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第二十六話:夜明け



「勝った? 勝っちゃったの?」

「ええ、勝ちました。ご協力に感謝を。

 二人の――いえ、皆の手助けあってこその勝利です」

 

 閉ざされた門は、念のために破壊しておく。

 そうして一息ついたところで、私はキャンディに笑って応えた。

 若いエルフの娘は、似合わないガッツポーズを決めて。

 

「よっしゃー! 流石はアルヴェンだね!! ドラゴンの姿も格好いいよ!」

「あ、ありがとう御座います」

 

 そうストレートに褒められては照れてしまう。

 と、胸の奥でヴィーザルが小さく咳払いをする。

 

「盛り上がってるところ悪いが、まだ全部は片付いてないぞ」

「ボスは倒したが、雑魚はまだ残っておるようだしな。

 ついでに、空にはまだ戦闘艦が何隻もいやがる」

 

 クロームが言っている通り。

 周辺ではまだ戦闘音は止まず、上空には艦隊の姿がある。

 これを全てどうにかして、ようやく終わりだ。

 私が視線を向けると、クロームは大きく頷いてみせた。

 

「下はこっちに任せてくれりゃ良い。空は頼んで構わんか?」

「ええ、勿論」

 

 頼まれるまでもなく、もとよりそのつもりだった。

 応えてから、私は改めて空を見た。

 主人の反応が途絶えたことを察しているのか。

 虚空に浮かぶ戦闘艦の群れが、慌ただしく動き始めていた。

 

「それでは、また後ほど!」

「そっちも気を付けろよ」

 

 見送る二人に告げてから、私たちは遥か空の彼方を目指す。

 分厚い灰色の雲を突きぬければ、合わせて十数隻の戦闘艦が並ぶ光景を捉える。

 地表への一斉攻撃に入ろうとしていたか、砲塔の多くは下を向いていた。

 丁度良いと言うべきか、ギリギリだったと胸を撫で下ろすべきか。

 

「お前たちの将、サタナキアは私たちが討ち取りました!!」

 

 艦隊に向けて、私は声を乗せた思念を放つ。

 音は伝わらずとも、これで此方の言葉は十全に伝わるはず。

 

「警告です! このまま退くならば追わずに見逃しましょう!

 しかし従わず戦い続けるつもりなら、尽くこの灰の大地に落とします!」

 

 降伏を促す最後の警告。

 例え相手が一個艦隊だろうと、竜騎士となった私たちなら勝利できる。

 見えている戦いで、無為に犠牲を出す必要はない。

 そう判断した上での言葉だった。

 これで退くならば良し――と、そう思ったけど。

 

「聞く耳無しだな」

「残念です」

 

 正面の砲門が開いたのを確認し、私は翼を広げた。

 暗闇の空を流れる星のように。

 一瞬で互いの距離を潰しながら、《吐息》を戦闘艦に向けて撃ち込む。

 装甲を穿たれた船を、更に爪や牙で引き裂いた。

 その時点で気が付く。

 

「……生きた者は、乗っていませんか」

 

 艦隊の全てが、死者によって動かされている。

 多くはサタナキアがその外法で操っていた動死体ゾンビだろう。

 幾らかの知性はあれど、基本は設定された命令通りに動くだけの傀儡。

 本当に、どこまでも死者を弄ぶ。

 

「なら、沈めてやるのが逆に慈悲か」

「……そのようですね。

 躊躇う必要がなくなったのは、喜ぶべきでしょうか」

「所詮は気分の問題だが、悪くなるよりはずっとマシだろう」

 

 それは確かにその通り。

 いっそ弔いのつもりで、私は残った戦闘艦を沈めにかかる。

 質量弾による砲撃を躱し、船と船の間を飛び回る。

 機関部を何度か《吐息》で撃ち抜けば、後はゆっくりと沈んで行くのみ。

 勿論、落とす場所は下の戦場からは離れた位置を選んでいる。

 下手に粉々にして、破片を広範囲にばら撒くのは逆に危なかった。

 

 一つ、また一つ。

 死者を乗せた船が、灰の星へと落ちていく。

 戦いと呼ぶには、あまりに寂しい光景だった。

 

「――これで、終わり」

 

 最後の一隻。

 その機関部を完全に破壊したところで、私はほっと息を吐いた。

 全ての戦闘艦は制御を失い、大地へと落下する。

 私は――私たちは、それを黙って見送った。

 地表での戦闘も概ね決着がついたらしい。

 微かに感じ取っていた戦いの気配は、今やその大半が薄らいでいる。

 

「勝ったな」

「ええ、勝ちました。大変でしたが、どうにかなりましたね」

 

 ヴィーザルの言葉に、私は笑った。

 笑って良いかは分からないけど、笑いたい気分だった。

 彼もまた、少しだけ笑みをこぼしたようで。

 

「……皇帝直属の星将と、その副官。

 加えて一個艦隊を丸ごと壊滅か。

 スタートとしては随分派手なことになったな」

「売られた喧嘩を買っただけですから」

「それはそうだな」

 

 まぁ、結果としてやり過ぎてしまった感は否めないけど。

 それぐらいやらないといけない状況だったので、要するに不可抗力だ。

 責任は喧嘩を売って来た側にある、と私は主張したい。

 

「恐らく、極星国はまた懲りずに手を出してくるだろうがな。

 あんまり先のことを考えすぎても仕方ない」

「あら、それで良いんですか?」

「実際、今回はなんとかなったからな。

 だったら次があっても、なんとかなるだろう」

 

 それは楽観的過ぎる言葉ではあった。

 けれど、今は異論なく同意できる。

 それぐらいに、この勝利は価値のあるものだったから。

 

 灰色の雲よりも遥かに高い空。

 見上げれば、地表では見られない星々の輝きが目に映る。

 彼も、私と同じ星を見ているはずだ。

 

「……随分高く飛んでるな」

「まだまだ、この翼なら星の彼方にだって飛べますよ?」

「流石はドラゴンだな」

 

 素直に誇る私に、ヴィーザルは楽しげに笑っていた。

 戦いの後とは思えないぐらい穏やかな時間。

 この宇宙に、二人しかいないような感覚。

 地上に戻っても良いけれど、もう少しぐらいは浸っていたい。

 暫し、言葉もなく星の海を流れる。

 

「…………俺は、竜を殺すために鍛えられた兵だった」

 

 ぽつりと。

 星を眺めながら、ヴィーザルは口を開く。

 

「竜撃降下兵、でしたっけ」

「そうだ。極星国ご自慢の竜殺しの兵隊だ。

 大体の奴がそれを成し遂げる前に死ぬが、俺は才能があったらしい。

 色付きのドラゴン含めて、十体以上は仕留めた。

 ……俺は、お前のお仲間を殺すのを仕事にしていたわけだ」

 

 或いは、彼にとってそれは罪の告白だったのかもしれない。

 ドラゴンについて地味に詳しい知識を持っていた事。

 端々に見えた、何かしら後悔しているような態度。

 それらの理由を、私はようやく知る事になった。

 

「幻滅したか?」

「私に勝ってみせるほどの勇者なら、そのぐらい当然だろうと納得しましたね」

 

 率直な感想だった。

 成る程、竜を仕留めるために鍛えた戦士だったとは。

 それならばあの超人的な強さも合点がいく。

 討ち取った竜の血が、それを討った者をより強くする。

 十体以上も倒したとなれば、ヴィーザルは人の身で竜に匹敵するだろう。

 正直なところ、おかげで彼の超人ぶりにようやく納得できた。

 私の素直な言葉に、彼は呆れた様子で絶句してしまった。

 そんなにおかしな事を言ったつもりはないのだけど。

 

「……一応聞くが、それで良いのか?」

「同胞殺しと罵倒されるのがお望みでしたか?

 死者を冒涜する輩であるなら、そうしても良かったですが。

 貴方が違うのは知っていますから、私から言うことはありませんよ」

 

 ヴィーザルは少々口は悪い。

 けど、名誉と礼節を知る戦士だ。

 まだ短い付き合いだけど、それについては誰よりも信頼している。

 

「……参ったな。

 一世一代の告白だったんだが、あっさり流されるとは思ってなかった」

「何ですか、それ」

「こんな状況まで、結局言い出せなかったんだ。

 後ろめたいだのと、まぁ色々葛藤があったんだよ」

 

 どこか子供じみた物言いに、私は軽く笑ってみせた。

 確かに秘密という奴は、後になればなるほど言い出しにくくなるものだ。

 

「重ねて言いますが、その事で私は貴方を責めたりはしませんよ。

 戦いの結果であれば、それは当事者同士の事。

 部外者に過ぎず、詳細を知らぬ私が口を挟んでも仕方のない事」

「……本気で、そう言ってるんだな」

「冗談でこんな事は言いませんよ。

 ドラゴンは確かに私の同胞ですが、ヴィーザルだって私にとっては大事な仲間です。

 感情任せに責め立てるなんて真似は、したくありません」

 

 その答えに、彼は暫し沈黙する。

 絶句したというワケではなく、返すべき言葉に悩んだ様子で。

 時間が緩やかに流れた後。

 

「……悪かった」

「それは何に対しての謝罪で?」

「お前のことを、少しばかり見くびっていた。すまない」

「分かれば良いんですよ」

 

 普段の身体は小さくとも、器まで狭くしたつもりはないのだから。

 それをヴィーザルが理解してくれただけでも満足だった。

 

「それより、貴方こそ良かったんですか?」

「何がだ」

「これでもう、古巣には絶対に戻れないでしょうに」

「それこそ今さら過ぎるだろ」

 

 私なりに心配して言ったつもりだけど、彼は苦笑いを返すだけ。

 

「成り行きで軍人なんかになっちまったけどな。

 俺は本当は冒険家になりたかったんだ」

「あら、そうだったんですか?」

「そうだよ。改めて口にすると妙に照れ臭いが。

 今は、何だかんだと夢を叶えたみたいな形だからな。

 だから特に後悔はしてないし、むしろ本望だ」

 

 笑う彼の言葉に嘘はなかった。

 ヴィーザルは本当に、心の底から喜びを感じていた。

 不思議と、私も嬉しい気持ちになる。

 

「そういう事でしたら、私としても好都合。

 これから忙しくなりますよ?

 私が眠っている間に何があったのか。

 それをちゃんと知りたいから、貴方と手を組んだんですからね」

「あぁ。歴史に埋もれた事実を探すっていうのも、なかなか浪漫のある話だ」

「すっかり自分の夢を楽しむことが目的になってませんか?」

「そういうお前は楽しくないのか?」

「楽しいですよ、決まってるじゃないですか!」

 

 偽らざる歓喜の声。

 共に喜びを分かち合っている、その事実こそが一番の喜びだった。

 

「さ――少々名残惜しくはありますが、地上に戻りましょうか。

 キャンディたちも心配してるかもしれませんし」

「そうだな」

 

 翼を動かして、私はゆっくりと降下する。

 ――これから先も、きっと多くの困難が待ち受けている。

 私が知るべき事、私の知らない事。

 この狭く広い宙は多くの秘密を抱えている。

 金鱗を狙う者だって間違いなく現れる。

 生きる事とは即ち試練だ。

 たった一人ならば、それはきっとくじけてしまいそうな程に辛いでしょうけど。

 

「ヴィーザル」

「? どうした?」

「これからも、どうか宜しくお願いしますね」

「……あぁ、こちらこそ。宜しく、アルヴェン」

 

 二人なら、それ以上の仲間がいるのなら。

 それは辛くとも、心躍る冒険に変わるはずだ。

 ふと、視界に強い光が掠める。

 それは――。

 

「夜明け、ですね」

 

 灰色の雲を潜ってしまったら、はっきりとは見えない光。

 惑星サンドリヨンを照らす恒星の煌めき。

 翼に纏う黄金の鱗が、陽光を受けてひと際強く輝いた。

 私たちはそれを見ていた。

 

 ――この瞬間に、私と彼は同じ喜びを分かち合っている。

 それが、何よりも嬉しかった。



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