【復讐の物語】
夢を見た。少し昔の記憶である。
ライオネルが目を覚ますとそこは教室で、目の前には学園の制服姿のコハクが立っていた。
頬杖をついていた顔を上げ瞬きすると、「はい」と本を返される。
「ありがとう。ライが言っていた通り分かりやすかったよ」
「あ……ああ、うん。それは良かった」
笑ってその本を受け取り表紙を見ると、どうやら魔術書のようで【魔術基礎】と書かれていた。
「(ああ、そっか。コハク、魔術が苦手だって言っていたもんな)」
昔からある魔術書で、青く丈夫な表紙を撫でながら見つめていると、前の席の椅子をこちらに回してコハクが座る。
黒板の上にある時計を見れば午後十七時。窓はすでに薄暗く、互いの格好からして冬の時期だと分かった。
「それにしても、こんな時間まで寝てるなんて……大丈夫? ちゃんと、家で寝てる?」
「ああ、うん。大丈夫」
「……ライは、すぐに無理するからなぁ」
「そういうアンタもね。大事な人がいるんだからさ」
アンタがいなくなったら寂しがるよ。
そうライオネルが言うと、コハクは蜂蜜色の瞳を丸くさせた後、悲しげに笑った。
「そうだよね」
「うん」
「……あのさ」
「何?」
「キリヤ……怒ってた? 私が離れていった事」
コハクの言葉に、鞄を取ろうとした手が止まる。そんなライオネルを他所に、コハクは言葉を続ける。
「私、キリヤを死なせたくなかった」
「……」
「だから後悔はしていないんだ。だって、大事な家族だもん」
確かに、彼は彼女にとって唯一の家族だった。血は繋がっていなくとも、兄であり父のような存在だったから、だから助けたいという気持ちは分かる。けれども、だからと言って、あの方法は……。
手を強く握りしめると、ライオネルは険しい表情で強く言った。
「あんなの、怒るに決まってる。あんな別れ方して、彼を……させるなんて許されるものじゃない」
「ライ」
驚くコハクに向かって歩いていくと、彼女の腕を引き、抱きしめる。夢だというのに、コハクが暖かく感じた。
「俺は、アンタの事……好きだった」
「……」
「俺も神だから迷いはしたけど、無事に卒業したら、アンタに告白するつもりだった。結婚しようって言うつもりだった」
「……うん」
「好きだったのに」
肩を震わせ、瞳から涙が溢れてくる。それを静かに聞きながら、コハクはライオネルの背中に腕を回した。
しばらくそのままでいると、コハクは小さな声で囁いた。
「フェンリルの事、よろしくね」
「っ!」
コハクはにこりとして、その場から離れていく。その時ガラリと音を立ててリアンが入ってきた。
リアンの姿に目を見開き声を震わせると、歯を噛み締め声を荒らげた。
「リアン・シルヴァー!」
名前を呼ばれリアンは振り向くが、冷酷な瞳を向けたままやってくるコハクの腕を引き、教室を出る。
そんなリアン達を追いかけようと、ライオネルは机をすり抜け駆け出す。だが、机の脚に足を引っ掛け大きく転倒すると、二人の姿はとっくにいなくなっていた。
「……っ、ぅ」
また間に合わなかった。
そんな思いが湧き上がった瞬間、ライオネルは夢から目を覚ます。
「……」
胸を上下させ、尋常ではない汗と共に涙が頬を伝うと、唇を噛み締め、一人声を押し殺して泣いた。
※※※
一方で、朝日と共に魔鏡守神の神殿から抜け出したグレイシャとシアスは、そのまま麓の村にあるシアスの家まで戻ってきていた。
朝になった事で、元の身体の持ち主であるレオンが表面に出てきていたが、その目は赤く涙の跡があった。
「……グレイシャさん」
「もう変わっているよ」
「知ってます。けれど」
気にかけるシアスに、レオンは不機嫌そうに「何さ」と返す。だが、その声はとても弱々しかった。
「何があったかは、全部見ていたから分かるけど。あれは仕方ないでしょ。もうなっちゃったもんはさ」
関係も、呪いも。理由はどうであれ本人達がそう望んだのであれば、第三者には関係ないのではないか。
なのに、何故ここまで心を痛めるのか。
レオンにとって、グレイシャの言動がよく分からないでいると、目の前にホットミルクが置かれる。
「グレイシャさんは、優しいんですよ」
「優しい、ねえ」
ホットミルクを口にして、納得いかなそうにレオンは呟く。
「そんなんだから、余計に不幸になるんじゃないの。仕方ないって割り切っちゃえば、楽になるのに」
「……」
シアスは自分のマグカップ片手に考えこむと、テーブルに寄りかかりながら言った。
「それが出来たら、確かに楽かもしれませんね」
「?」
「……貴方にも、いつか分かりますよ。守りたいものを見つけたら」
「何、それ」
意味がわからないといった感じにシアスを見ると、レオンはホットミルクを全て飲み終えると袖で口を拭う。
椅子から立ち上がり欠伸をしながら、「おやすみ」と言って離れていく様子に、シアスは苦笑いして返した。
「はい、おやすみなさい」
「ん」
寝室の扉が閉まり、シアスはしばらくその扉を見つめていると、姿勢を窓にずらしてホットミルクを傾ける。
「……仕方ない、か。うん。確かにそうかもしれない。自分達は神に逆らっているんだもの」
レオンの言うことも分からなくもない。この世界で神以外の自分達はあまりにもちっぽけだ。一人二人減った所で、特に思う所はあちらにはないだろう。
こんな時、勇者の大義名分としては『世界を救う』だとか、『打倒魔王』みたいな感じなのだろう。
だがフィンを見て改めて感じたのは、所詮それで世界を救うなんて絵空事に過ぎないという事だったという事であった。
「私達が戦う理由なんて、復讐とそう違いはしないのよ」
守るためではなく、許せないから。
長年魔鏡守神の座に居座り、好き勝手にするあの神が許せない。何よりも大事な人を奪ったことを許せない。
勇者としては失格かもしれないが、シアスとしてはそれでいいと思っている。
「私達に正義なんて似合わないもの」
復讐の戦いは続く。今も、そしてこれからも。
復讐劇はまだまだ終わらない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
千神の世はここで一旦終わりとなりますが、外伝などの新作の後、完結編を出す予定です。
完結編につきましては、早くて一、二年後辺りになってしまうと思いますが、それまで気長に待っていただけると嬉しいです。
これからも千神の世をよろしくお願いします。dyチカガミ