幕間3:彼の夢みたもの
……夢を見ていた。
遠く、遥か彼方に過ぎ去ってしまった日々。
俺の生まれには、何一つ特別な事はない。
シリウス極星国の片田舎、その更に隅っこにある辺境惑星。
母は物心つく前に病で亡くし、父は軍人で殆ど家にはいなかった。
軍人とは言っても、それほど階級は高くもない。
ただ人を雇って子供の世話をさせる程度の財力はあった。
友人は、決して多くはなかった。
両親の愛情が不足していたからか、他人との繋がりの持ち方がイマイチ分からない。
そのせいかどうかは分からないが。
幼い子供は人気のない家で、度々空想の世界に浸ることを覚えた。
亡くなった母が本の虫であったらしく、電子から紙の本まで種類は様々。
その中でも特に気に入っていたのは、極星国皇帝シリウスの若き日の冒険譚だった。
ただ一人の冒険家に過ぎなかった男が、如何にして一国の皇帝に上り詰めたのか。
記された事の全てが事実ではないだろう。
例えその多くが空想だとしても、子供が憧れを抱くには十分過ぎた。
……あぁ、そうだ。
俺は間違いなく、英雄の生き様に憧れていた。
もっと言えば、未知なる冒険に旅立つ未来の自分を想像していたんだ。
眠っていれば夢の中で、起きていても空想の中で。
まだ幼い俺は、いずれ訪れるはずの「明日」に胸を躍らせていた。
けれど、世の中って奴はそう上手く行かない。
「――喜べ、ヴィーザル。お前には才能がある。
その素質の素晴らしさを、極星国が認めてくれたぞ」
久方ぶりに顔を合わせた父の言葉。
今も一字一句残らず覚えている。
極星国に籍を持つ人間は、一定の年齢で必ず適性試験を受ける事になる。
未だに全星系に侵攻を続ける軍事国家だ。
若くて優秀な人材は、いつだって求められている。
その時は、たまたま俺が「そうだった」だけの話だ。
父は喜んでいた。
自分の息子がエリートコースに乗ったのだから、さぞや嬉しかったろう。
冒険家になりたいという夢は、結局口に出来ないまま。
貴重な少年時代は、「皇帝陛下のために戦う有能な軍人」となるために捧げられた。
……幸か不幸か、本当に俺には才能があった。
大抵の訓練は苦も無くこなせたし、鍛えれば鍛えるだけ肉体は強くなっていく。
同期の連中からの嫉妬や羨望は鬱陶しかったが。
視界に入れず、思考から締め出してしまえばいないのと同じだ。
人付き合いは最小限、必要最低限に。
それに関しては昔っから慣れっこだった。
あれよあれよと月日は流れて、俺には配属先の決定権が委ねられた。
普通はあり得ないんだが、それだけ俺の能力が評価されたらしい。
どこも引く手数多なら、いっそ本人に決めさせれば良いと。
当然、上官連中の意向などは完全には無視できない。
「好きに選んで構わない」というのも、あくまでポーズではあったろう。
俺が「竜撃降下兵」を選んだ時は、結局誰も文句は言わなかった。
殆ど繋がりのなかった父が、ドラゴンと交戦して命を落とした。
それは多分、そこまで重要な理由ではなかったと思う。
冒険の夢は叶わず、ただ流されるままに軍人となるしかなかった。
そんな自分の運命に対し、少しぐらい逆らってみたかったのかもしれない。
ドラゴンに挑むのは、紛れもない冒険だ。
我ながら下らない理由で、俺は極星国で最も損耗率が高いエリート部隊に加わった。
一流以上の兵士しかなれないが、なった奴の半分は初陣で死ぬ。
それがドラゴンとの戦いだ。
俺が死なずに戦歴を重ねられたのは、能力以上に運もあった。
幸運だから殺せるほど、ドラゴンも甘い相手じゃないが。
原色の鱗を持つ高位の竜も仕留めた辺りで、俺は勲章を貰った。
大して嬉しくなかった事は、よく覚えている。
……夢を追うことも出来ず、半ば自殺に赴くようにドラゴンに挑む。
それでも死ぬ事はなく、目的意識もないまま惰性と義務感だけで生きる日々。
竜と命懸けで戦う一瞬だけは、生の実感を得られる。
ある種の中毒者めいた生き方が、この先死ぬまで続くのだと。
そう思っていたのだ。あの日までは。
「……金鱗の、竜」
所属不明のドラゴンが、たまたま近くにいた宙域で目撃された。
今思えば怪しさしかない出処不明の情報。
惰性と義務感しかなかった俺は、そんな話に簡単に釣られてしまった。
まさか身内の筈の極星国の部隊に襲われるとは思っておらず。
防戦一方の状況で、俺はその姿を見た。
――美しいと、心の底から思った。
竜結晶の奥深くから現れた、金鱗を纏う竜の少女。
任務だの軍人の責務だの、そういったモノが纏めて吹き飛ぶぐらいには。
……それから、あれやこれやと理由を付けて、その手を洞窟の奥から引っ張り出した。
理屈とか、理由とか、我ながら色々言った気もするが。
結局のところ、俺はその出会いで思い出してしまっただけなんだろう。
幼い頃に抱いた夢を。
とっくに滅んだはずの金鱗の竜、そんな相手と二人で星の海へと飛び立つ。
まるで物語に描かれる冒険そのものだ。
忘れていたはずの夢のため。
そんな酷く身勝手な理由で、俺はアルヴェンを利用している。
都合の良い言葉や、気遣う態度で誤魔化しながら。
――俺は、彼女の同胞であるドラゴンを殺しながら生きて来た。
その事実を伝える機会は、幾らでもあった。
それこそブラックドラゴンにトドメを刺す時に言えば良かったんだ。
けど、言えなかった。
俺は何を恐れていたんだ?
言ってしまえば、叶えた夢が覚めてしまうと思ったのか?
それとも――アルヴェンに拒絶されるのが、そんなにも怖かったのか?
どちらにせよ、とんでもない恥知らずだ。
我が事ながら屑過ぎて言葉もない。
グンターの奴をとやかく言う資格もない。
あの状況で殿を買って出たのは、都合よく死ぬためじゃなかったのか?
違うと言い切れない、そんな自分自身を嘲りたい気分だった。
しかし、どう頑張っても声は出ない。
そもそも俺は死んだのか?
足止めのために残って、首無しや装甲車を蹴散らしたのは覚えている。
復活した狼女とも殴り合ったはずだ。
それから背中に衝撃を受けて――そこからの、記憶はない。
死んだのかと、ごく自然に結論づける。
なら今見ているのは、夢ではなく走馬灯なのか。
『――――』
それならそれで構わない。
アルヴェンなら、他の連中を逃がせたはずだ。
恥知らずは恥知らずなりに、ちょっとぐらいは役に……。
『――ヴィーザル! 何処ですか!?』
声が、聞こえた気がした。
聞こえるはずのない、彼女の声が。
いやまさか、そんなはずは。
「……おい、いい加減に起きろっ!!」
次に聞こえたのは、聞きたくもないヒステリックな男の声。
ついでに、皮膚の上を鋭い痛みが走った。
痛み。夢うつつだった意識が、それを切欠に急速に浮上する。
「チッ、本当に鈍い奴だな……!」
ぼんやりとした視界。
先ず見えて来たのは、悪趣味な棘付きの鞭を持つグンターだった。
次いで目に入るのは、竜結晶の突き出した空間とそこに並ぶ拷問用の道具の数々。
どうやら人が寝てる間に、まぁ好き勝手やってくれたらしい。
俺が目覚めた事にはまだ気付いていないようだ。
何やらぶつくさ言ってるが、とりあえずは無視しておく。
寝たフリをしながら、先ずは自分の置かれた状況を確認する。
恐らく、先の撤退戦で気絶した後で拘束されたのだろう。
手足には鎖と、後はグンターの《秘匿兵器》による光の枷で縛られている。
上官であるサタナキアから、俺を拷問する許可を貰ったか。
起きる前から痛めつけてた辺り、完全に鬱憤晴らしが目的のようだ。
寝てる間に殺さなかったのは、詰めが甘いと言うべきか。
「……いや、しかし、本当に起きないな。
死んでいるわけではないはずだよな……?」
それより自分の身を心配するべきだがな。
気付かれないよう注意しながら、拘束の具合を確認する。
この程度であれば、腕力でブチ破ることは十分可能だ。
俺は慎重にタイミングを見計らう。
「ええい、忌々しい……!
そんなに眠るのが好きなら、永遠に目覚められなくしてくれるわ!」
とうとう苛立ちが限界に達したか。
グンターは傍らに置かれた俺の剣を手に取った。
ダマスカス製の愛用の剣。
へっぴり腰じゃあるが、グンターはそれを持ち上げてみせた。
そして俺の首を刎ねるべく大きく振り被る。
これ以上ないぐらいの、致命的な隙だ。
その瞬間、拘束された両腕に限界以上の力を込めた。
「えっ?」
「…………よう」
信じられないものを見た、と。
グンターの顔にはデカデカと書かれていた。
まぁ、拘束を引き千切られた挙句に振り下ろすはずの剣を掴まれたんだ。
誰だって驚くぐらいはするだろう。
「いや待て、拘束はどうなって……!?」
と、鎖や光の枷が破壊されてる事に、ここで初めて気付いたらしい。
間抜け面を更に間抜けに歪めるグンター。
その一秒後。
「ば、化け物……!!」
「失敬な奴だな」
本当に、心底失礼なことをほざいた顔面に俺は拳を捻じ込んだ。
「こっちは人間様だぞ。化け物呼ばわりするなよ」
全力でブン殴った結果、グンターの意識は宙の彼方へ吹っ飛んだらしい。
派手に床にぶっ倒れると、びくんびくんと痙攣している。
する理由もないので特に加減はしなかったが。
どうやらまだ死んではいないようだった。
まぁ、それは兎も角。
「……まったく、随分とデカい声で呼んでくれたな」
耳の奥に、まだその声は残っている。
アルヴェン。
物理的に聞こえるはずのない、俺を呼ぶ声。
あの瞬間、俺は確かにそれを聞いていた。
理由だの理屈だの色々とあるだろうが、今は考えないでおく。
「……よし」
残った鎖も千切って、ついでに床に落ちた剣を拾う。
その傍で転がっていたグンターも一瞥する。
トドメを刺すのは簡単だ。
「運が良かったな」
簡単だが、俺はそうはしなかった。
無抵抗の相手を殺すのは気分が良くないとか、まぁそういう部分もある。
だがそれ以上に、グンターは気絶している俺を殺さなかった。
コイツ自身、そこに深い考えとかはないだろう。
寝たまま殺すのでは勿体ないとか、多分理由はその辺りだろうしな。
それでも、コイツが俺を殺さなかったのは事実。
であればコレで貸し借りは無しだ。
「まぁ、殺さないだけで助けるつもりもないしな」
このまま床に転がしておけば、運が悪ければ死ぬ可能性もある。
助けてやる義理まではないので、放置するのは躊躇わない。
更に運良く生き残って、また敵として絡んでくるならその時はその時だ。
「行くか」
アルヴェンは今、何処にいるのか。
分からないが、とりあえずこの拷問部屋からは脱出しよう。
特にアテもないし、現在位置もブラックドラゴンの腹の中以外は不明だが。
まぁ、何とかなるだろう。
「……かなり騒がしかったからな」
呼ぶ声を思い出して、俺は少し笑った。
夢の中でアレやコレやと考えた事は、頭の片隅に置いておく。
今はただ、彼女に会いたい。
会って、そして出来るなら話したい事があった。
そのためにも、先ずは進もう。
決意を胸に、覚悟を剣の柄を握る手に込めて。
俺はアルヴェンの姿を探して、死せる竜の奥底へと踏み出した。




