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第十一話:死出の旅



 ……こうして、私は無事に新しいスタートを切った。

 これから先のことは、まだ分からないことばかりだけど。

 とりあえず、過去を思って立ち止まるよりはずっと良いはずだ。

 ええ、先ずは何事も前向きに考えましょう。

 過ぎた事は、過ぎた事なのだから。

 

「それで?」

「はい」

「何か弁解はあるのか?」

「返す言葉も御座いません……」

 

 そして、現在。

 私たちはイヅナが用意してくれた《組合》の一室にいた。

 宿泊用の部屋で、ちょっと狭いが生活する分には不自由しない程度。

 その部屋の真ん中で、私とヴィーザルは向き合っていた。

 但し、彼は仁王立ちなのに対して私は床で膝を揃えている状態で。

 いえ、まぁ、本当に言い訳のしようもないんですが……。

 

 ――それは、イヅナとの話を終えた直後。

 登録の手続きというのも、存外あっさりと完了して。

 諸々の確認も手早く済ませたら、白い美女は本当に上機嫌そうに笑った。

 それからぱんっ、と両手を合わせて。

 

「ささ、こうして無事に登録も済んだことですし!

 前祝いなど如何ですか?

 最初の一杯だけなら奢りますよ?」

「それでどんどん追加注文させる腹積もりだろう。

 悪いが、今は手持ちが少ないんだ」

「まぁまぁ、貴方がその気になれば明日から幾らでも稼げるでしょう?」

 

 割と本気で嫌そうな顔をするヴィーザル。

 過去、実際に言ったようなことをされた経験があるのかもしれない。

 まぁ、それはそれとして。

 

「一杯というと、お酒ですか?」

「あら、あら。アルヴェンさんは興味おありで?」

「ええまぁ、ちょっとだけですけど」

 

 本当に、少しだけの好奇心。

 移動中の船内でしたヴィーザルとの会話も原因ではあった。

 自分がススメられるのは渋い顔の彼だけど。

 私が飲食に興味を持つ分には気にしないようだった。

 

「イヅナに乗せられるのは癪だが、《組合》の食事は悪くないぞ。

 最高級、とは流石に言いがたいがな」

「それでもちゃんと一級品よ?

 お酒も食料も、ニグレドおばさんから直接卸してるんだから」

「? ニグレドおばさん?」

 

 それは一体どういう人物なのだろうか。

 首を傾げる私に、イヅナは喉を鳴らして笑う。

 

「あぁ、ニグレドおばさんは個人名じゃないわ、企業なの。

 ニグレドおばさんのキッチン、っていうね」

「企業、ですか」

「あぁ、ユニオンとは密接な関係があり、《組合》を支援する勢力。

 《汎神企ゾディアック業連盟・パンテオン》に名を連ねる企業の一つだ」

「国家――ではなく、企業の集まりなんですか?」

 

 ヴィーザルの説明に、私は少なからず驚きを覚えた。

 企業自体は、私の知る帝国時代にも存在した。

 しかしまさか、国でもない組織がそんな大規模な影響力を持つなんて。

 私の知る常識では考えられない。

 ついでに、汎神企業という名称も少し気になった。

 

「まぁまぁ、そういう難しい話は置いて!」

 

 と言ってから、イヅナが酒場の奥に幾つかの指示を飛ばす。

 程なくして、三人分のグラスと何本かの酒瓶。

 それから紙に包まれた何かが、同じ数だけ出てきた。

 お酒は良いとして、これは?

 

「ヴィーザルはコレ、好物でしょう?」

「……まぁ、嫌いじゃないが」

 

 差し出された包みを手に取る。

 掴んでみると、思ったよりも大きい。

 私の手のひらと比較すると、半分ぐらいはみ出てしまうサイズだ。

 不思議そうに見る私に、イヅナは満面の笑顔を浮かべて。

 

「《組合》の名物料理、通称『死出の旅』よ」

「し、死出の旅?」

「そんな物騒な名前で呼んでる奴は滅多にいないけどな。

 実際は単なるサンドイッチだ――多少、特殊かもしれんが」

 

 包みを開きながら、ヴィーザルはやや呆れ気味に言った。

 それに倣って、私の方も紙の一部を除けてみる。

 

「これは――」

 

 中身は、確かにサンドイッチだった。

 分厚いパン……だけど、これは油で揚げてあるの?

 甘く香ばしい匂いと、良く焼けた肉の芳しさ。

 それらは等しく、揚げたパンの間に挟まれた具から漂っていた。

 しっかり焼き目の付いた、薄く切られた肉と果実。

 たっぷり入ったペースト状の物体は、恐らく果実を砂糖で甘く煮詰めた物だ。

 十分以上に塗られたバターの香りも実に強烈で。

 私はつい、まじまじと手元のサンドイッチに見入ってしまった。

 

「冒険家は、一度遺跡に潜ったら何日も出られない場合も珍しくない。

 そういう時のために、一食で兎に角カロリーを摂取するための料理だな。

 好きな奴は好きだから、ある種の名物扱いだな」

「これで意外と日持ちするから、結構人気なのよ?

 まぁ人間が食べ過ぎると色々危ないけど」

「当たり前だ、こんな砂糖と油の塊を毎日食ったら死ぬぞ」

 

 そんな話をしながら、ヴィーザルとイヅナはグラスにお酒を注ぐ。

 私の分も丁寧に入れてくれた。

 けれど、私は――。

 

「まぁ、まともな料理と呼ぶには随分と粗雑ジャンクな代物だ。

 無理に食べることは」

()()()()――!!」

 

 ええもう、とてもじゃないけど堪えられなかった。

 漂う香りだけで、私の錆びついていた食欲が刺激されてしまったのだ。

 ……そう、休眠の影響か大分記憶が朧気だけど。

 そもそも金鱗であった私は、口にした事があるのは宝石や貴金属ばかり。

 ゴルド貨幣などは口寂しい時はよく齧っていた。

 だから私にとって、恐らくこれは初めてに等しい人間の食事。

 それが――嗚呼、それが、こんなにも。

 こんなにも生物としての本能を揺さぶられるなんて……!

 

「すいません、これは他にまだ……!」

「えっと、私の食べる?」

「いただきます!!」

 

 イヅナがそっと差し出した手。

 それにそのまま齧り付かなかったのは、我ながら最後の理性だった。

 とはいえ、二つ目のサンドイッチも殆ど一口で平らげてしまった。

 名誉のために言っておくなら、決して丸呑みにはしていない。

 カロリーの塊を口いっぱいに頬張って、きちんとその味も堪能している。

 甘さと塩辛さ、油の旨みに肉の味わい。

 渾然一体となった味覚が、私の脳髄を激しく貫く。

 いけない、本当にいけない。

 明らかに脳の奥から出てはいけないモノが分泌されている。

 いけないけど、本能を抑え切れない……!

 いつの間にか遠巻きに人々が集まり出したけど、それを気にする余裕はなかった。

 

「おい、見たか? あの嬢ちゃん、殺人サンドをまさか一口で……」

「オイオイオイオイ、お前アレ真似できるか?

 オレ? 死ぬに決まってるだろ!」

「一口目は美味いんだけどなぁ……二口目で現実に引き戻されるんだよなぁ……」

「あんな砂糖と油の塊、胃袋に入れたら次の日には死んじまうよ……」

「あいつ新入りか? またとんでもねェのが来やがったぜ……」

 

 美味しい。

 本当に美味しい!

 ヴィーザルから貰った、物足りないだけの携帯食とは違う確かなカロリー!

 こんなの美味しいに決まってる!

 

「凄い食べっぷりね。

 よーし、山盛りの芋フライにたっぷりと塩を振ってあげて!

 あとは怒頭鳥の丸焼きも用意して頂戴!」

「おい待て、どれだけ食わせる気だ。いやそれ以前に金はどこから」

「ほらー、あの嬉しそうに食べてる様子を見なさいよ!

 面倒な話はあとあと!」

 

 なんて、ヴィーザルとイヅナの会話も聞こえた気がするけど。

 次に運ばれてきた高カロリーに、私は完全に正気を失っていたのだ。

 

「確か、角を折って良いんだったか?」

「はい……」

 

 我に返ったのは随分後。

 大量の皿に、ついでに飲み干した大量の酒瓶。

 その真ん中で、私は己がしでかした事の重大さを思い知った。

 もう、情けなさ過ぎて言葉もない。

 

「あんな、どうしようもない醜態を晒すなんて……っ。

 どうぞ角でも何でも、愚かな私なんか幾らでも辱めて貰えれば……」

「言い方。……いや、別に怒ってはいない。

 驚きはしたけどな。まさか本当に正気を失うほどハマるとは……」

「面目ありません……」

 

 恐るべし、人類種の食文化。

 恐るべし、高カロリー。

 金鱗のドラゴンが人間の食事を取らず、宝石や金属ばかり口にする理由。

 それは本能のタガが外れてしまうのを恐れた結果ではないのか――と。

 割と本気で考えてしまった。

 

「代金については、イヅナも半分持ってくれた。

 気になるのなら明日からの働きで返してくれたら良い」

「ありがとう御座います……」

「もういいから、頭を上げてくれ」

 

 困った風に言われたら、私も頭を上げるしかない。

 ……ホント、次からは気を付けないと。

 

「まぁ、美味かったのなら何よりだ」

「……はい、貴方の言う通りでしたね」

 

 人間の食事を侮ってはいけない。

 満足感と共に、肝に銘じておかないと。

 そんな私の言葉を聞いて、ヴィーザルは少し笑ってみせた。

 

「さっきの事についてはもう良いが――イヅナの奴。

 今は使える部屋が一つしかないとか、本気で言ってるのか……?」

「? 別に問題はありませんよ」

 

 ちょっと手狭だが、二人部屋ではあるし。

 私は特に不満はないのだけど、彼は違うようだった。

 ベッドも二つ分あるから、どちらかが床に寝るとかいう心配もない。

 まぁ、仮に一つだけなら睡眠が必須ではない私が譲るつもりではあるけど。

 

「あー……まぁ、良い。

 そっちが気にしてないなら、俺から突いても藪蛇だな」

「??」

 

 これに関しては、ヴィーザルの言ってる事は良く分からなかった。

 私が気にしてないのは事実だし、問題はないはずだ。

 ともあれ、話は終わりだと言うように。

 装甲などを外した彼は、そのまま自分のベッドに潜り込んだ。

 

「明日からは早速探索を始めるつもりだ。

 ドラゴンには必要ないかもしれんが、休めるなら休んでおけよ」

「それは良いですが、明日の詳しい予定を聞いても?」

「面倒だが、暫くは灰の山を掘る作業になりそうだな。

 遺物や遺跡の類は多いが、その大半が灰の下に埋まってるのがこの星の難点だ」

 

 灰。今も止まず、星を覆う無数の断片。

 いかにも手間だと言わんばかりに、ヴィーザルはため息を吐いた。

 

「せめて、新しい灰が降るのが止めば探索も少しは楽になるんだがな」

「? 出来ますよ」

「まぁ、贅沢を言っても仕方ない。

 掘りさえすれば、未探索の遺跡は幾らでも――なんだって?」

 

 寝ようとしていたところで、彼は勢い良く身体を起こした。

 私は丁度ベッドに上がったぐらい。

 驚いた顔で見てくるヴィーザルに、私は首を傾げて。

 

「だから、出来ますよ。あの灰が降るのを止めるの。

 私の予想通りだったら――という但し書きが付くので。

 確実に、とは断言できませんけどね?」



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[良い点] 美味しい物に我を忘れたアルヴェンかわいい。
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