第十九話:屈辱の支払いを
結果として、冒険家側の被害は何人かの負傷者が出るだけに留まった。
死者が出なかったのは、私から見ても奇跡に近い。
サンドリヨンの組合支部に到着すると、私は大きく息を吐いた。
身体的なダメージは殆どない。
けど、やはり相応に疲労はしていたらしい。
ドーム状の支部が見えた時点で、少しだけ気も緩んでしまった。
翼を閉じ、灰の大地に降り立った瞬間、少しふらついて――。
「アルヴェン!」
転びかけたところを、細い腕が支えてくれた。
私の身体を抱き留めたのは、顔色の悪いキャンディだ。
酔いが抜けてない――というわけではない。
作業現場で何が起こったのか、既に耳にしているのだろう。
細い腕から伝わる温もりに、つい安堵の息が漏れる。
「キャンディ、調子はどうですか?」
「アタシよりアルヴェンだって!
メチャクチャ疲れてるじゃんかよ……!」
「落ち着けバカ娘。
お前のキンキン声で騒がれたら余計疲れちまうよ」
そう言って、キャンディの相棒――クロームも出てくる。
近くには支部の責任者であるイヅナの姿もあった。
見たところ、こちらもあまりご機嫌麗しいという様子でもない。
「アルヴェンちゃん! ヴィーザルは……」
「彼は、私たちを逃がすために殿を務めました」
「はぁっ!? ちょ、あのバカはなにを無茶してるの!?」
「まぁ、旦那らしいと言っちまえばそれまでだな」
心底驚くキャンディに、苦い顔を見せるクローム。
イヅナの表情は石でできた能面のように硬い。
落ち着こうとするように、彼女は軽い深呼吸をしてから。
「……彼なら、あのヴィーザルならそう簡単に死んだりはしないはず」
「当然です。死んだら許さないと、私が言ったのですから」
勢いで言葉を被せた私に、イヅナは気にせず頷いた。
そう、あの男があの程度で死ぬはずがない。
仮にも私に勝ってみせた戦士だ。
あんな窮地ぐらいで命を落とす事なんて、絶対にあり得ない話だ。
「待って、アルヴェンちゃん」
いつの間にか。
傍まで来ていたイヅナが、私の手を掴んでいた。
キャンディと大差ないぐらいに細い指。
けど、込められた力には「絶対に離さない」という意思が見える。
振り払おうとして、ギリギリのところで理性が働く。
ただ、自制し切れずにイヅナを睨んでしまった。
「何ですか、離して下さい」
「一人で行く気でしょうけど、落ち着いて。
貴女は疲れてる。
少しぐらいは腰を落ち着けて」
「私はドラゴン、王たる金鱗を持つ者。
この程度は何の支障も――ッ!?」
感情任せに反論したところで、いきなり横から口を塞がれた。
何を――と、そう思ったところで気付く。
歯や舌に触れる柔らかい感触。
鼻孔をくすぐるような甘く芳ばしい香り。
口の中に、何かが突っ込まれた。
しかもそれは私の良く知るモノだった。
「はい、お腹空いてイライラしてんでしょ?
大好物持って来たから、遠慮せずぐいっと行きなよ」
下手人はキャンディだ。
その手に持っているのはサンドイッチ――『死出の旅』だった。
激情に支配されていた脳に、突然突っ込まれた高カロリー。
エネルギー不足で疲弊していた身体にまで染み渡る。
……本当に、本当にはしたない話だけれど。
私は一瞬で夢中になってしまった。
「おい、指引っ込めんと食い千切られるぞ」
「もーちょっと早く言って欲しかったぁ!」
食べ尽くすのも一瞬で。
我を忘れていた私は、危うくキャンディの指まで齧りそうだった。
危ない、本当に危ない。
けど謝る余裕もなく、口元についたジャムを舌で舐め取る。
足りない、まだまだ足りていない。
「……イヅナ」
「はい」
「もっと、食べる物を用意してください。
補給している間は、待ちますから」
「――仰せのままに、腹ペコプリセンス。
すぐに用意させるから、ちょっとだけ待っていて」
腹ペコは余計だけど、文句を言うことはしなかった。
お世辞にもキレイとは言えない灰の上に構わず座り込む。
撤退のために力を多く使った。
今は兎に角、消耗した分を回復しなければならない。
そうしたら――。
「……まさか、一人で行くとか言わないでしょ?」
「えっ?」
顔を上げると、すぐ隣にキャンディも座り込んでいた。
その傍にはクロームも。
ドワーフの方は呆れ顔のまま、大きめのスキットルに口を付ける。
「諦めろ、言い出したら聞かんのはもう承知しとるだろ?」
「いや――けど、それは」
「関係ないとか言うのは無しで!
イヅナからも聞いてるよ、襲って来たの極星国の連中だって?」
「不良者どもめ。
ロクに目の届かない辺境とはいえ、ここはユニオンの領内だぞ」
「…………」
何と応えるのが正しいのか。
この場にヴィーザルがいたら、上手く返してくれただろうか。
いや、口ではキャンディには敵わない。
それはもう存分に見た後だ。
こちらが迷ってる間も、エルフの娘は気炎を上げんばかりだ。
「ホントもう信じられないでしょ!?
何の通告もなしにそんな大部隊で押しかけてくるとか!
ユニオンは仕事してんの!?」
「灰まみれの星を、統治するうま味がないからと《組合》が占有しとる状態だ。
仮にここを壊滅させたとしても、極星国は上手いこと交渉するだろうよ。
どの道、この場で焼かれる予定のワシらには関係なかろう」
クロームの言葉は現実的だった。
現代の勢力図が具体的にどうなってるのか、細かくは私も分からない。
ただ辺境の惑星一つを削り取ってでも、彼らは私を確保したいのだ。
向こうが真に目的としているところは、まだ不明だけど。
金鱗にそれだけの価値があるという自覚はあった。
――だからこそ、私が責任を取らねば。
この星を拠点に活動する彼らを、巻き込んでしまったのは私の罪だ。
けれど、そんな内心をキャンディの目は見透かしてくる。
「ダメだよ、アルヴェン。
これはもう、アタシたち全員の問題なんだから」
「いえ、それは――」
「いいや、こればっかりはキャンディの言う通りだぞ。
まぁ、原因というかきっかけ自体はお前さんらの事情かもしれんがな」
スキットルの火酒をぐいっと呷って、クロームは語る。
その声は、年月に磨かれた大岩のよう。
「殴り掛かって来たのは極星国の連中で、殴られたのはワシらだ。
例えそれがお前さんらを狙った上での『ついで』だとしても。
こうなった以上はワシらも当事者だ」
「クロームの言う通り」
と――クロームの言葉を次ぐと共に、イヅナが再び戻って来た。
その後ろには、ワゴン車に積まれた食料が言葉通り山と積まれている。
イヅナは笑顔を浮かべていたけど、目はまったく笑っていない。
彼女もまた、冷静に怒りを燃やしていた。
「このサンドリヨンの管理を、私たち《組合》が行っている事。
それを彼らが知らないはずがない。
知った上で、自分たちの目的を遂行するために武力を行使した。
ええ、きっかけはアルヴェンちゃんやヴィーザルにあったかもしれない。
私はこの支部の管理者として、それらを呑んだ上で貴方がたを迎え入れた。
――必要なのは今その胸に抱く意思と、未来を望む願い。
過去を問うなど無粋の極み。
求めるならば開かれ、望むならば一時でも同じ道行きを。
それが私たち、《組合》とこれに属する冒険家たちの矜持。
例外はない。例外はないのです」
まるで歌うように、イヅナは己の誇りを語る。
その言葉に応じたのか、周りには他の冒険家たちも集まって来ていた。
多くは先ほど撤退したばかりの者たちで。
そんな彼らも含めて、一人残らず武装していた。
統一感はまったくない。
各々、愛用の武器と装甲を好き勝手に身に纏っている。
同時にその目は、ただ一人の例外もなく炎で激しく燃えていた。
――怒りだ。
《組合》の冒険家たちも、その全員が激怒していた。
当然と言えば当然過ぎる話だ。
キャンディやクローム、イヅナがそれぞれ言っている通り。
アイツらに喧嘩を売られたのは、彼らも同じなのだ。
「アルヴェンちゃん」
「ええ」
イヅナは、私の目をまっすぐ見ていた。
互いの意思を、改めて確認する。
そのために、お互いの視線が一つに絡み合う。
「敵は極星国の精鋭部隊。
私も探りを入れましたが、皇帝の懐刀である星将の一人まで出て来てるとか」
「その辺りは詳しくは知りません。
けど、サタナキアという屍術師が確かそのように呼ばれていましたね。
ブラックドラゴンの亡骸まで利用して……」
「……なるほど、状況は思った以上に酷いようで」
不死者と化したブラックドラゴン。
それは正に、出来の悪い悪夢そのものだ。
「我々は戦う。それは全員の意思なので、曲げることはできない。
けど、勝算もなしに玉砕しに行こうとも考えていない」
「……まどろっこしいですね、本当に」
立ち上がる。
そのままイヅナの脇を通り過ぎ、食料の詰まれたワゴンの前へ。
適当な肉を引っ掴み、遠慮なく齧る。
これだけの量を食べれば、当分は全力での戦闘行動が可能だ。
「『私たち』で、あの無礼者どもを叩き潰す。
あとはヴィーザルも生きてるでしょうから、そっちも助ける。
それで良いんですね?」
「――感謝を、失われた竜の姫君。
貴女が我らに与して下さるなら、万の兵にも勝る」
イヅナは優雅に一礼し――それから、集まった冒険家たちに向き直った。
一呼吸分の間を置いて。
「さぁ、強力な味方が付いてくれたので一先ず安心。
まーそんな事がなかったとしても、私たちのやるべき事に変わり無し。
そうですよね、皆さん?」
「「「おう!!」」」
灰の地を揺らす大音声。
冒険家たちは、ただの一人も臆していない。
立ち向かう相手が強大であることを、十全に理解した上で。
「彼らは舐めています。誰を? 当然、私たちをです。
所詮は田舎の惑星で、ちまちまと灰を掘ってるだけの連中だと。
ユニオンの目もろくに届いていないド辺境。
偉大なる皇帝、星を呑む大狼。
既知宙域に冠たる極星国の勇者たちからすれば、私たちなど蟻も同然。
ええ、舐めてかかるのも仕方ない事かもしれませんね?」
そう語るイヅナの顔は、変わらず満面の笑みだ。
目が笑ってないことなど、今さら指摘するまでもない。
「――で、それらを踏まえた上で。
舐められてしまった私たちは、どうするべきでしょうね?」
「「「ブチ殺す!!!!」」」
「はい、素晴らしい。ブチ殺して差し上げましょう。
極星国だか何だか知りませんけど、奴らは私たちを舐めた。
私たちは無頼の徒、各々手前勝手な望みのために生きてる破落戸も同然。
だからこそ、自らの力で立っているという自負がある。
受けた屈辱は、十倍どころじゃ済まさない」
最早狂戦士の群れといった有り様で、誰もが雄々しく声を上げる。
流石にちょっと呆れてしまうけど、頼もしいのは間違いない。
戦力が増えてくれるのなら、私もその分だけ自由に動ける。
「よしっ、アタシも頑張るから!宜しくね!」
「ついてく気満々ですか?」
「当たり前でしょー、一緒に冒険成功させた仲なんだぜ!
あとヴィーザルが捕まってるのはちょっと拝んでみたいかな!」
「いや、捕まってるとは限らんだろうが」
苦笑いのクロームに、私も釣られて笑ってしまった。
ヴィーザルは生きている。
根拠などなくとも、それだけは断言できる。
ただし生存しているのなら、捕まっている可能性は否定できない。
私は急ぎ、目の前の食料を口に運ぶ。
……こんな状況でなければ、もう少し味を楽しめるのに。
敢えて言葉にはせず、私の中で極星国への怒りがますます燃え上がっていた。




