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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
七章 それぞれの道
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【7-9】帰還の宴

 久々の朝霧(あさぎり)家の屋敷は、民達が酒や料理を持って押しかけちょっとした騒ぎになっていた。

 溢れ返らんばかりの人集りに、キサラギとマコトは勿論の事。センリュウや雪知(ゆきち)も呆然としていた。


「わー。すごい事になってますね」


 微笑みながらキュウが言うと、人集りから中年の家臣が揉まれながら現れる。

 その家臣の手を雪知が引っ張ると、転げるようにキサラギ達の目の前に出てきて顔を上げた。


「お、おかえり……なさいませ……キサラギ様、マコト様……」

「あ、ああ……。何だか大変な事になっているな」

「ええ。一体どこから話が出たのか知りませんが、キサラギ様とマコト様が帰ってくると聞いて、民達が集まってきたのです……」


 げんなりした様子で、着物を整えながら起き上がると、後ろから民達に声を掛けて道を作ろうとする。

 ちなみにこの家臣。名を秋雨(あきさめ)といい、以前マンサクが屋敷に攻めに来た時、ライオネルによって眠らされている間にマコトが借りた脇差の主だったりもする。

 そんな秋雨の言葉に応じ、後ろにいた大男が声を上げて前まで伝えると、民達はそれぞれ左右に分かれて道を開けた。


「では、どうぞ」

「ああ……なんか、すまん」


 挨拶をされる度に会釈をしながら、キサラギ達は屋敷の中へと辿り着く。

 最後にハレと共に歩いていたセンリュウが、振り返り民達を見ると笑みを浮かべ、「お主らも楽しめ」と言い残すと、民達は歓声を上げてどんちゃん騒ぎが始まった。


「秋雨、霜葉(しもは)。屋敷の中庭や空き部屋も開けて、民達を中に入れさせろ。折角の宴だからな」

「は、はぁ」

「分かりました……」


 予想外の命令に秋雨と、霜葉と呼ばれた若い男の家臣はぽかんとしていたが、言われた通りに兵士を使って民達を屋敷の中へと誘導する。

 こんな大きな宴はいつぶりだろうか。そうセンリュウや雪知が思える位に、規模がどんどん大きくなっていった。


「すごい事になっているな、キサラギ」

「そうだな」


 雪知に案内され大広間にやってくると、女中達によって豪華な料理が並べられている所だった。

 山の幸や川で獲れた魚をふんだんに使ったその料理は、キサラギ達の空腹感をより強め、キュウも感激の声を上げると、ハレに腕を引かれ先に席へと向かった。


「こらハレ。キュウ様を引っ張ってはいかん」

「ああ、お気になさらず」

「はあ……。すまないなキサラギ、小刀祢(ことね)の姫。お前たちの席はこっちだ」

「お、おう」


 どこでも別に良いのだが。そうキサラギは思ったが、声には出さず、素直にセンリュウに言われた場所にマコトと共に座る。

 家臣達も集まり、センリュウが簡単な挨拶をした後、宴がついに始まると、慣れない状況にぎこちない様子でキサラギは料理を口にする。

 

「キサラギ。一献どうだ?」

「……貰おう」


 猪口(ちょこ)を持ち、雪知から酒を受け取る。上層(じょうそう)でたまに飲んでいたが、口にすると触れた舌や喉がかあっと熱く通り過ぎるのを感じて、驚きの声を漏らす。

 

「初めて飲んだが、結構強いんだな……」

「はは。まあ、最初は戸惑うよな」


 キサラギも雪知に酒を注ぎ、それを飲み干すのを見ると、横からマコトが寄りかかってくる。

 いきなり寄りかかってきた事にキサラギは心配し、マコトを起こすと顔が赤くなっているのに気付いた。ハッとなり、マコトの傍を見ると空になったグラスがいくつかあった。


「お前、一体どれだけ飲んだんだよ!」

「ふにゃぁ……」


 幸せそうな表情で中身の入ったグラスを持ったまま、マコトは船をこぐ。近くにいたキュウが頭を掻きながら申し訳なさそうにこちらを見てきた。

 

「ソーダ割りおすすめしたら、思いの外飲んでしまわれて」

「そういえばマコト様……成人されて一度もお酒を口になされた事はないのでは」

「ああ⁉︎」


 雪知に言われ、キサラギは思い出すと声を上げる。

 記憶が合っていれば、確かマコトはこの間で二十歳になったばかりで、酒を飲む機会は一度もなかったはずだ。

 

「(そうだとしても、普通ここまで飲まないだろ……)」


 ソーダで割ってあるとはいえ、度数の高い酒だ。沢山飲めば酔ってしまうのは当たり前である。

 雪知が水を持ってくると言って席を外れている間に、キサラギは泥酔するマコトの肩を掴んで支えていると、マコトはキサラギに擦り寄り、寝息をたて始めた。


「おいマコト。寝るな」


 呆れながらも、キサラギが揺さぶり起こそうとするが、全然起きる気配がしない。

 センリュウは先程民達に呼ばれてここには居らず、ハレもまたお菓子を貰いに女中と離れていたので、キサラギの気持ち的にはまだ楽ではあったものの、このままずっとこうしている訳にもいかない。

 キュウも気になって見守っていると、水を手に雪知が戻ってくる。


「これは寝床を用意した方が早いな」

「すまん……運ぶのは俺がするから」

「いや謝るな。きっと疲れも溜まっていらっしゃったんだろう。お前も大丈夫か?」

「ああ」


 苦笑いしながら雪知に言われ、キサラギは肯く。丁度通りかかった女中に寝床を頼み、眠るマコトをキサラギが横抱きにして抱えると、人目を避けるように移動する。

 喧騒から離れていき、虫の声や夜風の音が響く離れへ向かうと、先に行っていた女中らによってとっくに布団が敷かれていた。


「すまない。ありがとな」

「いえ」


 お辞儀をして女中が去るのを見送ると、マコトを布団の上に寝かせる。

 枕行灯(まくらあんどん)がぼんやりと辺りを照らす中、キサラギはマコトの髪に触れ、掬い上げる。


「……短くなったな」


 再会した時は背中まであった綺麗な黒髪は、今や肩にかかる位の長さしかない。

 光に当たれば海のように青く見えて、風に揺れてさらさらとなびくこの髪が美しいと、キサラギは思っていた。……まあそう意識し始めたのはここ最近なのだが。

 髪に触れる手をゆっくりと、頬の方に伸ばし目尻を親指で撫でながら、キサラギは顔の距離を近づけようとするが、途中で止める。


「……いや、ダメだな。これは」


 いくらなんでもそれはいけない事だ。そう自分に言い聞かせて離れると、外から気配を感じてキサラギは振り向く。


「あ、すみません。雪知さんと三人でこちらで飲もうと思ったんですがお取り込み中でしたか?」

「そんな訳ないから安心しろ」


 平常を装うようにキサラギは無の表情で言うと、キュウのいる縁側へ向かう。

 座布団三枚が横に並べられ、キサラギは端っこの方に座ると、キュウがその隣に座る。

 

「小刀祢の姫との関係はマシロ様から聞いております。恋仲なんですよね。見ただけでも分かりますが」

「やめろ茶化すな。つか、マシロ様の奴余計な事を……」

「ふふ」


 恥ずかしさで顔を赤くし、言葉が少し荒くなるキサラギに、キュウは笑顔になって酒を注ぐ。

 遠くから人々の楽しげな声に混じって、太鼓や笛の音が聞こえてくる中、キサラギはキュウから受け取った猪口で酒を飲んでいると、ふとキュウが謝ってくる。


「何だいきなり。マコトの件なら気にするなよ。あれはマコトが悪い」

「いえ、そっちではなく貴方を傷つけた事です。前に一度話した時上手くは話せませんでしたが、上層で貴方を襲った時、僕は操られておかしくなっていました」


 操りの腕輪に加えて、本体の上に設置された電波塔。

 その時の記憶はあやふやで自分でもよく分からないが、マコトが腕輪を壊した事で、少しだけ我にかえる事が出来たという。

 だが、そうだとしてもキサラギを傷つけた事に変わりはない。


「貴方に消えない傷を負わせてしまった。下手をすれば命を落としていてもおかしくなかったです。本当に、ごめんなさい」


 猪口や徳利(とっくり)を床に置き、キュウが深々とキサラギに頭を下げる。キサラギはそれを見つつも、首を横に振り酒を口にしながら言った。


「……気にするな。過ぎた事だ。それにそういうのはもう慣れてるからな」


 ライオネルの件もそうだが、最早許すとか許さないとか関係なく、ただ致し方ないという言葉しか思い浮かばない。

 怒りや悲しみの感情が全くないという訳ではないが、相手の状況を知れば知るほど、どうしても同情せざるを得ない部分があった。


「結局深く考えたところで、泥濘(ぬかるみ)にはまるだけだって分かったし、あまり考えない事にした」

「……」

「ま、なんだ。こうして多忙なのが逆にありがたいというか。無駄な事を考える暇なんてないから、それに救われている感はあるな」


 これから先、上層の事だけでなく朝霧家やその周囲との関わりの事もある。この十年離れている間に何が起きたのか、それも全て知らなければならないし、やる事はいくつもあった。

 その多さにキサラギは目を逸らしたくはなるが、立ち止まって闇に飲まれるよりはマシだと思っている。

 頭を上げ、聞いていたキュウは目を細めて「強いですね」と言った。


「強い?」

「ええ。どんな事があろうとも、立ちあがり進む貴方は、僕は強いと思います」


 キュウの褒め言葉とは裏腹に、キサラギは視線を中庭にずらし目を伏せる。


「俺は……弱いよ。今も、昔も。たまたま運が良かっただけで、いつも周りに助けられている。お前にも、マコト(アイツ)にも」

 

 自分で酒を注ぎ、一気に飲むとキサラギは「ありがとな」とキュウに礼を言う。キュウは瞬きをした後、優しく微笑んだ。

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