第十七話:襲撃
私の目の前で、大きな機械が着々と組み上げられていく。
踏み固められた灰は地面と大差はなく、不安定さは感じられない。
見上げる空は相変らず淀んでいた。
けれど、もう新たな灰が降ってくることはない。
「あと少しで作業完了だ! もうひと踏ん張りだぞ!」
「こっちはオッケーだ! 動力繋いでくれ!」
「こちらも問題なし! 遅れてるところはないか!?」
「悪い、こっちにちょっと人手を回してくれ!」
死んだような風景とは裏腹に、活力溢れた姿で働く人々。
その多くは、このサンドリヨンを拠点とする冒険家たちだった。
流石に誰も彼も逞しく、重労働もなんのそのとこなしていく。
かくいう私も、一応仕事中ではあって……。
「退屈か?」
と、私と同じ仕事についてるヴィーザルが声を掛けて来た。
ちなみにキャンディは、連日連夜の呑み過ぎが祟ってダウン中。
クロームはその世話を焼いているので、今日は二人揃って不在だった。
「そんなには。それに、今日の私たちの仕事は警備でしょう?
退屈なんて言っていられませんよ」
作業の様子を眺めたまま、私は少し大げさに肩を竦めてみせる。
その答えに、ヴィーザルは軽く声を出して笑った。
「真面目で結構。
まぁ亜竜も出ない今、何か起こる可能性も低いがな」
「他に危険となる物はないのですか?」
「下に埋まってる遺跡から、何かしら這い出して来る時もあるそうだ。
が、この作業なら可能性は低いはずだ」
なるほど、と頷いて。
私は足元の灰に目を向けた。
何千年もかけて積もり続けた、分厚い灰の層。
その中には帝国時代の遺物など、多くの物が埋まっているという。
これまでも、大変な手間をかけて穴を開けては探索を行っていたらしい。
灰が降っていた時は、探索中に穴が埋まらないようにするのが大変だったとか。
総じて凄まじい労力だけど、私たちが灰を止めた事で状況は変わった。
「ところで」
「うん?」
声を掛けつつ、私はヴィーザルの方を見た。
傍ら……というには、若干程度の距離を感じる。
よそよそしい、という程ではないけど。
あの夜のことを、まだ気にしているのだろうか。
「……どうした?」
「と、失礼。ちょっと聞きたい事がありまして」
「なんだ?」
ヴィーザルが何を思っているのか。
それを下手に聞くと宜しくない気がして、今は胸にしまっておく。
だからもう一つ、気になっている事を聞くことにした。
「あの、組み立てている機械はなんですか?」
作業中の現場で、組み上げてる最中の機械を指差す。
実のところ、私は「大きな作業があるから護衛について欲しい」としか聞いてない。
特に予定もなかったし、仕事とあらば迷わず飛びついてしまった。
ヴィーザルも、特に異論もなく同行してくれたけど。
「あぁ、アレはモンキー運送の《転移門》だ」
「モンキー運送?」
知らない単語だった。
《転移門》……言われてみると、機械の形状は大きな門に似ている。
首を傾げる私に、ヴィーザルはのんびりと説明してくれた。
「パンテオンに名を連ねてる汎神企業の一つ……って、この説明じゃ分からんか」
「以前、ニグレドおばさんのキッチンの時も少し話してましたよね。
先ずパンテオンとは何ですか?」
「成立までの経緯とか、そういう詳細な説明は省くぞ。
日が暮れるし、そもそも俺もそう詳しくない。
汎神企業連盟ってのは、ざっくり言えば神霊が経営する企業の集まりだ」
「……は? 神霊?」
驚きのあまり、つい間抜けな声が出てしまった。
神霊については、流石に私も知っている。
一定以上の規模を持つ惑星を核に発生する、高度な知性を有する形而上学的生命体……。
つまり、そのまま「神様」のことだ。
私みたいなドラゴンや、《幻想境界体》ともまた一線を画する。
極めて強大な力を持ち、知性体からの「信仰」によって存在を拡大する超自然霊。
……それが何故、企業の経営を?
「ワケが分からんって顔だな。気持ちは分かるが、別に嘘は言ってないぞ。
今やパンテオンは五大勢力の一角として、既知宙域全体に絶大な影響力を持ってる」
「そ、それはまぁ、複数の神霊が参加してるんならそうでしょうね……」
「キャッチフレーズは『私たちは神様です』の大企業群だからな。
商売を通しての利益分配は、『信仰を集める』上で余程効率が良いらしい。
それぞれが持つ権能までフル活用して商いをしてるんだから相当だな」
「うわあぁ……」
言葉もない、とはまさにこの事だ。
権能とは、基本的には神霊のみが有する奇跡。
「異なる宇宙の法則」を持ち込む魔法とは根本的に異なる。
神霊の持つ権能は、あくまで「この宇宙が持つ法則の一部」として機能する。
魔法とはまた異なる制限があるけど、力の規模は文字通り次元が違う。
そんなものを商売に利用するとか、一体何を考えているのか。
「……なら、あのアレは……?」
「超光速による亜空間航行とは異なる、本物の空間転移を行える設備だ。
だから名前はそのまま《転移門》なワケだ」
「本物の神の奇跡ですね……なんと冒涜的な……」
神の力を利益追求のために用いるとか、涜神行為の極みではなかろうか。
問題は、それをやってるのが当の神様本人(?)という事だ。
「まぁ、その辺は考えるだけ無駄だぞ。
ユニオンも商売相手としては全面的に手を組んでるし、《組合》のスポンサーでもある。
空間転移の恩恵がなけりゃ、こんな場所で支部の維持とか不可能だからな」
「それはまったくその通りですね」
呆れながらも、それについては認める他ない。
神々の思惑がどうあれ、関わる人間は間違いなく恩恵を受けている。
私も正直、神霊の類とはそう深い繋がりはなかったので何とも言いがたい。
……本当に、数千年という月日は様々な変化を見せつけてくる。
「お前が美味い美味いと騒いでた飯も、パンテオンから提供された物だしな。
どんだけ胡散臭くても文句は言いがたいだろ」
「人をそう辱めるのも程ほどにして欲しいんですけど……!」
「悪かった、悪かったって」
あんな痴態を二度と晒さぬよう、日々必死に節制してるんですから!
尻尾を立てて唸る私に、ヴィーザルは苦笑しながら手を上げる。
……で、その手に持っている包みは……?
「イヅナから預かってる昼飯だが、どうする?」
「…………食べます、食べますとも。
ええ勿論、食材に罪はありませんから、当然です。
ただ、私が食べ過ぎないよう見守って下さると大変ありがたいです」
「あぁ、それも分かってる」
笑うヴィーザルに、私はどんな顔をすれば良いやら。
気恥ずかしくて、どうにも頬に熱が上ってしまう。
ふと視線を感じたので、軽く周囲を見回す。
いつの間にやら冒険家の方々が、私たちのやり取りを見物していた。
「見てないで!! 仕事!! しなさい!!」
「ちっ、そっちだって護衛仕事ほっぽってイチャついてただろ……!」
「ご馳走様でしたぁ!」
「よーしお前ら、程ほどに補給したら最後の仕上げに掛かれよ!
時間も大分詰まってんだからな!」
この、本当にこの方々は……!
確かについつい話し込んでしまったのは事実なので、それ以上は何も言えない。
ヴィーザルもヴィーザルで、顔を抑えてないで反論ぐらいしなさいな。
「……ったく。顔を覚えたから、後で殴ってやる」
「あの、ヴィーザル? 流石に殴るのはやりすぎでは……?」
「いや、そんな事はないぞ。
ただお前がやると首がもげるかもしれん。
後で俺が責任を持ってやるから気にするな」
「そ、そうですか?」
良く分からないけれど。
彼がそう言うなら、きっとそういうものなのだろう。
深くは突っ込まずに、私は再開された作業の方に目を向ける。
機械――《転移門》の設置も、間もなく佳境のようだ。
「察するに、アレで灰を除去しようという話ですか?」
「あぁ、そういう事だな。
この量をまともに処分する手段なんざ他にない」
「余所の迷惑にならない場所に廃棄する、という認識で良いんですかね……?」
あの門で、この星とはまったく別の場所に灰を捨てる。
用途としてはすぐに想像が付いたけど、量が量だ。
やはり心配になってしまう。
「流石にその辺りはイヅナの方で手配をしてるだろう。
あの《転移門》を用意したのもアイツだからな」
「成る程……まぁ、そこは信頼しましょう」
そんな具合に、私とヴィーザルは他愛もない話を続ける。
自分でも驚いてしまうぐらいの、和やかな時間。
――こんな時が続けば良いのにと。
ふと、そんな事を考えてしまうぐらいには。
私はこの瞬間を愛おしいと感じていた。
けれど。
「…………?」
「ん、どうした?」
首筋の辺りに感じる、チリチリと焼け付くような感触。
根拠もなく上を見れば、不審に思ったヴィーザルもその視線を追う。
この感覚は――。
「ヴィーザル、何かが来ます!」
「上からか? 一体何が――いや、まさか……!」
作業を行っている者たちに、急ぎ知らせようと。
私たちが動くよりも、早く。
空を閉ざす灰色の雲。
それを幾つもの熱線が無惨に切り裂いた。
見覚えがある、戦闘艦から放たれる艦砲射撃。
「ッ――――!!」
私は咄嗟に翼を広げ、宙を駆けていた。
ドラゴンである事を明かしているのは、まだキャンディたちだけ。
そんな事なんて、この瞬間は頭から吹っ飛んでいた。
作業現場に向かって落ちてくる閃光。
破壊的な威力を秘めたその一撃を、どうにか身体で受け止める。
金鱗を纏うこの身ならば、何の問題もない。
それはそれとして、凄まじい衝撃に全身を揺さぶられた。
歯を食い縛って何とか耐える。
私はそのまま、踏み固めた灰の上に盛大に転がった。
「おい、大丈夫かお嬢ちゃん!?」
「なんだ、今の戦闘艦の砲撃じゃなかったか!」
「糞っ、急いで離れろ!」
あっという間に、場を混乱が支配した。
クラクラする頭を抑えながら、出来るだけ素早く身を起こす。
「極星国の戦闘艦です! 皆、早く避難を……!」
『――何もかも手遅れだよ、竜の姫君。
あぁ、本当にこんな場所に逃げ込んでいるとはね』
朗々と響く男の声に、聞き覚えはなかった。
けれど「竜の姫君」とは、間違いなく私のことだ。
見上げる。
切り裂かれた灰色の雲の向こう側。
ゆっくりと降下してくる複数の黒い戦闘艦。
覚えのある大狼の紋章は見間違えようもなかった。
『抵抗は無駄だと、そう警告するところだろうがね。
私は別に、幾らでも抵抗して貰って構わないと思っている。
どの道、この場にいる者の末路は同じだからね』
「……最悪だな。この声、サタナキアか」
呟くヴィーザル。
どうやら彼には、声の主に心当たりがあるようだった。
珍しく焦った表情のまま、その手に剣を抜く。
そして。
『さて――それでは、特に面白みも無く蹂躙するとしようか。
望み通り、君のしたいようにやりたまえ。グンター君』
そんな一方的な宣言と共に。
黒い戦闘艦から、幾つもの影が灰の上に舞い降りた。