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第十話:幻想境界体


 

「――これはまた、随分と賢そうなお嬢さんね?」

 

 穏やかな、けれど油断ならない微笑みで。

 白い美女は私のことを見ていた。

 反射的に身構えそうになるけど、それはギリギリ堪えた。

 いきなりトラブルを起こすのは避けたい。

 そんな私の様子を見て、女はますます笑みを深くする。

 

「それに、思ったよりもずっと良い子ね。

 あぁ、お嬢さん扱いは流石に不適当だったかしら」

「おい、イヅナ」

「そんな恐い顔しないで、ヴィーザル。

 ところでそのヘルメット、そろそろ外したらどうなの?」

 

 警告めいたヴィーザルの言葉も、白い女――イヅナは笑って受け流す。

 私が何もであるかも、どうやら一目で看破したらしい。

 それも当然か。

 五千年ぶりに見る《幻想境界体ファンタズマゴリア》。

 見た目こそ人間の美女に見えるが、この女はそもそも人類種ではなかった。

 

 ――魔法とは、この宇宙とは異なる法則に基づいて発生する異常現象。

 しかし異常であるが故に、宇宙が持つ本来の法則に容易く塗り潰されてしまう。

 だから魔法とは、宇宙にとって儚い幻想に過ぎない――本来なら。


 時に、現行宇宙の法則を逆に押し退ける強力な魔法が存在する。

 それは自らの意思を持ち、異常法則を有したまま独立した個体として振る舞う。

 それこそが「生存する魔法」――《幻想境界体》。

 このイヅナと名乗る女の正体は、その一種であるシェイプシフターだ。

 人間など、本来とは異なる姿に化ける異能を持つ魔獣。

 寿命は恐ろしく長く、年経た個体ほど強大な力を持つと聞いた事があるけど……。

 

「さ、そんな警戒なさらず。

 私は敵ではありませんよ、お姫様?」

「…………ごめんなさい。

 その、久しぶりに見るものだから、つい」

「それは私も同じよ。いえ、むしろ『初めて見る』と言った方が良いかしら?」

 

 やっぱり、私の素性についてもある程度は見透かしているらしい。

 また警戒が先立ちそうになった時、ヴィーザルがわざとらしくため息を吐いた。

 

「おい、連れをからかうのは程ほどにしてくれ。

 アルヴェンも、この女は誰に対してもこんな具合だ。

 真面目に受け取ると損だぞ」

「あら、流石に付き合いが長いだけあって分かってるわね?」

「まったく不本意な話だがな」

 

 頭部の装甲を外しながら、ヴィーザルはもう一度ため息を吐き出す。

 そんな様子を見ながら、イヅナはやっぱりクスクスと笑っていた。

 ……うん、どうあれちょっと苦手なタイプかも。

 

「彼女はイヅナ、《組合》でも古株でこのサンドリヨン支部の管理者でもある。

 一応、という但し書きはつくがな」

「私はこの場にいるだけで意味があるのよ? 貴方も知ってるでしょう?」

「心底不本意な話だがな」

 

 紹介しつつも、ヴィーザルはイヅナに対して微妙に嫌な顔をする。

 二人が一体どういう関係なのか、

 良くは知らないけど、今のやり取りである程度は想像がつく。

 手を伸ばしてベタベタしようとする彼女を、ヴィーザルは適当に払い落とした。

 そんな嫌がる態度を見せるから、逆にベタベタしてくるのでしょうに。

 その辺を指摘した方が良いものやら。

 なんて考えていたら、イヅナの視線が私の方を向く。

 つい反射的に、その目から逃れるようにヴィーザルを盾にしてしまった。

 

「あらあら、嫌われちゃったかしら?」

「何故嬉しそうに言うんだ。

 ――こちらの彼女は、アルヴェンだ。

 詳しい事情は聞いてくれるな。必要があればこっちから話す」

「はいはい、構わないわよ。

 前歴に問題を抱えてる人なんて、ウチでは珍しくもないし」

 

 そもそも、私なんて人間じゃないしね――と。

 イヅナは実に愉快そうに笑ってみせた。

 本当にそれで良いのかと、ツッコみたい気持ちはあるけど。

 詮索されないのは正直ありがたいので、私の方は黙るしかない。

 この女との話は、知人らしいヴィーザルに任せよう。

 

「それで? 本来の用向きは?」

「軍を抜けた。

 暫くはこの星を拠点にするつもりだから、登録を頼みたい」

「あら、まぁ」

 

 ヴィーザルの簡潔極まりない言葉に、イヅナはほんの少しだけ驚いたようだった。

 驚いたのは、ホントに一瞬だけで。

 

「それは勿論構わないけど、そっちのアルヴェンちゃんも含めてで良いのよね?」

「あぁ、頼めるか?」

「ええ、それは勿論。

 貴方のことを勧誘してたのはこっちだし、むしろ嬉しいわ。

 あぁでも、本人の意思確認はしないとね?

 事情が何であろうと、それだけは必須事項だから」

「……あの、そんな簡単で良いのですか……?」

 

 任せるつもりだったのに。

 堪え切れずに、思わず突っ込んでしまった。

 かつての帝国ほどではないだろうにせよ、星系を跨いで影響を持つ軍事大国。

 そこから重要機密を抱えて脱走した軍人の彼と、その重要機密そのものである私。

 機密云々は知らずとも、ある程度の想像は付くはず。

 そんな厄介ごとの塊みたいな私たちを、簡単に受け入れて良いのか。

 私の疑問を聞きながら、イヅナは小さく喉を鳴らした。

 

「平気よ。

 《組合》はユニオンとパンテオン、二つの勢力を後ろ盾に持つ独立組織。

 さっきも言ったけど、前歴が怪しい人なんてウチには幾らでもいるわ」

「毎度のことだが、それで良く組織として成り立つな」

「それはもう、世の中に必要な需要を満たしてますから」

 

 ヴィーザルの一言に、イヅナはますます愉快そうな顔をした。

 

「――何故、統一帝国からの遺物が五千年も手付かずだったのか。

 それはどの国も、どんな勢力も、そんなものに割いてる労力がなかったから。

 帝国崩壊後の《原色戦争》に、神星騎士団が引き起こした《再征戦争レコンキスタ》。

 ユニオンが騎士団の秩序から離脱を果たした《独立戦争インディペンデンス》。

 そして今も緩やかに継続を続けるパンテオンによる《企業戦争カンパニー・ウォー》。

 戦争、戦争、戦争、戦争。

 既知宙域で五千年もの間、人類種が行って来たのは戦争ばかり!

 誰も彼も、星の海に漂うだけのガラクタなんて目を向けすらしなかった」

 

 イヅナの語りは、さながら吟遊詩人の歌のようで。

 決して喧しくはないけど、遠方まで良く通る美しい声。

 それはいつの間にやら、酒場の酔客たちの興味も引いていた。

 ザワザワと集まり始める人だかり。

 そうすると、イヅナの声にもさらなる熱が灯る。

 

「その状況を一変させたのが、誰もが知る大いなる先駆者!

 人呼んで《偉大なる愚者(グレイテスト・フール)》ガーザ=マクスウェル!

 彼の『最初の冒険家』は、未踏宙域と化した帝国首星からの帰還を史上唯一成し遂げた!

 様々な宝物と、幾つもの未知の遺失技術ロストテクノロジーを山と抱えてね」

「…………」

 

 その、彼らにとっての伝説。

 輝かしき功績をイヅナが唱えると、酔客たちは一層盛り上がった。

 酒に満たされたジョッキを掲げ、喝采を高らかに。

 

「おぉ、偉大なる愚者! 死出の旅と変わらぬ航路より帰り来る者よ!」

「航海と冒険、成功と破滅を約束する聖者よ、どうか我らに加護と勇気を与え給う!」

「我らは未知と栄光、何よりも目も眩むばかりの財貨を求めし者なり!」

「死を恐れるな、どうせいつかは死ぬ運命だ!

 我らは自らを愚者と知ってるが、せめてその口では冒険家と呼んでくれ!」

 

 不格好な歌を、荒くれ者たちが楽しげに歌う。

 きっと、彼らはなんの話かも理解はしていないだろう。

 ただイヅナの語りを聞いて、勝手に盛り上がっているだけだ。

 イヅナの方も、別に悪気があってのことじゃない。

 それでも、私は――。

 

「……そうして、その偉大なるマクスウェルが創始したのが《組合》。

 冒険家同士の互助組織であり、冒険と発掘による利益と調整の管理を行うための組織。

 昔はマクスウェルの成功に続こうと、多くの人間が無茶をやらかしたらしいな」

 

 酔客たちの、熱に浮かされた声とは違う。

 落ち着いた――けれど、決して冷たくはない男の声。

 軽く私の肩に手を置きながら、ヴィーザルは話の先を促した。

 ……もしかして、気遣われているのだろうか?

 

「ええ、それはもう。

 後に《愚者の狂騒》とまで言われるほどの騒ぎね。

 その手の無謀な挑戦者に必要な手ほどきをした上で、最低限の首輪を付ける。

 発掘で得た技術や利益は、協力している国家や組織にキチンと還元する。

 それらのバランスによって、《組合》はその必要性を保ってるわ」

「……なるほど」

 

 とりあえずは、《組合》の成り立ちなどについては理解できた。

 そこにもう一つ、イヅナは言葉を続けた。

 

「そして創始者マクスウェルが定めた《組合》の絶対の掟。

 “望む者は決して拒むな”――それは今も、《組合》の基本理念として守られてる。

 だから後ろ暗い事情とか秘密とか、そういうのは気にしなくて良いわ」

 

 これで、自分の方から言うべきことは一先ず終わりだと。

 そう示すように、イヅナは軽く両手を広げてみせた。

 私は、すぐには言葉が出なかった。

 何を言えば良いのかが、上手く胸の中で纏まらない。

 

「……アルヴェン」

 

 そこに、ヴィーザルの言葉が入って来た。

 彼の声は冷たい鋼のような手触りで、正直心地が良い。

 

「複雑なのは分かる。

 この場の人間たちにとって、無限の宝が埋まっているだけの過去でも。

 お前にとっては、眠る前には見ていたはずの現実なんだ。

 別に、この場の連中を理解しろとは言わない」

「っ……」

 

 見透かされていた。

 私の抱いていた、自分でも子供じみてると思った感情を。

 弾かれるように視線を上げれば、酷く真剣な顔がすぐ近くにあった。

 私が金鱗のドラゴンであるとか。

 そんなことは、一切の関係なしに。

 ヴィーザルは迷わず、真正面から向き合って来る。

 

「俺が示せる中で、これがお前が望む事への一番の近道だ。

 強制はしない、するつもりもない。

 どうするのかは、お前自身の意思で決めてくれ」

「…………それはちょっと、ずるい言い方ですね」

 

 答えなんて、最初から決まっている。

 私一人で飛び続けられるほど、この宇宙は狭くない。

 翼を持つ身だからこそ、それは何よりも理解しているつもりだ。

 

「……そうか。いや、そうだな。悪い」

「謝られたら、それこそ私は困ってしまいますから」

 

 ホントに、どこまで真面目なのやら。

 下げられた頭を指先で軽く突いてやった。

 そうしてから、様子を眺めていたイヅナの方を見る。

 

「改めて、私の方からお願いするわ。

 私を《組合》の冒険家として、登録させて欲しい」

「――はい、本人の意思確認を致しました」

 

 恐らく、これまでで一番美しい笑み。

 獣に似た表情でそれを見せながら、イヅナは頷いた。

 

「どれほど愚かと知りながらも、未知への一歩目を踏み出せる。

 それこそが愚者――即ち、冒険家の資格なれば。

 貴女は既に、その条件を満たしていると判断します。

 ようこそ、アルヴェン。

 私たちはその勇気と愚行を心より歓迎致します」



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