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第十二話:新たな出会い

 

 ――そして後日。

 穴蔵に等しい部屋では、爽やかな目覚めとは行かない。

 そもそも、ドラゴンである私に休眠期以外の睡眠は必要ないのだけど。

 さりとて別に眠れないわけでもない。

 私が体内で設定した時間通りに目を覚ますと、彼は既に活動し始めた頃だった。

 ベッドから起きようとするけど、少し動きが鈍い。

 やっぱり、身体自体がまだ本調子ではない。

 

「起きたか?」

「ええ。貴方は随分早いのね?」

「何せ無職になって間もない上に、金は出てくばかりだからな。

 できるだけ早めに稼ぎを確保したい」

 

 皮肉ではない、というのは分かってるけど。

 色々な原因は私にあるので、ちょっとだけ耳が痛い。

 

「? どうした」

「いいえ、何でもありません」

「そうか。イヅナとは既に話が付けてある。

 動くが、問題ないか」

「もちろん。私だって、これ以上惰眠を貪る気はありませんから」

 

 私の返答に、ヴィーザルは小さく頷く。

 それから手に持っていた物を、こちらに投げ寄こした。

 受け取った上で確認すると……。

 

「これは?」

「服と、最低限の装備だ。

 いらないとか言うなよ、必要なものだ」

「別になくても平気ですよ?」

 

 特に服とか。

 一応、手に持った物をざっと見てみる。

 黒を基調とした、生地の厚い服が上下一揃え。

 後はベルトと一体化したポーチに、背中に装備する小さめのリュック。

 中には――私には良く分からない道具が幾つか入っている。

 これ、私が持っていても仕方ないのでは?

 

「装備も無し、ついでに素っ裸じゃ流石に拙い。

 俺たちだけで探索に向かうわけじゃないからな」

「あ、そうなんですか?」

「不測の事態はいつだって起こる。

 イヅナに頼んで、信頼できる人員に声を掛けて貰っておいた。

 ……俺とお前なら大抵のことはどうにかなるかもしれない。

 それはそれとして、他に人員がいた方がリソースには余裕が出る」

 

 なるほど、と。

 ヴィーザルの説明に、私は納得と共に頷いた。

 私たちだけで動くよりも、現地の者を仲間に入れた方が効率は良い。

 それについては理解できる。

 ……事情を知らない相手と行動するのは、相応に危険はあるけれど。

 ただ、私としてもこの時代の冒険家という人種には興味があった。

 イヅナが用意した者ならば、能力的には問題ないだろう。

 

「では、仕方がないので貴方の言葉に従いましょう。

 ……ところで、角は隠した方が良いですか?」

「角ぐらいなら有角人ガジルとでも思ってくれるだろう」

 

 鱗の方は、服を着こめば大体隠せるはず。

 彼はもう支度が済んでるようなので、私もいそいそと着替える。

 やっぱり服というのは慣れないが、贅沢は言えない。

 

「よし、どうですか!」

「前後ろが逆だ」

「アッハイ」

 

 ちょっと苦戦しつつも、ヴィーザルが手伝ってくれたので何とかなった。

 これで問題は一つもなく完璧で間違いないですね!

 何故かヴィーザルにため息を吐かれてしまったけど、気にしないでおこう。

 彼自身も、改めて自分の装備を手早く確認していく。

 それが済んだら、大きく頷いて。

 

「行くか。向こうも既に待ってるはずだ」

「ええ、行きましょうか」

 

 こんなことを言ったら、状況を考えてないみたいだけど。

 初めて踏み出す一歩目というのは、どうにも胸がドキドキしてしまう。

 ええ、本当にこんなこと、目の前の彼にも言えないけれど。

 

「あら、おはよう。アルヴェンちゃんは朝ごはん食べる?」

「悪魔の誘惑はお断りします……!」

 

 宿泊していた部屋から、酒場の方へと下りて来て。

 昨日と同じ場所にいたイヅナは、開口一番そんなことを言って来た。

 いやホント止めて下さい、私の視界にカロリーの塊をちらつかせるのは……!

 ケラケラと笑う悪女の頭を、呆れ顔のヴィーザルが軽く叩いた。

 

「昨日の惨事を再生産しようとするのは止めろ」

「痛ーい、冗談よ。冗談。

 あぁでもコレは携帯食だから、貴方が管理すれば良いと思うわ」

「そうだな。ありがたく貰っておくよ」

 

 イヅナが持っていた幾つかの包みを、彼はため息まじりに受け取る。

 既に高カロリーの気配を感じているけれど、私は全力で己の衝動に抗う。

 まだ初めの一歩目だというのに、何と世界は試練に満ちているのでしょうか……!

 

「それよりも……」

「あぁ、大丈夫。あっちで待ってるから」

 

 そう言って、イヅナは酒場の一角を示す。

 並んだテーブルの一つ。

 視線を向けると、そこには二人の人物がいた。

 

「アレは……」

「珍しい組み合わせだな」

 

 首を傾げる私の傍で、ヴィーザルが小さく呟いた。

 彼の言う通り、それは私の常識の中でも少々珍しい組み合わせだった。

 背の高いエルフの女性に、ずんぐりとしたドワーフの男性。

 人類種の中でも、人間と並んで「基幹種族」とも呼ばれる二種族。

 ただ、エルフとドワーフは多くの場合は気が合わない。

 

 奔放で気紛れだけど、根っこは真面目なエルフ。

 対して頑固で頭の固い部分は多いけど、本質的には豪放で大雑把なドワーフ。

 例外なく、というわけではない。

 ただそんな微妙に合わない気質のせいで、彼らは仲が悪いと言われている。

 

「冒険家なんてやってれば、仲間に複数の種族がいるってのは普通だ。

 だから同じチームに所属してる、ぐらいなら良くある話だがな」

「あの二人はコンビね。

 問題はあるけど、腕の方は保証するから」

「貴女がわざわざ『問題がある』、というと重たいですね……」

 

 とはいえ、そういう人員じゃないと私とは組ませられないのでしょう。

 問題と言うなら、私以上の問題はこの世にそうはないはずだ。

 ヴィーザルもそれは分かっているようで、特に文句はない様子だった。

 

「後は実際に話してからだな」

「そうですね」

 

 先ずは彼の方が向かい、私はその後に続く。

 距離が近付くと、すぐにテーブルの二人は私たちに気付いた。

 

「ドーモ! アンタたちがイヅナの言ってた?」

「あぁ、俺はヴィーザル。こっちはアルヴェンだ」

「どうぞ、始めまして」

 

 最初に声を掛けて来たのは、エルフの女性の方だった。

 エルフは基本長身だけど、目の前の彼女は特に背が高い。

 相当大柄なはずのヴィーザルと比べて、それよりやや低いぐらいか。

 メリハリのある身体には、要所を装甲で補強した黒いスーツを纏っている。

 顔立ちは――多分、エルフとしてはそう珍しくない。

 特徴である尖った耳は、右の方だけ少し欠けているのが見える。

 それ以外にも、首や腕などに古傷が幾つも残されていた。

 

「アタシの事はキャンディって呼んで。

 本名じゃないけど、別に気にしないでしょう?」

 

 彼女――キャンディは目を細めて、人懐っこい笑みを見せる。

 その顔は悪戯好きな猫のようでもあった。

 

「で、こっちのむっつりしたのがクローム」

「ムッツリは余計じゃろがい」

 

 唸る声は、まるで鉛のように低く重たい。

 ドワーフの男――クロームは、まさに絵に描いたような典型的なドワーフだった。

 人間と比べても背は低く、小柄な体格。

 しかしそれは岩のようにゴツゴツして、かつ鍛え上げられていた。

 見れば、腕や脚などに幾つか機械的な補強が施されている。

 その背には、ドワーフが持つには不釣り合いなサイズの大筒がぶら下がっていた。

 こっちは身体だけでなく、身に付けた装甲も大分傷だらけだ。

 

「まぁいい。ワシはクローム。

 イヅナからは臨時でチームを組んで欲しい、と依頼されたが」

「あぁ。初仕事だが、宜しく頼む」

 

 彼が差し出した手を、クロームはゴツゴツした手でしっかりと握る。

 と――キャンディの方も、私にその細い手を差し出した。

 

「えっと、その。宜しく」

「ハイ、宜しく! ところで可愛いね、お嬢さん。

 角も綺麗でスゴくお洒落だ。あー、肌もツヤツヤしてる?

 あれ、コレ結構凄くない?」

 

 手を握った瞬間、凄い勢いで距離を詰められた。

 え、ちょっと、え?

 握手だけでなく、頬とか角とか凄い触られてない?

 思わず固まってしまったけど。

 

「やめんかバカタレ」

 

 呆れ顔のクロームが、キャンディの後頭部を軽く叩いた。

 背が届かないので何か棒状の物――って。

 

「ちょっとぉ、クローム!

 いつも言ってるけど、銃のバレルで殴るのやめてったら。

 暴発したらどうすんの?」

「お前と違ってそんな取り扱い間違えるか。

 嫌ならもう半分ぐらいに縮め、そしたらゲンコツで勘弁してやる」

 

 テーブルに立て掛けていた長銃を、棍棒みたいに肩に担いだクローム。

 それに対し、キャンディが涙目で頭を押さえて抗議する。

 ……何と言うか。

 

「仲、良いんですね?」

「良いかな? まぁ腐れ縁なのは間違いないよね」

「ワシとしちゃあ不本意だがのう」

 

 半泣きから一転して、ケラケラと笑うキャンディ。

 クロームの方はこめかみを抑えつつ、深いため息を吐き出した。

 

「……そろそろ仕事の話をしても良いか?」

「あぁ、聞く聞く。イヅナから詳しいこと何も聞いてないんだよねぇ」

「その割に、他言無用だの詮索無用だのと言われたな。

 まぁ、懐を探られたくないのはお互い様じゃろうがのう」

 

 ヴィーザルが話の流れを戻すと、二人はそれぞれ頷いた。

 一先ず、私は余計なことは言わずに見ていよう。

 彼はほんの少しだけ周囲を確認してから、改めて話を始めた。

 

「俺たちが向かうのは、あのブラックドラゴンの遺骸だ」

「ん? なんだぁ、恒例の死体漁り?

 まぁ灰を掘って遺跡を探すよりは楽だし、小遣い稼ぎにはなるけど」

「鱗や竜骨、竜結晶を削るだけなら、そんな面倒もないじゃろ?」

「いや、目的はそういった採掘とは違う」

 

 きっと、それがブラックドラゴンに対する彼らの認識なのだろう。

 否定されると、今度は不思議そうに首を傾げる。

 と、そこでヴィーザルが私の方を見た。

 ――まぁ、詳しい説明は私がするべきでしょうね。

 それに対して頷いてから、咳払いを一つ。

 

「ヴィーザルも勘違いしてますが。

 先ず、アレはブラックドラゴンの『遺骸』ではありません」

「? どういうこと?」

()()()()()()()()、アレは。

 いえ、より正確に言えば『死んでない』の方が正しいかもしれませんが」

「……そりゃどういう事だ?」

 

 理解できないと、そうクロームの顔には書いてあった。

 ――あのブラックドラゴンは死んでいる。

 ヴィーザル含めて、それがこのサンドリヨンにいる者たちの認識だ。

 死して尚、身体から白い灰を噴き出して星を埋め尽くす竜の亡骸。

 けど実際は、その認識から間違っているのだ。

 

「あの白い灰は、ブラックドラゴンの肉です。

 活動不能なほどに損傷した肉体を、どうにか再生しようとして。

 結局それが出来ず、再生に失敗した血肉が灰のように変化して噴き出している。

 それが今も降り続ける灰の正体です」

「……ねぇ、クローム。あのブラックドラゴンって確か……」

「あぁ、心臓は間違いなく潰れとる。

 それはサンドリヨン支部が設置された時点で、真っ先に調査しとるはずだ」

 

 やっぱり、説明だけでは簡単には納得しないようだ。

 ブラックドラゴンは、急所である心臓を既に破壊されている。

 それは私も分かっている。

 だからこそ、あのブラックドラゴンは二度と飛び上がれない。

 生きてはいないが、同時に死んでもいないのだ。

 

「……アルヴェンは、『あの灰を止める方法がある』と言っていた。

 まだ短い付き合いだが、彼女は嘘を吐く人種じゃない。

 それなら、この話も根拠があった上での事だろう」

 

 落ち着いた声で、ヴィーザルが私に援護をしてくれた。

 それを聞いて、キャンディとクロームは一瞬だけ顔を見合わせて。

 

「……それで、具体的にどうするの?」

「ブラックドラゴンが死に切れていないから、あの灰は降り続ける。

 だから、私たちの手でブラックドラゴンを完全に死なせる。

 そうすれば、これ以上サンドリヨンに灰が降ることは無くなります」

「……灰が降らなくなる、か。

 確かにそれが実現すれば、遺跡の探索は随分と楽になるな」

 

 まだ、完全に信用したわけじゃない。

 むしろ最初から、そんなのは望むべくもない。

 けれど、二人は間違いなく私の話に興味を持ったようだった。

 

「もし灰を止められたら、《組合》からも特別な報酬が出るだろう。

 この星で遺跡を掘るつもりなら、悪くない話のはずだ」

「……ま、イヅナがわざわざ持って来た話だしね。

 騙して悪いが――なんて事は、流石にないでしょ。ねぇ?」

「誓って、私は私にとっての真実しか口にしていません」

「言い方が可愛いねぇ。素直なのは美徳だけど、正直過ぎるのも考え物だよ?」

 

 そう言って、キャンディはクスクスと笑った。

 ちらりと、視線を相方であるクロームへと向けて。

 

「で、どうよ?」

「……ま、生きるためには稼がにゃならん。

 こっちも手持ちが心許ないって事情があるしのう?」

「世知辛いねー! そんじゃあちょいと博打を打ちますかー」

 

 ケラケラと笑いながら、キャンディは私とヴィーザルを見た。

 

「オッケー。話は分かった。

 付き合いが短いか長いか、そこまでは分からないけど。

 ――ちょっくら冒険、行ってみますか」

 

 笑う彼女の瞳には、猫以上の好奇心が光っている。

 その目の輝きが、私にはどんな宝石よりも美しく思えた。



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