第二十話:反撃開始
敵は、ブラックドラゴンの修復が終わるまでは動けない。
それが私の見解だった。
屍術師のサタナキアは、間違いなく竜の亡骸に強い興味を示していた。
アレを放置したまま動くなど、あり得ないぐらいに。
長い年月と、この地に墜ちた時に受けたであろう損傷。
ブラックドラゴンは、そのままでは空を飛ぶことはできない。
この修復が終わるまで、恐らくそう時間は掛からないはず。
複数の戦闘艦に、強化を施された屍兵の群れ。
ここに不死者化したブラックドラゴンが加わるのだ。
もしその戦力全てが押し寄せて来たなら、とても防ぐ手立てはない。
「――だから、敵が来るより早くこちらから殴り掛かる。
ええ、大変分かりやすい理屈ですね」
日が落ちた後のサンドリヨン。
元々空に溜まった灰のせいで昼でも薄暗く、夜になれば辺り一面真っ暗闇。
月も星も見えない中を、私――いえ、私たちは風を切って走る。
明かりを点ける必要はない。
飛行機械に乗る三人は、全員暗闇でも視界が通るからだ。
「そんで纏まると逆に危ないんで、それぞれ馴染みのチームで個別に突撃か。
イヅナの奴もまぁ無茶苦茶言うわい」
「何かあったら臨機応変に対応して下さいって作戦らしいよ!」
「全員適当にブン殴れってのは間違っても作戦じゃないわな」
クロームのツッコミは大変的確だった。
彼の言う通り滅茶苦茶ではあるけど、この状況で言えば合理的な判断と言えなくもない。
サンドリヨン支部で動ける冒険家は大体五十人ほど。
チームに分けると合わせて十ぐらい。
軍隊としての訓練を受けていない彼らに、纏まっての作戦行動は逆効果。
烏合の衆は文字通り蹴散らされてしまうだろう。
しかし、同時に彼らは歴戦の冒険家でもある。
チーム内での連携は言うまでもなく、個々の戦力も十分過ぎるほどに高い。
流石にヴィーザルほどの強者はいないけど、あの首無しぐらいなら問題ないほどに。
「で、このままブラックドラゴンのとこに突っ込むんだっけ?」
「そのつもりです」
暗闇の中にあっても、更に暗い体色。
サタナキアによって不死者に変えられてしまったブラックドラゴン。
予想通り、今は身を起こした状態で動く気配はない。
アレが飛べるようになる前に終わらせないと。
「さて、そろそろ妨害が来そうじゃのう。
他の連中が動きやすいよう、わざと派手に走らせとるしな」
「ハハハハ、上等っすよ!
何が来ても、このままブラックドラゴンまで真っ直ぐかっ飛ばすからね!」
「そのことなんですが」
やる気満々に叫ぶキャンディに、申し訳ないが水を差す。
「実は、二人にどうしても頼みたい事があります」
「ん? 頼みたい事って?」
「また厄介そうな気配がするな」
「ええ、そのためには私とは別行動になりますから。
どうしても危険は伴います」
「えっ、別行動!?」
驚くキャンディは、弾かれたように私の顔を見る。
気持ちは分かるけど、前を見て操縦して欲しい。
顎のヒゲを撫でながら、クロームは難しい顔で唸った。
「ソイツは必要なことか?」
「ええ、必ず。具体的にやって欲しいのは――」
あまり時間的余裕もない。
可能な限り手短に、けど必要な説明を確実に伝える。
イヅナたちがいる場で伝えなかったのは、敵に勘付かれる可能性を減らすため。
それでも賭けは賭け、あまり分が良いとは考えていない。
しかし上手くいけば「ある問題」をかなり楽に解決できる。
聞き終えると、沈黙は数秒ほど。
キャンディは正面を見たまま、ガリガリと自分の頭を掻いた。
「……確かに、それはやんないとダメだね」
「うむ、やるならワシとキャンディが最適だな。
しかし、上手く行くかの保証はできんぞ?」
「構いません。それならそれで、こちらで何とか頑張りますから」
「…………仕方ないなぁ!!」
正直、ごねられるかと危惧していたけど。
キャンディは不満げながらも、あっさりこちらの頼みを聞いてくれた。
「やるさ、やるとも、やらいでか!
ねぇクローム、そっちも文句ないでしょ!」
「死地には変わらんが、屍術師が陣取る竜の腹の中よりはマシじゃろうしなぁ」
「言い方ァ!」
「冗談じゃわい」
愉快そうに笑いながら、クロームは私の方に向き直る。
「確約はできんが、父祖に恥じぬ仕事をしよう。
そちらはそちらで、旦那を頼んだぞ」
「ええ、勿論。貴方の勇気に感謝を」
「勇気なものかよ。ただ舐められたからブン殴ってやりたいだけだ」
きっと、それは私たち全員が同じ気持ちだ。
クロームと軽く拳を合わせて、続いて運転中のキャンディとも。
さぁ、必要なことは済ませた。
後はやるべき事をやりに行きましょうか。
「前方、ワイバーンが来てる! 何か腐ってないアレ!?」
「見えてます。恐らく、サタナキアが屍肉から生成したのでしょうね」
悍ましく、それ以上に腹立たしい。
腐敗した死の翼が、群れをなして暗闇を飛んでくる。
もう一秒でもアレの存在を許容できない。
私も翼を広げて、飛び立つ寸前。
「いってらっしゃい、アルヴェン!
待ってるから、ちゃんとヴィーザルと一緒に戻って来てね!」
「――――」
一瞬、本当に一瞬だけ言葉に詰まってしまった。
こんな状況でなかったら、意味も分からず泣いていたかもしれない。
けど、今は流す涙はいらない。
必要なのは、ただ一言。
「行ってきます! ご武運を!」
「ハハハっ、お互いにね!」
そして、私は闇夜の空へと飛び立つ。
こちらが離れると同時に、キャンディも飛行機械の進路を変更した。
私が頼んだ仕事を果たしに行くのだ。
であれば、この場は一匹たりとて彼女らの後を追わせない。
「さぁ、来るが良い! 哀れな屍ども!!」
『『『GYAAAAA――――!!』』』
屍肉で出来たワイバーンどもは、耳障りな声で叫ぶ。
生者は聞くだけで怯え竦むだろう恐怖の呼び声。
並みの兵ならば、それだけで恐慌状態に陥っていたかもしれない。
けど、私にとってはただ五月蠅いだけだ。
「邪魔――!!」
鎧袖一触。
死霊としての属性を得たワイバーンは厄介な存在ではある。
屍ゆえに急所はなく、恐怖を喚起させる声まで操るのだから。
けど、所詮死体は死体。
死肉であるため脆くなった身体を、私は爪の一振りだけで粉砕する。
見える範囲にいるだけでも十匹以上。
無駄な時間を費やす気はない。
『GYAAAAA!!?』
生存本能すらなく、ただ近付く生者を貪ろうとするだけの哀れな物体。
あの陰険な屍術師は、こんなものを創って悦に浸っているのか。
怒りで我を忘れそうだけど、その一線は頑張って自制する。
サタナキアがいるのは、確実にブラックドラゴンの中。
修復をする必要があるのだから、術者が内にいるのは当然。
そしてもし、ヴィーザルが虜囚の身になってるのなら。
やはり、サタナキアは手元に置きたがる気がする。
アレほどの戦士の質を、屍術師が見逃すなどあり得ない。
生死問わず、自らの手駒に加えたがるに決まっている。
「……あの男が、そう簡単に死ぬはずがない」
そう、だから彼は生きている。
根拠なんてない。
いや、最後に交わした約束とも呼べないような言葉。
アレだけでも、私の中では十分以上の根拠だった。
「だから、待っていなさい――!」
生きているなら、助けられる。
私が必ず辿り着く。
その想いを心臓である永久機関で燃やしながら、私は夜空を翔ける。
十匹いたワイバーンの屍は、ほんの一分程度で全て砕いた。
灰の大地に死肉をばら撒きながら、更に加速する。
接近する存在に気付いたか、ブラックドラゴンが身動ぎするように見えるけど――。
「遅いっ!!」
そんなもの、構うつもりもない。
伸ばした爪に強化した腕力を上乗せし、黒い鱗を突き破る。
本音を言えば、利用されるより前にブラックドラゴンの亡骸自体を破壊したい。
死した骸を弄ばれること以上の屈辱などないのだから。
けど、それをすればサタナキアはこの場から離れてしまう。
敵が執着を優先している状況、これを利用するには我慢しなければ。
「さて――」
再び戻って来たブラックドラゴンの内部。
サタナキアがいるとしたら、恐らく心臓か逆鱗の辺り。
ヴィーザルがいる場所は――予想も付かない。
であれば、虱潰しに探しましょうか。
「ホント、無茶苦茶に壊す勢いで暴れたいけど……!」
本音を呟きながら、私は走り出す。
アテがないから、後は兎に角探し回る。
途中、見覚えのある翼を持たない亜竜の姿も見つけた。
恐らくは内部の警備用に、サタナキアが生み出したものだろう。
外で見たワイバーンと同様に、こちらもまた屍と成り果てていた。
当然のように駆け抜け様に粉砕する。
いちいち足を止める程でもない。
速度は緩めず、走りながら私は大きく息を吸いこんで。
「――ヴィーザル! 何処ですか!?」
思いっ切り、彼の名前を叫んでみた。
まさかこれを聞いて顔を出す、とまでは期待していない。
むしろ侵入した私の存在をアピールし、敵の注意を引き付けるのが目的だ。
運が良ければ、相手がヴィーザルを人質として引っ張って来る可能性もある。
そうなったら御の字で、力任せに奪還を試みよう。
大丈夫、彼ならちょっと乱暴にしたって死にはしないはず。
「ヴィーザル! 聞こえてるなら返事をして下さい!!」
返事は、期待していない。
彼なら大丈夫だと、言葉にせず繰り返す。
うろつく亜竜ゾンビを見つけては砕き、警備要員らしき首無しもついでに砕く。
偶に反撃が飛んでくるけど、何の意味もない。
対人レベルの銃火器ぐらいでは金鱗には傷一つ付かないから。
走って、砕いて、呼びかけ続ける。
どれほどそうしていたか。
「――――」
その時、私は初めて足を止めた。
適当に走り回ったせいで、位置はイマイチ不明だけど。
紫色の竜結晶が幾つも突き出した広い空間。
そこに、見覚えのある姿があった。
「随分とまぁ好き勝手してくれてるね、お姫様?」
二本の蛮刀を両手に携えた赤毛の女戦士。
確か、ベロニカとかいう名前で呼ばれていた気がする。
「そっちから飛び込んで来てくれたのはありがたいけどね。
ウチのボスも忙しいんで、大人しくエスコートされて貰えないかい?」
殺意と歓喜に滾る瞳を縦に細めて。
ベロニカは、牙をむく獣のように笑っていた。




