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第九話:灰かぶりの星



 その星は、「灰かぶり(サンドリヨン)」の名の通りに一面が灰色に染まっていた。

 踏み締めた大地も、見上げる空も、

 見渡す限り降り積もった灰と、今も灰の欠片を降らせる淀んだ雲があるばかり。

 そんな大量の灰が、一体どこから来るのか。

 それもまた一目瞭然だった。

 灰に染まった地を歩きながら、私はそれを見る。


 全てが灰色に統一された世界。

 その中でただ一つ、真っ黒い色で横たわっているモノ。

 それは竜だった。

 山よりも遥かに巨大な、黒い鱗を持つ竜。

 ……今の時代について殆ど無知に等しい私だけれど。

 灰に埋もれることなく、灰を降らせるその竜については知っていた。


「……ブラックドラゴン」

「流石に、それについては詳しいか」

「同じ竜ではありますから」

 

 細かい違いはあれど、竜という種族の上では同胞だ。

 だからただ一匹、孤独に横たわる姿に寂しさを感じてしまう。

 灰色の大地に、私とヴィーザルは足跡を刻んで行く。

 それもすぐ、新たな灰に埋まって見えなくなる。


 ――この星に到着して、私たちが先ず最初に行ったこと。

 それは乗って来た船を放棄する事だった。

 足を自分から捨てるのは勿体ないのでは、と思ったけど。


「軍の船だ。乗り回せばそれだけで足がつく」

 

 と、ヴィーザルは応えた。

 それはそれで正論だと思い、それ以上は何も言わなかった。

 この星の状態なら、放っておいても灰が隠してくれる。

 一応その上で、人気のない複雑な岩場に隠す形で捨てて来た。

 万が一でも痕跡を残さぬよう、船自体も破壊するという念の入れようで。

 まぁ、それは良いのだけど。

 

「……いい加減、飛んで行くのはダメなんですか?」

「流石にそれは目立ちすぎる。

 何処でどう見られてるのか分からんからな」

 

 船の処分は人目につかない場所で行う必要があった。

 そのため私たちは、今ひたすら徒歩での移動を続けている。

 かれこれ三日ぐらいになるだろうか。

 歩くのは苦ではないけど、流石に飽きて来た。

 

「もう少しで町が見えてくる。あとちょっとだけ我慢してくれ」

「……町がある、とは聞きましたけど」

 

 見る。

 横たわるブラックドラゴン以外は、全て灰に隠れた風景を。

 ハッキリ言って、人が住む町があるようには思えない。

 そもそも、まともに生き物がいるかも怪しい。

 

「言いたいことは分かるが、心配する必要はない。

 ここには《組合ギルド》の支部がある」

「《組合》、ですか?」

「そうだ、正式には冒険家組合。

 古い遺跡の探索や遺物の発掘を生業にする冒険家たち。

 そんな彼らを支援、管理するために設立された組織の事だ。

 顔が利くと、軽く説明しただろう?」

 

 冒険家。

 確かに、そんな話を移動中に聞いた覚えがある。

 私の知る五千年前には存在しなかった単語。

 首を傾げている間も、ヴィーザルは話を続ける。

 

「この星は見ての通りの有様だ。

 環境改善テラフォーミングでも人間の生存圏を拡大するのは難しい。

 ある程度は可能だろうが、それを維持するコストも馬鹿にならない。

 だからユニオンも、この星は勢力下にこそ置いてるが半ば放置していた」

「ふんふん。それで?」

「事前に言った通り、この星には統一帝国時代の遺物が多く存在する。

 あそこに見えるブラックドラゴンもそうだ。

 帝国崩壊後の混乱期に勃発した《原色戦争カラード・ウォー》。

 色付きのドラゴン同士が争った主戦場の一つ。

 それが灰に覆われる前のこの惑星だ」

「……なるほど?」

 

 とりあえず、この星が古戦場跡である事は分かった。

 なんだかヴィーザルの語り口が熱っぽい気がするけど、私の気のせい?

 

「入植するにはコストが高いが、貴重な遺跡や遺物は灰の下に幾つも埋まっている。

 だから《組合》はユニオンと話をつけ、この星に支部を設置した。

 後は冒険家連中が集まり、小規模ながらも町と呼べる程度には発展した。

 それがこの惑星都市サンドリヨンの現状だ。

 ……まぁ、都市と呼べるほど立派なもんじゃないが」

 

 それでも活動の拠点にするには十分だ、と。

 ヴィーザルは自らの知識を確認するように頷いた。

 町がホントにあるのかとか、そういう心配は不要らしい。

 色々前置きの説明が長かったけど、それは気にしないでおこう。

 

「今の説明で問題ないか?」

「貴方が意外とお喋りだと分かったこと以外は何も」

「……いや、説明なら十分な情報を含めるべきだろうとな。

 要点が纏まっていなかったというなら、反省しよう」

「冗談ですから、そんな真に受けない」

 

 クスクスと笑って言うと、ヴィーザルは軽く頭を掻いた。

 灰が降り続ける惑星環境のため、頭からつま先まで強化装甲に覆われた状態。

 さて、今の彼はその下でどんな顔をしているやら。

 

「どうなさいましたか?」

「……いや。

 それより、町に入ってすぐトラブルは避けたい。

 窮屈だとは思うが……」

「そう念を押さずとも分かっています。

 今さら文句は言いませんよ」

 

 人間であるヴィーザルと違い、私は灰を吸い込んだぐらいで害にはならない。

 ただ、ドラゴンである私の外見は目立ちすぎる。

 尻尾や翼は収納可能でも、身に纏う鱗までは完全に隠し切れない。

 そのため、今は船に積まれていた分厚い外套をすっぽり羽織っている状態だ。

 ……本当に窮屈だし、色々言いたいことはあるけれど。

 今は仕方ないと、無理やり納得しておく。

 私としても無駄にトラブルを引っ掛けるのは本意ではない。

 

「悪いな。……到着したら、普段着る服も見繕うべきか」

「いりませんよ、別に」

「こっちの都合と思って呑み込んでくれ」

 

 もう、意外と細かいことに拘る男ですね。

 などと話をしながら進み続けること――暫し。

 

「……アレが?」

「あぁ、そうだ」

 

 灰でうっすら煙る視界。

 その向こう側に見えてくるモノがあった。

 ドーム状の物体が何であるのか、最初は良く分からなかった。

 けれど近付けば、それが建造物であるのは明白だった。

 降り注ぐ灰を被りながら、大小のドームが幾つも並んでいる。

 ドームは全て通路で連結しているようで、なかなか奇妙な見た目をしている。

 

「ようこそ、灰かぶりの町へ。

 俺も来たのは随分と前だが……」

 

 そう言いながら、ヴィーザルはドームの群れへと近付いていく。

 その内の一つ、細長い形をしたモノの前に立って。

 

「少し待て」

 

 私に一言向けてから、何やら端末の操作を始めた。

 その様子を眺めながら、待つこと少し。

 

『――確認を完了致しました。ようこそ、サンドリヨンへ』

 

 機械的な音声が響き、細長いドームの一部が開いた。

 どうやらコレが入り口の一つであったらしい。

 ヴィーザルは素早く内側へと入ると、私のことも手招きした。

 こっちも遠慮せず、扉の中へと足を踏み入れる。

 入ってすぐに、背後で素早くドアが閉じた。

 

「灰の侵入を抑えるために、開放時間は厳しく制限されているんだ」

「挟まれる間抜けは避けたいですね」

 

 入った場所は小部屋になっており、目の前にまた堅く閉まった扉が一つ。

 扉に触れようと手を伸ばした、その瞬間。

 

「んっ……!?」

 

 突然、四方から空気の塊がぶつかって来た。

 バサバサと暴れ出す外套を、私は頑張って抑え込む。

 装甲服姿のヴィーザルは動じた様子もない。

 

「灰を落とす仕掛けだ、すぐに済む」

「……できれば、事前に教えて欲しかったのですけど」

「いや、悪かった」

 

 ホントにうっかりしていたのか。

 軽く睨むと、ヴィーザルは気まずげに視線を逸らした。

 まぁ、良いですけども。

 吹きつける空気が止まると、改めて二枚目のドアが開いた。

 迷わず進むヴィーザルの後を、私はちょこちょこと付いて行く。

 

 白っぽく薄汚れた通路。

 偶に分岐はあるけど、前を行く彼の足取りに迷いはない。

 道幅はそれなりにあるので、私はヴィーザルの隣を歩くことにした。

 さて、町という割には人気がないですけど。

 

「今は昼時だ。

 個人で部屋を所有してる奴は籠ってる頃だ。

 それ以外は、大抵は酒場だな」

「酒場もあるんですか?」

「というより、酒場が諸々の中心だな。

 《組合》の支部は、大抵が酒場も一緒に営んでる」

 

 なるほど、そういうものなのかと。

 頷いている内に、お目当ての場所に辿り着いたようだった。

 新たな扉を開くため、ヴィーザルは再び端末を操作する。

 何事もなくドアが開くと――。

 

「……わ」

 

 活気が溢れ出した。

 扉の向こうにあったのは、言葉通りの「酒場」だった。

 それなりに広い空間が、手狭に感じてしまうぐらいの物と人。

 乱雑に置かれた椅子とテーブル。

 その周りで飲み食いしながら騒ぐ何人もの客。

 種族は人間が多いけど、亜人種も決して少なくない。

 何人かは、入って来た私たちに視線を向けてくる。

 けど、大半は特に気にせず身内同士の話や酒で盛り上がっているようだ。

 

「大丈夫か?」

「慣れない空気ですけど、特に問題は」

 

 気遣うヴィーザルに、私は肩を竦めて応える。

 と、そこに酔っ払いのだみ声が飛んで来た。

 

「よう、兄ちゃん! 子連れで来る場所じゃねぇだろ!」

「それともアッチの趣味か? だったら上の部屋を使えよ!」

「ハハハハハハ!」

「……大丈夫か?」

「トラブルは起こしたくないのでしょう?」

 

 私が理性的なドラゴンであることを、先ず感謝して欲しい。

 無意味な言葉は聞き流し、酔客にぶつからないよう注意しながら店の奥へと。

 ここが《組合》の支部、という話だけど。

 今のところ、薄汚れた単なる酒場のようにしか……。

 

「……あら、ヴィーザル?」

 

 涼やかな響きを伴った、若い女性の声。

 それが耳に入ってくると同時に、ヴィーザルは足を止めた。

 彼の図体が邪魔で良く見えなかったので、私はその横から顔を出した。

 酒場の奥にあるカウンター部分。

 他よりも空間に余裕のあるその場所に、一人の女が座っていた。

 白に近い銀色の髪を長く伸ばした、見た目は二十代ぐらいの人間種に見える美女。

 微かに纏った妖しげな気配は、妖艶という言葉がピッタリ合う。

 灰や酒場の濁った空気など寄せ付けない、仕立ての良い真っ白い衣装スーツ

 僅かに身に帯びたアクセサリーも、どれも上質な代物で。

 総じて、こんな酒場にいて良さそうな人物ではない。

 何より――。

 

「久しぶりね。どうしたの、また何かの任務中?」

「あぁ、久しぶりだな。

 今回は任務ってわけじゃない、ちょっと事情が――」

「……シェイプシフター?」

 

 ぽつり、と。

 白い女を見ながら、私はついその言葉を口にしてしまっていた。



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