第五話:竜の吐息
「アハハハハ――――ッ!!」
戦の高揚から、笑う声が抑えられない。
《加速》する私の動きに、装甲服たちはまったく反応できていない。
弱い者イジメは決して趣味ではないけど。
そんな嗜好とは真逆に、敵を蹂躙する喜びが胸の奥から湧き出す。
これもまた、私の内にあるドラゴンとしての本能か。
「糞っ、糞ッ!!」
「下がれ! いや食い止めろ!」
「隊長、このままではどうしようも……!」
光熱銃を並べて弾幕を張る者。
混乱しながらも、前に出て足止めをしようとする者。
半ば戦意が折れてしまった者と。
敵の様子は様々だ。
こんな状況でも最低限の統率は取れてる辺り、訓練は行き届いている。
まぁ、それすら多少の違いでしかないけど。
「どうした、グンター! 部下が無駄に犠牲になるだけだぞ!」
私も大概暴れているけど、ヴィーザルも負けてはいない。
剣一本で斬り込んだと思えば、撃ち込まれる熱線を軽く弾き落とした。
手にした剣の刀身や、身に付けた装甲の表面で受け流す。
こっちのように、身体能力と鱗の防御性能でのゴリ押しとは異なる。
無数に積み上げられた実戦と鍛錬。
それらによって裏打ちされた鮮やかな技巧。
達人と言う他ない動きで、ヴィーザルは装甲服の一人を斬り伏せた。
その上で、装甲服の持っていた光熱銃を素早く奪い取る。
片手で銃を構え、正確な射撃で次々と敵を狙い撃つ。
「てっきり、白兵が専門かと思いましたが」
「武器は一通り使える。ただ、銃器の類は弾切れがあるからな。
持ってる敵から奪って使うのが一番だ」
「合理的ですね」
事実として、ヴィーザルは射撃の技術も一流だった。
片手で剣を振るいながら、もう片方の手に構えた銃で熱線を撃ち放つ。
そうこうしている内に、敵部隊の半数が地に伏していた。
抵抗は粘り強いけど、そろそろ限界か。
「……あれ、あのグンターとかいう男は?」
「む」
また一人、装甲服を爪で引き裂きながら。
ふと、肝心な相手がいなくなっている事に気が付いた。
本当に、いつの間に姿を消していたのか。
洞窟の床には、点々と赤い血の痕跡だけが残されている。
「逃げたか。しかしまぁ、随分と鮮やかな引き際だな」
「ネズミそのものな男ですが、ネズミだからと侮ってはいけませんね」
そう言葉を交わしつつ、私は戦いの手は緩めない。
隊長が逃げ去った後だというのに、残った装甲服は銃を置く様子を見せないからだ。
本当に士気の高いこと。
まぁ、こっちのやる事に変わりはないですけどね。
「耐えろ! このまま持ち堪えれば――」
「無理ですよ」
幾ら熱線を撃ち込もうが、私の金鱗には傷一つ付かない。
最後の抵抗を、私は無慈悲に叩き折る。
向けられた銃身を握り潰し、固めた拳を上から振り下ろした。
装甲は拉げ、最後の兵士が無様に床へと転がった。
「これで終わり、ですかね」
「一先ず、この場はな」
そう言って、ヴィーザルは倒れた装甲服を簡単に確認していく。
息があるかを確かめ、ついでのように懐も漁るのが見えた。
「何をしているので?」
「武装の解除と、後は貰える物をな。
……それにこうはなったが、一応は同郷でもある。
息があるなら、最低限のことはしてやろうとな」
「なるほど?」
その辺りは、部外者である私が口を挟む事でもない。
だからヴィーザルのやりたいように任せる。
時間はそれほど掛からなかった。
「……よし」
「もういいですか?」
「あぁ、待たせて悪かった」
言いながら、ヴィーザルは剣を一度腰の鞘に戻す。
床に転がる装甲服から奪った銃を、代わりに両手で保持した。
「地上までもう少しだ。
逃げたグンターが気になるが、脱出を優先させる」
「そういえば、この洞窟を抜けてどうするんでしたか?」
言われるがままについて来たので、そこは確認していなかった。
「俺がこの竜晶星に来るのに使った船がある。
それを使ってこの星から離脱する予定だ」
「あぁ、なるほど」
考えてみれば、それは当たり前の話だった。
人間は単独では星の海を渡れない。
己の翼だけで星系を移動できるドラゴンとは異なる。
「他に質問はないか? なければ急ぐぞ」
「そんなに慌てずとも、もう敵はいないのでは?」
「……グンターは逃げたが、それで終わりとは思えん。
むしろ、まだ後方に戦力を控えさせてる可能性もある」
「いくら来ても、返り討ちにすれば宜しいでしょうに」
「生憎と、ドラゴンと違って俺は自分の強さにそこまで自信はないんだ」
苦笑いで応えるヴィーザルに、私は肩を竦めてみせた。
まぁ、そこまで言うなら仕方ない。
私は素直に、彼の方針に従うことにした。
足早に移動しつつも、ヴィーザルは注意深く警戒を続けていた。
待ち伏せや罠の類がないかを確かめているのだろう。
「私も注意はしていますから、そう神経質にならなくとも」
「見落としが怖い。悪いが小心者でな」
どこか自虐めいた言葉を口にしながら、ヴィーザルは笑う。
小心者、というのは間違いではない。
ただ、この男はそれだけではないだろうとも私は思っていた。
「……それこそ、私を先に行かせて盾にでもすれば良いでしょうに」
「…………」
ヴィーザルは応えない。
黙って、私より何歩か先を進んで行く。
「ところで」
「今度は何だ?」
「良かったんですか? その――」
事情とか、立場とか。
その辺りはまだイマイチ把握できていないけど。
話の流れを見る限り、グンター含めた連中とヴィーザルは同じ国の人間のはず。
結果的に、彼は帰る場所を失った。
眠っている間に全てが無くなっていた、私のように。
「そんな事か。随分つまらんことで悩んでいたようだな」
「なっ――つ、つまらない事って……!」
「お前が気にする事じゃない。
さっきも言ったが、あのグンターという男は最初から俺を排除する気だった。
あの場で向こうについたとしても、結果は同じだ」
ため息一つ。
本人がそう言うのなら、私が気にしても仕方ないかもしれないけど……。
「グンターとかいうあのネズミ。
よっぽど貴方に恨みでもあるんでしょうかね」
「分からん。正直、心当たりがない」
「知り合いでは?」
「いや、知らん。連中の部隊のことも、噂程度にしか知識はない」
本当に心当たりはないようだった。
まぁ、知らないところで恨みを買う事ぐらいはあるかもしれない。
どうあれ、私を見つけた時点でヴィーザルに選択肢はなかった。
それを申し訳ないと思うのは、きっと違うのでしょう。
彼自身も、きっと望んではいない。
だからそれ以上は、私の方も何も言わなかった。
「……もうすぐだ」
「ええ、分かってます」
わざわざ言われるまでもない。
私の知覚は、洞窟の終わりを認識していた。
いつでも撃てるよう銃を構えながら、ヴィーザルは走る。
そのすぐ後ろについて行く。
そして。
「アレが?」
「あぁ、そうだ」
竜結晶の洞窟を抜けると、そこは荒野だった。
元より、竜の屍が折り重なって作られただけの不毛の星。
岩と、地面から突き出した結晶の塊以外は何もない。
何もない中に、白い装甲が目立つ一隻の小さな船が停留していた。
敵の姿は――今のところ、何処にもない。
少なくとも、私の知覚に引っ掛かる範囲には。
「急ごう」
ついて来る私を促して、彼は船へと向かう。
敵を確認できずとも、警戒は怠らない。
しかし、グンターの奴は一体どこに……?
「ッ――――!」
あと少しで、船に辿り着くというところで。
不意にヴィーザルが足を止めた。
一瞬遅れて、私の知覚に何かが引っ掛かった。
それは遥か頭上から、こっちに目掛けて落ちてくるモノ。
なんであるのか、それを私が確認するよりも早く。
「船から離れろ!」
ヴィーザルは、こちらの腕を掴んで引き倒そうとした。
――危険が迫っている。
それだけは確実なので、私の方も動いた。
掴まれた腕を逆につかみ返す。
そしてこちらを伏せさせようとする男を、反対に地面に転がした。
驚くヴィーザルを無視して、私は翼を広げる。
「ッ……!?」
衝撃。
目的地である船が爆発したとは、すぐには分からなかった。
鋭い破片が混じった爆風を、私は翼と背中で受け止める。
「おい……!」
「幾ら装甲服を着こんでても、人間が喰らったら死にますよ。コレ。
私はドラゴンだから平気です」
焦った声を出す男に、私は平然と言ってやった。
咄嗟に守ろうとした心掛けは殊勝だけど、私を誰だと思っているのか。
いえ、今はそれより――。
『ハハハハハ――ッ!
まったく無様ですね! いや、迂闊と笑うべきでしたかぁ?』
わざわざ外部スピーカーを使っての嘲笑。
声の主は考えるまでもなくグンターだった。
星が瞬く宙を背景にして、浮かび上がる三隻の船。
ヴィーザルの船とは異なり、黒い装甲に覆われた中型の戦闘艦だ。
光学迷彩か何かで、上空に隠れていたか。
「一度退きますよ」
「すまん……!」
『ハハッ、逃がすとお思いですか!?』
三者の声が、ほぼ同時に重なる。
戦闘艦は砲塔を動かし、照準を私たちへと重ねた。
ヴィーザルの身体を抱えて、私は《加速》を使う。
足ではなく、翼を広げての飛行状態。
出せる速度は比較にならない。
さっきまで私たちのいた空間を、戦闘艦の砲撃が突き刺さる。
再び襲って来る、爆発と衝撃。
これを鱗で軽く耐えながら、私は視線を頭上へと向けた。
「さて――どう思い知らせてやろうかしら」
やられっぱなしは性に合わない。
胸の奥に物理的な熱を渦巻かせながら。
私は三隻の戦闘艦をそれぞれ睨みつけた。
さぁ、先ずはどれから狙いましょうか。
「っ、おい、どうする気だ……!?」
「どうする気? おかしなことを聞きますね」
抱えられた状態のヴィーザル。
その焦った様子に、私はつい笑ってしまった。
どうする気か、なんて。
それは当然――。
「こうするに、決まっているでしょう――!!」
彼に対する返答を、咆哮に変えて。
大きく開いた口から、私は輝く《吐息》を解き放った。