ノロマな砲弾なんて掠りもしない。
先ずは《吐息》を当てた戦闘艦へと接近。
装甲の表面を滑るように飛び、小さく開いた穴を目指す。
そして。
「では、ご武運を!」
「そっちもな!」
躊躇なく、ヴィーザルをその穴へと放り込んだ。
さぁ、あちらの事はあちらに任せて。
私は私の仕事をしましょうか。
星々が煌めく闇の空を、私は飛び続けた。
さっきまで狭苦しい洞窟にいたせいか、解放感で叫びたくなる。
『おい、何をしている! さっさと撃ち落とせ!』
焦ったグンターの声が、ヴィーザルを放り投げた別の艦から聞こえて来た。
当たりなら面白かったけれど、残念ながら外してしまったか。
まぁ、それならそれで別に構わない。
「カッ――――!!」
咆哮。
光輝く《吐息》を、グンターがいると思しき戦闘艦に向けて放つ。
ヴィーザルの言っていたスケイルとかいう装甲に防がれ、大きなダメージはない。
それでも装甲に穴を開けるぐらいの威力はある。
「ハハハハ! さぁ、私一人もどうにか出来ないなんて!
随分と粗末なものをお持ちなんですね?」
『ッ――撃て、撃ち落とせ!!』
安い挑発に、相手は簡単に乗って来てくれた。
これまで沈黙していた砲塔が動き、そこから閃光が迸る。
質量弾ではなく光学兵器。
大型のレーザー兵器は、当然砲弾などとは速度では比べ物にならない。
けど、それこそ私の鱗の前では無意味だ。
「無駄――!!」
エネルギーの奔流を弾き散らし、逆に《吐息》を撃ち返す。
船の装甲であるスケイルとやらが、竜の鱗と同じ性質ならば。
質量弾による砲撃は同士討ちが怖いと、そう判断したのでしょうね。
後は、艦載クラスの威力なら竜鱗にも有効だとか。
そんな希望的観測をしたんでしょうけど。
『くそっ、化け物め……!!』
無駄、無駄、全部無駄。
その程度では私の鱗は徹らない。
加えて、そう簡単に的になってやるつもりもない。
飛行速度を上げてしまえば、容易く照準は合わせられないでしょう?
逆に、こちらはデカい船の図体のどこでも狙い放題だ。
攪乱する形で飛び回りながら、《吐息》を撃ち込む。
接近してから爪で引っ掻くのも良い。
――竜体ならば、簡単に落とせるのに。
そう考えてしまうと、多少じれったくも感じてしまう。
まぁ、無い物ねだりをしても仕方がない。
少し無理をすれば、一隻ぐらいはこのまま叩き落せるか――と。
そんな風に考えた直後。
『――制圧完了だ、アルヴェン。急いで離脱するぞ』
その声と共に、新たな砲火が宙に咲いた。
ついさっき、ヴィーザルを放り込んだ戦闘艦。
それの放った質量弾が、グンターの船の横っ腹に突き刺さった。
派手な爆発に、私はつい笑ってしまう。
「ハハハハハ! 流石に仕事が早いですね!」
『楽しむのは結構だが、急いでくれよ!』
「ええ、勿論! では、これは置き土産です!」
ひと際大きく力を溜めて、私は《吐息》を撃ち放つ。
狙ったのはグンターの船とは別のもう一隻。
スケイルで減衰されながらも、私の《吐息》が装甲の一部を吹き飛ばした。
撃沈までは行かずとも、決して無視はできないダメージ。
これでまともには追いかけられないでしょう。
『っ、待て、貴様ら――!!』
「それでは、御機嫌よう?」
欲を言えば、ここで始末したいところだけど。
脱出を優先したいのも分かるので、私は一方的に別れを告げる。
翼を動かし、ヴィーザルが乗っ取った船の装甲に爪を引っ掛けて。
「どうぞ! このまま出して下さい!」
『無茶苦茶な生き物だな、ドラゴンってのは……!』
それは誉め言葉として受け取っておきましょう。
私の声に応じて、ヴィーザルは船を動かした。
後部から激しく吹き出す青白い光。
ドラゴンである私の最高速度とは、比べ物にならないけど。
それでも戦闘艦は速度を徐々に上げていく。
中破した残りの二隻が、無意味な砲撃を繰り返している。
けれど、そんなものはもう届かない。
「んっ……!」
船の速度は、やがて光の域を飛び越える。
今まで見えていたモノ全てが、遥か彼方へと消え去った。
闇の中を、幾つもの輝きが過ぎ去っていく。
長らく眠っていた私にとって、それは久しく見る星を飛ぶ光景だった。
本来なら、ドラゴンである私には見慣れたもののはず。
けど――今は何故か、無性に美しく見えた。
思わず、涙が零れてしまいそうなほど。
『……無事か? まさか振り落としてないよな?』
「台無しですよ、まったく。ええ、大丈夫ですからご安心を」
『そうか。だったら、そろそろ中に入ってくれ。
穴の開いたところは既に閉鎖済みだ。
手順通りにハッチを開くから、横着せずにそこを使ってくれ』
「まるで私が新しい穴でも開けそうな物言いですね?」
まぁ、説明されなかったらやったかもしれないけど。
……アレ。
そういえば、私は脱出する前ぐらいで別れるつもりだったような。
いえ、その予定の船が壊されてしまって。
そこからはもう、完全に成り行きと勢いで動いてしまったけど……。
「…………まぁ、良いですかね」
どうせ行くアテもなし。
もう少しぐらい、あの人間に付き合うのも良いでしょう。
『どうした?』
「なんでも。それより、指示をするなら早くして下さい。
直通で道を開いていきますよ?」
『やめてくれ、亜空間航行中だぞ。最悪船がバラバラになる』
呻くヴィーザルの指示を待ちながら。
私は暫し、光を置き去りにした光景を眺めることにした。