表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/29

第十五話:逆鱗



 ――逆鱗とは、通常はドラゴンの「急所」とされている箇所。

 今の時代での認識は分からないけど。

 ドラゴンの竜体を仕留めるには、永久機関である心臓を破壊するしかない。

 けれど強固な鱗と強靭な肉体を持つドラゴン相手に、それは決して容易な事じゃない。

 

 そこで「狙うべき急所」とされるのが逆鱗だ。

 これは竜体の心臓部分と繋がる形で存在している空間。

 位置はドラゴンごとに異なるけど、心臓と接続しているのは共通している。

 逆鱗も竜体の一部である以上、鱗に覆われてはいる。

 それでも、分厚い肉まで貫いて心臓を狙うよりかは効率が良い。

 何せ鱗さえ抜く事ができれば、無防備な心臓を直接破壊できるのだから。

 

 ……もちろん、その事実をドラゴンもまた認識している。

 だからドラゴンの社会では、竜体の逆鱗について触れるのは禁忌とされた。

 「竜の逆鱗を探る」なんて言葉もあるぐらいだ。

 

「逆鱗、って言うと……」

「ドラゴンの心臓部に接続した空間だな。

 竜体の急所とされている」

 

 首を捻るキャンディに、ヴィーザルは簡潔に説明する。

 やっぱり、その辺りの認識は今も昔も変わらないらしい。

 

「行きましょう。

 恐らく中はまだ生きてますから、注意してください」

「生きてる、と来たか。一体どうなってんだ?」

 

 恐らく、こんな場所があるなんて想像すらしなかったのだろう。

 困惑するクロームの声と表情には、ほんの少しの畏怖も含まれていた。

 他の三人を先導する意味で、私が最初に開いた床の穴へと身を躍らせた。

 一瞬だけの浮遊感。

 すぐに両足で着地して、広がる空間に目を向けた。

 

 ――大きくは、さっきの心室と変わらない。

 灰褐色の床と壁に、幾つも突き出した紫色の竜結晶。

 それらはまるで、折れた柱みたいに規則正しく並び立っていた。

 そして、その中心で脈打つのは……。

 

「……これは、心臓か?」

 

 呟くヴィーザルに声は、驚愕のあまり僅かに震えていた。

 視線の先にあるのは、この空間の三割近くを占有する大きな物質。

 見た目は赤黒く、僅かに床から浮かび上がった結晶体。

 暗闇のはずの内部は、それが脈打つ光で照らし出されていた。

 心臓――そう、これは竜の心臓だ。

 このブラックドラゴンを、生と死の境で繋ぎ止めている原因。

 キャンディとクロームも絶句し、ただ驚きに満ちた目でそれを見ていた。

 私は早速、その心臓に近付こうとして。

 

「っ、おい。アルヴェン!」

「勿論、分かっています」

 

 警告を発したヴィーザルに、私は足を止めて頷く。

 心臓を取り囲む、紫色の竜結晶。

 私が接近するののに合わせて、それらが強い輝きを放つ。

 結晶から湧き出るように生成されるのは、翼を持たない亜竜の群れ。

 体格はワイバーンより小振りだけど、それでも平均的な人類種よりは大きい。

 四肢には鋭い爪が並び、牙をガチガチと打ち鳴らす。

 侵入者を排除するという敵意だけが、虚ろな眼窩に赤黒い炎を燃え上がらせる。

 

「蹴散らします。アレを――あの心臓を破壊すれば、それで終わりですから」

「了解した」

 

 疑問は口にせず、ヴィーザルは即座に剣を構えた。

 クロームとキャンディも、それぞれ戦闘に備えて動き出す。

 

「とりあえず戦えばいいのよね!?」

「まったく、出来れば事前に説明して欲しかったわい……!」

 

 キャンディは笑いながらステップを踏み、クロームは背負った大筒を構える。

 間を置かず、亜竜達は耳障りな声を上げた。

 それは最早本能ですらない。

 狂乱した状態で、侵入者である私たち目掛けて亜竜の群れが飛び掛かる。

 一匹一匹は、ハッキリ言って雑魚の部類だ。

 それでもこの数と、発狂じみた暴走は極めて脅威だ。

 凄まじい圧力を伴う大暴走スタンピード

 それに対して――。

 

「はぁッ!!」

 

 ヴィーザルは一歩も退かなかった。

 いや退くどころか、自分から敢えて前へと踏み込む。

 大上段に構えたダマスカスの剣。

 凄まじい速度で振り抜かれた刃は、亜竜の首をあっさりと斬り飛ばす。

 しかも一匹ではなく、三匹纏めてだ。

 

「無茶苦茶やりおるなぁ!」

 

 呆れ混じりの声でクロームは笑っていた。

 鋭い一刀に切り裂かれる形で、亜竜の群れに一瞬隙間が生じる。

 直後には閉じてしまう程度の僅かな間隙。

 そこを狙いすまして、放たれた榴弾が鮮やかに滑り込んだ。

 爆発と、撒き散らされる衝撃。

 群れの中心で炸裂した破壊力は、無駄なく亜竜たちを吹き飛ばす。

 ただ、ヴィーザルは爆心地との距離が少し近い。

 私は平気だけど、彼は巻き込まれてしまうのでは――と。

 そう思った直後。

 

「今のはちょっと危なくない??」

 

 文句をつけながら、キャンディが魔法を行使していた。

 ヴィーザルを含めた全員の身体に、微かに光る膜のような物が覆う。

 恐らくは防御魔法。

 呪文はなく、簡単な動作だけで発動したようだ。

 纏った力場の膜は、榴弾による爆発の余波を完全に防いでいた。

 

「今のタイミングなら十分に間に合うじゃろ。

 実際に間に合ったしな」

「やるなら言ってくださーい。

 呪文の短縮ショートカットは結構疲れるんだからね!」

「とりあえず、助かった」

 

 二人の会話に短く礼を挟み、ヴィーザルは動き出す。

 と言っても、彼のやることは大きくは変わらない。

 ただ前に出て、剣を振るって敵を薙ぎ払う。

 それだけ。ただそれだけの事を、彼は誰よりも完璧に実践する。

 私の方も、眺めてばかりではいられない。

 切り込む彼に続く形で、私も亜竜の群れへと挑む。

 

「邪魔――!!」

 

 鋭く叫び、両手の指先から爪を伸ばす。

 一つ、二つと、片っ端から鱗と血肉を引き裂いて投げ捨てる。

 ヴィーザルも負けじと剣を振るい、亜竜の首や四肢を次々ともぎ取って行く。

 

「アレ、もう任せて大丈夫じゃない?」

「馬鹿言っとらんで、寄って来る奴を叩かんと死ぬぞ!」

 

 気楽に笑うキャンディと、長銃に得物を取り替えるクローム。

 流石に私とヴィーザルの二人だけで、全ての亜竜を叩くのは難しい。

 取りこぼして向かって来る分は、クロームたちが的確に削ってくれている。

 これなら、こっちは心臓狙いに専念してもよさそうだ。

 

「《吐息》はやはりダメか」

「アレも竜体の一部ですから、《吐息》は効果が薄いかと」

「だったら、直接砕くしかないか」

 

 あと少しで届く距離。

 《吐息》による砲撃で片付いたら楽だったけど。

 亜竜たちの抵抗も必死で、そう簡単には前へと進めない。

 絶対に近付かせてなるものかという、強烈過ぎる敵意と憤怒。

 ……もう、ロクに自我も残っていないでしょうに。

 微かな憐憫を抱く私とは逆に、傍らで戦う彼は冷静に口を開いた。

 

「フォロー頼めるか?」

「どうすれば?」

「少し周りを静かにしてくれ」

「それならお安い御用です」

 

 何をするつもりかは聞かない。

 私のするべき事が明確であれば、それで十分。

 ヴィーザルが足を止めるのと同時に、私は思い切り床を蹴った。

 《加速ヘイスト》を発動。

 並列して、四肢を強化する《巨人(ジャイアント)の力(ストレングス)》。

 爪に加えて尾も最大限に伸ばし、亜竜の群れへと突撃する。

 視界内の動きは全て緩やかで、その中で私だけが加速していた。

 

「ふっ――!!」

 

 息を鋭く吐き出して、爪と尾を同時に振り回す。

 私のことを見えてすらいない亜竜たち。

 当然のように抵抗の余地などなく、束で纏めて薙ぎ払う。

 心臓を守る亜竜の数はまだ多い。

 けれどこの瞬間だけは、ヴィーザルの周りに敵の姿は消えていた。

 

「さぁ、これで注文通りでしょう!」

「あぁ、良くやった!!」

 

 力を込めた雄叫び(ウォークライ)

 足を止めていたヴィーザルは、その場で大きく振り被る。

 手にした剣を、そのまま何の躊躇いもなく。

 

「砕けろ――!!」

 

 投げ放った。

 凄まじい速度と力。

 刃は亜竜の頭上を貫いて、真っ直ぐに赤く脈打つ心臓へと。

 竜結晶と大差のない強度を持つその塊に、星の剣が突き刺さった。

 表面に大きく罅が入るが――まだ、砕けない。

 けれど心臓に受けたダメージは、そのまま亜竜の群れにも影響する。

 

「! 動きが止まった……!?」

 

 キャンディの言葉が示す通り。

 周りにひしめく亜竜たちの動きが、一瞬凍り付く。

 その一瞬で決着を付けるため、私は宙を駆けた。

 翼を広げ、先ほどの剣が描いた軌跡をなぞるように。

 躊躇いはなかった。

 

「――せめて、安らかに」

 

 突き刺さった剣の柄に、私は蹴りを叩き込んだ。

 殆ど全力の一撃を容赦なく。

 半ばまで潜り込んでいた刃は、更に根元近くまで深々と突き刺さる。

 表面に走っていた罅はより深く広がり――そして。

 

「――――」

 

 砕けた。

 強固であるはずの結晶は、脆い硝子のようにバラバラに散る。

 それと殆ど同時に、亜竜の群れも灰となって崩れ去った。

 ……決着は、実に静かなもので。

 断末魔の声もなく、ただ「死」という結果だけがそこにあった。

 砕け散った欠片の上に、私は降り立つ。

 そこにはもう何もない。

 ブラックドラゴンが、かろうじて繋ぎ止めていた命脈。

 私はそれを、完全に断ち切ったのだ。

 

「……終わったのか?」

「ええ、間違いなく」

 

 背後から掛けられた問いかけに、私は感情を抑えた声で応じる。

 そうしてから、足下に落ちていた剣を拾いあげた。

 

「助かりました」

「お互い、自分の仕事を果たしたまでだ。違うか?」

「……ええ、その通りですね」

 

 剣を返すと、ヴィーザルはそれを素早く鞘に納めた。

 言葉を交わしながら、彼の視線もまた砕けた心臓の破片を見ていた。

 ほんの少しだけ、考え込むような仕草をして。

 

「……一つ、聞いて良いか?」

「何ですか?」

「これは、()()()()()()()()()()?」

「…………」

 

 永久機関である、ドラゴンの心臓。

 それが二つ――しかも、逆鱗の箇所にあるなんて。

 恐らく、ヴィーザルの持つ知識ではそれはあり得ないのだろう。

 ドラゴンである私は知っている。

 知っていて……けど、それは軽々しく口にできる話ではなかった。

 

「間違いなく、心臓ですよ。

 ドラゴンにとって、二つとない。

 ……死ぬだけの血肉を、無理やり生かし続けて。

 それでも守りたかった、大事な心臓です」

「……そうか」

 

 それ以上、彼も追及はして来なかった。

 気遣われている。

 肌で感じながら、私は暫し口を閉ざした。

 少し遠くで、勝利に沸き上がるキャンディの声が聞こえる。

 

「……竜騎士ドラグーン

「うん?」

「聞いた事は?」

「……いや、初めて聞くな」

 

 やはり、この時代ではもう失伝してしまった知識らしい。

 竜騎士――それは竜である私にとって、これ以上なく神聖な言葉。

 その真実の意味を知る者は、果たしてどれだけいるだろう。

 

「どういう意味の言葉なんだ?」

「……いえ、どうか忘れて下さい。

 軽々に口にして良い事ではありませんでした。

 何より、今の私たちには関係のない言葉ですから」

「……そうか」

 

 それが今、私に答える事のできる最大限の言葉だった。

 ヴィーザルは何も言わなかった。

 何も言わず、心臓の破片へと僅かに祈るような仕草をしてみせた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ