第二十三話:真の戦士
『……ベロニカと違い、そちらは期待などまるでしていなかったが。
グンターは思った以上に使えない男だったようだな』
「そう言ってやるなよ。
アイツなりに努力はしていたんだ」
どちらも、かなりどうでも良さそうに。
この場にはいない愚か者について語りながら、両者の視線がぶつかり合う。
ヴィーザルとサタナキア。
かたや人でありながら、人を超える力を持つ戦士。
かたや元は人であったが、外法の業で人を捨てた魔術師。
どちらも超人だけど、その在り方は真逆。
相容れない水と油が、ここでようやく対面を果たした。
「で、そっちは大丈夫か?」
「少なくとも、貴方よりは軽傷ですね」
気遣いというより、単純に状態を確認するための言葉。
私はそれに苦笑交じりで答えた。
ヴィーザルの身体には、明らかに拷問で刻まれた傷が無数にある。
誰がやったのかは考えるまでもない。
常人ならば、立ち上がるどころか命に関わる重傷だ。
しかしこの男は平然と、恐るべき屍術師に挑もうとしている。
……いや、「挑もうと」ではない。
当たり前のように、ヴィーザルは勝つつもりだ。
それは私も同じ事だけど――。
『……不可解極まりないな。
まさかそんな状態で、君は私に勝つつもりか?』
心底理解できないと。
揺れる鏡像の群れとなっているサタナキアは、その疑問を口にした。
玉砕覚悟とか、相討ち上等だとか。
傍らに立つ彼の戦意に、そんな不純物は何処にも見当たらない。
勝利を当然とするヴィーザルは、サタナキアにとって理解不能に見えるようだ。
「負ける気で挑む馬鹿だと思われてるのなら、それこそ心外だな」
『彼我の戦力差を理解できない愚か者ではないだろうに。
如何に優れた戦士だろうが、生身の人間がこの戦場でどうすると?』
今この場は、人を超越した者の領域だと。
誇るでもなく、ただ定まった理を説くサタナキア。
対するヴィーザルは変わらない。
「そんなもん知るかよ!!」
一方的に話をぶった切り、力強く床を蹴る。
生身とは俄かに信じ難い加速。
けれど、サタナキアの虚ろな眼窩はその動きを捉えていた。
『無駄を悟るがいい、勇猛だが愚鈍な戦士よ』
星の刃が、鏡像の一つを切り裂く。
手応えはなく、屍術師は未だに無傷のまま。
髑髏の口から微かに声が漏れると、頭上の一抱えある火球が出現した。
それこそ、魔法使いの「代名詞」とも呼ぶべき魔法。
「《火球》! ヴィーザル、下がって!」
『火球を投げるだけが魔術師ではない。
が、魔術師の投げる火球が危険であることに変わりはない』
説教めいた言葉と共に、《火球》の魔法が炸裂する。
通常の炎は、私には通じない。
けれど、装甲をまともに身に付けていなかったヴィーザルでは……。
『所詮は戦士、不死に至った私には――』
渦巻く炎を前に、己の勝利を確信するサタナキア。
その眼前に、真っ直ぐ剣が打ち込まれた。
『ッ、何……!?』
一閃。
寸前で反応したが、それでも屍術師の肩が深々と切り裂かれる。
今度こそ鏡像ではなく、間違いなく本体の方だ。
最上級の不死者に手傷を負わせる。
その偉業を成し遂げたばかりのヴィーザルだが、それだけでは終わらせない。
全身が炎で焼け焦げていても、その動きに陰りはなかった。
振り抜いた刃を、その勢いのまま再度サタナキアに向けて叩き込む。
しかし、それは鏡像の一つを砕くだけに留まる。
本当に面倒な……!
『確かに今のは驚いたが、その程度で――ッ!?』
戯言の途中で、サタナキアの身体に新たな傷が刻まれた。
惑わす鏡像の群れから、たった一つの本体に再び剣を当てたのだ。
これには流石の私も驚いてしまう。
私の知覚ですら、どれが本物か分からなかったのに。
『っ、何故だ! どうやって正確に私の位置を……!』
「勘と気合いだよ、骨野郎!!」
その答えは、まさに理不尽の極みだった。
論理的な部分など一つもない。
大声で「偶然当たっただけ」と言っているに等しい。
だというのに、そのまぐれ当たりは何度でも起こるのだ。
揺らめく鏡像に紛れ、余裕を見せていたはずのサタナキア。
しかし今、的確に飛んでくる剣に文字通り骨身を削られている。
――本当に、とんでもない。
だが英雄と呼ぶべき戦士はこれぐらいやってのける。
だからこそ恐ろしいのだ。
さっきの《火球》も、聞けば「気合いで我慢した」とか答えるに違いない。
気合い、頑張る、我慢する。
魔法が意思の力と観測で現実を捻じ曲げるように。
そういった戦士の精神力は、時として物の道理を踏み越えてくる。
遅まきながら、屍術師もヴィーザルという脅威を見誤っていた事に気付いたようだ。
『油断していたのは認めよう……!』
自分と同じ形をした鏡像の群れ。
その中から離脱しながら、サタナキアは叫ぶ。
『だが私も、この程度で上回ったと思われては心外だな!!』
真っ直ぐ向かって来るヴィーザル。
そんな彼に対し、屍術師は新たな魔法を解き放つ。
今度は炎ではなく、氷雪を含む強烈な嵐。
《霜の嵐》は、一定空間内の熱という熱を容赦なく奪い尽くす。
冷気よって動きを鈍らせようという狙いだろう。
広範囲を埋め尽くす氷の嵐、ヴィーザルには回避する術はない。
そう、ヴィーザルには。
「――で、私をいつまで無視する気かしら?」
ただ見物しているだけとか、本気で思っていたのか。
私は翼を広げて、走るヴィーザルの傍を飛ぶ。
吹き荒ぶ氷雪の嵐など、金鱗のドラゴンには少し冷たいそよ風程度。
翼で嵐を遮る中、彼は逆に加速してみせた。
魔法の行使のため、僅かながら足を止めたサタナキア目掛けて真っ直ぐに。
『…………ッ!!』
鏡像と入れ替わる暇もなく。
ヴィーザルが横薙ぎに振るった刃は、屍術師の胴体を切り裂いた。
私もまた、体勢を崩したところに尻尾の一撃を打ち込む。
相手が骨なせいか、手応えそのものは軽い。
けれど殴打を受けたサタナキアは、そのまま派手に吹き飛んだ。
「ガッ――!!」
体勢を崩したところに、すかさず威力を絞った《吐息》を放つ。
閃光は負の霊気を貫いて、髑髏の身体を一部抉り取る。
ヴィーザルのおかげでようやく攻撃が通り始めた。
戦況は間違いなく私たちが有利だ。
――しかし。
『……繰り返そう。無駄を悟るがいい』
サタナキアの声には、僅かに憤怒が含まれていた。
追い詰められた事への怒り――ではない。
強いて言うなら、手を出した犬に予想外に噛みつかれてしまった。
感情の強さで言うならその程度。
私たちはまだ、サタナキアを追い詰めたわけではない。
それを示すかのように、髑髏の身体は急速に復元しつつあった。
「再生能力か?」
「復元能力、と言った方が良いかもしれませんね。
屍術師の持つ一番大きな特性の一つです」
これについては、流石のヴィーザルも知らなかったらしい。
私が応えると、サタナキアはカタカタと骨を鳴らす。
『流石に姫君はご存じか。
私は不死に到達した者、如何にこの身を削ろうが意味はない。
死を超越したからこその不死なのだから』
「屍術師は魂の『本質』とも言うべき物を、別の物質に移し替えている。
『核』とも呼ぶべきものですが、これを破壊しない限り奴の不死は途切れない」
「……なるほど。また随分厄介そうだな」
こちらの説明に、サタナキアの方も満足したようだった。
これが屍術師の最も厄介な点。
実体を完全に、欠片も残さず粉々にしてしまえば流石に維持はできなくなる。
あくまで「維持できなくなる」だけで、時間を置けば再び復活する。
「核」との霊的な繋がりから負の霊気を供給される限り、屍術師は文字通り不死身。
こう話している間にも、さっき与えた傷の多くは復元されつつあった。
『さて――あぁ、不死たる私に敗北はあり得ない。
だが同時に、君らの脅威を見誤っていた事は認めよう。
私ならば容易く勝利できると、そう思い上がっていたのは間違いない』
「そうかい。今もそんなに変わらんように思うがね」
『反省しているとも。
特にヴィーザル君、君は私なりに評価しているつもりだったが。
それが単なる過小評価であると、言葉通り痛感させられたよ』
……サタナキアは饒舌だった。
ヴィーザルが言っている通り、自分の勝利を確信している口ぶりだ。
屍術師を滅ぼすには「核」を壊すしかない。
けれど、それを私たちが行うのは不可能だ。
何故なら「核」は屍術師の生命線、普通は誰も手の届かない場所に安置しておくものだ。
恐らくサタナキアの「核」も、彼のみが知る秘密の方法で隠蔽されてるに違いない。
故に傲慢な屍術師の態度は崩れない。
『問答無用で斬りかかられたため、機会を逸してしまったが。
改めて君に問おうじゃないか』
「いや、今さら戻る気なんざないからそういう話は良いぞ。もう」
あっさりと。
遅まきの勧誘を、ヴィーザルは簡単に切って捨てた。
「まさか本気で言ってるわけじゃないだろ?」
『私なりに本気ではあるのだがね。
このまま続けても意味はないと、もう悟ったのではないか?』
「お前の都合なんて知るかよ」
たわ言を抜かす屍術師に、彼はどこまでも辛辣に応じる。
横で聞いていて、つい笑ってしまいそうだった。
まったく、ヴィーザルの言う通りだ。
「そっちこそ、今すぐ尻尾を巻くなら見逃して上げても良いですよ?
幾ら不死身を誇ろうが、魔法使いが一人だけ。
本気で勝てると思ってるのなら、その低能さを笑って差し上げましょうか」
『…………愚かの極みだな。
これほど慈悲を見せているというのに』
「よく言うな」
あまりに勝手な言い分に、ヴィーザルは呆れ顔だ。
彼が剣を構え直すのに合わせて、私も大きく息を吸いこむ。
そんな私たちに対して、サタナキアは冷たい視線を向けてくる。
つまらない、もう興味がないと言わんばかりの態度で。
『従うつもりがないと言うなら、是非もない。
――本当はここまではしたくなかったのだがね』
その言葉と共に、屍術師の周りで霊気が渦巻く。
霊気はそのまま広がり、仕掛けようとした私たちを押し包む。
強烈な悪寒に身を竦めた、その直後。
「何だ……!?」
「きゃっ!」
いきなりの浮遊感。
ヴィーザルはバランスを崩し、私はそんな彼の上に倒れ込んでしまった。
慌てて身を起こそうとして――気付く。
私たちがいる場所が、大きく変わっている事に。
「ここは……外、か?」
驚きを隠せない様子で、ヴィーザルはそう呟いた。
彼の言った通り、私たちがいるのは闇夜に包まれた灰の大地。
さっきまでいたブラックドラゴンの心室ではない。
「《転移》の魔法で、私たちを強制的に外へ放り出したようですね」
「やっぱり魔法使い相手は面倒臭いな」
唸る彼の言葉には、私も同意するしかない。
あのまま白兵戦を続けるのは、自分が一方的に不利だと考えたのだろう。
その上で、あの屍術師の本当の狙いは――。
『……やはり、煩わしい問題を解決するにはこの手が一番だな』
大気を震わせず、直接頭に響く形で聞こえてくる声。
それは間違いなくサタナキアの物だった。
同時に、灰の大地が大きく揺れる。
何が起こっているのか、私もヴィーザルも理解していた。
『圧倒的な暴力。それこそが、この宇宙の歴史で最も多くの問題を片付けて来た。
抵抗は好きにしてくれて構わない。
私は最悪、ある程度の死体さえ残っていれば問題ないからね』
月も星もない暗闇の中。
サタナキアの操るブラックドラゴンの屍が、その虚ろな眼で私たちを見下ろしていた。




