第十八話:敗走
降下して来たのは複数の黒い重装甲。
ヴィーザルが身に纏ってる物や、最初の竜晶星で見た物より二回りは大きい。
異様なのは、その重装甲を纏った兵士の姿だ。
誰も彼も首が無い。
一瞬、自動人形の類かと思ったが、違う。
陽炎のように揺らめく負の霊気。
機構と燃料で駆動する機械仕掛けではなく、邪法によって操作された屍人形。
背後にいる者の性質は、それだけで明白だった。
「ヴィーザル、アレは不死者です!」
「分かってる。屍術師のサタナキアだ!」
屍術師!
やはり、先ほどの声の主がそうなのか。
悍ましき外道の術法により、人の身から自らを「幻想」へと変革した存在。
元は生命でありながら死の側に足を踏み入れた最高位の不死者。
極星国には、まさかそんな輩までいるとは……!
重装甲の屍兵に加え、更に何体かの大型機械も灰の上に降り立つ。
見た目は黒い流線形で、印象としては巨大な甲虫を思わせる。
突き出た角のようなものは、恐らく砲塔か。
「ハハハハハ! ヴィーザル、覚悟するがいい!!」
その甲虫の一体から、聞き覚えのある声が発せられた。
確か、この声は……。
「グンターか。お前も大概しつこい男だな」
「何とでも言え! 星将閣下より授けられた力の前に平伏すが良い!
命乞いをするのなら聞いてやらんでもないがなぁ!」
引き攣るような笑い声は実に耳障りだ。
くだらない男の私怨など、そう気にしてはいられない。
それよりも、目の前の状況は極めて深刻だった。
「退け! 退け! 門は放棄しろ、急げ!」
混乱しかける冒険家たちを、何人かが声を張り上げて指示する。
上空、雲の隙間から見えるだけでも戦闘艦は三隻以上。
下りて来たのは完全武装の重装甲屍兵が二十に、黒甲虫が五体。
こっちは三十人近くいたが、殆どが作業目的のため軽い武装しかしていない。
そもそも、危険に対応するのは私とヴィーザルの役目だった。
流石に、こんな大部隊で襲撃されるのは想定していない。
「面倒だが、役目を果たすぞ」
「言われるまでもありません……!」
剣を構えるヴィーザルに、私は躊躇いなく応える。
それと殆ど同時に、敵の黒甲虫から突き出た角――砲身が動く。
砲撃は、光学兵器と質量弾の混合。
狙いは私たちではなく、撤退しようとする冒険家たち。
「させるか……!」
私は可能な限り翼を広げて、遮蔽となって砲撃を受け止める。
熱線にしろ砲弾にしろ、金鱗の前では等しく無力。
けれど、途切れることなく撃ち込まれ続けるのはなかなか厳しい。
砲撃そのものでダメージは受けずとも、衝撃は激しく私の身体を揺さぶってくる。
「ハハハハ! 良いぞ、そのまま押し込め!」
ヒステリックなグンターの叫びは、砲撃音の上からでも良く聞こえた。
黒甲虫による砲撃が続く中、首無しの重装甲兵も突っ込んでくる。
生きていれば躊躇しそうな状況でも、屍である彼らには何も関係がない。
そんな死体の群れに対し、ヴィーザルもまた迷うことなく正面から突撃した。
屍兵らは足を止めず、一糸乱れぬ動きで手にした銃を構える。
常人なら保持する事すら困難そうな大型の銃身。
それらは一斉に火の花を咲かせ、鉛玉の豪雨を横殴りに叩き付ける。
ヴィーザルは止まらなかった。
身に纏った装甲と、手に携えた剣。
それらを駆使して真正面から弾幕を突き破る。
頭部を持たない屍兵らは、そんな超人的な所業を見ても動揺したりはしない。
しかし対応するだけの知能も持たない彼らを、ヴィーザルの剣が撫で斬りにする。
一振りで、二体の腕を構えた銃ごと切り飛ばす。
……相手が死体である以上、生き物としての急所はないに等しい。
どれぐらいの耐久性が持つか分からないなら、手足や武装を破壊するのが一番確実だ。
流石にヴィーザルは、その辺りの戦い方も良く心得ている。
「チッ! 何をしているデュラハンども!
さっさとその男を囲んで撃ち殺してしまえ!」
「一人硬い殻の中に籠って大口とは、随分出世したようだな」
「何だと貴様ァ!」
安い挑発にも、グンターは即座に着火する。
まぁ、冷静に指揮などされたらますます窮地だから都合が良いですけど。
変わらぬ黒甲虫の砲撃を受けながら、周囲の状況を見る。
さっきまでは混乱していたけど、流石に冒険家たちも修羅場には慣れている。
機材を運び込むのに使った車両などに乗り込んで、既に撤退の準備が整いつつあった。
戦闘艦からの空爆が懸念事項だけど、それはこっちが防ぐしかない。
幸い、最初に仕掛けて来て以降は空に浮かんだままだけど……。
「……あの、サタナキアとかいう屍術師は……?」
未だに姿を見せていない、恐らくは敵の将軍クラス。
一方的な宣戦布告を述べてからは、一言すら発していない。
前線はグンターに全て任せている?
いやいやまさか、あの男に全部投げるのはあり得ないだろう。
屍兵など捨て駒で、遊戯感覚で見物しながら楽しんでる可能性もあるけど……。
どうにも、嫌な予感がする。
何か重大なことを見落としているような――。
「おい、アルヴェン!」
「ッ――!?」
ヴィーザルから飛んで来た警告の声。
間を置かずに吹きつけて来た強烈な殺気が、私の意識を現実に引き戻す。
戦闘艦の一つから飛び降りた何かが、真っ直ぐ此方に向かって来る。
重装甲兵ではない。
だが、ソイツもまた負の霊気を纏う不死者だった。
「ハッハッハッハッハッハ――――ッ!!」
高らかに笑いながら落ちてくる、赤毛の女。
褐色の肌に騎士甲冑に似た装甲を帯び、両手にそれぞれ分厚い蛮刀を構えている。
雲の上から仕掛ける自由落下。
砲撃を防いでいる私は動くことができない。
速度と質量、腕力と刃の鋭さ。
それらが複合された威力は、金鱗を断ち斬るには十分だった。
「ッ…………!」
以前、ヴィーザルに貫かれた時以上の衝撃。
けれどあの時とは違い、急所を狙われたわけではない。
肩から胴体までを斜めに裂かれたが、このぐらいは軽傷だ。
更に続く刃を、尾を動かしてギリギリで受け止める。
「そう何度もやられますか……!」
「ハハハ、良い気概だねぇお姫様! 嫌いじゃないよ!」
笑う女戦士とは真逆に、こっちは兎に角不愉快だった。
臭い、鼻が曲がりそうなほどに臭い。
女は不死者で、負の霊気を纏っているけど――それだけじゃない。
腐った臭いに混ざる、隠しようもない獣臭。
「誇り高いはずの人狼が!
何ゆえ屍術師の傀儡に成り果てているのか!」
「オイオイ、凄いね! そこまで鼻が利くのかい!?」
こちらの叫びに笑いながら応じる女戦士。
その姿が、見る間に変貌を遂げていく。
褐色の肌は、それをより濃くした色の体毛に覆われる。
体格は倍近くに肥大し、その様は出来の悪い悪夢のよう。
首から上は鋭い牙を持つ凶悪な狼そのもの。
夜を思わせる黒い瞳は、燃えるように輝く金環に縁どられていた。
高位の不死者である死霊騎士の証だ。
「貴様、旧き祖の誇りは何処に置き忘れた!?」
「知った事かね! 物言いが古臭いんだよお姫様!」
ドラゴンほどではないにしろ、人狼もまた幻想を宿す古き血族。
私の知る人狼は、誰もが勇敢で礼節を知る戦士だった。
間違っても、生命の理を捻じ曲げる外法に身を任すなどあり得ない。
そんな私を「古い」と嘲り、女戦士は刃を振るう。
強靭な人狼の体毛に、死霊騎士として有する物理耐性。
これらの特性が合わされば、砲撃など気にせず私を切り刻める。
幾ら肌を裂かれても、大したダメージではない。
しかし嬲られるような状態は、流石に我慢ならなかった。
「畜生風情が……!」
胸の内に燃える憤怒と戦意。
それらが火種となり、今まで途切れていた「モノ」が繋がるのを感じた。
――私の竜体、黄金の王威を示す宝冠。
今ならばそれを展開できる。
そうなれば、この場の敵戦力を蹴散らすなど容易い。
上空に控えている戦闘艦も、纏めて薙ぎ払うこともできるだろう。
後は後方の冒険家たちも勝手に撤退するはずだ。
愉快そうに鱗を切り刻む人狼など無視して、私は竜体を展開――。
『……あぁ、素晴らしいな。
前情報としては知っていたが、実際に手にすると魂が震えるよ』
しようとしたところで、再びその声が聞こえて来た。
屍術師、サタナキア。
同時に灰に覆われた大地が震え上がった。
「何だ……!?」
「ッ、しまった――!」
屍兵を蹴散らし、黒甲虫の一つを解体し終えたヴィーザル。
疑念を発する彼と重なる形で、私は己の失態を悟った。
そうだ、そうだった。
この星には、サタナキアにとって都合の良い死体が横たわっていた……!
気付いた時点で何もかも手遅れだった。
遠くで黒い山が動き出す。
少し前に、私たちがこの手で命脈を絶ったばかりのブラックドラゴン。
もう動き出すはずのない屍が、その身を起こそうとしていた。
『ここまで完全なドラゴンの屍など、私とて所有していない貴重品だ。
少しばかり損傷もあるが、それは後でゆっくり修復するとしようか』
「サタナキア――――ッ!!」
怒りで頭がどうにかなりそうだった。
数千年前にこの地に倒れた竜の血族を。
その命脈をこの手で断ち切ったばかりの同胞を。
まさか、外法の手駒としていいようにされるなんて……!
「ハハハっ! どうした、お姫様!
顔が真っ赤じゃないか!」
「ッ……!!」
嘲笑う雌狼に、顔どころか視界が真っ赤に染まる。
もういい、絶対に許さない。
竜体を解放して、お前たち全員を塵も残さずに――。
「ハハハ――ギッ、ガ!?」
私を嘲っていた雌狼だが、突然不細工な悲鳴を上げてその巨体が転がった。
ヴィーザルだ。
彼はいつの間にやら、付近にいる重装甲兵は粗方蹴散らしたらしい。
黒甲虫も何体もひっくり返されて、砲撃も一時途切れていた。
楽しそうに嬲っていた雌狼は、片腕を斬られて思い切り蹴り転がされたのだ。
「腕は立つようだが、獲物を嬲って気を抜くようでは戦士としては二流だな」
「ベロニカ様!? おのれヴィーザル、貴様はこの私が……!」
「アルヴェン、余裕がない。手短に言うぞ」
距離を大きく離した黒甲虫から、引き攣ったわめき声が聞こえる。
が、ヴィーザルはそれを無視した。
早速起き上がりつつある雌狼に、遠くで動き出したブラックドラゴンの屍。
それらを睨みながら、彼は私に対して。
「この場は退け。俺が殿を務める」
「ッ、待って、貴方は何を……!」
「それが最善だ。この状況、他の連中を守りながら撤退させられるのはお前だけだ。
俺は可能な限り暴れて、コイツらの足止めをする」
反論を許さない、有無を言わさぬ言葉だった。
歯噛みする。
自分で自分の奥歯を噛み砕いてしまいそうだった。
黒甲虫や戦闘艦からの砲撃。
加えて、ブラックドラゴンの屍が放つだろう《竜の吐息》。
それらから退く冒険家たちを守れるのは、確かに私だけだ。
彼の判断は正しい、正しいけど。
「死ぬ気はない。時間がないから早く行け。
――それとも、お前に勝った男はそんなヤワに見えるのか?」
「っ……貴方はホントに……!!」
こんな状況でなければ、そのドヤ顔を一発殴り飛ばしてやるのに。
代わりに、自分の顔を拳で叩いておいた。
迷っている時間はない。
「――死んだら許さないからっ!!」
「そりゃ怖いな」
ヴィーザルは、まるで散歩の挨拶でもするような気軽さで応えた。
私は振り向かなかった。
幸い、冒険家たちを乗せた大型車両はこの場を離れつつある。
戦闘艦が逃がすまいと放った砲撃を、翼で弾き飛ばす。
灰の降らない空を斬り裂くように、私は飛ぶ。
決して、振り返る事はしなかった。




