第二十一話:牙を折る
「ハハハハハハッ――――!!」
耳障りな高笑い。
戦の熱に狂った様で、死霊騎士ベロニカは私に向けて刃を振るう。
巧みさよりも、己の身体能力を十全に叩きつけるだけの一撃。
機械的に強化が施された人狼の肉体。
更に死霊術で動く五体は物理的な限界に囚われない。
その組み合わせによって、常識の理外から繰り出される剣撃。
凄まじいとしか言えないその威力は、金鱗すらも容易く切り裂く。
「ッ……!」
何度目になるか分からない激突。
振るわれる刃に肌を断たれ、私は僅かに表情を歪める。
感じ取った苦痛の気配に、死霊騎士は愉悦に浸るように笑う。
その上で、攻め手は決して緩めない。
「なんだい、反撃の一つもして来ないのか!!
お姫様は腰が引けちまったのかい!?」
凶暴な獣の顔を更に醜くしながら、ベロニカは私を嘲る。
応える必要性は感じなかった。
ただ相手の様子を注意深く観察しながら、浴びせられる刃を受け続ける。
分厚い蛮刀が閃く度に、獣の哄笑が響き渡る。
本当にうるさくて仕方がないけれど、今はぐっと我慢だ。
疲れを知らない死霊騎士は、攻撃をどんどんと加速させていく。
「金鱗のドラゴンと言っても、実戦を知らなきゃこんなもんかい!?
せめて原色連中ぐらいには楽しませて貰いたいもんだけどねぇ!」
傲慢な叫びに合わせて、大上段から振り下ろされる一刀。
それは鱗を裂き、私の肩に大きく傷を付ける。
血が溢れ出す様を見て、ベロニカは卑しくも舌なめずりをした。
痛みはあるが、この程度の傷は問題ない。
直ぐに再生が始まるけど、そこを狙った蛮刀が執拗に肉を抉って来る。
「ドラゴンったって不死身じゃないんだ!
このまま可愛い身体をバラバラにしてあげようか!」
「…………」
戯言は聞き流して、私はベロニカを見た。
人狼の死霊騎士。
戦い方は、不死者であるが故の物理的限界を超えたフィジカルの力押し。
機械強化までされた人狼の五体は極めて強靭。
その上、死霊騎士は再生能力を有するためそう簡単には死なない。
どれも侮りがたい脅威と言えた。
そう、脅威ではある――けど、それだけだ。
警戒して様子見に徹していたけど、もう十分。
横薙ぎに襲って来るベロニカの蛮刀が、真っ直ぐ私の首を狙う。
その刃が鱗を裂く、その瞬間。
「ハハハハハぐ、ギッ!?」
馬鹿みたいに笑っている顔面に、拳を叩き込んだ。
刃が首を軽く切り裂くけど、大した事はない。
カウンターの爪で向こうの首を切断する事もできたが、敢えてそうしなかった。
顔を半分潰されて、ベロニカの巨体は派手に床を転げ回る。
「…………」
「はッ、が……っ!?
こ、の、糞ガキがァ……!!」
口汚く罵りながら、死霊騎士は即座に身を起こす。
糞ガキとか言うけれど、私はこれでも成竜。
間違いなくお前よりかは長生きしてます。
まぁ、それは良いとして。
爪を使わなかったとはいえ、力の方は加減しなかった。
頭蓋骨は間違いなく砕いたけど、流石にそこは高位の不死者。
すぐに再生が始まり、潰れた顔も治っていく。
それを見ながら、私は無造作に距離を詰めた。
速攻で殴りに行かず、ただズカズカと相手の間合いの内に踏み込む。
ベロニカは一瞬怯むも、すぐに構えた蛮刀を繰り出す。
今度の狙いは胴体。
鱗と肉に刃が潜り込むと同時に、私は再度拳を打ち込んだ。
こちらは一貫して顔面狙い。
再生途中の頭蓋骨を、もう一度思い切り叩き割ってやった。
「ぎぁッ……!?」
不細工な悲鳴を上げて、ベロニカはまた地を舐めた。
そんな状態でも武器を手放さないのは、流石と言うべきか。
「――ベロニカ、でしたか。どうしましたか?
実戦を知らぬと嘲った小娘相手に、そんな無様な姿を晒して」
「き、さまぁ……!!」
金環に縁どられた瞳にあるのは、燃えるような怒りと敵意のみ。
やっぱり、この程度では足らないか。
固めた拳をわざとらしく見せながら、私はベロニカに微笑みかける。
「さぁ、早く立ちなさい。
まだ牙は折れていないのでしょう?」
「ほざけよっ!!」
未だ顔が崩れた状態だけど、ベロニカは構わず叫ぶ。
蛮刀の柄を軋むほど握り締め、渾身の力を乗せて叩き込んでくる。
私は避けないし、防ぐ素振りも見せない。
その刃を身体に受けて、その代わりに拳を相手の顔面に捻じ込む。
三度、死霊騎士は床に激突した。
血と肉がぶつかる音が、辺りの空間に木霊する。
「あ、ガッ……!?」
そろそろベロニカにも、ルールが理解できた頃だろう。
身体に自らの血を纏って、私は地を這うベロニカを見下ろした。
「さぁ、どうしましたか?
私は見ての通り、まだまだやれますよ?」
「お、まえェ……!!」
「それとも、父祖の誇りを嘲笑っておきながら。
よもやこの程度で音を上げる器でしかなかったと?
――だとしたらとんだ道化ね。
古き大狼の血が嘆くというもの」
敢えて選んだ嘲りの言葉。
それはベロニカの内に怒りの炎を煽る。
床に伏せた状態から、下から上へと突き上げるような斬撃。
二振りの刃が、それぞれ私の喉と心臓を狙う。
「ギャッ……!!?」
切っ先に身体を貫かせながら、振り下ろした拳が獣の顔面に突き刺さる。
ここまで私は、片方の腕しか使っていない。
爪も尾も、余分なものは何も使わず。
ただ一つの拳だけで、延々と死霊騎士を殴り付ける。
「ッ……おま……何、を……!」
「あら、理解していなかったんですか?
まぁ頭がさっきからずっと半分以上潰れてますし、仕方ないですかね。
……お前は強い。認めましょう。
並みの戦士では十人が束になっても足下にも及ばないと」
誇りを捨てた愚かな獣を、私は笑ってやる。
怒りではらわたが煮えくり返っているのが、まさか自分だけだと思っているのか。
竜の逆鱗に触れたという、そんな自覚もないらしい。
「――で。その程度の力で、金鱗の私をどうにかできると?」
思い上がりも甚だしい。
最初の接触で私が手出しできなかったのは、他の者を守る事を優先していたから。
その縛りもなく、他に手勢もいない尋常な勝負で。
まさか単純な力押しで私に勝てると思っていたなんて。
ヴィーザルの例もあるから、最初は最大限警戒していたのに。
「まったく、無駄骨を折りましたね。
浅知恵も持っていない、単なる獣だったとは」
「こ、の、言わせておけば――!!」
憤怒を吼え猛り、ベロニカは動く。
どれだけ痛めつけても、まだ戦意は萎えていないと。
そう示すように構えた蛮刀。
剛力を乗せた業物は、金鱗であろうと見事に断ってみせる。
――けれど。
「ええ、ドラゴンは間違っても不死ではない」
斬られる痛みはある。
鱗ごと肉を裂かれているのだから、それは当然だ。
「ただ、その程度で死ぬと思われてるなら心外です」
そう。
結局、ちょっと剣で裂かれた程度では掠り傷に過ぎない。
それを理解していないベロニカの顔面に、また拳を叩き落す。
もう殆どグシャグシャで、骨の感触も少ない。
怯まずまた剣を振り回して来たので、同じだけ拳を打ち込んだ。
斬られる。殴る。
斬られる。殴る。
斬られた気がしたので殴る。
殴る。殴る。殴る。
死霊騎士は高位の不死者、簡単には殺せない。
生への渇望と執着がある限り、強い再生能力で大抵の重傷は治ってしまう。
だからこれは、必要な作業。
圧倒的な「力の差」を見せつけて、その牙を圧し折る。
「糞っ、クソッタレめ……ッ!!」
おや、まだ罵る元気がありますか。
再生が間に合わない勢いで頭と顔面を破壊されているのに。
抵抗する意思はまだあるけれど、身体が追いついていなかった。
剣を振る腕に力はなく、鱗の表面を引っ掻くだけ。
こっちは構うことなくブン殴る。
吹っ飛びかけた巨体を、空いた方の手で掴む。
「あッ、ぎ、がァ……!?」
何か言おうとしたけど、良く分からないのでまた殴った。
カランっ、と。
乾いた音を立てて、ベロニカの手から蛮刀がこぼれ落ちる。
とりあえずブン殴っておく。
半分潰れた口から零れ落ちるのが、悲鳴なのかそれ以外の何かか。
私には分からないので、もう一発殴っておく。
一発じゃ足りないだろうと思い直し、もう三発。
金鱗を纏った拳なので、幾ら殴っても自分を痛める事はない。
「ぃ、ぎ……ぐ、ぇ……ッ……!」
「? 何か言いましたか?」
流石に、そろそろ聞いてやっても良いかと。
私は殴る手を止めて、ベロニカの胸倉を掴んで持ち上げる。
一応、口や喉辺りはかろうじて原形は残っている。
再生も完全に途切れてはいないし、喋るぐらいはできるだろう。
こちらの問いかけに、死霊騎士は口をモゴモゴと動かして。
「ゆ、るし、て」
「そう言った相手を、貴女は慈悲深く見逃した事がありますか?」
答えなんて、聞くまでもない。
瞬時に伸ばした爪を一閃。
ベロニカの首を切断すれば、辺りに腐った血が飛び散った。
臭いが気になるけれど、今は仕方ない。
首を失った身体の方は特に動く気配もなかった。
「さて、流石に折れましたかね」
「ゆ……る、して……あぁあ……たの、む……」
そして肝心の首は、うわ言みたいに命乞いを言葉にし続けていた。
此処まではこちらの思惑通り。
肉塊と大差ない状態の首を引っ掴んで、目線の高さまで持ち上げる。
怯えの色が濃くなるが、今さら目を逸らすなんて許さない。
「助けて欲しいのなら、私の言うことを聞きなさい。良いわね?」
「わ、わか、った……だから、たすけ……」
最早、誇り高い人狼であったはずの姿は何処にもない。
そこにいるのは、心を圧し折られてしまった肉の塊だった。
まぁ、一先ず留飲も下がったし。
ベロニカだった物体に、私は聞くべき事を考えて……。
「お前のボス、サタナキアのいる場所に案内しなさい」
躊躇わず、屍術師の居場所について聞く事にした。
ヴィーザルが今、何処にいるのか。
それも気にはなったけど、サタナキアを攻略する事を私は優先した。
奴をどうにかしないと、時間の経過と共に状況が悪化する可能性が高いからだ。
――彼なら大丈夫、むしろもう自力で脱出してるかもしれない。
「……なんて、流石にそこまで考えるのは都合が良すぎますね」
感じた不安を誤魔化すためとはいえ、あまりにお粗末な想像だ。
私は苦笑いを噛み殺し、片手にベロニカの首をぶら下げたまま走り出す。
「さぁ、しっかり案内して下さいよ!」
「わ、わかった、わかった、から……!」
すっかり弱々しくなった獣の鳴き声を聞きながら。
可能な限り迅速に、私はサタナキアがいる場所を目指した。




