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第一話:竜の少女は目覚める


 私は、ドラゴンだ。

 

 ゆっくりと、水底から浮き上がるみたいに。

 目覚めそのものは、ひどく穏やかなものだった。

 意識にはまだ薄い膜が掛かっている。

 騒がしい音と気配は、私の中ではまだ遠い。

 

 ……そうだ、私はドラゴンだ。

 バラバラに散らばっていた、自分という欠片。

 それを一つ一つ拾い上げ、「私」という器に嵌め込んでいく。

 喧騒が少しだけ近くなった。

 見えていなかった視覚も、意識との繋がりを取り戻す。

 まだぼんやりとした視界に、私はつい目を細める。

 

 そこは明かり一つ存在しない暗闇。

 けれど、ドラゴンたる私の目に自然の闇など意味はない。

 むしろ、視覚がなくとも一定範囲ならば余さず知覚することさえ出来た。

 なにせ私は偉大なるドラゴンなので。

 その程度の事は、基本的な性能として備えている。

 

 まぁ、それは兎も角。

 先ず私の知覚が捉えたのは、無数の結晶。

 私自身も覆い尽くしているそれは、分厚い竜結晶だった。

 ――ドラゴンとは、この宇宙で最も強大な生命体。

 その寿命も長大だけれど、必ずしも不老不死ではない。

 生命である限り、死は必ず訪れる。

 死せるドラゴンの身体は、時と共に竜結晶と呼ばれる物質に変化する。

 竜鱗と並ぶ硬度を持つそれは、眠っていた私を抱くように広がっていた。

 

 ……竜結晶があるということは。

 ここは、竜の墓所とも呼ぶべき竜晶星か。

 余人では立ち入れず、《既知宙域(テラ・コグニタ)》を網羅する全天星図にも記されていない星。

 幾つものドラゴンの死が結晶となり、折り重なって生まれた星。

 どうやら、私はその結晶に埋もれた奥深くで休眠していたらしい。

 それは良い――そこまでは、良い。

 問題があるとすれば。

 

「撃て、撃て! 決して近付かせるな!」

「この距離で釘付けにしろ! バッテリーが焼き付くまで撃ちまくれ!」

 

 ……うるさい。

 ドラゴンである私の知覚能力は、余計な音まで拾ってしまう。

 竜結晶に覆われた、暗い洞窟の奥底。

 私が休眠していた結晶の前で、争っている者たちがいた。

 人間だ。

 数は十人と、それとは離れた位置にもう一人。

 地面に倒れている者も、何人かはいるようだった。

 まぁ、人間の数なんかどうでもいい。

 それよりも、何故人間風情が神聖なる竜の寝所にいるのかだ。

 身の程知らずの盗掘屋?

 それとも、眠る私を狙って何処かのドラゴンが送り込んで来た刺客?

 どちらかは知らないし、正直どちらでも良い。

 

「糞っ、しぶとい野郎だ!

 おい、こそこそ隠れてないで出てきたらどうだ!?」

「これが伝説の男だとか、竜撃降下兵も大したことは――」

「……おい、待て。今、何か妙な音が……」

 

 愚昧な声など聞き流し、私は身体を動かす。

 随分と長く休眠していたのか、まだ手足は若干重たい。

 けど、支障が出るほどでもなかった。

 私を守っていた、古き竜の屍である結晶。

 竜鱗と同等の強度を持つソレは、私を妨げることはしなかった。

 

 内側から容易く砕いて。

 私は躊躇うことなく、外へと這い出した。

 薄い大気を胸いっぱいに吸い込んでから、大きく吐き出す。

 呼吸せずとも生存に影響はないけど、身体の機能を確かめたかった。

 砕けて、パラパラと舞い落ちてくる結晶の欠片。

 それを肌に直接浴びながら、ゴツゴツとした地面に両足をつける。

 

「おい、嘘だろ……!」

「なんでドラゴンが起きてるんだよ、休眠中って話じゃなかったか!?」

「落ち着け! 目覚めたばかりの、しかもまだ若いドラゴンだぞ!」

「…………」

 

 うるさい、と。

 口には出さず、今はまだ無視する。

 それよりも、目覚めて殆ど間もない事こそ重要だ。

 自由になった手足を、もう一度動かす。

 それから、背に隠していた翼も少しだけ広げてみた。

 うん、特に問題なし。

 見える範囲の腕や脚、後は肌の要所に纏った金鱗。

 私が王である事を示す大事な鱗。

 これらも、大きな異常は見られない。

 

 先ほど示した通り、ドラゴンである私は周囲を詳細に知覚できる。

 ただそれは、「目て見ている」のとはやはり違いがある。

 見えるのなら、ちゃんと目でも確認しておきたい気持ちはあった。

 できれば、全身を見られるようなモノがあれば……。

 

「……あ」

 

 丁度良く、壁の結晶には比較的平らな面があった。

 ツルツルとした表面に対し、私は指先に小さな光を灯す。

 それだけで光源としては十二分。

 結晶に映し出される私の姿。

 纏う鱗と同じ、金色の髪。

 眠っている間に伸びたのか、長さは腰に届くほど。

 冠にも似た二本の角に変化はない。

 

 身体付きは――こっちはこっちで、あんまり変わっていない。

 分かっている、分かっています。

 どれだけ休眠していたか不明だけど、覚えている限り私はまだ五百そこそこ。

 ようやく成竜アダルトに達した程度の若輩者。

 小柄とか細いとか、あと薄いとか。

 そういうのは、まだ気にしても仕方ない。

 仕方ない、ええ仕方ないのです。

 

「……しかし、本当にどれだけ眠っていたんですかね。私は」

 

 赤い瞳を覗き込む。

 顔の方も、特に違和感は感じなかった。

 私は、私のままだ。

 十五の星系を支配する偉大なる統一帝国。

 その王統たる金の鱗を纏う者――私の名は、アルヴェン。

 女王たる星の名を継ぐ者で、間違いはない。

 ……だというのに。

 

「どうして、私は休眠した前後の記憶がないの……?」

 

 分からない。

 その事だけは、どれだけ思い出そうとしても不明のまま。

 休眠そのものは、ドラゴンにとっては生態の一部。

 新たな「段階」に成長する際に、長い眠りにつくのは何もおかしくはない。

 私自身、過去に休眠自体は経験している。

 その時は、こんな風に記憶障害が起こった事は――。

 

「……?」

 

 何かが、鱗に触れた気がした。

 それこそ、小石をぶつけられたような感触。

 首を傾げながら、私は振り向く。

 ついつい、思考に没頭して注意散漫になってしまっていた。

 目線が合ったのは、例の人間の集団。

 

 ――あぁ、そういえばこんな奴らもいたな、と。

 思い出して、軽く両の手を合わせる。

 ホント、うっかり存在を忘れていましたよ。

 

「おい、何故撃った!?

 俺達だけでは、ドラゴンと戦うには戦力が足らない!

 だから本隊のところまで戻ると、そう決めたはずだろう!?」

「お、起きたばかりの若いドラゴン一匹だって、お前さっき言ってただろ!」

「糞っ、早く構えろ! アイツこっちを見たぞ!」

 

 ……ぎゃあぎゃあと、本当に騒がしい。

 余計なことをせず、コソコソと逃げていれば良かったのに。

 哀れみを込めてため息を一つ。

 私は結晶の鏡から離れ、改めて人間達の方を見た。

 当たり前ではあるけれど、見覚えのない連中だった。

 

 立っているのは十人。

 全員、統一された黒い装甲服(アーマースーツ)を身に付けている。

 手に持っているのは……銃、かしら?

 多分、光学兵器の類でしょうけど。

 

「撃て!!」

 

 かけ声と共に、光が弾ける。

 人数と同じ数だけ並んだ銃口から。

 狙いの正確さは、彼らの練度の高さを物語っている。

 何度も何度も、放たれた光は私の身体を貫く。

 けれど。

 

「――もう宜しいですか?」

「馬鹿なっ、竜体でもないのに光熱銃(ブラスター)が全く通らないだと……!?」

 

 人間――何処かの兵士だろう彼らは、あからさまに動揺していた。

 まったく、私を誰だと思っているのか。

 

「まぁ、若い原色なら傷ぐらいついたかもしれませんけどね」

 

 一歩、踏み出す。

 人間達は、光熱銃とやらの射撃を止めていない。

 熱線は変わらず私の身体に当たっているが、何の痛痒もない。

 ドラゴンの中でも、王たる証である金鱗。

 それを纏う私に、こんな玩具が通じるはずもないでしょうに。

 

「――身の程を弁えて、さっさと逃げるべきでしたね」

 

 射撃を続けながら、後ずさろうとする人間達。

 私はそれに語り掛けながら、柔らかく微笑んでやる。

 せめて最後ぐらい、美しいモノが見たいでしょうから。

 

「ガッ、ぁ……!?」

 

 先ず一人。

 踏み込んだ私の拳を、胴体の真ん中に受けて。

 面白いぐらいに綺麗な「く」の字に折れ曲がった。

 身に付けた装甲服は、ほんのちょっとだけ硬かったけど。

 こんなものは、虫ケラの外骨格みたいなもの。

 ちょっと力を入れてやれば、ほらこの通り。

 

「ば、化け物――!」

「二つ」

 

 一人目を、そのまま地面に思い切り叩き付け。

 その直後に、近くで銃を構えていた二人目に「尾」を振り抜いた。

 翼と同様、普段は邪魔だから隠している自慢の尻尾。

 長く、そして隙間なく鱗に覆われた尾を、私は鞭のようにしならせる。

 速度と重量を乗せた一撃を、二人目の顔面に打ち込む。

 まるでボールか何かみたいに、あっさりと弾き飛んでいく。

 

「退け、退け! まともに戦うなっ!」

「クソっ、こんなところで――」

「三つ」

 

 どうでも良いけれど、淑女(レディ)の前で汚い言葉は使わないで欲しい。

 まぁ、すぐに何も言えなくなるのだけど。

 撤退しようとする人間達。

 運悪く――もしくは意図的に、殿の位置に立っていた三人目。

 これは単純に、上から振り下ろした拳で叩き潰した。

 《加速(ヘイスト)》で速度を増した私の動きに、彼らはまるで反応できていない。

 

「いくら何でも速すぎる! まさか、魔法か!?」

「けど、発動した様子は――」

 

 不勉強ですね。

 魔法とは「別の宇宙の法則を、限定的にこの宇宙の法則として観測する」技術。

 人間ならば呪文(コード)の詠唱とか、面倒な手続きが必要かもしれない。

 けれど、私はドラゴンですから。

 幾つかの魔法を、私は肉体が持つ機能として使用できる。

 だから《加速》した動きで、のろまな人間達を端から叩き伏せていく。

 ここが墓所でなければ、《吐息(ブレス)》で薙ぎ払ったところだけど。

 身の程を教えるつもりで、あえて素手で潰していく。

 ほら、四つ――五つ、六つ。

 

「七つ」

「ぐぇっ……!?」

 

 踏み潰されたカエルそのままの声。

 つい笑ってしまいながら、もう一度踏んづけて地面にめり込ませる。

 そうしてから、頭を引っ掴んで持ち上げた。

 残っているのは三人。

 もう戦意を保っている者はおらず、ただ必死に逃げ惑うのみ。

 もちろん、逃がすつもりはさらさらない。

 

「八つ!」

 

 持ち上げた奴を、逃げる一人に向けて思い切り投げ付けた。

 狙い違わず、もつれた状態で派手に転げていく。

 それに巻き込まれる形で、もう一人も壁に激突した。

 あら、これで九つ。

 

「寝起きの運動には良いかもしれませんが、ホントに歯応えがないですね」

 

 最初は少し楽しかったけれど。

 流石に弱いモノ苛めが過ぎると、テンションは落ちてくる。

 腰を抜かして動けなくなっている最後の一人。

 私は欠伸を漏らしながら、無造作にそいつの前まで近付いた。

 武器は既に手元になく、私を見上げながらガタガタと震えるばかり。

 

「た、助け」

「十」

 

 最後は蹴りを一発。

 側頭部を叩いて、容赦なく地面に転がした。

 

「罪には罰を。

 神聖な墓所に土足で踏み込み、王属たる私に手を上げた。

 本来なら万死に値しますが――まぁ、加減はしてあげましたよ」

 

 殺す気であれば、爪を用いている。

 拳や蹴り、後は精々尻尾の殴打だけで片付けた。

 打ちどころが悪いのまでは、私も責任を持つ気はないけど。

 

「死者の眠りを、血で汚すことだけは避けました。

 精々、自分達の愚かさを悔いるといい」

 

 積極的に殺しはしないけど、助けるつもりも毛頭なかった。

 運が良ければ、自力で動ける程度には回復するでしょう。

 最早、愚かな侵入者の運命には欠片も興味はない。

 だから私は、一度その場を離れようと――。

 

「……あら」

「…………」

 

 離れようとして、もう一人と目が合った。

 と言っても、そいつもまた顔や身体は隙間なく装甲服で隠している。

 今叩き伏せた十人とは、装甲服のデザインが大きく違っていた。

 より正確に言うなら、違うのはデザインだけではない。

 装甲の表面に付いた細かな傷。

 何気ない佇まいにも、先程の十人とは比較にならない練達の気配がある。

 その手に銃はなく、腰に佩いているのは一振りの剣。

 ――この男は、戦士だ。

 ドラゴンとしての本能が、私にそう告げていた。

 

「そういえば、もう一人いたんでしたね。うっかりしていましたよ」

「…………」

 

 男は、無言。

 こちらの言葉には応えず、黙したまま視線を向けてくる。

 チリっと、首筋に痺れるような感覚を覚えた。

 

「……事情はどうあれ、そちらは侵入者。

 私は竜として、これを罰する義務があります」

「分かっている。わざわざ口にする必要もない」

 

 ほんのちょっとだけ、私はビックリしてしまった。

 てっきりこのまま、まともに喋る気はないかと思ったけど。

 

「ダンマリだから、言葉が分からないかと心配しましたよ。

 流石にそこまで低能でもなかったようですが」

「…………」

 

 再び沈黙。

 応える代わりに、男は腰に下げた剣を抜き放った。

 星を渡る船さえありふれた時代。

 光学兵器の類なら、少し金銭を積めば幾らでも用意できる。

 そんな宇宙の片隅で、剣を構える男と相対する。

 あまりに時代錯誤が過ぎて、声を上げて笑ってしまいそう。

 笑いを堪える私とは真逆の様子で、男は構える。

 

()()

 

 そうして、放ったのはただ一言。

 自分が挑むのではなく、私に挑んで来いと。

 短い声の中にも、明確にその意図が滲んでいた。

 勇気と賞賛にするには、流石に蛮勇が過ぎるんじゃないかしら。

 だから、私も。

 

()()

 

 これ以上なく明確に、私の意思を男に伝える。

 なるべく血を流さないなんていう都合は、この瞬間だけは捨てておく。

 《加速》――更に《加速》。

 のろのろと動く、最後の一人に向けて。

 私は容赦なく速度を上げた。


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