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第二十四話:黄金の翼



 ……まだ、完全に修復は終わっていない。

 少なくとも、翼の状態は万全には程遠かった。

 アレではまだ飛ぶのは困難。

 不完全ではあっても、負の霊気に操られた巨体は凄まじい威圧感を放っていた。

 

『宴もたけなわ、とでも言えば良いかな』

 

 夜空に響くのサタナキアの声。

 しかし、聞こえてくるのはそれだけではない。

 暗闇の中でもハッキリと聞こえる戦闘音。

 それと戦いを続ける誰かの声。

 

「怯むなよ! 死体なんざにビビってやるな!」

「こっちは好きに殴り掛かってれば良いんだろっ!

 楽な仕事じゃないか!」

「おらっ、掛かって来いよ化け物ども!!」

「冒険家の意地って奴を見せてやる!」

 

 距離は遠く、私の知覚でも正確には把握できない。

 けど、誰も彼もが戦っていた。

 空に陣取る戦闘艦も、地上へ向けて何度か砲撃を撃ち込んでいる。

 が、それは何か大きな力によって阻まれていた。

 単純な力の規模なら、目の前のブラックドラゴンにも決して劣っていない。

 

「イヅナの奴も本気か」

「相当頭に来てたみたいですからね」

 

 ヴィーザルの言葉で、砲撃を防いでいる者の正体も分かった。

 現行宇宙の法則すら歪める《幻想境界体》。

 人智を超えるその力なら、艦砲射撃も防いで見せるだろう。

 

 あちらの戦場は彼らが支えてくれている。

 であれば、私たちはこの脅威を何とかしなければ。

 

『つまらない抵抗だ。

 どう足掻いても勝利に手は届かない』

 

 誇るでも、嘲るでもなく。

 それこそが天の理だと、そう言わんばかりに。

 ブラックドラゴンの屍の奥深くで、サタナキアは淡々と告げる。

 遠からず、その言葉が現実になるのは明白だった。

 強大な屍術師の魔力に、ブラックドラゴンの持つ暴力。

 まともにぶつかれば、サンドリヨンの冒険家たちに勝機はない。

 ――そう、まともにぶつかれば。

 

「ヴィーザル!」

「何だ?」

「特攻する気なら、少し待ってください……!」

 

 剣を片手に、今にもブラックドラゴンに斬りかかろうとしていた彼。

 その腕を掴んで引き留めた上で、私は翼を広げた。

 加速。一息で風となった私は、ヴィーザルを抱える形で宙を舞う。

 ほんの僅かな時間差で、巨大な質量がすぐ傍を掠めた。

 ブラックドラゴンが振り下ろした爪の一撃。

 ほんの少し掠っただけでも鱗が軋む。

 

「おい!」

「平気だから、ちょっと黙ってて!」

 

 確認よりも、気遣う色が濃いヴィーザルの言葉。

 ちゃんと応える余裕はなく、私は星の無い闇夜を飛ぶ。

 屍であるブラックドラゴンの動きは鈍く、決して速いとは言えない。

 代わりに、その莫大な質量から繰り出される攻撃は兎に角重い。

 振り回される爪と、大気を砕く咆哮。

 腐敗臭が漂う顎からは、サタナキアと同じ負の霊気が撒き散らされる。

 彼を抱えながら、私はそれらをギリギリで回避し続ける。

 

「このままじゃジリ貧だぞ……!」

「分かってます! けど、あのまま殴り掛かっても死ぬだけだったでしょう!?」

「それは認めるが、今は目の前の事だろう!

 どうする気だ!?」

「…………」

 

 問われて、私は一瞬口ごもる。

 ……この状況で、取るべき最善とは何か。

 それは私の中で明確に答えが出ている。

 出ていても、どうしても躊躇ってしまう部分がある。

 

『どうしたね? まさかこのまま札も開かずにいるつもりか?』

 

 頭に響くサタナキアの声が心底鬱陶しい。

 そうだ、このまま追い詰められるばかりでは意味がない。

 だから私も覚悟を決める。

 

「ヴィーザル!」

「何だ!」

「今から私は竜体を顕現させます!」

 

 竜体という単語に、抱えた彼の身体から緊張が伝わって来る。

 ドラゴンに詳しいヴィーザルなら、竜体の力は十分知っているはず。

 間近で暴れているブラックドラゴンも、屍とはいえ同じ竜体だ。

 これに対抗するのなら、私も力を解放しなければ。

 

「勝てるのか!?」

「私だけでは、全て守り切ってとは行かないでしょうね……!」

 

 勝つだけなら、出来るかもしれない。

 けど空にはまだ何隻もの戦闘艦が控え、ブラックドラゴンを操るのは屍術師だ。

 その全てに勝利した上に、戦う他の者たちを守り抜く。

 如何に竜体を解放したとしても、私にそこまでの事はできない。

 例え勝利しても、残るのは無人の荒野では意味が無いのだ。

 

「……それで、どうすれば良いんだ?」

 

 協力が必要である事ぐらいは、彼も察したらしい。

 浴びせられる負の霊気の《吐息》を、ギリギリで躱しながら。

 

()()()()()()()()()()()

「…………なに?」

 

 あぁ、一度言うだけでも恥ずかしいのに。

 聞こえているのに、わざわざ聞き返すのは止めて欲しい。

 誤解させる要素なんて欠片もないはずなのに。

 

「貴方も見たでしょう、ブラックドラゴンの逆鱗にあったもう一つの心臓を!」

「あ、あぁ、アレが一体……」

「アレはブラックドラゴンの伴侶パートナーだった人間です!

 ドラゴンは自らの竜体に、そうと認めた相手と共に戦う空間があります!

 それこそが逆鱗、私たちが見て、破壊したモノも……!」

「……なるほど、そういう事か」

 

 理解したヴィーザルは、ほんの少しだけ苦い顔をした。

 そうだ、あの逆鱗にあった赤い結晶。

 あれこそが第二の心臓。

 ドラゴンが認めた人間が、竜体の一部となって共に戦った姿。

 古い戦いで元の心臓を失い、ただ死ぬばかりだったはずのブラックドラゴン。

 その命脈を繋ぎ、生と死の灰色に押し留めていたもの。

 

「ドラゴンの竜体は、認めた者と共に戦う事で本当の力を発揮する。

 統一帝国の時代でも、決して数は多くなかった。

 竜と人、異なる者同士が互いに心を通わせる事で得られる境地。

 ――それこそが、竜騎士ドラグーン

「竜騎士、か。改めて聞くと、まるで神話伝承の響きだな」

「あながち間違いでもありません。

 繰り返しますが、真なる竜騎士は私の知る時代にも殆どいなかった」

 

 ドラゴンのパートナーとなれるだけの人間が先ず少なかった。

 逆にドラゴンの側も、人間を弱者として侮る傾向が強い。

 その格差を超えて、どんな形でも互いの心に触れる。

 たったそれだけの事が困難であるために、竜騎士の名は伝説に近かった。

 

「……俺とお前に、それだけの信頼関係があるのか?」

「ありますよ。少なくとも、私は貴方を信頼しています」

 

 迷うことなく即答する。

 言葉に詰まったヴィーザルを振り回す形で、ブラックドラゴンの爪を避けた。

 サタナキアは苛立った様子もなく、淡々とこちらを追い詰めに掛かる。

 

「あの日、竜結晶の洞窟の底で目を覚ました時。

 貴方は私に手を差し伸べ、私はその手を握り返した。

 成り行きとはいえ共に戦って、一つの勝利を共有しました。

 これ以上に、信頼に値する理由が他にありますか?」

「…………」

 

 彼は、すぐには答えなかった。

 ヴィーザルの中にどんな迷いがあるのか、それは私には分からない。

 私にできるのは、私の中の想いを言葉に重ねるだけ。

 まだ、そう長い付き合いでもない。

 それでも少なくない時間を、私と彼は共に過ごした。

 日々の営みも、危険な戦いも。

 この心が、独りよがりのものとは思いたくない。

 

「ヴィーザル」

「……そうだな。あぁ、素面で言うにはこっ恥ずかしいが」

 

 微かに苦笑いをこぼして、彼は頷く。

 

「俺も、お前のことは信じてる。

 もしここで上手く行かずに死んだとしても、悔いはない程度にはな」

「縁起でもないことを言わないで貰えます?

 けど――ええ。私も、同じ気持ちです」

 

 笑う。

 私も、ヴィーザルも。

 こんな極限状況で、笑ってる暇なんて無いのは分かってるけど。

 それは心からの笑みだった。

 信じている。

 ただそれだけの言葉が、お互いの心に確かに届いた。

 その実感が、私は何よりも嬉しかった。

 

『――茶番はそのぐらいで良いだろう』

 

 そして、無粋な屍の声が響く。

 熱はなく、ただ冷え切った殺意のみを宿した言葉。

 

『随分と逃げ回ってくれたが、間もなくブラックドラゴンの修復も完了する。

 後は全て等しく、このサンドリヨンの灰と混ぜてくれよう。

 君たちは殺すが亡骸を破壊する事はしない。

 形さえ残っていれば、死者は私の傀儡となるのだから』

 

 その言葉と共に、ブラックドラゴンの屍は背中の翼を広げる。

 山のような巨体が、空へ飛び立とうとする悪夢じみたその光景。

 もう一刻の猶予もない。

 

「それで、どうすれば良いんだ!?」

「私を信じて、身を任せて! 今はそれだけで構わないから!」

「分かった……!」

 

 頷く彼の手を握り、その大きな身体を強く抱き締める。

 ヴィーザルの熱を感じながら、私は自分の内側へと意識を集中させる。

 遠く、深く、これまで届かなかった場所へと。

 数千年の眠りであろうと、竜の身体が錆びつくことはない。

 さぁ、翼を広げよう。

 

「――――――!!」

 

 吼える。

 それは言葉ではなく、魂から鳴く声だった。

 彼方から湧き上がる強大な力が、私と彼を包み込む。

 

『……遂に、遂にその姿を現したか』

 

 サタナキアの漏らした声には、歓喜と畏怖が混ざり合っていた。

 恐らくは数百年を生きているはずの屍術師。

 そんな怪物でも、これを目にしたのは初めてだろう。

 私は見せつけるように、金色に輝く翼を大きく広げて見せた。

 光を宿す金鱗は、闇夜にあって星よりも眩い。

 

「調子はどうですか、ヴィーザル?」

「あぁ。なかなか妙な気分ではあるが、悪くはない」

 

 胸の奥。

 心臓の真横に感じる、もう一つの鼓動。

 黄金を纏う竜体の内で、ヴィーザルは私と一体になっていた。

 竜体となった事はあっても、竜騎士の状態となったのは初めての事だ。

 だから戸惑いと、少しばかりの気恥ずかしさがあるけれど。

 

「さぁ、蹴散らしましょうか。

 心の準備は良いですか?」

「問題ない。精々派手にやってやろうか」

 

 笑う彼の声に、私も笑みで応じる。

 眼下にいるのは冒涜的な霊気に覆われた、哀れなブラックドラゴンの屍。

 姿は見えずとも、その奥に陣取る屍術師の存在は感じられる。

 ここまで散々好き勝手されたけど――。

 

「後悔させてあげましょう。

 自分がどれだけ愚かな真似をしたのかをね!!」

『それはこちらの台詞だ。

 極星の一翼たる私に挑んだ愚かさ、死よりも深く後悔させてやろう』

 

 私の咆哮に、サタナキアは無感動に応じた。

 ブラックドラゴンが吼えると、朽ちた翼が広がる。

 サンドリヨンを埋め尽くす灰の大地。

 その上で、最後の戦いが始まった。



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