第四話:暴力的対応
「言い方が回りくどいな、グンターとやら」
淡々と。
一切の感情を排した鋼の声で、ヴィーザルは応じた。
ヴィーザルの方は兎も角、グンターとかいう男は彼を知っているらしい。
とりあえず会話をするのなら、私は様子見に回っておこう。
殴ろうと思えばいつでも殴れるのだから、別に焦る必要もない。
「秘蹟回収部隊か。実態について詳しくはないが、噂ぐらいは知っている」
「ほう! それはそれは、英雄殿の耳にまで我が部隊の評判が届いているとは」
「墓荒らしが専門の、ドブネズミの集団らしいな。
直接戦地には立たず、コソコソと冒険家たちの成果を掠めとるのが仕事だと」
ピキッ、と。
空気の凍り付いた音が聞こえるようだった。
……少しだけ思っていたけど。
ヴィーザルって、意外と口が悪い。
物凄いストレートに面罵されて、グンターは呻き声を漏らす。
あまりの直球具合に言葉に詰まったのかもしれない。
怒りのせいか、総身を小刻みに揺らして。
「……実に、実に面白い冗句だ。
竜撃降下兵は過酷な戦地に喜んで飛び込み、戦う事しか頭にない蛮族と聞きましたが。
成る程、ユーモアを解する文化は持ち合わせていたと」
「で、結局お前は俺の何の用だ?」
……会話をするつもりだと。
ほんのちょっと前の私は、そう思っていた。
だけど、それはどうやら勘違いであったらしい。
ヴィーザルは、グンターと会話する気なんてまるでない。
言いたいことをドカドカと、砲弾のようにぶつけているだけだ。
コミュニケーションと呼ぶにはあまりに野蛮すぎる。
「竜晶窟の奥で、お前らと同じ装備の連中に襲撃された。
グンターとか言ったか。奴らはお前の部下なんじゃないのか?」
「……ええ。君の言う通り、彼らは私の指揮下にある。
極秘任務ゆえ、詳細は語れないが――あぁ、いや」
と、変わらず勿体ぶった口調で語り出したグンター。
途中で言葉を切ると、何故か私へと視線をちらりと向けて来た。
舐め回すように見るな、今すぐブン殴るぞ。
「この状況では、隠す意味はありませんねぇ。
我々の作戦目標は、そこにいるドラゴンのお嬢さんです。
金の鱗が持つ意味ぐらい、君でも理解できるでしょう?」
「どうでもいい」
バッサリだ。
微妙に鼻白むグンターに、ヴィーザルは更に続けた。
「お前らが任務として、この娘を回収しに来たこと。
それと俺に対して攻撃を仕掛けたこと、一体何の関係がある?」
「……極秘任務、と申し上げたはず。
我々『ロンデルの過ち』は、常にその行いは秘すべきもの。
作戦行動と関わりのない者がその場にいたのなら、排除するのが当然」
何か、自分の価値を確信したみたいな。
そんな強い響きが、グンターの声に混ざり出した。
一体、どこからそんな自信が沸いて来るのかは知らないけれど。
ヴィーザルの纏う気配に、ほんの少し警戒の色が濃くなった。
「……俺は、たまたまその場に居合わせたから。
だから排除を試みた、と?」
「時として起こる、悲しい偶然という奴でしょう。
ここまでは理解して頂けたかな?」
「お前がどうしようもない阿呆だという事は分かった。
そちらが作戦行動中だと言うのなら、俺の方とて同じだ」
「所属不明のドラゴンが、この周辺で目撃された。
故に調査と、敵対的実体であればこれの撃滅――そんなところですか?」
部外者に過ぎない私は、彼らの話は半分ぐらいしか分からない。
結局どちらも仕事中だったところを、偶然鉢合わせしてしまったと。
聞いている限りは、そんなところだろうか?
……しかし、ドラゴンを撃滅する?
竜撃降下兵と、グンターはヴィーザルの事を呼んでいたはず。
少なくとも、五千年前には存在しない単語だった。
「…………」
「さて、ヴィーザル君。実際に、ドラゴンはおりましたか?
あぁ丁度そこにいましたね?」
「……確かに、ドラゴンではあるな」
「であれば、やるべき事は明白でしょう」
装甲に覆われているため、表情は見えない。
それでもグンターが満面の笑みであることは容易に想像がつく。
対して、ヴィーザルの方はどうだろう。
「私の命令に従いなさい、ヴィーザル君。
我々は皇帝陛下の名の下、その直属たる星将閣下の命で動いています。
そちらのドラゴンの娘を回収し、これを我ら極星国の輝かしき未来の為に活用する。
一体何を迷う必要があるのですか?」
「…………」
ヴィーザルは応えない。
グンターは言動から態度まで余裕で満ち満ちていた。
今の言葉に、ヴィーザルは絶対に逆らえない。
そう確信しているようですらあった。
私は、まだ様子を見続ける。
「どうしました、星将閣下の命ですよ?
よもや逆らう――などとは言いますまい?」
「俺はその命令系統には含まれていない。
第一、お前の言うことが真実である証拠はどこにある?」
「軍機ゆえ、明かすことはできませんね。
そんなことよりも、早くして欲しいものですねぇ。
こちらも長々と立ち話をしていられるほど暇じゃあないんですよ」
言葉で嬲るように。
嫌味な口調で語りつつ、グンターは片手で部下達に指示を送る。
銃口はぴたりと私達に向けながら、装甲服連中が動く。
「最後にもう一度だけ良いましょう、ヴィーザル君。
私に従い、そのドラゴンの娘をさっさと捕らえて――」
「飽きました」
うん、話が長すぎる。
ヴィーザルの方も困ってしまったようだし、もう良いでしょう。
大きく踏み込んで、先ずは一発。
爪を伸ばした右腕を振り上げ、全力で横に薙ぎ払う。
《加速》によって、一歩目からの最高速度を実現する。
その初撃で、先ず三人ほどが無様に吹き飛んだ。
「ッ……ひ、人が話をしてる最中に……!」
「いや、私は横で聞いてただけですから」
一応、ヴィーザルが話を付けるかと思って待っていたけど。
長いから、もう待つ方が面倒です。
だから後は暴力で片付けよう、それがいい。
「さぁ、今逃げるのなら追いませんけど?」
「クソッ、調子に乗るなよ……!」
親切に忠告してあげたつもりだけど、どうやら通じなかったらしい。
怒りの声を上げながら、グンターは私に向けて右手をかざす。
開いた手のひらには、何か円形の装置のようなものが――。
「拘束せよ、《黒犬の首枷》よ!!」
神経質そうな叫びと共に、光が走った。
グンターのかざした右手の装置から、幾つもの光の環が放たれる。
それらは私の四肢、それと首に一瞬で巻き付いて来た。
……これは、確か。
「まったく、文明人の余裕を見せてやったというのに……!
あぁ、もう抵抗しても無駄ですよ。
私の所有する《秘匿兵器》。
《黒犬の首枷》は、標的の物理的行動を完全に封印します」
光の環に縛られた手足を見ている内に、グンターは勝ち誇った様子で語り出した。
周りにいる装甲服たちも、それを見て安堵の息をこぼす。
「拘束可能な質量に上限がありますので、竜体であったらアウトでしたが。
人型であるなら、例えそれが原色のドラゴンであっても――」
「ふんっ」
とりあえず、光の環を思い切り噛み千切った。
ちょっと動き辛かったけれど、やってみたら案外何とかなるものだ。
手が一つ自由になったら、それで別の輪を剥ぎ取る。
四肢と首、合わせて五つ分なので地味に面倒臭い。
それを見ながら、グンターは絶句していた。
《黒犬の首枷》とか言ってたかな。
どうやらよっぽど自慢の玩具だったようだけど。
「こういう拘束系の力は、私はあんまり効かないから」
「ど、どういう理屈で……!?」
いや、そんなことを聞かれても困る。
通じないものは通じない、としか言いようがない。
どうやら今のが私に対する切り札だったらしく、目に見えて動揺が広がる。
では、続きを始めましょうか。
「ヴぃ、ヴィーザル! 何をボーっとしている!?」
「…………」
自分たちの戦力では、私を止めることができない。
そう判断したグンターは、動きを見せないヴィーザルに向かって叫んだ。
さっきまでの余裕ぶった態度は、もう微塵も残っていない。
「見ていただろう! 早く、さっさとこのドラゴンを制圧しろ!
竜撃降下兵でも歴戦のお前なら、竜体ですらない小娘など容易いだろう!?
従わないなら、抗命の咎で追放刑だぞ! それでも良いのか!?」
「この状況で、まぁ良く回る舌ですね?」
言ってる間に、更に二人。
手にした光熱銃で健気に抵抗してきたけど、無駄なこと。
鱗ですべて弾いた上で、頭を優しく撫でてやった。
あっさり地面に崩れ落ちたので、邪魔にならないよう蹴飛ばしておく。
見える範囲で、あと十人とちょっと。
「さっきの手品で終わりとか、流石にガッカリなんですけど」
「ッ……化け物め……! おい、ヴィーザル……!」
「……そうだな」
黙していたヴィーザルは、大きく息を吐き出した。
その手に星辰の剣を一気に抜き放つ。
そうしてから。
「頼んだのは、こちらだからな」
鋭い動きで間合いを詰め、グンターに向けて突きを一閃する。
最短距離を貫く刺突に対して。
「ひぃッ!?」
グンターは、無様にも床を転がってみせた。
装甲を大きく切り裂かれ、赤い血が飛び散る。
が、残念ながら致命傷ではない。
態度も何も小物極まりないけれど、流石に部隊一つの長ではあるか。
部下の装甲服たちも、上官を守ろうと即座に立ち塞がった。
「ヴィーザルっ! 貴様ァ、一体なんのつもりで……!?」
「どうせ、事が終わった後は任務を盾に俺を処分する気なんだろ?
追放刑――棺桶サイズの船に詰めて、辺境星系に飛ばすだけ。
後始末も不要で実に簡単だ」
ヴィーザルの言葉に、グンターはあからさまに動揺する。
あぁ、本当にそんなことを考えていたと。
なかなかのクズっぷりで、つい感心してしまいそうだ。
「アルヴェン」
「? はい、何でしょうか」
「不要な面倒をかけた。すまない」
「……いえ。協力すると、そういう約束でしたから」
「そうか」
笑って応えると、ヴィーザルは小さく頷いた。
そうしてから改めて、グンターとその部隊の方へと向き直る。
「この、貴様っ、極星国に逆らうつもりなのか!?
軍人でありながら、そんな事をしてどうなるか……!」
「抗命の咎で追放刑、だろう?
良いさ、別に自分で好んで軍籍になったワケでもなし」
微かに。
本当に微かにだけど、ヴィーザルは笑っていた。
どこか清々しささえ感じさせる声で、狼狽するグンターに宣戦布告を叩き付ける。
「追放刑、上等だ。やれるものならやってみろよ」
これで、誰も語るべき言葉は尽きた。
そうなったら、後は暴力の時間だ。
「今逃げるのなら追わないと、警告してあげたんですけどね?」
それに従わなかったのだから、全て彼らの自己責任。
今さら後悔しても遅い。
私は爪を、ヴィーザルは剣を。
それぞれ構えながら、私達は同じタイミングで地を蹴った。