表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/29

幕間2:死人たちの船



 ――星の海を渡る船の群れ。

 黒く染められた船体に掲げられているのは、偉大なる極星国の紋章。

 一代で星系を席巻する軍事国家を築いた皇帝。

 その偉業の象徴である星を呑む大狼。

 それを刻み込んだ戦闘艦が、大小合わせて十五隻。

 紛れもない大艦隊だ。

 田舎の惑星国家なら、それだけで更地にできる戦力。

 その中枢である旗艦――その艦橋に身を置いて、一人の男が震えていた。

 無論、それは恐怖からではない。

 神経質そうな軍人の男、グンターは間違いなく歓喜によって打ち震えていた。

 

『それほど喜ばしいことかね、グンター君』

「ハッ!! このグンター、感激のあまり言葉もありません!」

 

 以前はただ怯えて震えるばかりだった相手。

 屍術師、星将サタナキアを前にしてもグンターの態度は崩れなかった。

 自分の頭上に輝く栄冠を、星の海の如く煌めく前途を。

 グンターは欠片も信じて疑ってはいなかった。

 

「コイツはあくまで、任務の遂行に必要と判断した上での貸与だ。

 いきなり艦隊司令官と浮かれないでくれよ?」

「無論、承知しております……!」

 

 ニヤニヤと笑いながら、皮肉交じりに釘を刺す星将補佐のベロニカ。

 それを聞いても、グンターは同じ調子で答える。

 

「必ずや、私は星将閣下のご期待に完璧な結果で報いると宣言致します!

 既に目標については、有力な潜伏先の情報を掴んでおりますゆえ!」

『ほう、調査を始めてまだ間もないと思ったが』

「隠されたものを探し出すのは専門分野と自負しております!」

「ははぁん、流石にそこは慣れたもんか。意外とやるねぇ」

「ハッ! 光栄であります!」

 

 正直、それも大して期待はしていなかったと。

 二人の上位者は、傍から見ても分かるぐらいに態度に出していた。

 しかし目の曇ったグンターは、それに単純に気付いていない。

 そんな一挙手一投足が滑稽で、ベロニカは上機嫌に笑っていた。

 実に悪趣味な話だが、上官たるサタナキアは何も言わない。

 本当に、目の前の男がどうなろうと欠片も興味がないからだ。

 

『それで、今向かっている先に目標がいると考えて良いのかね』

「その通りです、閣下。

 皇帝陛下がご所望になられている金鱗の娘。

 それと行動を共にしている、あの忌々しき反逆者ヴィーザルめも……!」

「ふぅん、惑星都市サンドリヨンね。

 竜の死体が吐き出す灰に埋もれた星とか、また辛気臭そうな場所だねぇ」

 

 グンターの恨み節など欠片も興味がないと。

 あっさりと無視しながら、ベロニカは手元に開いた仮想モニターを操作する。

 表示されているのは、艦隊が現在目指している惑星の概略図だ。

 サタナキアも少し身体を動かし、同じ画面を覗き込む。

 

『ユニオンの辺境か。確かに、身を隠すには丁度よかろうな』

「所属としちゃあユニオンだけど、実質管理してんのは《組合》だね。

 ……竜撃降下兵は単独任務も多いし、性質的に辺境で長期活動なんてザラだ。

 地元の冒険家か、《組合》の人間に直でコネを持ってても不思議じゃないねぇ」

「…………」

 

 猛っていたグンターだが、あっという間に蚊帳の外に置かれてしまった。

 サタナキアとベロニカはまるで気にも留めない。

 今さらながら、グンターは自分がどう扱われているのかが気になり始めていた。


 ――いや確かに、自分はヴィーザルよりも能力的には劣っている。

 それについては苦々しくも認めざるを得ない。

 だが、如何に優れていようが今の奴は単なる反逆者だ。

 金鱗の娘を捕らえた上で、反逆者であるあの男の首級も上げる。

 そうなれば、星将閣下のみならず皇帝陛下からの覚えもめでたくなるはずだ……!


 扱いの悪さに沈んだテンションが、再び盛り上がるのをグンターは感じていた。

 そうだ、結果さえ出せば誰も私の事を無視できなく――。

 

『グンター』

「え? あっ、ハイ! 何で御座いましょうか、閣下!」

 

 突然名前を呼ばれ、グンターは慌てて居住まいを正した。

 夢想の中に意識を飛ばしていたなんて事は、サタナキアにとってはどうでも良い話だ。

 感情を交えず、髑髏の術師は淡々と必要な言葉だけを紡ぐ。

 

『現地で目標を捕らえるにしても、君一人では難しかろう。

 人員の補充もまた、私の責任の下で行うと先に言っておいた通り。

 私の用意した部隊の指揮権を、一時的に貸与しよう。

 急造の部隊だ、目的さえ果たせば別に使い潰して貰って構わんぞ』

「光栄であります、閣下!」

 

 そこまで言ったところで、グンターは僅かに首を傾げた。

 

「その、閣下? 質問を宜しいでしょうか」

『ふむ、何かね?』

「閣下は、『私一人では』と仰られましたが。

 この船には確か、負傷者も含めて私の部下が……」

 

 乗り込んでいるはずだ、と。

 そう言い終えるよりも早く、艦橋に複数の影が入って来る。

 黒塗りで、飾り気のない装甲服を帯びた兵士たち。

 少なくとも、首から下は何も怪しげなところなどなかった。

 ただ、首から上は――。

 

「ヒッ……!?」

 

 それを目にした瞬間、グンターは腰を抜かして床に転がってしまった。

 ベロニカは、そんな情けない様子を楽しげに眺めている。

 

「か、閣下! この化け物どもは一体……!?」

『化け物とは酷い言い草ではないか、グンター。

 良く見るがいい、その者たちはついさっき君が口にした「部下たち」だぞ?』

「………は?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、随分と薄情な指揮官がいたものだ』

 

 淡々と言いながらも、サタナキアはカタカタと笑っていた。

 グンターが目にしたのは、首から上が無くなった元・部下たちだった。

 まともな人間であれば、首を失って生きているはずもない。

 にも拘らず、彼らは平然と手足を動かし、一糸乱れぬ動作で整列してみせた。

 床に這い蹲ったままのグンターの目の前にだ。

 恐怖と困惑が、グンターの頭の中を支配しつつあった。

 

首無し騎士(デュラハン)という、私が好んで使う強化アンデッドだ。

 生きた状態では施術不可能な機械的な強化も、死体であれば関係がない。

 無能な凡人を不死身の超人へと進化せしめる実に効率的な人材利用法だよ。

 君もそうは思わないかね?』

 

 屍術師は自慢げに己の成果を語ってみせた。

 少し前まで生きていた兵士たちを、首無しの死体に変えるという外道を働きながら。

 副官のベロニカも、それを見ながら腹を抱えていた。

 見るもの全てが心底面白いと言わんばかりに。


 ……ここに至って、グンターはようやく気が付いた。

 艦橋で船の操作をしているのもまた、サタナキアが使役している動死体だ。

 直接確認したわけではないが、恐らく艦隊を構成する他の船も。

 この艦隊で生きているのは、自分一人しかいないのでは……。

 

「――どうしたグンター。閣下はお前に質問してるんだぞ?」

 

 ベロニカの声は、飢えた獣の唸り声に似ていた。

 茫然としていたグンターは、慌ててその場から立ち上がる。

 

「はっ、ハイ! す、素晴らしいお考えだと感動し、言葉を失っておりました!」

『結構。死体となれば、生きているが故の苦悩からはあらかた解放される。

 どうだね、グンター君。君は意外と悩みも多そうだが』

「か、閣下。御言葉ですが、私はまだ……」

『冗談だとも。もっと面白そうに笑うといい』

 

 まったく笑えなかった。

 そもそも、欠片も冗談には聞こえなかったのだ。

 ――恐らく、この方は、本気で……。

 悟ってはいても、グンターの側に選択権はない。

 この怪物――人間から後天的に《幻想境界体》に自らを変革した超人。

 そんな相手の機嫌を、少しでも損ねないように。

 

「ハ、ハハハハハハ」

 

 喉を引きつらせながら、グンターは言われた通りに笑った。

 己の輝かしき栄光に昂っていた瞬間が、遥か遠い過去のようにも思えた。

 

「星将閣下? あんまり部下をイジメるもんでもないよ?」

『君がそれを言うのかね、ベロニカ』

「あたしはイジメちゃいないよ。可愛がってやってんのさ」

『物は言いようだな、勉強になるよ』

 

 まるで人間のように言葉を交わす化け物たち。

 恐ろしい。

 心底恐ろしいと、グンターは震えていた。

 しかし後悔に意味はない。

 望んで足を踏み入れた地獄なら、最後まで踊り切る以外に道はない。

 ――そう、そうだ。その通りだ。

 まだ絶望には早い、進むべき道は最初から見えている。

 

「……か、必ずや」

『うん?』

「必ずや、私は私の責務を全う致します。

 失望など、二度とさせぬと、この場で改めて誓います。

 星将よ、偉大なる皇帝の懐刀である貴方に。

 必ず、望むものを献上致します……!」

『…………』

 

 恐怖と畏怖に魂を潰されそうになりながら。

 それでもグンターは、血反吐のような言葉を吐き出した。

 サタナキアは無言。

 さっきまで副官と談笑していた気配は微塵もない。

 ベロニカの方は、変わらぬ笑みを浮かべたまま。

 怪物たちの視線に晒されながら、グンターはひたすら沈黙に耐えた。

 

『……あぁ、良いだろう。

 ハッキリ言ってしまえば、君には何一つ期待はしていない』

 

 冷たい刃の如く、サタナキアは己の真意を語る。

 頭を垂れた状態で、グンターは何も言わなかった。

 目も思考も曇りがちな男だが、流石にその程度はもう察していたからだ。

 

『期待はしていないが――だからこそ、好きにしたまえ。

 手駒は用意し、船も並べた。

 私は望む結果を得られるなら、それ以上の贅沢を言う気はない。

 生きて栄光を掴みたいのであれば、精々死力を尽くすがいい』

「……! あり難きお言葉、感謝致します……!」

 

 恐怖、憤怒、嫉妬、野心。

 様々な感情が綯交ぜになり、半ば自棄のように覚悟を決めたグンター。

 或いは、本当に彼自身が語った通りの成果を出すかもしれない。

 無感情な目線を向けながら、サタナキアはそんな事を考えた。

 

「……お優しいことじゃないか、星将閣下?」

『別に、そう大した話でもない』

 

 笑う副官に、サタナキアは囁くように返した。

 怯えを隠し切れず、それでも元部下だった不死者たちに向き合う男。

 その背を眺めながら、星将は呟く。

 

『気紛れに弾いてみた硬貨が、表向きに落ちるか裏向きに落ちるか。

 その程度のことで一喜一憂する者などいないだろう?』

「たまーにそういう酔狂者もいるかもしれない。その辺はどう思う?」

『そんな事は決まっている。

 それこそ、硬貨の裏表のようなものだ』

 

 何も期待はしていない。

 期待していなければ、それはその程度のことでしかないと。

 

「……じゃ、グンターが本当に目的を果たす賭けるかい?」

『やめておこう。賭けが成立しないだろう、ソレは』

 

 違いないと、ベロニカは笑った。

 死者を乗せた船が、灰かぶりの星に辿り着くまで――あと僅か。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ