第二十五話:宙へと届くように
全身に力が漲っている。
爪の先から翼に纏う鱗の一つ一つにまで。
ただ竜体になっただけではこうはならない。
心臓の傍、寄り添うように感じるもう一つの熱。
共に在るヴィーザルの鼓動が、私により大きな力を与えてくれる。
「これ、俺は何をしたらいいんだ……!?」
「敵を良く見ていて下さい!」
竜体を動かす主導権は、基本私の方にある。
しかし、合一した人間も単なるブースターというだけではない。
一つとなった事で、互いの感覚も共有されている。
彼が見えているモノ、感じているモノ。
私とは異なる知覚と経験は、戦士ではない私には大きな武器だ。
『大層なことを言っていたが、飛び回るだけか!』
ブラックドラゴンの咆哮と同時に、サタナキアの声が脳髄に響く。
広げた翼に支えられ、向こうの巨体もとうとう浮かび上がる。
頭上を舞うこちらへと、開いた顎から真っ黒い《吐息》が吐き出された。
さっきより、威力も範囲も格段に大きい。
完全に回避するのは――。
「問題ない、突っ込め」
そこに、ヴィーザルの感覚が入って来た。
加速する知覚は、時間の流れをゆっくりと引き延ばす。
――見える。
ブラックドラゴンが放つ負の霊気。
物質を蝕む黒い闇に、比較的に濃度が薄い部分がある。
問題ないと、彼は言った。
なら私はそれを信じるだけ。
「ええ、行きますよ――!!」
速度を倍に上げながら、迫る闇に向けて輝く《吐息》を撃ち込む。
細く、範囲を絞った一条の閃光。
それはブラックドラゴンの闇に穴を開け、狭い一本の道を造り出した。
一秒も立たずに埋まってしまう空隙。
そこに翼を折り畳み、躊躇うことなく真っ直ぐに飛ぶ。
闇に触れた鱗がチリチリするけど、その程度は問題なかった。
『何だと……っ!?』
「ガァッ――――!!」
まさか《吐息》のど真ん中をブチ抜かれるとは、屍術師にも予想外だったらしい。
驚愕するサタナキアの思念に、私は更に咆哮を重ねる。
ブラックドラゴンの胴体に《吐息》を連射。
エネルギー攻撃は、本来ならばドラゴンの鱗には効果が薄い。
けれど屍であるその身体は、幾ら修復しようと鱗に「綻び」がある。
ヴィーザルの感覚は、その微かな隙を正確に捉える。
私はそれに合わせて撃ち込むだけで良かった。
「まだまだ――!!」
鱗の薄い部分に穴を開け、そこを更に爪で引き裂く。
速度は一瞬でも緩めない。
「相手はこっちを追えていない。
このまま攻め続けろ」
「勿論!!」
内から伝わる声に頷いて、私は暗闇の空を飛ぶ。
全身を包む解放感。
全ての悩みが解消されたわけでもない。
これから先、歩んで行く上での困難なんて文字通り山積みのはずだ。
けれど、今この瞬間だけは。
私は心から自由に、望んだ空を飛んでいた。
『ッ――こんな事が……!』
徐々に、サタナキアの声に焦りの色が濃くなっていく。
屍術師にとっても、これは想定外だったのだろう。
私が――いえ、「私たち」が仕掛ける度に、ブラックドラゴンの屍は削れていく。
逆に向こうの攻撃は、こちらの鱗を掠めもしない。
速度の差は勿論ある。
けどそれ以上に、ヴィーザルの持つ「戦士の勘」が大きかった。
危険は素早く察知し、敵の弱い部分は正確に見抜く。
竜体の持つ知覚能力と合わせれば、その力はまさに無双だ。
『こうなれば……!!』
私たちを追い回していたはずのブラックドラゴン。
その身体が別の方を向いた。
狙いは、周りで戦っている他の冒険家たちか!
「姑息な真似を!!」
『何とでも言うがいい!
戦場で卑怯や姑息だの、子供の戯言にも劣る!』
ブラックドラゴンの身体から、これまで以上に強烈な負の霊気が溢れ出す。
こっちは無視して、他の人たちに最大威力の《吐息》を放つ気だ。
そちらを犠牲にしたくないのなら、その金鱗で防いでみろと。
サタナキアはそう言っているのだ。
まともに戦っても勝てないからって、なんて卑劣な……!
「落ち着け。焦れば向こうの思うツボだ」
語り掛けるヴィーザルは極めて冷静だった。
一切ブレなく、彼の感覚は固定砲台と化したブラックドラゴンを見ていた。
「多少削っても止めるのは無理だな」
「ええ。加えてあの巨体ですから、《吐息》を撃つ前に砕くのは……」
「だったら、やる事は一つだ」
自信と確信に満ちた声。
彼の示す「やるべき事」とは。
「逆鱗をブチ抜く。
サタナキアは心室――心臓のあった場所にいた。
恐らくそこで制御する必要があるんだろう」
「成る程、本体狙いですか」
「分かりやすいだろ?」
「ええ、とても!」
決まれば、後は最速で行動あるのみ。
ヴィーザルの眼は、既に狙うべき箇所を定めていた。
外から見ても違いは分からない。
けど、彼の感覚は心臓に繋がる逆鱗の位置を正確に捉える。
翼を羽ばたかせて、私は速度を上げる。
加速、加速、加速。
《吐息》を溜めるブラックドラゴンの周りをグルグルと飛び回る。
『ハハッ! 何をする気かは知らないが、もう止める事など――』
そんな戯言は無視して、私たちは突っ込んだ。
星無き夜を貫く、一条の流星のように。
溢れ出す負の霊気は、そのままブラックドラゴンを守る防壁としても機能していた。
これを《吐息》の一撃で穴を開け、朽ちた鱗と分厚い死肉の壁に突撃する。
抉り取り、全力でブチ抜いていく。
元は同胞だった者の肉を無理やり引き裂くのは、あまり良い気分ではない。
それでも躊躇ったりはせず、全身全霊で。
『ッ――――!?』
逆鱗を貫き通した先。
ブラックドラゴンを心臓代わりに操っていた屍術師。
声もなく驚愕する髑髏に、私は大きく顎を開いた。
「逃がさない」
『貴様――ッ!!』
思い切り噛み付いて、その直後に《吐息》を炸裂させる。
閉じた顎の間で破裂する手応えを感じながら、更に前へと突き抜ける。
ブラックドラゴンの背中を引き裂く形で、私たちは再び暗闇の空へと飛び出した。
「平気か?」
「ちょっと平気ではないですね……!」
形だけでも気遣うヴィーザルに、私は微妙に泣きそうな状態で応じる。
いやホントに、流石に死体のど真ん中を全身で貫通するのは厳しかった。
けど、それだけの無茶をした意味はあった。
牙の間で蠢くような感触が伝わって来る。
『この、程度で……!!』
サタナキアだ。
身体を半ば牙に潰され、更にゼロ距離から《吐息》が直撃した。
にも関わらず、不死の怪物は未だ健在。
流石に再生には手間取っているようだけど、屍術師はまだ動いている。
術者を失った事で、ブラックドラゴンは灰の大地に墜ちていく。
しかしサタナキアがいる限り、戦いは終わらない。
「急ぎましょうか」
「あぁ」
一つになった事で、私の考えの一部はヴィーザルにも伝わっている。
だから説明する必要もなく、私たちは夜空を翔けた。
「さて、もう少し大人しくして貰いましょうか」
『ぐ、がアァア……!?』
ガリガリと。
再生しつつあるサタナキアの身体を、牙で噛み直して砕いておく。
トドメはさせずとも、こうすれば一先ずは無力化した状態を維持できる。
それでも無理やり魔法を使われたらどうなるか分からない。
私は急いで「目的の場所」へと向かう。
『何を、するつもりかは、知らないが……!
生と死という、この宇宙の原理に束縛されぬ私は不滅……!』
「ええ、『核』を破壊しない限りお前は殺せない。
認めましょうか。それは金鱗たる私にも不可能だと」
サタナキアは殺せない。
相手が屍術師と分かった時点で、その問題を解決する必要があった。
だから、そのための「手段」を予め用意してある。
問題はあちらが上手くやってくれているかどうかだけど……。
「……あ! アレじゃない、もしかして!?」
「おう、マジか。まぁマジだよなぁ」
耳に届く、もう大分慣れ親しんだ声。
まだ距離は遠いけれど、私の五感は二人の姿を捉えていた。
キャンディとクローム。
大分ボロボロだし、辺りには戦闘の痕が山ほどあるけど。
彼らは彼らで、私の頼み事を成し遂げてくれたいた。
これで一番大きな問題を片づけられる。
「さて、どうぞお覚悟を」
『? 一体、何の話を……』
疑問を口にしかけたところで、サタナキアは気付いたようだった。
私が何を狙っているのか。
目指している先に、一体何があるのかを。
「おーい、アルヴェンー!! こっちこっちー!」
「まー大分しんどかったが、頼まれた通りにやっといたぞ!!
ただ起動できるのはほんの少しだ!」
手を振って、声を上げるキャンディとクローム。
二人が立っているのは、門の形状をした大型機械。
そう、《転移門》と呼ばれる代物だ。
完成した状態で、しかし使う暇もなく放棄せざるを得なかった物。
あちこち破損しているけれど、それはクロームの手で起動可能な状態となっている。
ヴィーザルの話が正しければアレは「本物の空間転移」を行える。
サンドリヨンに積もった大量の灰。
元々はその一部を星系の彼方に捨て去り、遺跡を掘り出す予定だった。
役目を果たせずにいた機械が、この状況では切り札となる。
『まさか、貴様――!!』
「最高位の不死者であるお前を物理的に滅ぼす手段はない。
ですから、このままあの門の向こう側に捨ててしまおうかと思います」
それが答え。
如何に生死を超越した不死を誇ろうが。
惑星都市すらない星屑の海に放り出されたらどうなるか。
サタナキアはそれを瞬時に理解し、骨の身体で激しく抵抗を始めた。
『やめろ、そんな事をすれば、私は……!!』
「運が良ければ助かる可能性はありますよ?
或いは魔法で《転移》を繰り返せば、何処かの惑星には辿り着けるかも」
まぁ、個人レベルで《転移》できる距離なんてたかが知れてますが。
既知宙域が狭いなどと、この髑髏は思い上がっていたけど。
それでも尚、人の尺度で図るにはこの星の海は広い。
今からそれを物理的に味わって貰おう。
『やめろ! 頼む、やめてくれ!!
分かった、私が皇帝陛下に上奏しよう!!
そうすれば、これ以上君らも極星国に狙われることは……!』
「見苦しいぞ、星将閣下」
思念の声として、ヴィーザルはサタナキアに言葉を告げる。
クロームによって《転移門》は起動し、歪んだ空間の向こうに暗黒が覗く。
私は真っ直ぐ、口を開いた門へと向かう。
「最後ぐらいは堂々と迎えるといい。
――いや、そうか。アンタは死ねない身体だったな。
そういうことなら、ご愁傷様だ」
『ッ…………!!』
最後の最後、散々痛めつけられた事への意趣返しめいた言葉。
もう語ることもないと、私はサタナキアを噛み砕いたまま息を吸いこむ。
開かれた暗黒の穴に狙いを定め、万が一にも外さぬように気を付けて――。
「願わくば、貴方が未踏の宙へと届きますように」
一方的な別れと合わせて、私は《吐息》を放った。
その光はサタナキアを巻き込んで、開いた門のど真ん中を貫く。
断末魔に似た叫び声は、すぐに聞こえなくなった。
「さようなら、閣下。良い旅を」
クロームの操作によって、門はすぐに閉ざされる。
それを確認した上で、ヴィーザルは届くことのない皮肉を口にした。




