【7-5】一時の別れ
その後、キサラギ達を見送る為に道場から屋敷の門へと移動すると、レンが寂しそうな表情でマコトに声を掛ける。
「マコト。また、会えるよね」
「ああ。また来るよ」
笑みを浮かべてマコトは答える。いつになるかは分からないが、少なくとも近い内にはまた戻ってくるだろう。
そうキサラギは思ってはいるものの、魔鏡守神の動きによってはすぐという可能性もある。せめてフェンリルが神器を持って戻ってくるまでは何もしないで欲しいところだ。
「何かありましたら、四神を通じてご連絡ください。僕が二人にお伝えしますので」
「ああ。了解した」
キュウの言葉にヤマメは肯く。
ヤマメとアユの後ろにいたライオネルは、キサラギとキュウを静かに見つめていたが、キュウが力を使ってライオネルの脳内に直接話しかける。
『あまり無理はしないでくださいね』
『うん。分かってるよ。キサラギとマコトちゃんの事よろしくね』
『ええ。……貴方もお気をつけて』
笑顔でライオネルは小さく手を振ると、キュウも手を振り返した。
その様子を見たキサラギが不思議そうな表情でキュウに訊ねる。
「お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだよ」
「いやあ。彼とは気が合いまして。いつか酒でも酌み交わしたいものです」
子どものような見た目とは裏腹に、意外とキュウは酒豪だったりする。
というのも、キュウの本体である川の周囲で酒造りが盛んだった事に合わせ、神社によく供えられているのもあってか、徐々に酒を嗜むようになったらしい。
「帰ったら早速飲みましょうか。キサラギ」
「朝霧の屋敷でか?」
「はい。とっておきの焼酎を持ってきます」
無邪気に話すキュウに、キサラギはやれやれといった様子で相槌を打つ。
その会話にヤマメがぼそりと「参加してえな」と呟けば、アユが「今度誘いましょうね」と優しく諌めた。
「それにしてもまだいっぱい話したい事あるのに、またいなくなるなんて寂しくなるなぁ」
「すまねえな。俺ももう少し話したかったんだが」
フィルが残念そうに言うと、キサラギもそれに同感しつつ謝る。だがフィルはすぐに首を横に振って、「次にとっておくよ」と言った。
「再会して、全てが終わったら。今度はさ、フェンリルやシルヴィアちゃん達も呼んで皆でパーッとしようよ!」
「そうですね! やりましょう!」
フィルの隣にいたカイルも、目を輝かせて賛成する。
キサラギは「そうだな」と小さく笑むと、カイルの方を見ていった。
「しばらくこの世界を離れるが、お前も元気でな」
「はい!」
栗毛の尻尾を揺らし、カイルは返事する。
カイルも故郷である魔族の住む山へ、フィルやルッカと共に一度帰るらしい。その後は、流浪の旅団と共に行動するらしいが、そこでカイルはキサラギに元気よく宣言する。
「キサラギさんとマコトさんが戻るまでに、立派なケンタウロスになっておきます!」
「り、立派なケンタウロス?」
「何かケンタウロス族に伝わる最終奥義らしいよ?」
フィルとカイルの傍にいたタルタが説明する。とは言ってもタルタもよくは知らないのだが。
カイル曰く、背中から翼が生えたり雷撃の如く矢を複数一度に放ったりできるらしいが、どうも想像が出来ない。
「それって魔術なのか?」
「一応はね。だから今基礎を一緒に勉強してるよ。ね、カイル」
「はい! タルタさん……じゃなくて師匠!」
フィルと同じくタルタを師匠呼びするカイルに、キサラギは改めてカイルの本気を感じた。タルタによれば魔族なだけに、魔力は充分にあるらしい。
「風の魔術も少し出来るようになったけど、本人の言う通り雷の魔術が向いてるかも」
「そうなのか」
タルタ以外にも、プリーニオやたまにライオネルからも魔術を教えてもらっているらしく、どんどんと魔術を覚えていっているという。
魔術に関しては、持つ魔力の個人差もあって習得出来る人と出来ない人がいる為、魔力を持たないキサラギから見れば少し羨ましい所でもあった。
「カイルがすごい勢いで魔術覚えるのはいいけど、いつか追い越されちゃうんじゃないかという不安が……」
「でも、風の魔術はフィルの方が得意でしょう?」
「それはそうなんだけど、兄弟子としてのプライドが」
ぐぬぬとイカ耳になって唸るフィルに、タルタが苦笑する。
「ま、兄弟子としてこれからもカイルを支えてやってくれ」
「! ……うん。勿論! カイルの事は任せてよ」
キサラギに言われ、フィルは胸を張って笑顔で返した。それを聞いてカイルは緊張した面持ちになると、キサラギが頭に手を置き「頑張れよ」と言った後、マコトとキュウの元に向かう。
カイルはキサラギに頭を撫でられた事に茫然としていたが、開いた口を閉じて口角を上げた。
「もう、いいのですか?」
「ああ。頼む」
「分かりました」
目を閉じて、キュウの身体が光に包まれる。その姿が大きな龍となり、トグロを巻くようにキサラギとマコトを囲むと、そのまま姿を消した。
龍が消えるのと同時に、龍封じの山脈から優しい風が木々を揺らして去っていくと、ヤマメは山脈を見て呟く。
「今まで信じられなかったが、本当にあの山脈に封じられた川の神様なんだな……」
光ではっきりとは見えなかったが、微かに見えた川のようなエメラルドグリーンの鱗。それが水面のように輝いていて、そして霧の如く消えていった。
寂しくなった屋敷の門前で、一人一人が持ち場に戻ったり帰っていく中、ライオネルはアユとヤマメを呼び止める。
「話が、あるんですが」
キュウと縁側で話していた、対神器を手に入れるというあの計画。
詳しくは話せなかったが、数週間桜宮を離れる事を伝えると、ヤマメは何かを探るようにライオネルを見つめた後、「そうか」と静かに返した。
アユはというと、一緒に聞いていたレンと共に驚いてはいたものの、二つ返事で了承する。
「記憶、取り戻したって話していましたもんね」
「うん。まだ色々と忙しい時期の中で申し訳ないんだけど……」
「そんな事ありませんよ。大丈夫です。こちらの事はご心配なく」
「そうそう! あたしもいるし、心配しないで!」
でも本当はついて行きたかったなと、レンがちょっぴり残念そうに言うと、ライオネルは「また今度ね」と苦笑いして返した。
「(その今度が出来るといいな)」
これが最期の別れになるかもしれないと思ってはいても、その事はどうしても伝えられなかった。もし言ってしまえば、優しいこの三人が行くのを止めるって分かっているからだ。
大事な事を黙って行ってしまうのは、かなり罪悪感を感じたが、すぐにその感情を頭から振り払うと、真っ直ぐと三人を見る。
「ちゃんと帰ってきます」
「おう。待ってるからな。ちゃんと帰ってこいよ」
表情が明るくなり、ヤマメよりも少し背の高いライオネルの頭を激しく撫でる。思わず声を漏らし、されるがままに撫でられると、レンが後ろから抱きしめてくる。
「お土産とか、大丈夫だから。生きて帰ってきてね」
「……うん」
優しく暖かいレンの声に、ライオネルは目頭が熱くなったが、ぐっと堪えて小さく首を縦に振った。
※※※
眩い光でつぶった瞼を開くと、そこは穏やかな空気の流れる神社だった。
空を覆い隠す大杉を見上げながら、キサラギは背伸びをして深呼吸した後、キュウに礼を言った。
「何だか、帰ってきたって感じがするよな」
「キサラギもそう思うのか?」
「ああ。あれだけ最初は上層に戻りたかったのにな」
本能や記憶がそう思わせているのだろうか。今ではこっちの方が落ち着くという不思議な感覚に、キサラギは疑問を感じた。
稲穂を撫でる風が神社を吹き抜け杉を揺らす中、鳥居からハレの声が聞こえて三人は振り向く。
「おかえりなさいキサラギ兄さん! マコト様!」
「ハレ……っと」
前から勢いよく飛びついてきたハレを受け止め、頭を撫でると、ぐりぐりと顔を押し付けられる。鳥居の方を見れば、雪知と杖をつくセンリュウがいた。
マコトも隣に来てしゃがむと、ハレはキサラギから離れてマコトに抱きついた。
「ただいま帰りましたハレ様」
嬉しさいっぱいといった様子で「おかえりなさい」と返すハレに、マコトも笑って背中に腕を回す。
満足するまで抱きしめると、雪知が来た事に気付きハレはマコトから雪知の方へ向かっていった。
「無事に帰ってきて何よりだ。して、上層はどうだった」
「とりあえずヴェルダの件は何とかな」
「そうか」
「その。今後について色々話したい事があるんだが、いいか?」
「ああ。だが、その前に今日は疲れただろう。屋敷に戻ってゆっくり休むといい。キュウ様も、是非」
「ええ。お言葉に甘えて」
宴だとすぐに察したキュウは嬉々として、神社の本殿へ向かう。上で話していたとっておきの焼酎を持ってくるのだろうか。
雪知の手を握りながら、宴についてハレが楽しげに雪知と話す様子をキサラギは眺めていると、ふとマコトが声を掛けてくる。
「そういえば道場の時、ライオネルさんと何を話していたんだ?」
「……ま、色々とな」
ライオネルを蹴った際に感じた、異様な甘い花の香り。桜宮だから花の香りぐらいするものなんだろうが、あの時にしたあの香りは、あまりにも異常だと思えるくらいにはっきりした。
てっきり、最初はそういった匂い袋でも持っているのかと思ったが、その直後には全く香りはしなくなっていた。だがその代わり、ライオネルの左胸に茨が見えた気がした。
「(キュウと一緒にいただけに、何か重大な事でも隠してやがりそうだが、これ以上は野暮ってもんだよな)」
見た感じ決して良いものでは無さそうだったが、ライオネルの表情からして、無理をしているという感じでもない。心配にはなるが、ライオネルを信じるしかなかった。
物思いにふけって、キサラギは腕を組んだまま立っていると、本殿から玉砂利を踏む音がして顔を上げる。
「お待たせしました。ではいきましょうか」
酒瓶を両手で抱えながら、キュウはにっこりと笑って言った。